「その子がパイロットよ! だって、その子……」 Act7 潜入


「何て事を言ったんだフレイ!」 「だって…」 「だってじゃないわよ!」 あーあーあー……うるさいなぁ、もう。 今はフレイの考え無しの発言に構ってる場合じゃ無いでしょー。 出入り口を固める、どう見ても味方には思えない銃器を持った軍人が睨みをきかせている。 その状況でよく口が回るものだと関心しつつ、呆れたように溜息を吐いた。 はフレイを責める輪には加わらず、すたすたと銃を向ける兵士に向かって歩いていく。 当然アークエンジェルのクルーを見張っているわけだから、銃口はこちらに集中した。 だがは堂々と、歩く速度を緩めることなく一人の兵士に向かって歩き続ける。 当然、「止まれ!」なんていう声も無視。 そして。 「すみませんがお兄さん」 「聞こえないのか、止まれと言って……ッ」 ドゴッ 「寝てろ」 殴り倒す。 いや、回し蹴りだったから蹴り倒す、が正しいか。 ともかく、突然の出来事にアークエンジェルのクルーもアルテミスの兵達も、呆然とその場に立ち 尽くした。 え、今なにしたのこの人。 何が起こったか理解できず呆然と固まる周囲などものともせずに、はさっさと手早く風のよう に動いて残りの兵を次々と気絶させていった。 全員が突然の展開について行けず、ある者は呆然と成り行きを見守り、ある者は為す術もなく昏倒 する兵士を見詰める。 そして、もはやそこに立つのは一人のみとなった。 「ザマぁないわね大の大人が」 フンッと鼻を鳴らしは中指を突き立てる。 味気ないというか、あまりにもあっさりと倒されてくれちゃって少々不満のようだ。 コイツら弱ぇ。マジ弱ぇ。ヘボい。軍人としてコレっていいのかな。 …私が単に人間離れしてるだけ?いやいや、私は至って普通の女の子だ。 ちょっと、そう、ちょっと人体急所やら武器の扱い方を熟知しているだけの。 歯ごたえのない相手を苦もなく全員沈めたはパンパン、と手を叩いた。 その高い音に、ようやくクルーは意識を浮上させ、改めて目の前の光景に呆然となる。 が、そんな空気を意にも介さず動く人物がただ一人。 「さぁゴミも排除したコトだし、」 積み上がった兵を踏みながらドアへと向かうに気付き、ノイマンは慌てて声をかけた。 「待て!ちょっ…!」 制止する声にはドアに向かう足を止めくるりと振り返った。 「何ですか?」 「何ですかじゃない!どこへ行くつもりだ!」 「キラを助けに」 その返事にノイマンは更に声を張り上げる。 「だから……!」 はスッと目を細め、声を低くして言った。 「あのままだとキラ、殺されますよ?」 「ッ!?」 驚愕の表情を無感動に眺め、あぁやっぱり考えつきもしなかったかと冷めた視線を送る。 ・・・普通に考えれば分かる事だと思うのだけれど。 は腕組みをしてノイマンを見据えた。 「軍の最高機密であるMSが手中にある……そして技術者とパイロットを兼ねた者にその解析をさ  せた後、果たしてその人を彼らは生かしておくでしょうか?私はそうは思えないんですがねぇ」 その場の全員が今初めて気付いた、というように身を強ばらせる。 の言葉に、もはや誰も二の句が継げなかった。なっても単なる人質か、それくらいにしか思っ ていなかったのだ。 彼女の問いの答えは……否。 全てが終われば、彼はもう用済みだ。そうなれば………… 後は考えるまでもない。 キラが、危ない。 「そ、それなら俺が…!」 トールは身を乗り出すが、はそれを静かに見つめた。 「どうやって?トールは銃を持つ相手を倒せるの?」 「っ、そ、れは……!」 押し黙るトールに小さく息を吐き、くるりと振り返ってひらひらと手を振りながらフォローを入れ るための言葉を紡ぐ。無力感を植え付けたいわけではない。そんな悪趣味は自分にはない。 「トールはミリィを守ってあげて。あ、ついでにそこら辺に転がってる連中の後始末も、宜しく」 ハッと顔を上げたトールに『頼んだね』と言い残し、単身で要塞へと足を踏み入れた。 後を追う者は、いない。 足音もなく次なる行動に移した少女を止めようとする人物もまた、現れる事はなかった。 「…ここ、どこさ」 うわぁ……折角カッコよろしく去ったってのに何よこの有り様。 もしかしなくても……迷子再び。うわ、かっこ悪い。かっこ悪いなんてもんじゃない。恥だ。 「あー、人がいないのが有り難いような有り難くないような…」 ぶつぶつと独り言を言いつつ通路を行く。これはこれで結構虚しい。 人気がないのが幸いか、警戒をしつつ、けれど比較的軽い足取りで通路を進んだ。 そして警備の薄い様子に、仮にも軍の施設だろうと呆れるが今の自分には都合がいいので良しとす る。どうせ何かあっても責任はここのトップにあるのだ。鉄壁を誇ろうがいかなる時でも油断して はいけない。何ともおめでたいものだ。 ふと目を凝らす。前方に光が見えた。どうやら開けっ放しのドアから光が漏れているらしい。 進行方向右側それはあった。人がいれば無視して進もうと思い息を殺すが誰もいないようだった。 それを確認するや否や、躊躇いもなくそこに足を踏み入れる。 だだっ広い空間が広がり、一瞬その大きさに呆気に取られた。 「………ドック?」 いくつかのMAと武器が並べられた区画。 そこは人気が感じられずしーんと静まりかえっている。静かすぎてちょっと不気味だ。 コツ、と響く足音がいやに響き、高い音を立てる。入り口付近から中を見渡すと、紅と黒の機体が 目に留まった。何となく興味を引かれてそれに近付く。 「ふ~ん……見た所普通のMAっぽいけど…」 機体に刻まれたあるものを発見し、もっとよく見ようと顔を近づけると。プレートのようなものが 取り付けられていた。ほとんど無意識に声に出して読み上げる。 「んー……?『製造ナンバー000、X-00』って……」 何じゃこりゃ。ゼロばっか。 何コレ、試作機か? ・・・。 奇妙にゼロの数字が羅列する機体のプレートに触れ、が訝しげに首を傾げた、その時。 ピピッと電子音がドックらしき区画に響き、ブゥン…と鈍い音がした。 低く重い振動音が空気を震わせ、何事かと周囲に目を配る。 “音声データ入力。X-00起動” 「うわぉあおええ!!??」 突然何じゃあこの声ぇ!!?? 声に驚き、誰か人が来たのかと大いに焦ってキョロキョロ周りを見渡す。心臓がばくばくと強い脈 動を打ち、破裂しそうなほどに踊る。 思わず口調も誰だよお前、と突っ込みを受けそうなものになってしまった。 落ち着け、落ち着くんだ私。 無断侵入中の為、普段の驚きとはまた段違いだった。 見つかったらキラを探すという目論見が全て台無しになる。それはいけない。 即座に警戒していつでも戦闘が出来るように構えるが、しかし………… 「だ、誰もいない……?」 恐る恐る声に出して言ってみる。 が、先程の音は何だったのだろうと言いたくなる程、辺りは静寂に包まれていた。 ……………………。 …………………………………。 ………………………………………………。 き…気のせいだ。そうに違いない。 思案の末弾き出した結論に「さてそうと決まったら・・・・」とその場を離れたい一心でそそくさと歩 き出そうと一歩を踏み出・・・・そうとした。 ら。 不穏な声が耳に届いた。 肝心な時に限って思わぬ障害が起こるのが世の常。 今回のこれも例に漏れず、無情にも逃げ道は音を立てて閉じられた。 “入力終了。UNKOWN修正。音声保持者をマスターと認識。おはようございます、マスター” なんか聞こえるぅぅぅ!!! あぁもう本気で泣きたい。 現実逃避をこの時ばかりは切実に望むも、そんなささやかな願いはすぐさま打ち砕かれた。 言わずもがな、機会の出す音声そのままの発言によって。 “マスター、” 「・・・・・・マスターって、誰・・・・・・」 見知らぬ声に話しかけた時点でこれは夢でも気のせいでもなく現実なのだと認めた事になるのだが 、今の精神状態でそれを認識するのは難しかった。 というのは建前で、本当はもうどうにでもなれ、と投げ遣りになっていたというのが正しい。 ともかく、現実に疲れた社会人のように尋ねた。返答はすぐに返ってくる。 “わたしの目の前におります、マスターの事です” 「目の前……って……………」 嫌な予感にたらりと一筋の汗が頬を伝う。 はついさっきまで見、触れていたものを見つめた。そうして恐る恐る指をさす。 どうか外れていてくれ、と確率の低い賭けを声音に秘めて口を開いた。 「この、紅と黒の機体…?その所有者が、私だって言うの?」 “そうです” マ ジ か よ ! くらり、と意識が遠のくような感覚に、「勘弁してくれ・・・・・・・」と頭を抱えた。 落ち着け、落ち着くんだ。何度も言うが落ち着け。 さっきはちらりと現実から目を反らしたいと思ったけど、それは水に流して冷静になるんだ。 かつてないほど必死に、は事態を飲み込もうと躍起になって頭をかかえ、唸った。 アニメの知識をアテにするのはもうやめよう。 真剣にそんな事を思った。 乱れた歯車は、予定調和を蹂躙して懐柔するかの如く、元に戻る事さえ許さないまま、ただ回り続 ける。 止める事はできない。 それこそが、予定調和なのだから。 何者もそれを拒否する事など出来はしない。 無秩序に軌道を錯綜させながら、ただ、まわり続ける。 まわり、つづける。 next (06/08/05) (07/02/28)修正