フレイは先遣隊の中に自分の父親がいると聞き、嬉しさで涙が溢れた顔を手で覆った。
パパが生きてた。パパに会える。
この自由が限られた軍の船になど、もういる必要も無くなるのだと、ただその思いだけでフレイは
歓喜する。もうすぐ合流して父親に会えれば、戦いに巻き込まれる事もなく、窮屈で緊張を強いら
れる生活もしなくて済むのだ。
もうすぐ……………
父親の、船が来れば。
Act16 人質
「キラ、第一戦闘配備ってどういう事!? 先遣隊は!?」
「わっ!? フ、フレイ!?」
喜びから一転、本来なら何事もなく父との再会を果たすはずだったフレイは、艦内で流れた情報に
驚いて軽いパニックに陥った。もうすぐそこに父親がいるにも関わらず、何故今になって戦闘配備
なのか。納得も理解も出来ずに、フレイは通りすがったキラに詰め寄った。
さっきまで父親の船が来るという事に喜びでいっぱいだった。なのに戦闘配備という不穏な言葉が
艦内に流れ、フレイの心は穏やかでいられなくなった。その動揺がフレイを形振り構わなく一人の
少年に掴み掛かるという形となって具現されている。
しかしキラから返ってきたのは、分からないという答えだけ。
フレイは何とも言えない不安に襲われ、キラによりいっそう縋り付いた。
何という頼りない返事だろう! 彼はこの船を守るために戦っているのではなかったか。
「大丈夫だよね? パパの船、やられたりしないよね?」
「大丈夫だよフレイ。…僕たちも、行くから」
安心させようとキラは微笑む。しかしやはり何処かぎこちなく、絶対の確信がない笑みになった
事に、フレイの不安は拭えないまま淀み続けるのを彼女自身が無意識の中で感じていた。紛らわせ
ようとしても一向に霧散してはくれない。消えるどころか益々の成長を見せて大きくなっていくば
かりで。
どうして、こんな事に。
それを誰に問うていいのかも分からないまま、足下から奈落へと落ちてしまいそうな何とも言えな
い恐怖がじわじわと這い上がってくる。その恐ろしさにぞくりと震えた。
「キラ、急いで!」
「あ、ごめん。すぐ行く!」
ここで悠長に話している暇はない。
そう言いたげな周りの雰囲気に、フレイは呑まれるしかなかった。いつだって周囲は自分を置いて
進んでいくのだ。フレイは何もしなくていい。いつの間にかそれはいつも終わっていたのだから。
それ以上キラを引き留めようとは出来ず、フレイはただ漠然とした不安を胸に、父の事を思わずに
はいられない言葉を吐けないまま、ただ一言だけが声になって押し出された。
「パパ……」
大丈夫、と微笑んでそう言った少年の背中は、あっという間に遠ざかっていく。
やがてその姿が見えなくなっていく様を、複雑な胸中で見詰めた。その目はもはやキラの背を追
ってはいなかった。
「パパ……………」
のし掛かる不安はいつまで経ってもフレイの心から消える事はなく、ただ呟きだけが廊下に響き、
・・・・・・やがてそれも空気に溶けた。
『カタパルト接続、進路クリア。ゼロ、どうぞ!』
「・、ゼロ行きます」
発進と共にGが襲う。
強い圧力を感じた一瞬後にはもうそれは無く、目の前に宇宙が広がっていた。周囲に散らばる星々
の煌めく様が美しい。けれどそれを確認する暇もなく、次々と敵機が攻撃をしかけ、火薬の光が星
の輝きを覆い隠す。
宇宙に散らばる星々と同じように、敵機の数も同じく際限がない。星の数ほどお金が欲しいと思っ
た事はあれど、星の数ほど面倒を求めた事は一度として無い。あってたまるか。むしろいらん。
「くっ…! 数多すぎ! これじゃコッチがやられないようにするだけで精一杯じゃない……っ」
”左からジン4”
「げっ」
ゼロの警告に慌てて向きを変えて応戦する。まさしく多勢に無勢であった。
見るとフラガの機体が煙をもくもくと出し、そしてふらつきながらアークエンジェルに向かって
いる。それをちらりと目線で追って、嘆くように顔を顰めた。
「あちゃー・・・出戻っちゃったかフラガさん」
”ロックされました”
「っと、」
人の事になど構っていられない。すぐに意識を切り替えて弾道から外れ、弾幕の隙間を縫うよう
にして再び銃を構えた。トリガーを引き、放たれた弾を相殺する。あまり重装備にはできないた
め、ゼロにはこれといった必殺技、大技といった類のものがない。その代わり機動力は良いので
乱戦においてもその威力は十分に発揮できた。けれど一進一退の状況に変わりはない。
先遣隊がいるからといって、戦闘が優位に立てるとは限らないのだ。
現に出会ったばかりの味方は互いに統制が取れにくく、ややぎこちない連携で戦っていた。
その穴を埋めるように動いている為、正直言って精一杯で、自分の面倒は自分で見ろ、という心情
が今のの心境であった。
突出してきた敵機を撃ち落とし、脅威となりそうな攻撃を相殺する。
そうして戦場を駆け回っている時、全周波で放送が入った。よく通る声が通信機越しに響く。しか
し悠長に聞いている余裕も無いため、耳だけを集中して残りを戦闘に切り替えた。
『ザフト軍に告ぐ! こちらは地球連合軍所属艦アークエンジェル。当艦は現在、プラント最高評
議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!』
誰もがハッとして放送に耳を傾ける。
特にザフト軍の動きは明瞭だった。明らかに動きが鈍くなる。
『以降、当艦に攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断
し、当艦は自由意志でこれを処理するつもりであるとお伝えする』
映し出された小さな画面の中で、戸惑った様子のラクスと、取り乱したフレイの姿がちらりと見え
た。メインはラクスであるためフレイはすぐカメラから外れたが、あの赤い髪は他にはいまい。
大勢のナチュラルの中に、たった一人のコーディネイター。
一体何人がラクスの為に動くというのだろうか。そんなの単純な数式よりも簡単に弾き出せる答え
だ。戦闘行為による興奮状態が冷めやらぬ今、そんな事を言えば反応がどういったものかは想像す
るに難くない。軍人の集まりならば、その中に戦友をザフトに殺された人だって当然いるだろう。
そこで憎しみなり恨みなり悲しみなり、そういった気持ちを抱かない人間などいるだろうか?
そして、目の前にその中まであるコーディネイターがいるとしたら。(しかも相手は非力な少女に
しか見えないのだから余計に拍車を掛ける)
ましてや、今の地球軍は余裕がない状態。そこに人質があれば利用するだろう。(たとえ相手がそ
れに怯まなくとも、苦痛を与えるさまを見せつければいい。)戦争とは、そういうものだ。
ザフトは撤退を選んだ。
周りの機体が次々と遠ざかっていく。
やりきれない思いが渦を巻いていた。
感情のままに動くのは楽だ。それが多くの場合、大勢の共感を得られる境遇であったなら尚の事。
感情のはけ口を見つけてしまえば、弱い心はそちらへ傾く。物事の深層、目を凝らせば見える事実
から目を背けるのは簡単すぎてなかなか深みにはまると抜け出せない。
今回も例外ではなかった。発散できる状況が自分のすぐ傍にあり、不安条件を掻き立てる要素まで
もが揃ってしまっていた。フレイの不安と恐れがアークエンジェルの危機と一致してしまった。
これを利用しない手はない。
アークエンジェルは決して優位とは言えない位置にいたし、脅しの効果はこれ以上ないくらいザフ
トに対し抜群だった。
そうしてこの戦争の結末を知る立場としては、流れを変えるわけにもいかない。変えた結果の未来
がどのようなものになるか、予測が付かないからだ。今の自分にある強みはそれだけである。それ
を失えば目的すら果たせなくなる可能性が高い。だからこうなる事が分かっていて、とめなかった。
それを後悔しているわけではない。ただ、そう、罪悪感があるだけだ。
なんて自分勝手なのだろう。
パイロットスーツを脱いでのろのろと通路を進む。
ぐるぐると渦巻く苛立ちにどうしようもなく、拳を固く握りしめた。
それで状況が変わるわけではないと重々承知している。分かってはいるが溜息が漏れた。生憎と全
ての苛立ちを流せるほど、人間が出来ていないのである。嘆きたいのか呆れたいのか、諦めたいの
か。おそらくは全てだった。
それも自己満足に過ぎない。
自嘲して思わず苦い笑みが浮かぶ。偽善的。そうとられて当たり前の感情だった。いっそ思い切る
事が出来れば簡単なのだろうに、どうしてもそれが出来ない。
自分の無力さを嘆いてその感傷にふけりたいのではない。そうではなく、ただ、自分は。
『トリィ』
「? …トリィ?」
後ろからのその声に、首だけ巡らせて後ろを向く。
考える事に没頭していた頭は、最初それがどこからやってきたのか分からなかった。
独特の鳴き声を放つ鳥が指にとまる。そこでようやく視覚がその鳥を認識し、思考が戻った。
何でここに?
首を傾げるが、如何せんこの鳥に『トリィ』以外の言語機能は搭載されていない。せいぜいがイエ
スかノーを判別するくらいしか意思の疎通は図れないので、問いかけは内心だけに留まった。
『トリィ?』
「うーん、とりあえず飼い主探さなきゃねー・・・」
ひとまずトリィを伴い通路を右に曲がる。するとそこにはキラではなくトールとミリィがいた。
何となくの足が2人を前にしてピタリと止まる。
一体何の話かは聞き取れないが、どうやら深刻そうな話である事は伺える。止めていた足を再び動
かして声を掛けた。三人寄れば文殊の知恵と先人は言った。真実かどうかは知らないが。
「どうかした?」
2人はバッとこちらを見、不安そうな声での名を呼ぶ。
何かある。
声音からそう判断したは若干声を低くして言った。
「……何が、あったの?」
そう切り出した途端、今まで大人しかったトリィが突然一声鳴いた。
次いでその翼を広げ何処かへと飛び立ってしまう。
しかしそれを追いかける事なく、は真っ直ぐに2人を見つめた。
言いにくそうに、トールが口を開く。
「実は…………」
話の内容は、恐れていた事のひとつであった。
『キラはコーディネイターだからザフトと本気で戦ってない』
遅かったか、と遅すぎる舌打ちと共に、心の底から自分の事ばかり気に掛けていた事実に唇を噛ん
だ。しかし今は何よりも、この場をフォローするための言葉を吐く事が最重要。
内心で何を思おうと、外面を取り繕う事に慣れた顔はその場にあった表情を作っていた。
彼が疑われれば、明日は我が身だ。
「何やってんだ? お前」
ギクリ、とキラはサイの声に肩を震わせ連れ出したばかりの少女を背後に隠す。
が、キラの努力も虚しく少女はひょっこりと後ろから顔を出した。
それを目撃した2人の顔色がサッと変わる。
「キラ、あなたまさか……!」
「黙って行かせてくれ。僕はもう嫌なんだ! こんなの!!」
キラは苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。
ただの民間人、それも女の子を盾にしてまであのMSとこの船を生かしたいのか。どうしてそれを
黙認し、他のクルーは何も言わないのか。
唖然としたままの2人の顔を見つめ、キラはきゅ、と唇を噛んだ。
ここで二人に遭遇するとは予想外だった。けれど、ここで問答を続けている時間は無いし、踵を返
すつもりもない。
返答によっては、…2人には申し訳ないが…しばらく眠ってもらう他ないと、キラは考えていた。
キラの眼光が鋭さを増す。
フゥ、とサイの口からため息が漏れた。
「ま、女の子を人質にとるなんて、本来悪役のやる事だしな」
「…、え……?」
目を丸くしてサイを凝視するキラに、仕方ない奴だな、とサイは苦笑して言った。
「手伝うよ」
かくしてプラントのお姫様救出作戦は密やかに決行されたのである。
ところがここで、問題発生。勢いで実行された計画は突発的なトラブルに弱いものだ。
例に漏れない事態がここにもひとつ。
………どうしよう。
キラはドックの隅にサイとミリィと、お腹がまるで数ヶ月の妊婦のようなラクスと一緒になって身
を潜めていた。ストライクまでの距離はあと少し。だが彼らの前にはクルーが2人、行く手を邪魔
をしていた。(彼らは職務を全うしているだけだ)まだこちらには気付いてはいないが、これでは
動くに動けない。自分はついさっきストライクの整備に来たばかりで、それも何回となくチェック
を入れての調整を終えたばかり。これだけやっていて今更出て行き、整備に不備があった、などと
言えない。言えたらすごい。
ひそひそと4人で話し合う。作戦会議だ隊長。隊長って誰だ。
「どうする?」
「どうするって……コレじゃどうしようもないじゃない」
「でもストライクに乗る為には……」
「う~ん…………」
何とかしてあの2人にはここから立ち去って貰わねばならない。
しかし、どうやって?
顔を付き合わせて沈黙したその時だった。
『!!?』
どうしようか考えあぐねている所に、けたたましい高音の音が響く。
例えるならヤカンが沸騰した湯気を出す音のようだ。ともかくうるさく、そしてそれは良く響く。
こんな所だと反響がすさまじいので余計に音が大きく聞こえるのだ。
もしかして見つかったのか、と身を強張らせる。警報のアラームかと思ったのだ。
しかし、予想に反して自分たちには何も起こらない。人が近付く気配もない。
一体なんなのかと思い、物陰からそっと顔を出した。そして予想もしない人物の姿がある事に目を
丸くする。
「えっ、!?」
「嘘!? どうして…」
思わぬ人物の声に戸惑う。どういうことだろう。
疑問をぐっと抑えて様子を窺う。
よくよく見ると、彼女の足下には二人の人間が床に倒れていた。自分の記憶が正しければ、それは
先程まで立っていたアークエンジェルのクルーではないだろうか。
「そこの四人。もう大丈夫だからさっさと出といで」
『っ!?』
はひらりとキラ達の前に姿を現した。物陰に潜んでいた彼らの元に。
その突然の登場に、キラ達は驚きすぎて声も出ない。
けれどそんな事はお構いなしに、話はどんどん進んでいった。
「ほら、ラクス逃がすんでしょ?」
「え? あ、いや、あの……」
キラは潜ませていた体をさらけ出して何とか声を振り絞る。その顔は困惑一色だ。
何だこれは一体何がどうなって?
はっ、もしかしたらこれは罠かいや彼女が何のためにそんな事をならば夢かそうか夢なのかどうにか
なったらいいなーという願望が見せた夢なのかそうなのか。
「なんで・・・・・・」
「私も協力するからに決まってんでしょ。ホラ早くしなって、時間ないよ?」
ミリアリアの疑問に応える声は無い。代わりにラクスの声がを呼んだ。
この場に来て初めて二人の視線がぶつかる。
「」
パイロットスーツを着込んだラクスはの前に立ち、にっこりと微笑んだ。
「色々とありがとうございました。また是非、お会いして下さいね」
きょとんとした。何故お礼を言われるのか分からない。巻き込んだのは地球軍なのに。
その感情を読み取ったのか、ラクスは再び微笑んだ。軍としてのあなたではなく、個人としてのあ
なたの思いが、嬉しく思ったのです。
それは誤解だ、とは思った。
所詮は自分の為に行動したに過ぎない。だって、こうしなければ未来が変わってしまうのだから。
するとまたしてもラクスの目が語る。
私たちは、共犯なのでしょう、と。
「そうだね。絶対会おう。・・・それまで元気で」
「はい、あなたも」
共犯。ずるい言葉だ、と思う。色々な意味を内包してしまうそれを、少し恐ろしく思った。
けれどそれでほんの少し、救われた気がするのもおかしな話だ。少しだけ、安堵している自分がい
る。ずるいのは自分だ。
けれど、例え何を裏切ろうと失おうと罵られようと恨まれようと、進むと決めたのも自分だった。
妙に親しげに言葉を交わし、そして別れた2人に疑問を覚えつつも、キラはラクスを連れてストラ
イクへと乗り込む。
その短い時間の間にどうしてここにいるのかと手短に聞いたのだが、それによるとキラの考えは彼
女にモロバレだったらしい。
そして万が一を考えてドックに行ったところ、案の定そこにはクルーがいた。
そこではあらかじめ用意していた麻酔針をクルーに使い、気絶させたのだそうだ。
ちなみに一人目は麻酔針で、二人目は当て身をしたらしい。
どこから調達して来たんだろう……。
キラは遠い目になったが、それは聞いちゃいけない気がして、結局何も言わなかった。
ともかく、彼女の行動には驚かされる。自分を庇ったり戦闘機に乗ったり。
挙げ句、奪取されたXナンバーの三機を目の前にしたにも関わらず、あっさりとその場から去った
事もあった。
何というか、変わった女の子。そんな印象を受ける。
理由はまだ聞いていないけれども、いつも自分を助けてくれる彼女の事だ。はぐらかされるか、無
難な答えしか返ってこないだろう。
甘えてはいけないと分かっている。優しさにつけ込んではいけないと。
でも、彼女の傍は………あたたかいと、感じてしまうのだ。
キラは感謝と尊敬の念を抱き、ラクスを連れて宇宙へと飛び立った。
願わくば、先にいたクルーの二人が軽傷である事を思いながら。
next
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別に主人公は優しいわけじゃなく、自分の都合とやりたい事を優先させているだけ。
それが周囲に優しさと映っても、それが狙いだったわけじゃないです。結果そう見えるだけ。
キラは間違った方向に主人公を誤解してます・・・。
(07/09/18)