「・・・・・見知らぬ天井・・・」
と、人の顔。
Act20 地球
「あら、目が覚めたのね。気分はどう?」
「・・・は・・・・? え、あの・・・・・」
瞼を上げて、最初に飛び込んできたのは見知らぬ天井。初めて耳にしたのは柔らかな女性の声。
体調が万全ならばここで飛び起きたくもなるが、如何せん身体が重くて頭から上しか満足に動かせ
ない。そりゃ単独でしかも『当たって砕けろ』的な降下という無茶をしでかしたのだから、当然と
言えば当然だ。
だがちゃんと両手両足は付いてるし、意識もはっきりしている。
動かしにくい身体は疲れまくってるくらいで、特に大きな傷はない。
たぶん、この分だと数日で体力は回復するだろう。骨も折れてはいないようだし。
そろりと身体を動かしてみて、どこも異常は無いと知る。が、それで安心出来るという訳ではない。
どこだ、ここは。
身体の状態をチェックしていた目が、今度は周りの状況を確認する。意識は明瞭だが、その代わり
頭は混乱しているようだ。自分の状況把握さえ上手くいかない。
どうやら、自分はベッドの上で横になっているらしい。柔らかい布の感触がある。
そこに上からのぞき込むようにして自分に笑いかけているのは、先程声を掛けてきた髪の長いお姉
さん。
これがまぁ若くて綺麗で美人さんなんですよ。・・・・って。
解説してる場合じゃない。ついでに納得してる場合でもない。
ひょっとして頭のねじが吹っ飛んだんじゃないかと多少不安になりつつ、意識を切り替える。
ここはどこで、そして目の前にいる美人のお姉さんは何者なんだ。
柔らかな声音で気遣いの言葉を口に出され、少しの安堵を覚えたのは確かだ。けれどここがどこで
彼女が何者なのか分からない以上、それだけで彼女を判断し、優しさを鵜呑みにする訳にはいかな
い。
「吃驚したわぁ。貴女一人で砂漠にいて、おまけに気絶してるんですもの」
「は? 砂漠・・・・?」
「そうよ、見つけた時は焦っちゃったわ」
にっこりと笑ったままのお姉さん。
だが私は状況が掴めず大混乱である。
今、この人『砂漠』って言ったよね?
って事は、ここは地球なんだよね?
うん、そこまではいいんだけど。
・・・・・地球の、砂漠って。具体的にどこの砂漠なのかサッパリだ。説明がざっくりすぎて余計に分
からない。説明になっていないじゃないか。
思わぬ情報に思考がフリーズする。どうやら目を覚ました直後の脳には負荷が大きすぎたようだ。
いや、しっかりしろ自分。成り行きだったとはいえ軍人が初期パソコン並のスペックでどうするの
だ。ただでさえ元いた世界では実現なんぞ程遠いガンダムに乗っているんだぞ、これくらいの事で
固まっていてどうする。
「あぁ、ごめんなさい名前を言ってなかったわよね? 私はアイシャよ」
「は? はぁ・・・私はと申しますが・・・・・あの、一つお聞きしても?」
「あら、なぁに?」
「・・・・ここ、どこですか?」
さっきからずっと疑問に思っていても尋ねられなかった質問をようやく絞り出す。ハッキリ言って
先程の情報は大雑把すぎて範囲が特定できないのだ。どこだよ『地球』の『砂漠』。知りたいのは
詳しい地名であるというのに。
そう、何をするにもまず知らなければならないのは自分がどこにいるのかという確認。じゃないと
動こうにも動きようがない。
そんな警戒心を抱いているとは悟られないよう、見慣れぬ環境に戸惑う無害な女の子のフリをしな
がら不安そうな声で尋ねる。
いささか遅すぎる偽装工作だろうが、やらないよりはまぁマシだろう。
「あら知らなかったの? ここは・・・」
「やぁお嬢さん。お目覚めか?」
アイシャの声を遮ったのは、低い男性の声。
たった今ようやく聞き出そうとしていた場面で横やりを入れられ、さらに起き抜けに加えて見知ら
ぬ環境下に身を置かれているという事実が、ただでさえ普段の冷静さを欠如させている状態だとい
うのに。
タイミングが悪すぎる。
誰だ、会話に乱入してきたヤツは。
ノックも無しに部屋に入ってきた事よりも後一歩で邪魔をされたという事の方に怒りのメーターが
反応したはギン、と目を光らせた。
けれど声の主である男の顔を見た瞬間、重いはずの身体が俊敏に動き、「あ!」という声と共に右
手の指が持ち上げられる。
人を指さすなと言うなかれ。ついでに叫ぶなというのも無理な注文だ。
なぜなら、入ってきたその人は。
「無類のコーヒー好きかつ虎マークをマグカップにつける程の虎柄好きで、果ては狙ってるんじゃ
ないのかと思わせる虎柄のパイロットスーツと機体保有していて、あまつさえ異名まで虎がつい
てる代名詞と見た目が一致してる事で有名なザフト軍所属のちゃっかり隊長を務めちゃってるア
ンドリュー・バルトフェルドっ!?」
って事はここってまさかザフトばっかり!?
・・・・・・というか、隊長、あなたこんな所であぶら売ってていいんですか?
いきなり起きあがったかと思えばどこか呆然とした顔で、思わず口に出しちゃいました的に無駄な
装飾語も他の言葉も飾らず素の口調で内心を一気にぶちまけたは、言うだけ言って硬直した。
ハタからみれば、やっちゃった感がたっぷりと漂うであろう場面ではあるが、しかし、目の前にい
るのはアイシャと虎とコーヒーを愛する男、バルトフェルド。
二人はは一瞬ポカンと目を丸くした後、おかしそうに頬を緩めて笑い声を上げた。
「っははははははははは!! 中々面白いお嬢さんだな、アイシャ」
「えぇ、見てて飽きないわねアンディー」
笑い転げる二人に、しかし笑われた本人は未だに思考の迷宮をさ迷っていた。
砂漠、バルトフェルド、アイシャ、予定外の事がありすぎた。しかもその予定外の内容がすさまじ
く濃い。何もこんなドンピシャじゃなくとも良いじゃないかと嘆きたくなる程のピンポイントぶり
である。
その異常ともとれる状況に、は素直に困惑を露わにした。
「地球って・・・砂漠って・・・・・・・ええええッ!!?」
・・・・・よりによって、敵対関係にある基地かよ。
叫ぶだけ叫んで、は口をパクパクさせながら再び固まった。
・・・・・こんな展開って、アリ?
大気圏内で意識を失っていたキラは、目覚めた後は大人しく部屋の中にいた。
軍服を着て、戦艦にいて。
けれどここにはいない誰かが、キラの表情を暗くさせる。その原因が分かっているだけに、キラの
顔はますます曇ってゆく。
『さんは・・・・・私たちとは違う所に、降りてしまったの』
嘘だと思った。
その言葉を聞いたキラは、驚愕の他に何も反応が出来なかった。艦長の口から飛び出た言葉は、に
わかには信じがたい・・・否、信じたくない内容。
けれど、探している人の姿が見当たらない事が、何よりの証で。
ぽっかりと空いた心に、後悔と心配、不安がどっと押し寄せる。
数時間前まで一緒にいた、言葉を交わした、戦った人が。
ここではない、どこかも分からぬ場所にいる。それも、たった一人で。
「―――ッ!」
ガクン、と膝から力が抜け、ベッドに崩れるようにして座る。
けれどキラは、自分の状態などどうでもよかった。
頭に浮かぶのはたった一つの事なのに、脳はぐるぐると思考をかき乱して纏まらない。
無事を願う事しか出来ない自分。捜索に行けないもどかしさ。
叶うならばすぐにでも探しに行きたかった。
けれど。
どこにいるかも分からないたった一人の為に、重要な戦力がここを離れるわけにはいかない。
ぐっと拳を握りしめる。
あなた達は彼女が心配じゃないんですか、今だって助けを求めて苦しんでるかもしれないのに!
そう言いかけた口は、クルーの苦々しい顔で閉じられた。
探しに行きたいのは自分だけではないんだと、その時になって気付く。
フラガ少佐の震える拳が鉄の塊にぶつけられるのを見て、沈黙は重くのし掛かった。
だが、だから何だというのだろう。結局は理由を並べて見捨てているという事実に変わりはない。
キラは再び思考の濁流に呑まれた。
どうして。
「どうして、僕だけが・・・・」
キラは自分の膝の上で拳を握り締める。
どうして自分だけが、こうしてこの船にいるんだろう。
どうして彼女だけが、ここにいないんだろう。
どうしてこんな事になったんだろう。
どうして。
「なんで・・・・・・」
消え入るようなキラの声の後、僅かな静寂が部屋に満ちる。
けれどそれも一瞬で過ぎ去った。
そんな時である。
「キラ」
「・・・フレイ・・・・?」
空気が抜けたような音から少し遅れて、軍服を着たフレイ・アルスターがキラの部屋に入ってきた。
何か用なんだろうか。キラが少し首を傾げてベッドから立ち上がり、フレイを見る。
フレイに心配を掛けるわけにもいかない。自分は今、ひどい顔をしているはずだから。
ふっ、とキラは視線を下にずらす。そうすれば僅かでも顔色は隠せる。
だが上向けた目に入ってきたものに、キラは愕然とした顔になった。身体が強ばり、嫌な汗が滲む。
何か用? と聞くはずだった唇からは別の言葉が流れた。ただでさえ悪かった顔色が、ここへ来て
さらに色をなくす。
もはや顔色を悟られないように努めなければ、という意識は無い。その心情を隠す事すら忘れ、キ
ラの視線がフレイの差し出された手の一点に集中する。
「そ、れは・・・・・・」
目がそこから逸らせない。あまりにも鮮やかに咲く造花は、その鮮明な色彩をキラの網膜に焼き付
け、他の一切を遮断した。
『ありがとう』の言葉と共に、自分に贈られた、小さな花。
強張るキラの様子に気付かなかったのか、フレイはいつものように口を開き、言葉を続ける。
「ストライクのコックピットにあったから、キラのだろうって」
「・・・・・あ・・・・・・っ」
一輪だけ残された、死者への手向けの、花。
キラの脳裏にフラッシュバックした映像が流れる。
守りたかったんだ。
たとえ僕が戦場に引っ張り出されても
護りたかったんだ。
だから戦おうって決めたのに
ま も れ な か っ た ん だ 。
伸ばした手は、あまりにも無力で
「あ、りが・・・・・・・・っ」
やっと声を絞り出して、そう言ったけど。
吐き出した声は涙で震えて、力無く花を受け取った後、崩れて床に膝をついた。
「キラ?」
そんなキラにフレイは駆け寄り、屈んで声を掛けた。
キラの繊細な心は、これ以上ない程打ちのめされてボロボロだった。
一人は行方が知れず、一人は目の前で殺された。
17歳の少年が抱えるには、あまりにも大きすぎる喪失。
「あの子・・・僕は、守れなかっ・・・僕は・・・・うっ、あ、ああぁあぁあ・・・・・・っ!」
涙が溢れて止まらない。何かを言ったような気もするけど、分からない。
僕は守りたかった。守ろうとしたんだ。守ろうとして・・・・守れなかった。
二人とも僕の傍にいたのに。近くにいたのに。
今ではもう、遠くて。手を伸ばしても届かない。
アスランだって・・・・昔と違って、こんなにも遠い。
俯き、顔を伏せて泣くキラは、だから気付かなかった。
突きつけられた、自分に課せられた現実がひどく冷たくて、あまりに非情で。
自分を伺うフレイの顔が、にやりと不気味に歪んだ笑みを浮かべていた事に。
ヒビが入った硝子の心に、どうしてそれが気づけようか。
そうして毒のような甘い囁きがフレイの口から放たれる。
「キラ・・・私がいるわ・・・・。大丈夫、私がいるから・・・・・・」
やさしく、やさしく。
フレイの言葉は呪文だった。甘い甘い、呪縛のような魅惑の安寧。
猛る炎を鎮めてくれる静かな癒しは、傷付いたキラを惹きつけるには充分な力だった。
柔らかくキラを包むフレイの両腕は、キラにとっては慈愛であり優しさであり、救いそのもの。
苦しむ心にするりと入り込んできた、自分を慰めてくれる光の、何と甘美な事か。
そしてそれはそれ故に、キラを縛る鎖となる。
「大丈夫・・・・私の想いが・・・・あなたを守るから・・・・・・」
フレイは、自分を分かってくれる、自分の苦しみを理解してくれる。
唇に触れたぬくもりは、ただ優しさだけをキラに印象づける。
もっと安心したくて、キラの身体は勝手にフレイを求めた。
安らぎが、欲しかった。
ただ、それだけ。
逆らうという選択肢は、最初から持ち得ない。
すぐそこにある温もりに、キラは必死になって縋り付いた。
『総員、第二戦闘配備!繰り返す!総員・・・・』
「敵・・・・!」
キラはがばりとベッドから身を起こし、服を着込む。
慌ただしい支度を終え、部屋を飛び出した。胸に宿るのは固い決意。
「死なせるもんか・・・! もう、誰も・・・・っ!」
あんな思いは、もう二度と。
内側から溢れ出る思いに、キラは逆らう事なくそれに従った。
一方で部屋に残されたフレイは、一度起こした身を再び沈めて顔を腕で覆う。
その口からは空虚で乾いた笑い声が出るばかりだ。取り憑かれたようにフレイは笑う。
それは確かに笑みのはずなのに、優しさも暖かみも無い。歪んだ口元から言葉が零れた。
「守ってね・・・あいつらみんな、やっつけて・・・・・・。・・・ふふふ・・・、あははははははっ」
そうだ、みんなやっつけてしまえ。
いなくなってしまえばいい。
あいつらみんな、みんなみんな。
戦って、みんな、死んじゃえばいい。
みんな、みんな。
だから。
だからキラ。
私を守ってね。
キラ
私のために
あなたは戦って戦って戦って、
そうしてあなたも死んで頂戴?
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前半ギャグ、後半シリアス。
ひょっとしてガンダムシリーズって主人公虐めのアニメなのかしら。
(05/05/20)
(08/04/27)加筆修正