Act18 意思
『キラ、ブリッツに取り付かれたわ! 戻って!』
ミリアリアの切羽詰まった通信を受けてアークエンジェルに素早く目を移す。
手こずるわけにはいかないというのに、事実足止めをくらっている私に出来る事はただ引き金を引
く事だけだ。
もどかしく思いながらも、実力以上の力が出せない以上、焦ったところで自滅するのは明白。
自軍との合流を目前にしてのザフト軍の襲撃に、アークエンジェルは苦戦を強いられていた。
数では圧倒的に向こうが有利なだけに、墜としても墜としてもわいて出る。
いたちごっこのそれに思わず眉間に皺が寄った。
終わりが無いんじゃなかろうかといい加減イライラしてくるのも無理は無い。
それをぶつけるように目の前のMSの頭・・・カメラ部分を撃ち抜いた。
別に命を少しでも救おうとか、そういう事を考えての行為じゃない。戦闘中にそこまで意識を向け
られないのだ。感情では極力殺さないようにしてはいるが、それだけではない。盾にするためだ。
自分にとっても動かないMSは障害物になるが、それは相手にも同じ事。
間を縫うようにして接近し、あるいは遠ざかって、襲いかかる銃弾の嵐を進む。
見るとニコルはアークエンジェルに取り付いて、直接重火器で近距離から攻撃していた。
如何に強固な装甲でも、一点を集中して狙われたらひとたまりもない。
鹿威しの石のように、水のようなものでもいずれは固い石に穴を開ける。狙いを定めた攻撃を連続
して受けては、いかにアークエンジェルと言えど危険だ。
その危機を目の当たりにしたキラは目を見張った。
どくり、とキラの心臓が一際大きく脈打つ。瞬間すべての音が消え、瞳孔は開き、視線は一点に集
中する。めまぐるしい勢いで脳内を、体中をナニかが這い回る。
それは下からざわざわと押し寄せるナニかだったかもしれない。
それは頭部を鈍器で殴りつけられるようなナニかだったのかもしれない。
当てはまる言葉は思いつかない。けれど、それは暴れ狂ってキラの中を駆けめぐり、膨張し続けて
肥大し、やがて絶えきれなくなり、弾けた。
「やめろぉ―――――!!」
先程までのそれとは違う、ストライクの動き。
それは正しく覚醒だった。一変したキラは適確に敵を捉え、砲火を放つ。
ストライクの攻撃を受け、ブリッツはアークエンジェルから離脱せざるを得なかった。
一歩間違えば、それを直撃していたのはアークエンジェルである。
けれどキラはただブリッツを引きはがす事で一杯だった。懸念も迷いもない。
ところが待ってましたとばかりに、イザークはストライクを墜としにかかった。
みるみるうちに両者の距離が縮む。
だが、ストライクの動きは予想よりも遙かに速く、ソードがデュエルのコックピットを襲った。
内部はその衝撃で破損した破片がイザークの顔をざっくりと切り、イザークはその端正な顔を歪め
る。おびただしい量の血が、イザークを赤く染める。
「ぐぁ・・・ッ!」
目にストライクが映ったのは一瞬だった。
その一瞬の後に、何かが割れる音が耳をつく。
次いで痛みが襲ってきた。
『イザーク!』
「痛い・・・痛い、・・・・・・痛い・・・・・・っ!」
顔を手で覆い、痛みに呻く。
ぱっくりと切れた傷口から流れた血は、イザークの両手をも赤く濡らした。
とてもじゃないが、目を開けていられない。
『ニコル、どうした!?』
『ディアッカ、ひとまずここは撤退です!』
何が起きたのか詳しく分からないディアッカもマズイと思ったのか、ニコルの言葉に素直に頷き、
ザフトは母艦へと帰投していく。
それまでの戦いぶりが嘘のようだった。
あれだけ苦戦し、ともすれば長期戦、あるいは消耗戦にもつれ込んでもおかしくなかった戦況で、
押されていたはずのたった一機にそれをひっくり返されたのだ。
それを成し遂げたキラ。
果たして何人がそれに気付くだろう。
そうして活躍していけばいくほど、キラはますます降りる道を無くしていく。
義務感。
期待。
諦め。
責任。
キラの心は揺れていた。
仲間を守れた喜びもある。けれど、それ以上にキラの心を浸食する思いも確かにあった。
帰りたい。こんな戦いになんて参加したくもない。
そう強く思っている事は事実だ。
けれど、それでいいのかとも思う。
聞けばストライクに乗れる人はクルーの中にはいないという。
では、もし基地に着く前に再び襲われたら?
先程の四機が戻ってきたら?
もう戦いなんて。
自分は学生だ。
平和の中で過ごしてきた。
兵士でも何でもない、ただの学生で、子供で、・・・・コーディネイターである自分。
・・・僕に、どうしろっていうんだ。
キラは何かから逃れるように目を固く閉じた。
人を殺す?
僕が?
これに、乗って?
みんなは守った。守れた。じゃあ、もういいじゃないか。
もう、いいはずじゃないか。
もともと戦争とは関係ない所にいたんだ。
だったら、もう。
・・・・・・アークエンジェルを、降りたって。
戦いは少年を巻き込んだまま、さらにその範囲を広げていく。
ゆっくりと、ゆるやかなスピードで。
「あー、きっつ・・・・・」
はゼロのコックピットに身体を沈め、深く息を吐いた。
MSは操縦者がその場を動かない為、どうしても肩が凝って仕方ない。
試しに首を横に傾けると、コキッ、と鈍く音がした。
“マスター、大丈夫ですか?”
無機質な機械の声なのに、紡がれるのは気遣わしげな言葉で、そのちぐはぐさに少し笑う。
「あー、ダイジョブ。それよりさぁ、ゼロ」
“はい”
はぐんっと勢いよく身体を起こし、不敵に口角をニヤ、と吊り上げた。
「アンタに聞きたい事があるの」
というか、知ってもらいたい事も、あるんだけどね。これからの為に。
私も大概怪しい存在だと自負しているが、この機体はそれ以上だ。この物語を知っている私からし
てみても、十分に異質。
物語が一から十まで全てを記している訳ではないが、これ程のもの、描写がひとつとして無かった
のはいささか奇妙である。
さて、教えて貰いましょう。本当のアンタは何なのか。
きょとりとしたゼロは、この先に何があるかも分からずとも、主の言葉を待って沈黙した。
「、さん?」
「あぁ、キラ。さっきはお疲れ」
「う、うん、ありがとう。その、さんも」
「あはは、ありがとキラ」
「・・・・・・あの、」
「ん?」
「・・・・・・・・・・・・・・ここで、何、してるの?」
キラは遠慮がちにに尋ね、は首を傾げてキラを見る。
へ?という声が聞こえてきそうな顔とは対照的に、キラは心なしか重く沈んだ感じで佇んでいた。
キラが何をしたいのかいまいち分からないが、聞かれた事には答えねばなるまい。
夏樹は自身の行動を振り返ってみた。
何って、ゼロの機体をチェックしたりお喋りしてたりして・・・。
ゼロは一応私の機体だし、それも仕事の内だし。
別に珍しい事でもないと思うんだけどな、私がここにいて何かをする理由って。
やや訝しみつつもそう言うと、キラは俯いて「うん・・・・」と小さく返した。
その様子にますます疑問が湧き上がる。
「でも、それはキラもやってる事でしょ?」
「・・・・・そうだね」
・・・・歯切れが悪い。
言葉を重ねてみても、キラの態度に変化は見られない。
はキラの様子を思案した顔で見て、低く唸った。
・・・・・・・・・どうしたものか。
「ねぇ、キラ」
「なに?」
「ストライクんトコ、行こう」
「え?」
するりとゼロから身を滑らせて、戸惑ったままのキラの腕を掴み軽くゼロを蹴り上げる。
ここは宇宙だし重力も地球のそれより下だ。勢いをつけた身体はスイスイと進んでいった。
何やら沈んだ空気をどっさりと背負ったキラの様子に気付きながらも、他愛のない会話をする。
そう言えばさっきゼロを詳しく調べてみたんだけどねー、この子・・・あぁ、ゼロの事ね。
見た感じは戦闘機なんだけど、MSの形もとれるんだってさ。驚きだよね。
ただし、普通のMSとは大きさが小さいらしいんだけど、イーゲルシュテルンとかバルカン砲とか
ビームサーベルもあるらしくて、こんなものとは無縁だったから知識の詰め込みに天手古舞いだよ。
心理的に追いつめられた人間に、真面目な話をしたって通じない。
この会話にしたって、キラからの返事は「うん・・・」「そうだね」くらいだが、単刀直入にズバリ
と本題を持ち込むには、今のキラは危うすぎた。
本題に入る前に壁を作られては困る。
「もうすぐ合流だね、キラ」
「・・・・・・うん。そうだね」
「やっぱキラは、降りるんでしょう?」
キラの格好はもう地球軍の軍服ではなく、この船に乗ってきた時のもの。
着る物ひとつで、こうも違って見えるとは不思議だ。どこからどう見ても、そこら辺にいる普通の
子供。とても地球軍の宇宙用艦隊に乗り、最新鋭の機体を操舵する人物には見えない。
当たり前だ、彼はほんの少し前まではカレッジの学生をしていたのだから。
「そりゃあ・・・・・・僕は軍人になったつもりもないし、学生だし・・・・・・さん、は・・・・・・?」
じっと、真剣さの中に不安が入り交じった目で、真っ直ぐに視線を注がれる。
内心で苦笑して視線を外し、ストライクを見上げた。
「残るよ」
「!? え・・・・・ッ、なんっ・・・!」
「キラ君、さん」
「あ、艦長」
「・・・・あ・・・・・・・・・」
キラは思いもよらぬ返答に動揺し、その真意を聞こうと口を開いた。
しかしタイミング良くそこに別の第三者が現れ、機会を逃す。
「その・・・・・・もう一度、あなた達と話をしたくて。ちゃんとお礼を言いたかったの」
「・・・・・え・・・・・・・・・・?」
目を丸くしたキラに微笑み、マリューはキラと握手を交わす。
キラにとっては驚きの連続だ。さっきから予想外の言葉ばかり聞いているような気がする。
「あなたには本当に大変な思いをさせて・・・・・色々、無理言って頑張ってもらって。感謝してるわ」
「いや、そんな・・・・艦長」
「口には出さないかもしれないけど、みんなあなた達に感謝してるのよ?」
元々は、自分たちが巻き込んだ所為だった。
キラも、も。
マリューは複雑に笑った。
戦争を知らなかった子供たちに、そのまっただ中へ放り込んだのは・・・・・・自分だ。
仕方がないとは言え、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私には艦長たる者としての勤めがある。非情にならなければ、任務もクルーの命も守れない。
だが、その為に無関係であるはずの子供まで巻き込んでしまう事に、罪悪感があった。
それが、今、ようやく解放してあげられる。
肩の荷が下りたと言えば聞こえは多少悪いかもしれないが、それでも嬉しいと思った。
そんな自分に、こんな事を言う資格は無いかもしれないけれど。
「こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど・・・・・頑張って」
キラは困惑した顔でを見た。それに気付いたマリューもを見る。
「さんには・・・・・これからも、頼らせてもらう事になってしまうけど・・・・・・」
「ああ、気にしないで下さい。ただの自己満足ですし、それに私がそう決めたんですから」
上の方から除隊許可証を渡された時は驚いたが、はこの船を降りる気は毛頭なかった。
すでに軍人としての決意を固め、戦う道を選んだ以上、途中でそれを放棄する気は起こらなかった。
決めたのだ。目的を成し遂げると。
第一地球に降りた所で自分を待つ家族などいはしない。
誰かに無理強いされたのなら話は別だが、自分で下した判断だ。
後悔は、ない。
「大丈夫ですよ、艦長。あなたが気に病む必要は全くありませんから」
物言いたげなキラを笑顔で牽制して、はにっこりと笑った。
「キラも、元気でね」
そうして振り返ったキラの顔は、信じられないことを聞いた、とばかりに目を見開き、その視線を
から外す事無く棒立ちしていた。
その後再びザフト軍が地球軍を撃ちにやって来るまで、あと数分。
next
(05/04/23)
(08/02/03)renew