Act10 謎と選択
……やっぱね。と、肩を落とす。
予想と違わないそれに嘆息し、全てを視界から追い出すために瞼を閉じた。
案の定と言うべきかやはりと言うべきか、は早々に上官ズに呼び出しをくらいお灸を据えられ
ていた。
曰く、『なぜ勝手な行動をとった』や『その機体は一体なんだ』などなど……理由は多々ある。
や、そんなこと言われても私には答えられませんって。特に2番目。
思い、は諦めたように疲れた吐息を零して「やましい事は何もない」と両手を上げた。
確かに勝手な行動だった事は認める。おかげで会いたくもない四人に会ってしまったのだ、本当に
それについては反省している。なんて軽率だったんだ、自分。
けれど、その勝手な行動が自分の・・・・否、自分たちの危機を回避するためだったというのも事実で
はあるのだ、・・・一応。
曰く、その弁明は、
「あー、アルテミスで兵隊を殺った殴ったのは騒ぎを大きくしないようにする為で…機体は、ザフ
ト軍が攻めてきた時近くにあったんで仕方なく乗りました」
じゃなきゃ死んでたし。普通に。不可抗力ってヤツです。
である。やむを得ない、あるいは仕方が無かったとも言う。
はう~んと唸り、マリューに視線を送ろうとして自制した。
何とも言えない空気が漂った時、それを割るようにして通信が入った。
『艦長!』
マリューはせっぱ詰まった声に、素早くドックに繋がる回線を開く。
一瞬走った緊張に全員の視線がそこへ向かった。
「どうしました、マードック曹長」
『どうしたも何も、嬢ちゃんが持ってきた機体が・・・・・・ちぃっとばかし・・・何というか・・・』
「? 機体が、どうかしたの?」
『ああもうとにかく来てくれ!オレには何とも言えん』
ガシガシと頭を掻き、マードックは『お手上げだ』と言わんばかりにため息をつく。
その様子がありありと通信越しに伝わり、わけが分からない、という顔でマリューはナタルと顔を
見合わせる。
最初の勢いはどこへやら、萎んでいく声量に自信というものは窺えない。いつも大声を張り上げて
いる彼の普段からはなかなか見られないその姿に、一同は余程の事があったのだろうと推察する。
マリューは嘆息してすぐに指示を出した。
要求だけで一体こちらはどう対処するべきか分からない。けれど、要請されている以上、放ってお
くわけにもいかない。たとえその原因に心当たりがなかろうと、だ。
「わかりました。今からそちらに向かいます」
『頼んます』
そこでプツン、と通信が切れる。
マリューはを振り返った。
・・・・曹長がああ言うのだ、自分が行かんきゃいけないんだろうな、コレは。
艦長たる明確な意志を込めた瞳を向けられて、そんな予感を覚えたは小さく肩を竦める。
なまじ覚えのある場所からの覚えのある要請に、また説明が面倒だ、と内心で脱力した。
・・・そう、自分は先程の通信が何を指していたのか分かってしまっている。心当たりなんてそれし
かない、というよりもそれ以外にあの場所で考えられる事態と言えばひとつだろう。
「悪いけど、あなたも一緒に来て貰っていいかしら?」
「ハイ。私もその事を言おうとしてたし。良いですよ」
はあっさりと承諾し席を立ち、ぽつり、と呟く。
「私自身、聞きたいこともありますしね」
『?』
大人達はその言葉に首を傾げつつもと共にドックへと向かった。
「……コレなんですが……」
マードックにしては珍しくハッキリしない口調で問題の機体を指さした。
そこにはが乗ってきた機体、X-00の姿が静かにその存在を主張していた。
示された先にある機体は静かにその場にいる人間の視線を受け止める。
「これは…」
マリューは驚きを隠せない。それはナタルもフラガも同じだった。
何だ、この機体は。
戦闘機とモビルスーツの中間ほどの、言ってしまえば中途半端な大きさの機体は、紅と黒に覆われ
静かに鎮座していた。周りに整備の人間はいない。誰も彼もが持て余しているのだ。この機体を。
マードックは歯切れが悪いながらも口を開いた。
「あっしらもこいつを見るのは初めてなんですよ…。
中覗こうと思ってもプロテクトがかかってて入れもしませんでしたし……」
頑なに他からの介入、あるいは干渉を拒まれてしまっては、整備の人間としてはお手上げだ。
じっと4人の視線がゼロに注がれる。しかし、その空気を無遠慮に割る存在が現れた。
「え?いつの間にプロテクトなんてかけてたの?」
の声が場違いにも響いた。そりゃもう見事に場の空気をぶち壊してくれた。
フラガを含め、全員がの言動に一斉に視線を注ぐ。
彼女は一体誰に向かって話しかけているのか。緊張感がどこかへと綺麗さっぱり消える。
マードックに向けて言ったとしても、内容がかみ合わないではないか。
困惑の色が強くなっても、誰も声を発せない。呆気に取られすぎているのだ。
「嬢ちゃん、一体誰に……」
“こちらに着いてからです、マスター”
『!?』
大人達は突然聞こえてきた声に驚き身を固める。その声はここにいる誰の声でもない。
聞き覚えのない声に警戒した。
「はあ?何でまたそんな事を」
だが、またもやその警戒をぶち壊す声があった。
は臆する事なくつかつかとゼロに近付き手を添えて、何の遠慮も用心もなく機体に触れる
。
その光景を見て4人は愕然となった。そのあまりの不用心さに、ではない。
今、自分の耳が異常を起こしていないならば。目が正常に働いているのだとしたら。
この少女は、この機体に向かって話をしていた?
「あんた何考えて……って、何でみなさん固まってんです?」
きょとん、とはマリュー、ナタル、フラガ、マードックを見る。だが当人たちはそれどころで
はない。
の声すらもはや聞こえていないだろう。それほどに驚愕しきっていた。
彼らが思うところは、ただひとつ。
機体が、話した。
機体が…………
「しゃ……」
「『しゃ』?」
『しゃべったああぁあ!!??』
最後の一言は声に出なかった。ただ空気だけがぱくぱくと開閉する口から漏れるだけである。
人の声に反応してプログラムされた言語を話すロボットは知っているが、まるで人間相手のように
会話をする機械など見た事もない彼らは、この時ばかりは大人も軍人もなく衝撃に喘いだ。
ただ一人、当然のようにその事実を受け止めているこそが異常なのだ。
けれど、それを声に出して驚愕を表す事はついに出来なかった。代わりにこの中でただ一人平然と
していた目が彼らを振り返り、首を傾げる。
「……ああ、ゼロの事ですか?」
「なっ、なん……っっ!」
「や、私もそれを聞きにここに来たんで……で、ゼロ?」
“はい、マスター”
「さくっと自己紹介して頂戴」
“私は極秘開発された人工機能を持つ最新鋭の機体です”
「…極秘、開発?」
“はい”
フラガは『極秘』という単語に注目し再度確認する。何やら物騒な言葉に、高度なAIを搭載して
いるであろう機体に対する驚愕が消えた。
ゼロはそれに事務的に答えた。機械らしく、ただ無機質なだけの人工的な音声が言葉を紡いで、淡
々と事実のみを忠実に伝えた。
はただ一人遠くに目線をやる、乾いた笑いが口から漏れていた。
ははは……
何てものを持ってきたんだろうね
私ってば本当に!!
“私は私の製造ナンバーとコードを最初に読み上げた人間の音声によって起動するようにプログラ
ムされています”
「音声……」
“そして、それを言った者こそパイロットとして私の操縦が可能となるのです”
「パイロット……それが、、二等兵…?」
ナタルが呟くと、バッとに視線が集中する。
「嬢ちゃんが……コイツのパイロット?」
“はい”
否応にも集中する視線に居たたまれない心地の中、それでも事態は面白いように転がる。
“私を操縦できるのは、マスターのみです”
「…プロテクトをかけた意味は?」
“私はマスターの命令を最優先に考えマスターの命令無しに動くことはありません”
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・、・・・ともかく、整備をしたいんだが?」
“私を動かせるのが可能なのはマスターただお一人のみです。よってその要求は破棄されます”
なんて扱いづらいヤツなんだ……!
一同がそう思ったのも無理はない。
いやしかし、そうと入力されてしまったのでは仕方がない。というか、どうしようもない。
困惑と戸惑い、その他さまざまなものが入り交じった複雑な視線を複数から向けられて、この際こ
の事態を上手くおさえてくれればいい的な思いを抱き、は溜息を吐いて口を開いた。
「ゼロ…整備の時にはマードック曹長の言うこと聞いてくれる?」
とりあえずは目下の問題を解決することを一番に考えた末の言葉である。
果たして、忠実なのかそうでないのかさっぱり分からない謎の機体は寸分違わずに、
“わかりましたマスター”
と、のたまった。
変わり身早すぎだろうっ!!
さっきまでの大人組に対する反抗的な態度は何だったんだというくらい、ころっと対応を変えたゼ
ロに、思う事はみんな一緒だ。ひくりと口元がひきつったのを、何人が自覚したのだろう。
何と言うか、コイツは本当に機械なのだろうか?
垣間見えた、ともすれば人間のようなゼロに疑わしい視線を送る。まるで刷り込みされた幼子だ。
取り敢えず、一応は、という装飾てんこ盛りの、およそ納得と言えない納得をそれぞれが思い抱い
た頃。
よく分からないがとにかく疲れた彼らに、場違いなほど静かな声が届いた。
「艦長、少尉」
「、え?」
「な、何だ」
「………」
唯一、戦闘員であって司令官ではないフラガだけはその呼び声から除外されたが、音にならないだ
けで確実に彼にも同等の声がかけられていた。不意打ちにも近いそれに不自然な反応になる。
周囲に整備の姿が無く、静かでなければ、少女の声は掻き消されていただろう。
けれど周囲に声は届き、その源となった少女の視線は、ただ静かに、そして無感動に機体を見詰め
て、いっそ穏やかなまでに言い放った。
「…私、戦闘員扱いになりますか?」
『!』
思いも寄らなかった言葉だ。大人たちはぎくりとした面持ちで冷めた目をした少女を見遣る。
「この機体、どうやら乗れるのは私だけのようですし、今後についても聞きたいので」
正論だ。
ただしく的を射ている。
そうして瞬間的にそれぞれが思った。軍人としての思考と大人としての矜持、それぞれが様々な形
でせめぎ合い、嵐を呼ぶ。
―――出来るなら、そんな事は避けたい
―――果たして、戦力になってくれるのか
―――……こんな、子供までが……
3人の思考はぐらぐらと揺れた。
子供を、戦争に……艦を守らせるために………
「……乗りますか?乗りませんか?」
私を、使いますか? 使いませんか?
いっそ質問は糾弾だった。
意に介さぬ状況に巻き込んでおいて、この上利用するのか、と。
それでも軍人として訓練された思考は囁く。つなぎ止めておけ、と。
それによって少女の今後は決定づけられる。
けれど、そうじゃなければ私は私の目的を遂げられないのだ。
何かをするという事。戦うという事。
銃を撃つ、という事。
すでに後戻りは出来ないと知っていながら、敢えて尋ねる。曖昧な線引きは今後の阻害要因でしか
なかった。
運命の采配。
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(05/09/19)公開
(07/05/10)修正