・・・どうして、僕たちはこんな事になってしまったんだろう。
キラは地球へ向かう船に並ぶ列に紛れながら、ずっと考えていた。
先刻友人達から告げられた言葉がぐるぐると脳内を闊歩する。
『オレ達、残る事にした』
どうして。
『まだ、やれる事あるんじゃないかって思って』
帰れる、のに・・・・・?
言葉と共に、言い切った友人たちは晴れ晴れとした表情だった。何かを吹っ切ったような、開き直
ったような、それで良いのだという自身を伴って笑みを浮かべて。
『今まで守ってくれて、ありがとう』
だってそれは、僕が仕方なくやったからで・・・。
キラは咄嗟に反論していた。口には出さなかったが、けれどそれは紛れもなく本音でもあった。
そもそもキラは完全に自主的な意志をもって戦った訳ではない。人を殺さなければならないのが嫌
だった。関係ない戦いに巻き込まれ、偏見の目で見られる事がたまらなく苦痛だった。
それらから解放された今、何を悩む必要があるのだろう。
僕はもう、守る必要なんかないんだ。
このまま避難すれば、キラがやむを得ず戦っていた理由も消える。
でも。
・・・・・・じゃあ、この船に残った人達は・・・・・・?
疑問が浮かび、けれどその答えはすぐに算出された。考えるまでもない。変わらず戦うのだ。
それは、元より地球軍だったクルーにしても、同じく巻き込まれた形で乗艦した彼女も、そしてこ
の船に残ると決めた友人たちも。
自分だけを置き去りに、周りだけがただ進む。
確実に世界を壊しながら、冷徹で残酷な終局へ向けて。ゆっくり、ゆっくりと、急激な波に攫われ
ながら。
知りたくもない世界があった。
傍にあった日常、当たり前だった平穏、穏やかな時間、仲間との談笑、・・・・突きつけられる現実。
「戦わ、なきゃ・・・ならない・・・?」
どうしてだろう。
どうして、みんなは?
・・・・・・自分は、どうしたい。
キラはずっと迷っていた。ずっとずっと考えていた。考えて考えて、考え抜いて、出した答えは答
えではないかもしれないけれど。自分が答えだと、そう思いたいだけなのかもしれないけれど。
失いたくないなら、戦って守るしかない。
その思いに突き動かされて、キラは足を進めた。
『元気でね、キラ』
「――――――ッ!!」
衝動に駆られるままに、走った。
Act19 ひかり
“マスター”
「なに?」
“ストライクを戦闘空域に確認しました”
「このクソ忙しい時に・・・って、は・・・・・・?」
戦陣を突破したバスターとデュエル。
その内の一機、バスターと交戦していたに、ゼロの機械的な音声が耳に入る。
思わず身体の動きを一瞬固めてしまい、その隙にロックされた。
警告音に慌ててビームを回避すると、バスターにお返しとばかりに集中ビームを喰らわせる。
けれどやっぱりと言うか何と言うか、腹立たしい事にそれで相手が怯む事もなく。
逆にそれを挑発ととったのか、さらに撃たれる弾の数が増えた。鬱陶しい。
お互いの力量はほぼ互角。
それはそれでスゴイ事には違いないが、今の状況ではのイライラが募るばかりだった。
おかげでアークエンジェルの護衛も出来やしない。
相手にとっても足止めだったが、にとってもこれは足止め以外の何でも無かった。
てか、キラが戻ってきた?
疑問に思う事でもない。原作通りではないか。
けれど自分が見たキラは、たとえ友人の居残りがあってもどう転ぶか五分五分だったのに。
だいぶ朧気になってしまった記憶から、大まかな展開だけを思い浮かべる。
自分から見た様子では、果たして本当にキラが戦場に舞い戻るかどうかは、正直言って薄いと感じ
ていた。責任感とは少し違う。そこには意地のようなものがあったのではないだろうか。勿論、船
に残った友人たちが心配だった、という理由も含まれてはいるのだろう。
・・・・・・考えていても仕方がない。彼の思考は彼にしか理解し得ないものだ。
それに、結局は事実が全て。ここでキラが戻って来ようが来まいが、目的に影響が無ければどうで
あろうと関係ない。
・・・・・・関係、無かったのだが。
「・・・・・ゼロ、通信開いて」
“了解”
迫り来る砲弾を器用にかわしながら、は通信ボタンのスイッチを押した。
すうっと息を吸い込む。出来るだけめいっぱいに。
肺に空気が行き渡り、一瞬息を止め、そして。
『キラ―――――――――――!!!』
『っ!、え、ちょっ、なっ!?』
『・・・・・・おいおい嬢ちゃん、この状況でよくもまぁ・・・』
誰かの驚いた声と、呆れたようなフラガの声が通信に入り込む。
もちろんこれらの会話は全てアークエンジェルにも筒抜けである。
よってマリュー以下CICのメンバー、果てはナタルまでにもこのやり取りを聞いているわけで。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
何だったんだ、今の大絶叫は。比喩ではなく頭が痛い。
突然のストライク参戦もさる事ながら、緊張感の欠片もないこの通信内容に皆一様に唖然とした。
あちこちで爆発音や銃撃の雨あられの音が聞こえてくるのだが、それらがやけに遠く感じる。
・・・・・・ここって戦場だよな?
・・・・・・あぁ、今、まさに戦闘真っ最中の、戦場だな・・・。
そんなクルーの心の会話が交わされていた事はさておき。
は勢いのままにずらーっと言葉を並べ立てた。
『何舞い戻ってきてんの! つーか来るなら来るでもっと早くしてくんなきゃこっちが疲れるでし
ょーが!!』
『なっ! 着替えてたんだから仕方ないじゃないか!』
『仕方ない? ほほーう、それでいて地球の重力に引かれて身動きできないんじゃ意味ないわね』
『それはだって・・・・・・!』
呆然としたまましばらく固まっていたナタルが、キラの言葉にハッとして通信に割り込んだ。
「ゼロとストライクを呼び戻せ!」
若干先程までの名残からか、ちょっといつもとは違った声でナタルは叫ぶように命じる。
多少うわずった声ではあったが、その声に他のクルーの面々も我を取り戻し、各々の表情が再び引
き締まった。
重力に引かれているという事は、つまりアークエンジェルと合流できないままになってしまうとい
う事。一人だけで大気圏を突破するのは、訓練も受けていない少年少女には厳しすぎる。
が少しばかり怒気を発していたのはこのためだった。
キラが戻ってきたのは本当に関係のない事だった。けれどその流れ弾が着弾し、あっさり地球の重
力範囲内に機体が流されたのだ。何が哀しくて一人地球降下などしなくてはならないのか。しかも
ここまで落ちてしまえば回収は難しい。残された道は一つ、単独降下だけである。
は諦めの意も込めて通信回線を繋いだ。
『残念ながら少しばかり手遅れですねー、帰投は不可能かと』
『僕も・・・ちょっと難しいです』
―――戻れない。
そうこうしている間にも、すでにアークエンジェルは大気圏に突入してしまった。
フラガは何とか無事に着艦し事なきを得たが、キラとは依然孤立したままだ。
『坊主! 嬢ちゃん!』
「あー、そんなに叫ばなくてもダイジョブですよ、多分」
『多分って・・・・・おいおい、余裕ぶっこいてる場合じゃないだろうが』
「こんな事もあろうかと、予めゼロに対策を施しておいたんです。だから、平気ですよ大尉・・・
じゃなかった、少佐」
ここに来て階級が一つ上がった事を思い出し、訂正。そういう自分も准尉から少尉に昇進したのだ
った。別にそれで何が変わる訳でもないが。
実質的には何も変わっていない。ただ、背負う責任が違うだけ。MS乗りというだけでこの待遇。
利用する側にしてみたら拘束の意味も込められているのだろうが、まぁ、それは置いといて。
にっこりと、通信画面に向かって微笑む。
焦りも動揺も不安もなかった。
とはいっても、うまく降下できる確率は高くは無いが。
それでも、この機体なら、まぁ何とかなるだろう。データ的に見ても、完璧とは言い難かったが、
多分、大丈夫。きっと、多分、おそらく。もしかすると、ひょっとするかもしれないし、うん。
『なんとかコッチに近づけないか!?』
「あー・・・出来る限り頑張ってみますけど、多分接触は不可能かと」
『それでもいい、とにかくこっちに来い!』
「だから叫ばなくても・・・・・。あ、キラはどう? 行ける?」
これ以上の追求は少し遠慮したくて、矛先をキラに向ける。
するとキラの近くには、同じく重力によって落ちていくデュエルの機体があった。
ちょっとこれはヤバイだろう。
引っ張られていく機体ではまともに動く事が難しい。
しかしそれは相手にも言える事だったので、キラは何とかなるだろうと思っていた。
大した戦闘には、ならないだろうと。
そう、思っていた。だから淀みなく返信をしようとして、しかしあるものを目にしたキラは言葉に
詰まった。
『うん、大丈夫・・・・・・。・・・・・! っあ・・・・・・!!』
「キラ?」
キラの少し焦ったような、上擦った声に眉を潜める。
位置から割り出しても、ストライクは余裕とまではいかなくともデュエルの攻撃は回避出来るだろ
うと予想したのだが、まさか無理なのか。
懸念がの脳裏に過ぎった。
だが、キラが声を荒げたのには、もっと別の理由があった。
戦場には不似合いな、ひとつのシャトル。
大勢の戦争を知らず、平和を壊された人たちを乗せた、真っ白な船。
それがストライクを撃とうとしていたデュエルと、ストライクの間を通過した。
その所為でイザークはストライクを仕留め損ない、チャンスを失ってしまった。
銃の先は、きっちりとストライクに向いていたのに。もはや撃ってもストライクには何のダメージ
も与えられない。間に入ってきた、忌々しいナチュラルの船の所為で。
ギリッと眉を潜め、イザークは不機嫌を顕著に示した。
絶好のチャンスを、よりにもよってナチュラル如きが邪魔をしてくれたのだ。苛立ちが一気に増す。
―――よくも邪魔を・・・・・っ!
ストライクに照準をあてていた銃口を、目の前を通過したシャトルへと移した。
イザークからしてみれば、それは自然で妥当な行動だった。
戦艦から射出された避難船。それに乗っているのは当然、戦いから背を向けた兵士たちであると。
イザークはそう信じて疑っていなかった。
大方、戦局が芳しくないと判断し、自らの陣を捨て、ザフトの攻撃に恐怖し、自分だけは助かろう
と命惜しさにコソコソと、どさくさに紛れて戦場から逃げ出そうとしているのだ、と。
・・・死ぬのが嫌ならば戦場になど、始めから来なければ良いものを・・・っ!
自分の邪魔をした事といい、おめおめと尻尾を丸めたナチュラル共が・・・・!
はハッとして視線を移した。
デュエルが再び銃を構える。けれどその予測される目標物はストライクではない。
キラが何に対して声を発したか、ようやく理解できた。
あれに乗っているのは平和を突如崩された民間人。そして・・・・・・、
散った命を想い、花を折った小さな女の子が。
『守ってくれてありがとう』と、僕に一輪の花をくれた、エルが―――、
「―――――――――!!」
「よくも邪魔をしてくれたな・・・っ」
けれど警告を発するには、あまりにも遅すぎた。
「やめろぉ―――――! それには・・・・・ッ!!」
「逃げ出した腰抜け兵がぁ―――――――――!!」
銃口が、火を噴いた。
それを、何と表せばいいのだろう。
周りがゆっくりと時を刻む、そんな不自然な世界の中で。
全てがスローモーションの、自分たちだけが隔絶された世界に自分と、キラと、デュエルと。
そして、シャトルと。
それは眩しい光の筋だった。
一直線に伸びる光は、さながら天が罰を与えるそれのような、ひかり。
決して優しい光ではなく、それは―――全てを砕く、強いひかり。
「――――――ぁっ―――!」
一瞬、一瞬だけ、視界が白に染まった。
そして聞こえてきたのは爆音と―――赤く飛び散る、炎の欠片。
―――いのちの、ひかり。
『っうあああああああああああああ!!!』
燃え尽きる瞬間こそが美しいと、そう言ったのは誰だっただろう。
“マスター、システムを起動して下さい・・・・マスター!”
「ぁ・・・・・・・・・」
機体が降下していく。母なる大地、全ての始まり、生まれた故郷へ向けて。
落ちていくものを焼き尽くすように、赤々と熱をともして。
“何をしてるんです! ここで死ぬおつもりですか!? このままでは貴女も死ぬだけです!”
「・・・・・・・・・冗談・・・・・っ」
操縦桿を握り直し、降下に耐える。ゼロの口調がいつもと違う事にも気付かず。
絶叫がいつまでも耳から離れない。強すぎる光は、過去の映像をフラッシュバックさせた。違うの
はここが錬金術などお伽話で、誰もその技術を知らない事。
またひとつ、命が散った。たくさん失われた命のひとつになった。
世界中がそれを知ったわけではない。けれど私たちはそれを知った。
そしてそれが戻ってくるものではないと、知っていた。
いのちは、たとえ錬金術であっても元通りにはならない事を、知っていた。
そこから先は記憶が曖昧で、どうだったかなんて覚えてない。
もしかしたら、対処が間に合わなくてあのまま大気圏で燃えて死んだのかもしれない。
宇宙で散った、もうひとつになっていたのかもしれない。
死は特別じゃない。少なくとも、こと戦場においては、特に。
大気圏内では意識を失い、そのまま導かれるようにして地球へと降り立った。
一人、アークエンジェルから離れて。
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忘れられてるかもしれませんが、夢主、鋼錬世界にトリップしてから種にトリップしちゃった人
ですよー・・・・・・。
(05/04/23)
(08/02/24)renew