Act5 似ている貴方
とりあえず私は支給された軍服を着て物資の詳細が書かれた書類を運んでいた。
まずは艦内の通路や部屋を覚える為、手っ取り早く歩いて廻っているのだ。ただでさえ人手不足、
それも二等兵など早々に責任ある仕事は任されない。けれどやるべき事は山ほどある。雑用も仕事
だ。地味だが、やらねば生活機能が崩れるのだから馬鹿にしてはいけない。
そういう訳で仕事をこなしている途中で声をかけられ、足を止めた。
「!?」
「ん? あ、キラ?」
「その、格好……」
声をかけてきたのはキラだった。驚いた様子の声にこっちが驚き、軽く目を開く。続いて発せられ
た言葉に更に目を丸くした。
格好…つまりは今着ている軍服の事だろう。だが視線を追って今の自分の格好を見る限り、おかし
い所はどこにも見当たらない。あぁ、ひょっとしてこの格好自体に驚いているのだろうか。
思い立ち、そういえば彼は私が軍人になった事を知らなかったのだと気付く。
そりゃわざわざ報告する義務もないわけだから、知らなくて当然なのだが。
どこか慌てたような困惑混じりの表情があまりにも必死で、ともすれば彼の方が倒れるんじゃない
かというくらい、青ざめた顔が何とも言い難くて、わざとらしくキラに敬礼した。
「本日付けで地球連合軍北大西洋連邦に所属する事となりました」
「どうして!?」
間髪入れずにキラはに食って掛かるようにして腕を掴んだ。
その様子に驚いて目を丸くする。なぜこんなにも必死に、縋るように自分を見る?
「君は………っ」
一つの言葉では括れない複雑な色を浮かべた瞳を間近に捕らえ、本人さえもてあまし言葉に尽くせ
ない感情の波にはいっそ分かりやすいほどの激情を宿し、真摯と言うにはあまりに頼りなく。
そんな迷子のような目で見つめられて、彼が何に怯えているのかを正確に読み取る事は出来ないけ
れど。
あぁ、そうか。彼は。
「ごめんね」
キラは説明も何もない、ただ謝罪の言葉をかけられて顔を上げる。
見上げると少しだけ困ったように笑う顔がそこにあった。なぜ。
「なん……」
「!?」
「あらま、皆さんお揃いで」
キラの声を遮って、別の声がの名前を呼ぶ。
二人が声がした方向に目を向けると、そこには知り合ったばかりの面々がズラリと勢揃いしており
、狭い通路が更に狭くなった。
「ミリアリアにサイにトールにカズイ。やっほー」
「やっほーじゃないわよ!どうしたのよその格好っ! 何で軍服なんか…!!」
泣きそうに歪められたミリアリアの表情に、はたじろぎながらもミリアリアに笑顔を向ける。
「ん~とさ、私には優先事項というのがあるわけですよ」
はポリポリと頬を掻き、ミリアリアの優しさに苦笑しつつも理由を話す。
「その為に必要だと思ったから、こうしただけ」
「でも……!」
の言葉にサイは反論する。
「君はただの民間人だろう!?」
「それでも、進むしかないのよ。サイ」
前へと。
望む未来を見据えて。
自然と低くなった声に反応してか、あるいはその雰囲気に圧されたのか、詰問の声が止まる。
進むとは何か。必要だからといって何故この道を選ぶのか。
聞きたい事はあるはずなのに、他ならぬ彼女がそれを許さない。
尋ねようとする口は塞がれ、踏み込む事を視線と雰囲気だけではね除けられ、それ以上の追求をさ
せまいとその目が語っている。
未知のものに触れてしまったかのように各々が揃って息を呑んだ。目の前にいるのは確かに彼女の
はずなのに、今は違う人物のようで本能がどこかで警告していた。暴いてはならないと。その時期
ではないと。ここだけ時間が止まったようだった。
それに割って入ってきたのは、軽い印象を拭えない呑気な声。
「お、みんな集まってんな」
「、フラガ・・・大尉」
フラガは達によお、と手を挙げ面々を見やった。やはりどこまでも軽く。
わずかながらそれにより場の緊張が緩くなり、少年少女たちがほっとすると、くだんの大人は「ん
?」と首を傾げた。
その視線がを捉えると、彼はひょいと肩を竦め、言った。
「お嬢ちゃん、さっき行ってきたのはこの為か?」
「見ればわかりますでしょ。それよか大尉、やっぱその呼び方直りませんか」
「あ~、もうクセだな」
「……そうですか」
「それよか坊主、マードック曹長が怒ってるぞ。自分の機体の整備は自分でしろだと」
「僕の機体、って…あのMSの事ですか?」
「今はそういう事になってんの。実際アレには君しか乗れないんだから仕方ないだろ」
「そりゃ、仕方ないと思って二度目も乗りましたよ。でも僕は軍人でも何でもないんですから…」
「いずれまた戦闘が始まった時、今度は乗らずにそう言いながら死んでいくか?」
『!!』
……もうちょっとソフトに言おうよフラガさん…………
は呆れた目でため息をついてフラガを見やる。
「フラガ大尉、民間人にあまり圧力かけないで下さい」
「おいおい、嬢ちゃんだって『死ぬわけにはいかない』って言ったんじゃないのか?」
「ええ。でもキラがどうするかはキラの勝手では?」
フラガにはジト目で、キラには笑顔では淡々と意見を述べる。
キラはを見、不安げにその名を呼んだ。
「…」
「でもな、今この艦を守れるのは俺と坊主だけなんだぜ?」
キラはその言葉に揺れたのか、先程までの強気の姿勢が脆くも崩れた。
「……僕は………」
「君は出来るだけの力を持っているだろう。なら、出来ることをやれよ」
言ってくれるじゃないか。
はフラガに言いようのないイラつきとムカつきを感じた。
彼の言い分は分かる。そうしないといけない理由も分かっている。
けれど、もう少しこう、言い方っていうものがあるではないか。
キラが戦ってくれる事は今後に大きく左右される事だと分かっている。けれど正直に言ってしまえ
ば、中途半端な決意はかえって邪魔にしかならない。
多くを救えるとは思っていないし、また救おうとも思わないが、キラが迷いの末戦って命を落とす
可能性もあるのだ。未来は確定された道が用意されているわけではなく、常に不安定に指針を変え
、決して一つに定まらない。
それでは駄目なのだ。
だがここで自分の目的を言えるわけもない。当然だ。疑われれば当然行動が制限される。そうなれ
ば目的も計画もパァだ。
少しでも生き残る算段を立てていかなければならない。けれど、彼らを一つの駒として見るには馴
れ合いが過ぎた。何よりそんな最低な事はしたくない。
だから本来はフラガの言を肯定すべきなのだが、どうも気に食わない。わけもなく苛々した。
この口の減らない奴め。
一瞬、よく見知った声が不機嫌そうに呟く声が頭に響き、心中の声とシンクロする。
はっとしてその声の持ち主を探ると、吊り上がった金の瞳と同じ色の三つ編みが脳裏を過ぎた。
いつぞやの(私からすれば)大人げない大佐の言に、食って掛かった錬金術師がそこにいた。どこ
か懐かしいその光景に、あぁそうかと納得する。
そうだ、この状況はそれと似ているのだ。結局うまく言いくるめられて苦労をするのは私たち、と
いうパターンに毎回溜息を吐く、今となっては遠くなりすぎてしまった日常に。
反発を覚えたのは、またもや呑み込まれそうな状況になっているからか。
納得してあぁそうか、と内心で呟く。
なんて事だ。関連性などまるで見当たらないはずの彼らなのに。
さしずめエドがキラで大佐が・・・。
「フラガさんって大佐みたいだよなー……」
うん。この言い草といい年といい、似てる。似すぎている。
しみじみと浸っていると、フラガは首を傾げてを見やった。
「大佐?嬢ちゃん、大佐って誰だ?」
「へ…………?」
は突然話を振られ間の抜けた返事を口から出した事にも気付かずに、呆けた。
尤もな疑問に他の人間の目も集まる。
(え?なんでフラガさんが大佐の事を………って………………)
あ。
私口に出してたり、した、のかな?
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・したっぽいな。
はひくついた笑顔でフラガを見ると、えへ、と笑ってみせた。
ごまかせごまかせ!!
「何でもないです! じゃ、仕事があるんで!!」
「ちょおおっと待った。俺が誰みたいだって?」
はガシッとフラガに腕を掴まれ引き留められる。
他の面々も興味があるのか、未だにじいっとを見つめていた。
(つーかそれってますます大佐みたいですよフラガさん!!)
先程思い浮かべた考えを再度思い描き、引きつった笑いでにっこりと言う。
別に言っても構わないが、そうすると他の事まで説明しなくてはならなくなる。
つまり、面倒。やってられない。やりたくもない。
「黙秘で」
「上官命令だ」
「女性の秘密を暴こうなど無粋ですよ、セクハラで訴えられたいので?」
「…………………………………………………………。」
これにはフラガも黙り込んだ。
成る程、この世界でもセクハラは有効なのか。いい事を知った。てかやっぱ大佐属性だこの人。
行動パターンと言い物の言い回しと言い、どうしてこうも共通点があるのかいっそ不思議で仕方な
い。似たような人間は世の中に三人はいるというが、それは世界が異なっても通用するものなのだ
ろうか。て言うかこんなのが三人も同じ場所にいたらそれはそれで嫌だけどね。
いかん、想像したら笑えてきた。
くつくつと肩を震わせて笑うの姿に、それぞれが呆気に取られる。
「がそんな風に笑う所なんて初めて見た…」
「は?」
呆然とした呟きに笑いを止める。
負けず劣らず呆けた声で顔を上げると、珍しいものを見るような目がいくつも向けられていた。
そんなにも笑っていなかっただろうか。
ああでも、笑っていられる状況じゃなかったと言えばなかったような。
「……」
サイは未だ心配そうに声をかけた。その心配が何に向けられているのかは敢えて無視する事にする
。突然笑い出す人間なんぞ、怪しいにも程がある。失礼な目で見るなと言いたいところだが、話題
が逸れたのでこのまま流してしまおうと更に話題を派生させた。
「大丈夫だよサイ。17で人生終わらせる気は全く無いから」
『え!?』
それを聞いてそこにいたメンバーの全員が口を揃えて声を出した。
なぜそこでそんなにも驚く。
『え』って何だ。私に死ねと?
『17歳!?』
「そうだけど…………まさか、下だと思ってた?」
ぎくり。
肩が揺れる。誰のって、私以外の全員が、だ。
「…………………………へえ?」
「ほ、ほら嬢ちゃん仕事があるんだろ?お、俺もそうだから早く……」
「…そうですね」
にっこぉり。
『(こわっっ!)』
「それじゃあ、後でまた必ずお話しましょうね皆さん?」
うふふふふ………………
黒い笑みを残し、はその場を後にした。
初めて見る笑顔とその後の雰囲気のギャップに、しばし固まる姿がそこにあったとか。
next
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日本人は童顔。
(07/2/3)修正