Act6 得る為の代償
「…今の私の格好見たら、大佐喜ぶだろうなぁ……」
ふっと微笑みぽつりと呟く。
その脳裏には数人の某軍人の姿が浮かび、さらにある一人の宣言に歓喜した男性軍人の歓声までも
が正確に再現された。
「ミニスカートだしなぁ・・・」
全軍の女性の制服を改革する!と意気込んで仕事をしろと発砲されていたのに周りの空気が凍った
のを思い出す。あれは戦場だった。ただし一方的な。
何だか懐かしい。今でもしみじみと思い出せる。
顔の横、頬の薄皮を一枚を切るのみに留めた精密機器のような射撃、さらには縫い止めるように二
発、三発と打ち込まれた銃弾。正確に彼の上司のまわりをギリギリで通過し、彼の形をなぞるよう
に銃痕が壁に刻まれて。
(まぁ、あそこが軍らしくなかっただけなのかも)
クスクスと笑い声が漏れる。やっぱり思い出せば出す程おかしな人達だった。
おおよそ軍人らしからぬ気質は、彼らの持ち味だとも言えるが、けれどやっぱり軍人の持つ雰囲気
では無かった。そんな彼らが、自分はとても気に入っていたのだけれど。
ゆるりと首を振る。今は感傷に浸っている場合ではない。一刻も早くそこへ戻るためにも、今は目
の前の仕事を終わらせてしまわなければ。
は気持ちを切り替えて仕事を再開する。
後はリネン室に行ってものを補充するだけ。
そう思ってドアを開けた瞬間、
『総員、第一戦闘配備。総員、第一戦闘配備……』
艦が大きく揺れ、衝撃で手に持っていたリネン類が散らばった。
ぬああ!何てこった!!
ふよふよと漂うそれをあたふたとかき集める。
地面に落ちる前に全て拾い、かつ綺麗に折りたたんで所定の位置に置いてから飛び出すまで、わず
か数秒の出来事だった。
敵機は容赦なくアークエンジェルを襲い、大天使は被弾していき、ダメージが蓄積されていく。そ
の度に重力が軽い宇宙にいるため揺れるとバランスが取り辛い。足下がグラグラと不安定に揺れ、
折角のスタートダッシュが無駄になった。
(くっ!これじゃドックまで行くのに時間がかかるじゃないさ!)
は唇をかみしめる。
ドックがダメならブリッジでも良い。とにかく外の様子を見れれば、知ることが出来ればそれで良
いのに、こうも揺れていては視界さえまともに安定しない。
苛々して足を進める途中、ふと窓が目に入った。よろよろと近寄ってみると、そこは偶然にも戦闘
の様子がありありとうかがい知ることの出来る場所だった。思わず張り付いてその様子を舐めるよ
うに見つめる。ストライクにエネルギーが行き渡り、装甲が色づいていく。
(このシーン……ランチャーストライカー射出の時の!)
デュエルはストライクの反撃に面食らい、そして彼らもまたエネルギーが残り少ないのであろう。
それ以上の追撃はせず、諦めた様子で撤退していった。
そうしてメビウス、ストライクの両機はアークエンジェルに帰投した。ここまでは知識の通りであ
る。はそれらを見届けた後、急いでドックへ向かった。
おそらく、キラは『死』を初めて自分の近い所で感じた事だろう。の眉間に皺が寄る。
単なる学生だった彼が、いきなり戦争を体験する。それが心に大きな負担をかけることは明白だ。
自身も死に近いことは経験してきた。あるいは、他人の上に降りかかった死を見た。
断末魔を聞いた。
慈悲を乞う声を聞いた。
果てに何も話さなくなった生き物であったものを見た。
生きる者の覚悟を見た。
その執念を知った。
だがキラは…
まだ。
角を曲がった先にドックが見える。
が中に入ると、どうやらキラが中々出てこなくて揉めているらしく、一角に人が集まっていた。
ストライクのパイロット席に近付く。フラガやマードックはそれに気付き、僅かに目を見張った後
、道を空ける。すれ違いざまに頼む、と目でそう言われてこくりと頷いた。どうやら相当の押し問
答を繰り返したらしい。
「キラ、」
はキラの手をそっと包み込む。操縦桿を握り締めたままの手は震えていた。
キラはそれにハッとして顔を上げ、を見た。強張ったままの手が弛緩していく。
その目は衝撃と混乱と恐怖と不安と、さまざまな感情で乱れに乱れ、揺れていた。いつかの迷子の
目とは違う。もっと深く、もっと孤独なところへ、キラは迷い込んでいる。
彼の優しい世界が、崩れていく。
「キラ、もう終わった。大丈夫よ、みんな生きてる」
「生き、て……?」
「うん。生きてる。私も、キラも、生きてるよ」
途端、キラの顔がくしゃりと歪み、次いでに半ば体当たりをするような形で抱きついた。
それを拒むでもなく、震える背中に手を伸ばし、軽く叩いて安心させるように時折さする。
キラは逃げるように固く目を閉じていた。願わくばさっきまでの出来事が夢であって欲しい。
許される事ではないと分かっていたが、分かろうとしなかった。分かりたくなかった。
罵られようと甘んじて受けよう。だから今はこの温もりに浸らせて欲しかった。
キラはただ縋った。夢であって欲しい。いや、夢であっても嫌だった。温もりが欲しい。安心でき
る場所はどこにある?
見つからない。
見失った。
怖い。
僕はどこにいるんだろう。
「お疲れ様、キラ。頑張ったね、・・・・もう、いいんだよ」
「、……僕は………」
嗚呼、なんて脆いんだろう。
キラ。
優しいが故に傷つきやすく、また迷い、そして戸惑うしかないなんて。
傲慢な同情だった。行く末を知っている自分が抱いていい感情ではない。
けれど、この少年には理解者が必要だった。誰かが彼の心に触れていなければ、この少年は崩れて
しまう。幸せを、幸せとして受け入れられなくなってしまう。
「大丈夫だよ」
ただ私は、言葉をかけ続けることしか出来なかった。せめて、この短い時間に…少しでもいい。
彼に、どうか安らぎを与えて欲しかった。たとえ欺瞞に満ちたものであっても。
この世界は、優しく微笑んではくれない。
一通りキラを落ち着かせた所で、は再びドックに来ていた。
堂々とその姿を晒すストライクを見上げ、目を細める。フラガはそれに目をとめた。スタスタと歩
み寄り、およそその年齢の少女には相応しくない表情を浮かべる様子に眉を下げる。
全く、やなご時世だよなぁ。
フラガは一人ごちる。実際どうしようもない事だった。一介の軍人に一体何ができるだろう。何も
できない。ただ与えられたポストにつき、任務をこなし、敵を撃ち落とす。それがあるべき姿であ
ると、教えられてきた。そうする事しかできない。上に進言できる立場ではないから。だから従う
しか方法がない。
言い訳じみた考えがフラガの脳から全身へと行き渡り、それでも心臓はどこかそれを受け入れる事
に拒否し、抵抗した。その痛みが確かなものであるのに、同時に些細な反応でもあったため、意識
して隅に追いやってしまえばそれを気のせいにする事は容易かった。
痛みを容認してしまえば何かが消えてしまう気がした。
何かってなんだ。
思考の隅でちらりと過ぎった思いは、苦笑と共に掻き消える。
今更考えたって仕方ない。
そう。
今更、だ。
「よっ。何してるんだい、お嬢ちゃん」
「見りゃ分かりますでしょ。ストライク見てるんです」
は視線をストライクに向けたまま素っ気なく言い放つ。
フラガはそんなに苦笑して静かに問いかけた。
「……怖いか?」
なぜそんな質問をしてしまったのか。問うたフラガ自身でさえその質問に戸惑った。けれど一度口
にした言葉は戻らず、内心でしまったと思うがもう遅い。
少女は黙ったままだった。
戦争が
軍人が
MSが
兵器が
流れる血が
簡単に命が散っていく事が。
怖い?
クッと唇が吊り上がる。
ああ怖いさ。怖いとも。とんでもない恐怖だ。
だけどね。
「何を突然そんな事を。私はそんなの怖くないですよ。むしろ……」
「…むしろ?」
「…私は、人の『死』を何回もこの目で見てきました」
フラガは目を見開く。
ただの民間人だと思っていただけに、その言葉は衝撃だった。
「私は…私達は、何かを犠牲にしなければ何も得ることは出来ない。他人の命を……全てを奪って
犠牲にして、その先にあるものが何なのか。沢山の死を見てきた私には、そこに幸せを見いだす
事が出来ない」
フラガはただ、目の前に立つ少女を凝視することしか、出来なかった。
それは、17歳の少女が語るにはあまりにも不釣り合いな言葉。
「まぁ、その前に生き残らなきゃ話にならないんですけどねー」
は苦笑して肩をひそめ、フラガに目を向けた。
目の前の少女…いや、彼女は本当に17歳なのだろか。
この目は、この眼差しは、子供の持つそれではない。違う。
寂しさ。悲しさ。もたらされるであろう結果も可能性をも認知して。
幸せは常に幸福のみだけではないという事を、識っている。
(この子は一体……)
フラガの疑問は、しかし言葉になる事はついぞ無かった。
アークエンジェルはアルテミスに収容されようとしていた。
どこかで歯車の乱れる音がする。
やがて一つの歯車が止まり、全体が崩れ、新たな音が生まれようとしていた。
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(07/2/10)修正