Act17 狭間
艦内にアラーム音が響き、艦長やクルーが何事かと緊張を滲ませる。
はキラとラクスが無事ストライクに搭乗するのを見届けた後、ゼロの機体へと走り寄った。
物語がこのまま、自分の記憶通りに進むのだと仮定するならば、この取引は成立する。いや、賭け
だろうか。少なくとも少年たちにとって博打には違いない。こうする事で必ずしも事が上手く運ぶ
とは誰も確信を持てないのだから。知っている自分とは違って、彼らは今ここで生きている。違っ
て当然なのだが、自分という不確定要素も存在している事だし、確実とは言えないのかもしれなか
った。自分がここにいるという時点で物語は大きく、しかし小さく異なっている。その影響がある
のか無いのかは分からないが、もしあると仮定した場合の行動、その結果は常にシュミレートして
おかなければ、想定外の事態に対応できない恐れがある。
回線を開き、ストライクとイージスの通信をいつでも聞ける状態にした。この際、ノイズが入って
しまうのは仕方がない。少し聞き取りづらいが。
ストライクからナスカ級に通信が入る。
『こちらアークエンジェル所属のMS、ストライク!』
「・・・・・・」
妨害をしようと思えばできる。流れを変えようと思えば、この展開を迎えずに進める事も。
けれどもそれをしないのは、誰の為でもない。自分の為だ。
物語の流れを変える? 馬鹿馬鹿しい、私は私の利益になる事しかしない。責任など、負えるはず
もない。だから止めようともしないし変えようとも思わない。
面倒なのはこの身が抱える事情だけで十分だ。
『ラクス・クラインを同行、引き渡す!ただし、ナスカ級は艦を停止!イージスが単独で来る事が
条件だ。この条件が破られた場合、彼女の命は―――保障しない!』
「なッ、勝手な事を・・・・・!」
キラの勝手な行動にナタルはザフトへの攻撃を声高に叫ぶが、それはフラガの一言によって砕かれ
た。そうしようものなら、キラは銃口をこちらに向ける、と。
感情で動くという事。それは軍人であれば禁忌である。けれど誰もが失念していた。忘れていた訳
ではない。けれど今こうなって思い出す。
彼はまだ子供であるという事を。
そうこうしていると、向こうから一機のMSが接近してきた。色は赤。紛れもなくイージスだ。
ストライクはそれに銃を向け、コックピットを開かせる。次いで自らも姿を見せ、ラクスに話すよ
うにと促す。
キラの同伴者が間違いなくラクス本人であると確認したイージスのパイロットは、ラクスを抱き留
め、顔をストライクへと向け「キラ!」と声を張り上げた。
内心ではもっと激しい葛藤が激情と共に絡み合い、複雑な様相と化している。
幼少時代を共に過ごした無二の親友が、同じ立場であったはずの友が。
こんなにも手の届く位置にいるのに、今は敵同士。討たなければならない。
そんな事―――望んでなんか、いないのに。
『僕だって君となんて戦いたくなんてない……ッ!でもッ、あの船には守りたい人が…………
友達が、いるんだッ!!』
キラはアスランの声に確かに賛同する部分があったと認めていた。
戦いなんて望んじゃいない。殺し合いなんてしたくない。大切な友達に銃を向けたくなんてない!
でも!!
トールやミリィ、サイ、カズイ、フレイ………そして。
彼らをあの船に残して自分だけが、なんて。あの船を……友達を守る為には僕の力が無いとダメな
んだ!なのに!!
アスランの所へ………………ザフトに行くなんて。そんな事、出来ない……!!
通信を盗聴しなくとも分かるキラの心情には同意できるものがある。
けれどそれが必ずしもキラである必要は、本来なら無かったはずだった。
そうさせているのはキラがコーディネイターであるという事実と、巻き込まれた末の今という現実。
『ッ、ならば仕方ない……。次に戦う時は、オレがお前を討つ!』
『……、……僕もだ』
ストライクはコックピットを固く閉じ、ゆっくりとその場から後退していく。
遠ざかる友の姿を目に焼き付けながら、それでも目線だけは外さなかった。
あぁ、なんという滑稽、何という皮肉!
この戦争を産み出したのも、彼らを戦いへ堕としたのも、全ては大人の都合に過ぎない!
そうしてその都合が、人を、世界を動かしているとは!
さて諸君、せいぜいよくその目に焼き付けると良いよ。
子供達の姿こそ、この世界の真実だ。
はあっと疲れたように息を吐いて、シートにどさりと沈み込む。
今のキラを縛り付けているのは、アークエンジェルに乗った友人達の存在。
平和に日々を過ごしていた日常が崩れ、戦闘に巻き込まれてしまった少年少女たち。
ザフトに行くのは簡単だ。だがキラの優しさが歯止めをかける。揺れ動く心を叱咤して、やるべき
事をやるために。そこには確かに自分の意志というものがある。
けれど、それは「仕方ないから」、「やらなくちゃいけないから」、「それだけの力を持っている
から」。
再び溜め息を突くと、通信が突然入り、大きな声で怒鳴りつけられた。
『おい、嬢ちゃん!』
「!!? な、何!?」
驚いて体が跳ねる。
キラはびくびくと通信に意識を向けた。まさか自分に向かってずっと話しかけていたのだろうか。
だとしたら今まで気付かずにいたから怒ってるのか?
どうしよう、とキラが動揺していると、再び怒鳴るような、とまではいかないがそれなりに大きな
声量で通信が入ってくる。
『何じゃねェ、出るぞ!』
『えー?』
『あのままザフトが大人しくしてると思うか?』
『普通はしないですねぇ』
『・・・分かってんなら出るぞ』
『ハーイ』
自分が口を挟まずともどんどん進んでいく会話に、(・・・僕じゃなかったのか)安心してホッとする。
取り敢えず自分の心配は杞憂のようだった。
よくよく考えれば最初の発言は『嬢ちゃん』。間違っても男の自分に使われる単語ではない。
そこでようやくキラは誰が誰に向かって話しているのか理解した。
(・・・良かった)
安心して少しばかり余裕が出来たキラは、そこで「ん?」と首を傾げる。
『あのままザフトが大人しくしてると思うか?』
その言葉の意味を、敵機の接近を報せるアラームが教えてくれた。
・・・・・・敵のMSが一機、こちらに近付いてくる。
ハッとして操縦桿を握り締めると、ザッという短い砂嵐の音の後に、少女の声が耳に届いた。
『ラウル・クルーゼ隊長、やめて下さい。追悼慰霊団代表の私の居る場所を、戦場にするおつもり
ですか?』
その厳しい声に、クルーゼの機体が速度を落とし停止した。
そうしてキラはその声に聞き覚えがあった。ついさっきまで自分といた人の声だ、間違うはずがな
い。あれは、彼女は。
『そんな事は許しません。すぐに戦闘行動を中止して下さい。……聞こえませんか?』
普段のラクスからはとても想像できない鋭い声に冷や汗が流れるのを感じた。
あの優しい歌声を聞き、にこにこと話していた時とはまるで別人。
大人しく事態を静観するつもりだったが、普段の自分と接するラクスしか知らなかった為か、その
威圧を含んだ上の人間が放つ声の力に少し顔を歪める。
プラントを代表する者として当然の、あるべき姿。確かにそれもラクスではあるが、薄い膜越しに
でも見ているような気分にさせられる。
帰還していくMSに、改めてラクスの影響力というものを目の当たりにした気分だった。
それと同時に何故あんなにもラクスがプラントに住む人々に人気なのだろうかと思う。
まぁそれは自分には関係ない。こうして力有る言葉で危機を脱したのだから問題はない。
はゆっくりと瞼を閉じた。
『何だか知らんが、こっちも戻るぞ』
「あ、はい」
『……ハイ』
『とんでもねぇお姫様だったな……』
『………………』
『あ? どうした?』
フラガは無言のキラに首を傾げる。が、すぐにキラは首を横に振った。
『いえ……………………何でも、ありません』
キラはかぶりをふったが、その実決して何もなかったわけではなく。
先程まで言葉を交わしていた、顔を合わせた者を頭から追い出す事が出来ずにいた。
2人が思う事は、同じ。
今となっては引き返す事も出来ない、どうしてという気持ち。
…………あんなに
あんなに、一緒だったのに
アスランは部屋からまたもや抜け出してしまったラクスを部屋に連れ戻し、軽く注意をする。まっ
く、このお姫様ときたら何度も何度も部屋を抜け出しては自分たちを困らせているのだ。鍵をかけ
ても彼女の持つハロがそれを簡単に開けてしまう。・・・それを作り、かつプレゼントしたのはアスラ
ン本人なのだが。
あまり軍の艦をウロウロされては、こちらとしても困るのは分かっているだろうに。
けれどそれはアスランにも言えた。このような軍人ばかりに囲まれて落ち着けるはずもない。
「・・・・・・」
どうしたものかと内心で溜息をついていると、ふとラクスがこちらに手を伸ばした。
「ッ、」
アスランは避けるように後ろへと下がる。無意識だった。
若干気まずい雰囲気になった時、ラクスは口を開いた。キラに会った、と。
まるで厳かな神託を口にするような声だった。あるいは神の前で隠匿していた罪を暴かれるような。
断罪するような色など伴っていなかったというのに、衝撃の言葉を口にしたラクスを驚いた目で見つめる。
なぜ、どうして。
彼は自分と戦いたくないという。銃を向けたくはないと。
……そんなの………………ッ!
ギリ、と手の筋肉が軋む。そして眉間に険しい皺が生まれた。同時に激しい憤りも。
「僕だってそうです! 誰が、アイツと…………!!」
アイツと、殺し合いなんてしたいと思うわけがない。
相手がラクスだという事も吹き飛んだかのようだった。決して彼女の前でこんな自分を見せるつも
りは無かった。女性に対して、特に自分の婚約者に対してそんな態度を取ることはアスランの道理
がさせなかったのに。
アスランは自分が取り乱した事にハッとして口を閉ざす。
少しの間呆然とした。
自分は何という失態を!
「っ、失礼しました。では、私はこれで……」
苦い気持ちを何とか抑えつけるものの、ラクスの顔を直視出来ず、敬礼をしてドアに向かう。
と、その背に声がかけられた。
「つらそうなお顔ばかりですのね………この頃のあなたは………………」
「…にこにこ笑って戦争は出来ませんよ」
言い、アスランは今度こそ部屋を出た。歩きながら会ったばかりの友人を思い浮かべる。
沸き上がってくる、名付けようもない感情に、知らずアスランの眉間に皺が寄った。
つらそうな顔・・・・・・自分は、そんな顔をしていただろうか。
アスランは軽くかぶりを振った。
今は、戦争中なのだ。
相手はキラで。
自分はザフトで。
任務は彼らを、彼を殺す事で。
『戦いたくない』
そんな戯言に構っている時ではないのだ。
あの頃へはもう還れないのだから。
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