Act14 歌姫
救難信号を発しているポッドを回収したアークエンジェルは、正体不明のポッドという事で念の為
クルーを集めて何か起こっても対応できるように注意深く出てくる人物を見守った。
キラが収容した救命ポッドを放っておく訳にもいかず、それぞれ思うところがありながらも、中に
入っている人物が誰であるのか、知らず知らず緊張感が漂う。
そうして出てきたのは人、ではなく。
『ハロハロ!』
一瞬何が出てきたか分からず、ぽかんとそれを見詰める。
手の平サイズの丸い物体は、耳のような羽のようなものを動かしながら跳びはね、呆然とするクル
ーなど何処吹く風で駆け回る。
『ハロ、元気カ~?』
ある種の緊張に包まれた空気をぶち壊すようにそんな一言を投下した丸い物体は、好き勝手な事を
発しながらぴょんぴょん跳ねまくっている。
何だこの丸いピンクは。
見事に固まったアークエンジェルクルーを尻目に、は「やっぱり……」と米神に手を当てた。
そしてヘタをすればそのまま流れていってしまいそうなハロを受け止め、次いでポッドから現れた
人物に目を向ける。誰かが動かなければ、この妙に凍結した空気を解かす事は出来ない。
「あら……あらあら?」
『アラアラ~?』
その人物は困ったように頬に手を添え、衝撃の言葉を口にした。真似るように丸い物体も喋るが、
それについてはもう誰も突っ込まない。未だに戸惑っているのである。
「まあ、これはザフトの船ではありませんのね」
「そうですよ」
「あら?」
一人臆する事無く、はハロをはい、と手渡しにっこりと笑った。
はキラの手を取るラクスに、微笑みながら静かに言う。
「ここは地球連合軍所属艦、アークエンジェルです」
『認メタクナーイ!!』
ハロがラクスの手の中で喋る。
いや、認めようよ。
そんな事を思っていると、ようやく『ザフト』の一言に反応したクルーに緊張が走った。
もしそれが本当ならば、この先は上官の出番である。
他のクルーは早々に持ち場に戻るように指示され、嵐のような一時は一応の収束を迎えた。
としてはピンクの歌姫……もといラクス・クラインと話をしてみたかったのだが、如何せん人
手が足りなさすぎた。
仕事は山のように入り、これでもか、と降りかかってくる。果たして今日中に終わるのだろうか、
と嫌な汗を掻いたりもしたが、やるしかないので忙しく駆けずり回った。
そのおかげか、ようやく仕事を終えたのは大分時間が経ってからだった。
「あ゛ぁ~~~~~やぁっと解放された……」
げっそりと通路を歩く姿は、誰が見ても「疲れてるなぁ…」と思わせるだろう。
仕事のやりすぎだと分かっているが、やらなくてはいけないのだ。仕方がない。
へろへろになりながらもようやく得る事のできた休憩に、空腹を満たす為に食堂へと向かう。
「嫌よ!!」
そこで聞こえた、強い拒絶の声には眉をひそめた。
思わず進もうとしていた足をぴたりと止め、耳を澄ませる。どうやら諍いが起こっているようで、
それが他の人間だったらそのまま踵を返したかも知れないが、それがヘリオポリスの学生だと分か
ると止めていた足を再び進めた。
「…何なのさ?」
ひょい、と中を覗いてみる。
「コーディネイターの子の所に行くなんて!」
「フレイ!!」
覗いてみると、そこは修羅場の真っ最中だった。思わず呆れて肩が下がる。
「何の騒ぎさー、モロ聞こえだよー?」
「!」
「んー?」
気の抜ける返事をし、はやれやれ、と誰にも気付かれないようにひっそりとため息をついた。
切羽詰まった声で呼ばれても、事態を良く把握していない私が何か言えるはずもない。軽く手を振
ってそれに応え、様子を見るために室内に足を踏み入れる。
「でもあの子は、いきなり君に飛びかかったりはしないと思うけど……」
おずおずとカズイは話すが、フレイはギッと睨んでなおも鋭い声で言う。
「そんなのわからないじゃない!」
「まあ、誰が誰に飛びかかったりするんですの?」
『!?』
にしてみれば次から次へと展開が変化し追いつけない。
けれどますます厄介な事態に転ぶであろう事は理解できたので、盛大に幸せを吐き出した。
「やだぁ!何でザフトの子が勝手に歩き回ってんの!?」
フレイは嫌そうに顔を歪める。事実、嫌なのだろう。見たくないものを見た、とでも言いたげに睨
み、体を一歩後退させる。
はそんなフレイとラクスの間に立つように、スっと前に出た。
「お腹空いちゃったこの子をほったらかしにした私達が悪いんだよ。ごめんねフレイ。不安な思い
をさせちゃったね」
「……?」
「そして申し訳ありませんクライン嬢。私どもの不手際により、貴女に辛い思いをさせました」
「え、誰も見張りにいなかったの? もしかして」
「はい。それがどなたもお返事を下さらなかったんですの」
ミリィの疑問にラクスはさらっと答える。そしてラクスはフレイに向き直った。
「それに私はザフトではありませんわ。ザフトとは軍の名称で正しくは……」
「な…何だって一緒よ! コーディネイターなんだから!!」
「一緒ではありませんわ。確かに私はコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの」
にこっと笑うラクス。フレイはそれにますます嫌悪を露わにした。口答えされた事に腹が立ったの
だろう。けれどフレイにしてみたらコーディネイターはみんな一緒だ。ただでさえ平和なはずのコ
ロニーでザフトの襲撃を受け、望みもしない所に放り込まれたのだから余計に不愉快だった。
「あなたも軍の方ではないのでしょう?でしたら、私とあなたは同じですわね」
そう、同じなのだ。ラクスもフレイも、2人は何も変わらない。2人の立場に、なんら変わりはな
い。彼女たちは非戦闘員……何の力も持たない民間人だ。戦う術を持たない、至って普通の。ただ
何処で生まれ、どんな環境で育ったかが違うだけ。あとは何も変わらない。
ラクスはそれをフレイに伝えようとし、握手を求めたのだが、フレイはそれも拒む。
現段階で、フレイとラクスの考え方はあまりに違いすぎた。
「ちょっとやだ……やめてよ!」
言葉は言ったが最後、無かった事には出来ない。
そしてそれは、何かに強く影響する力となる。良い意味でも。悪い意味でも。
今回は後者だった。
「コーディネイターのくせに……馴れ馴れしくしないで!!」
誰かの顔が強張った。
それが誰か分かっているから、は凍り付くであろう空気を壊す為に素早く行動する。
パンッ
乾いた音が響いた。じわ、と徐々に赤くなっていくの両手。
周りは呆然とを見た。
「……?」
ミリィはが突然両手を叩いた事に驚き、恐る恐る名を呼ぶ。
叩き付けるように両の手の平を合わせたので、食堂という比較的広いそこにもそれはよく響いた。
「落ち着いて、フレイ」
はミリアリアの声には答えず、静かに両手を下ろした。
「いきなり襲撃を受けて、不安で怖かったと思う。きっと今も怖くて怖くて仕方ないんだね。それ
を悪い事だとは言わない。だってフレイは戦争なんて遠い所にある平和の中にいたんだしね。
だけど」
の声は凛としている。目は力強かった。まるでいけない事をした子供を諭す親のように。
「それは、言い過ぎだよ」
この子は、君に何かしたか? 君を傷つけたか?
違うだろう?
私の言葉が、今のあなたに意味を成さないと知っている。なぜなら貴女は何も知らない。何も分か
ろうとせずに目を閉じ、耳を塞ぎ、うずくまっているのだから。
冷めた感情がそんな事を言う。けれど、だからと言って何も言わないのも間違っている。その人の
価値は、性質は、たった一つで構成されているものではない。確かにそれも一つの要素なのだろう
が、それだけでその人を決めつけてしまうのは早すぎる。
「キラ」
「え? な、何? 」
「クライン嬢の分、持ってってくれる? 私も一緒に行くから」
「え? あ、ああ、うん。いいけど…」
「ありがと。ではクライン嬢。こちらへ」
はラクスをエスコートし、自分の分を片手に持ってキラとラクスと、3人で食堂を後にした。
残された者達は、皆気まずい空気に居心地を悪くし、次々と食堂を退室していく。
最後までその場を動かなかった者達は、この雰囲気の中どうするべきなのか、戸惑っていた。
そんな中で、ただ一人。フレイだけは。
(何よ……何なのよッ!)
沸き上がる怒りに身を震わせ、ギリギリとねめ付けるように、もう見えない背中を睨みつけていた。
私たちの家を壊したアンタ達が。
この船にいていい訳無いわ。
…近寄りたくもない……っ!
それのどこが、間違ってるのッ!
その叫びは誰の耳に届く事もなく、ただフレイの中でたぎる炎となってのたうち回っていた。
next
renew(05/06/03)→(07/06/30)