Act15 秘密


「キラ様は、お優しい方なのですね」 はんなりと微笑みながら投下されたその言葉に、言われ慣れていないキラは瞬間的に固まり、瞬 間後に全身の血流を巡りに巡らせ、よーいドン。 「キラ……顔真っ赤にしちゃってまぁ………」 照れて赤くなった顔を見られたくなかったのか、キラは一目散に脱兎の如く逃げた。 素晴らしく速い逃げ足に思わず拍手を送る。そうするとくすくすと控えめな笑い声が隣から聞こ え、振り向くとラクス・クラインが口元に手を当てて楽しそうに笑っていた。 「すみませんクライン嬢。慌ただしくて」 「いいえ、構いませんわ。それよりも様、私の事はどうぞラクスとお呼び下さいな」 「ラクスが様付けやめるなら、ね」 どうせ敬語もお止め下さいとか言うつもりだったんでしょ? 言外にそういう意味も込めてはにやりと笑う。 するとラクスは一瞬目を丸くし、にっこりと微笑んだ。 「ありがとうございます、さん」 「なんでお礼言われるか分かんないけど・・・よろしく。ごめんね、外に出すわけにはいかないけ  ど、会いに行くくらいはできるから」 「ええ、仕方がありませんわ。お心遣いありがとうございます」 「……ま、危なくならないようにこっちも気ィつけるから。それよか、良かったらもっと話さな  い?」 「もちろんですわ。しかし……大丈夫なのですか?」 「何が?」 「お仕事の方は」 「時間外労働分はきっちり返して貰うからいいの」 「まあ」 クスクスと笑うラクスに、もくす、と笑みを浮かべる。 大人に見つからないように悪戯を画策する子供の気分で顔を見合わせ、小声で笑う。 「ねえラクス」 「はい?」 「巻き込んで、ごめん」 「さん?」 守る為に。復讐をする為に。自らが生き残る為に。 人々はその手に銃を持ち、そうして命がひとつ、またひとつと散ってゆく。今も、どこかで。 本来ならそこから離れた位置にいた人々までもが、問答無用で引きずり込まれていく。まるで戦 争という名の蟻地獄に落ちるが如く。 中立のコロニーであったコロニーで暮らしていた人々も、歌姫も。 謝ってどうにかなる問題ではない。ラクスの場合は特にそうだ。私個人の力でラクスを解放する 事も自由行動をさせてあげる事もできない。分かっていても、つい口から出てしまった。 誤魔化すように、向かい合った顔で苦笑する。 「……さんも、軍の方なのでしょう?」 「そうだね」 「では、さんは何と戦ってらっしゃるのですか?」 地球軍は、ザフト軍と。ザフト軍は、地球軍と。子供でも分かる、簡単な戦争の構図だ。 軍人であるならば、それは当然で、当たり前の考えだ。 ナチュラルを殺せ。コーディネイターを殺せ。 敵を、殺せ。 動機なんてすぐに出来上がってしまう。人間だからそれはとても簡単な事で、たとえ戦争でなく とも人は些細な切っ掛けで人を殺す事が出来てしまう。別段、戦争という特殊化に置かずとも人 は人を殺せる。時に単純に、時として複雑に。 じっと、美しい蒼と紅の瞳がぶつかり合う。 コーディネイターと戦っているのなら、ラクスは間違いなく敵だ。憎しみ恨み嫉妬、それらをぶ つける相手。怒りと共にその命を握りつぶしてしまえばいい。 自身が描く敵の姿がどんな形をしているか、それによって彼女は敵にも味方にも中立にも、ある いはそのどれでもないものになるのだろう。 そうして敵ならば、こんな風にして笑い合う事なんて有りはすまい。コーディネイターという敵 と戦っているのなら、そんな事をする必要など何処にもないからだ。むしろ異常とすら言える。 敵だから撃っても殺しても構わないというのは、自身の心の安定の為には有効な意識だからであ り、理由として挙げるには最もそれらしい答えだからであり、周囲にも認められやすいからであ る。敵ならば殺すのが当然。周囲がそうしているからそうするのは妥当で自然な事だと、自分に 納得させてしまえば自身がとる行動指針は自ずと示される。 けれど、そんなものを決めて何がどうなる? 「私の願いのために」 「願い、ですか?」 「そう。その為に私はここにいる事を選んだし、残る事を選んだ。戦わないで済むならそっちの  方がいい。面倒がないからね。もっとスムーズに進むならそっちを選びたかったけど、選択肢  が生憎と限られてたから。でも、だからってそれを言い訳に逃げ道を作りたいとは思わない。  この道がたとえどんなに困難でも、私は、私がそうしたいと思ってる。だから」 こうなる事を選んだ。言葉にはせずそう呟く。 はふっと薄く微笑んだ。 「でも結局それは私自身の考えで、他の人はそうじゃない。人を殺す先に何があるかは分からない。  そこから生まれる憎しみの心は勝敗で左右されるものじゃない。だから…自分の心とも、戦わな  くちゃいけない。私にはこうして譲れないものがあるから立っていられるけど、それだって正し  い答えじゃない。だけど私が銃を撃つ理由にはなる。・・・参考になった?」 ラクスはただ静かに聞いていた。ただ真っ直ぐにこちらを見て、真剣に耳を傾けていた。 そんな大層な事情があるわけでもないのに、と思いもしたが、その目に応えようと向き合う。 交差する視線で、何が通じ合った訳でもない。紛れもない本心を、どう受け止め咀嚼し、理解す るかは個人の自由だ。 ラクスはそっと目を伏せた。数秒後にそれは開かれたが、その短い時間の間に、ラクスはラクス なりの答えを導いたらしい。 薄く微笑んで、「ええ、ありがとうございます」それだけを言った。 「あんまりこういう事しちゃいけないんだけど、ラクス」 「はい?」 ラクスは顔を上げた。 「手を出して」 はパンッと両手を合わせる。力の循環を、円を、輪をつくる。 突然起こった奇怪な現象に、ラクスは驚きに目を見張った。 真理を理解し、代価をもって何かを成す。 それが錬金術。それがの秘密。 この世界には、こんな技術なんて無いだろうから。だから、これは彼女だけの能力。 錬成の光が2人の視界を一際明るく照らした。 煙と共に晴れた視界に飛び込んできたのは、細やかな細工を施した小ぶりのネックレス。 中央には石がはめ込まれ、小さいながらもその輝きはラクスの目にも美しく映る。 「はい」 「え。あ、ありがとう…ございます、さん」 動揺の色を露わにするラクスに、はくすりと笑った。 にわかには信じられないだろう。しかしこれは断じて夢ではない。 まあ、否定するにしろ肯定するにしろ、それは本人の勝手だけれども。 「驚いた?」 「はい……。これは、一体………」 「秘密だよ。誰にも言えない、ね。ラクスならこの意味…分かるでしょ?」 「、ええ、これは……公には出来ませんわね」 この力が、どれだけ魅力的に、大人達の目に映るのか。 言わずとも知れている。 かつて、世界でこの集大成とも言える物と関わって大変な目に遭ったから、なおさら。 赤い石を思い出して眉を顰める。あれを産み出そうとするのも戦争を起こそうとするのも、人間 の業。つくづく人の欲望というものは恐ろしい。 「この力の恐ろしさが分かる人にしか見せれない。その点ラクスは大丈夫だなって思えたからさ」 キラやサイ、艦長やフラガ大尉には見せる事が出来ても、彼らの上には地球軍という存在がある。 いつ、どこからこの情報が漏れ、どんな風に利用されるのか、それがには恐ろしかった。 そんなつもりで、錬金術を使い始めた訳じゃない。 殺すために利用されるなんざまっぴら御免だ。 「守護石だから、きっとラクスを守ってくれるのに役立つと思うよ。気休めにでも貰っといて」 「ありがとうございます。さん」 「ん?」 「私を、信用して下さったのでしょう?」 にっこりと笑うラクスは、本当に嬉しそうだった。 ああ、何だかキラキラしてて眩しい。これがプラント中を虜にさせる歌姫のオーラか。 「何せラクスだからね」 「それは光栄ですわ」 「ははっ」 「では、次は私の番ですわね」 「え?」 ラクスはを真っ直ぐに見つめた。 「私に、何をお願いしたいのですか?」 途端、今まで笑っていたの顔から一切の表情が消える。 先程とは打って変わった真剣なそれに、事の大切さが如何ほどのものであるのか。 ラクスは瞬時にそれを読み取り、感情すら無くしてしまったのではないかと思える表情に無言で向 き合う。 「ラクス」 「はい」 交わされる目線と言葉。 その時、ラクスはの目に宿る灯を確かに見た。 「ラクス。貴女にしか出来ない事で、貴女にお願いがある」 「はい。何でしょう?」 「私を、ラクスの仲間……そうね、共犯者、でも良いわ。それにして欲しい」 「え?」 「ああ、ザフトに入りたいとか、そんなんじゃないから。そうじゃなくて、私はラクスと一緒に  戦いたい。  ラクスが平和の歌を歌う時・・・・・・・・・・・・、私もその一員になる事を許可して欲しい」 「、さん」 「それが私の願いで、望みだよ。………ほらね?“ラクスにしか出来ない事”でしょ?」 そう言って、は不敵に笑った。真っ直ぐに前を見て。 何故それを知っているのか、ラクスは問いつめようとはしなかった。 どうしてそんな事を? そんな事、聞く必要はない。 目の前の少女は知っている。戦争が意味するものを。生まれる悲しみを。終わらない憎しみを。 誰かがそれを、断ち切らなければならない事も。 ラクスはにっこりと微笑み、手を取ってぎゅっと握りしめた。 「もちろんですわ。その時が訪れた時、共に」 「ありがと、ラクス」 「あら、それはこちらの台詞ですわ」 “平和の歌”を狼煙として、2人の少女が戦う日は、そう遠くは無い。 next renew(05/06/03)→(07/07/15)