Act3 コーディネイター
優しそうな美人さんが怒っております。
あ~、うん。そりゃあ『軍の最高機密』とやらにベタベタ触られちゃあ、ねぇ?いち軍人としては
見過ごせないよね、やっぱ。
険しい表情で銃を向ける女性を一瞥し、やれやれ、と嘆息する。
私は一切触ってないけど、やっぱMSってでかいわねぇ。これで突然グラッと倒れてきたら間違い
なく死ぬね!
は思考をそびえ立つストライクからマリュー・ラミアスに移した。現状に飽きた耳は、周りの
音をどこか遠いものとして処理する。まぁ確かに不用意に兵器の周りをうろつくのはいただけない
。が、そもそもの原因を作ったのは彼ら大人であり、軍人ではないのか。そんな思いを抱いて冷め
た心情を弄ぶ。子供に何も知らないと言う大人。まぁそうだろう。子供に比べれば大人はその分の
人生を経験しているわけだし、時間の積み重ねを子供より多く持っている。けれど大人だって全て
を知っているわけではない。子供の方がより多くの事を知っている場合もあるだろう。子供を下と
見るのを悪いとは言わないが、無知と決めつけるのもいかがなものか。それを言う気もないが。
美人さん……もとい、マリューさんは怒った表情で銃口をこちらに向けている。だが、正直言って
あまり怖いとは思わない。なにせ、こういう場面は慣れてしまっているから。表情がある分、まだ
彼女は優しい方だ。
これで無表情かつ皮一枚をかすめる腕を持つクールビューティーが対峙していたら私は即降伏する
よ。その犠牲のほとんどが女ったらしの某錬金術師兼軍人だったのが何故だか懐かしい。思考をあ
らぬ方向へ飛ばす中、厳しい声がヘリオポリスの一角で響いた。
「一人ずつ名前を言いなさい」
少年少女たちはマリューの言葉に多少戸惑いつつも、素直に口を開いた。
「サイ・アーガイル」
「トール・ケーニヒ」
「ミリアリア・ハウ」
「……カズイ・バスカーク」
「………キラ。キラ・ヤマト」
五人まで答えて、後に続かない最後の一人にマリューの視線が移る。
「あなたは?」
「・です」
名乗った事で満足したのか、銃口を相変わらずこちらに向けたままのマリューは、表情を険しくし
たままキラ達に向き直った。その時彼女が辛そうに瞳を揺るがせたのが見えたが、それには冷やや
かな思いしか抱かなかった。だってこれから彼女は、知らなくても良かったはずの深淵の暗闇に、
この少年達を放り込むのだ。
仕方がなかったは言い訳にならない。
何故ならこんな事態に巻き込んだのは、他ならぬ彼ら大人なのだから。襲撃の可能性を考えなかっ
たのかは知らないが、それなりの対応はしてしかるべきだったはず。なのにまんまと機体を奪取さ
れ挙げ句民間人を軍艦に押し込め戦争の渦中に置くのだから。
それもまた戦争という名のひとつの業。大人も子供も関係ない。
「軍の最高機密を知ってしまったあなたたちを、そのまま放っておく事は出来ません。軍で拘束さ
せてもらいます」
その言葉にトール達は不満の声を上げ、マリューは再び引き金を引いた。
ほら、やっぱり大人って勝手。
「大人げないなぁ」
「、な!」
の呟きに軍人達は一斉に目線と銃口を向ける。
「黙りなさい!何も知らない子供が……!」
「何も知らない? じゃあ、知らない事を知ってるあなた達がしてる事って、そんな胸張って言える
事なんですか? そんなの中立国で平和に生きようとしてきた人間に分かるわけありませんよ。少
なくとも、連合軍であるあなた達が一般市民―――それもオーブの人間に銃を向けるなんてヤバ
クないですか?軍の機密があるっていうのに大がかりな警戒も配備も出来なかったのはそちらの
ミスでしょう」
「・・・ッ、黙りなさい!」
「そんなコトしてる暇、あるんですか? 次が来ますよ?」
「……次?」
「ザフトの攻撃はまだ終わっちゃいないってことさ」
割って入ってきた談三者の声に、その場の注目が声の持ち主へと移る。
そこに立っていたのは金の髪をした地球軍兵士で、まだ若い男だった。
またしても見覚えのある顔。
はフラガの姿を見、なんとなく嫌な予感を覚えつつも彼に向き直った。フラガは再度口を開く。
「君ってコーディネイターでしょ?」
彼の言葉にその場が一瞬にして凍りついた。
一言余計じゃこの三十路前!!
一人凍らなかっただけが肩を怒らせる。
は誰よりも―――トールよりも早く、真っ先にキラの前に立ちふさがった。キッと目をつり上
げてズラリと並ぶ軍人達を睨み付け牽制する。
「ここは中立国です。今彼を殺せば、それは国際問題ですよね?」
「っ!」
マリューだけでなく、それは傍らに立つナタルにもの言葉は痛く突き刺さった。
の反論にトールも加わる。
「……銃を下ろして」
「! ラミアス大尉!!」
ナタルはマリューの判断に異を唱える。だがマリューは訂正しようとはしなかった。
「彼女の言うことは最もよ」
「しかし……っ!」
ナタルは未だ不服そうだが、はマリューの判断に内心で笑みを浮かべた。こういう時、彼女が
軍人らしからぬ軍人であって良かったと思う。冷たく言っておいて何だが。そして今度はフラガを
見据え、低い声音でぶっきらぼうに言う。彼に対しての怒りはまだ鎮火していなかった。
「そこのパツキンお兄サン」
「……オレのこと?」
「あんた以外に誰がいるんですムウ・ラ・フラガ大尉。
大人であるのでしたらもう少し考えて行動して頂きたいのですが?」
フラガは目を見開いた後、に申し訳なさそうに笑う。
「悪かった。ただ知りたかっただけなんだ。
……お嬢ちゃん、君もコーディネイターなのかい?」
ハッとしたように全員がに目をやる。
先ほどコーディネイターであるキラを庇った理由。それは、彼女自身もまたコーディネイターであ
るからではないかと。そう言いたいのか、地球軍は。
は彼らの考えにため息をついた。先程中立国云々の話をしたばかりだというのに、全く呆れた
話だ。
「私はコーディネイターじゃないです」
「ナチュラルってことか?」
「そうなんじゃないですか?」
誠意も覇気も感じられないその返答を不真面目ととったのかナタルが険しい顔つきになる。他の人
間にもそれがふざけたものと思ったのか、いいとは言えない視線が突き刺さる。それらを全て受け
流し、(馬鹿じゃないの、)口を開いた。
「私は、私です。・というただの、ね。
それだけですよ。ムウ・ラ・フラガ大尉?」
は笑みを貼り付けたままそれぞれの顔を見渡す。
何が間違っていて何が正しいのか。はっきり言ってどうでもいい。そんな事はどうだっていい。私
は人間で、コーディネイターも人間で、ナチュラルも人間。その事実は変わらない。だというのに
「人間」をカテゴリー化する必要性がどこにあるというのか。(くだらない。)
「ちっぽけな、ただの人間ですよ、私は」
無力でただただ小さく、弱く愚かな一人の人間。称号や人種はその人を示すのにさして意味を成さ
ない。その人自身は国籍や身分などでは無く、その人がその人自身である事が唯一で絶対だからだ。
何者であるのか。
それは私は私だという答えしか持ち合わせていない。納得できなければそれでいい。けれどこれ以
外に私を証明するものは無い。結局、根本的な部分ではみんな変わらない。それに名前やら職種や
らが付随するのは、手っ取り早く信用を得るための手段でしか無い。
フラガはのその言葉に微笑し俯いた。
「……そうか」
そうですよ。
「悪いな。その髪に紅い目っていうのが不思議だったもんでさ」
「取られたんですよ。元々は黒い目だったんですけどね」
「……取られた?」
言って自分の失言にハッとした。
そういやココってSEEDの世界だった。普通に忘れてた。だってフラガさん大佐とイメージ的に
あんま変わらないんだもん。
面倒くさい。うぅむ。なんと答えるべきか。
「プライベートなんで、教えられません」
「おいおい」
「んじゃクイズを出しますから、答えられたら教えてあげますよ」
「クイズ?」
「はい」
真顔になったに、フラガだけでなく周りの人間も惹きつけられる。
自然と彼女の次の言葉を待った。
「一は全で、全は一。それが示す答えを。その意味を理解し、答える事が出来たなら」
にやり、とは先ほどのそれよりも笑みを深くする。
「そうすれば、私は私の全てをお話しして差し上げますよ、フラガ大尉」
「なんだそりゃ」
変なものを見る目で彼の顔が奇妙に歪む。
そうっスね。我ながら捻くれた問題を出したもんだわ。いや、絶対に正解できなさそうな問題にし
ただけなんだけどね。はははははっ!
「まぁ、今はこういう御時世だからな。言いたくなけりゃ無理には聞かないさ」
笑いを必死に抑えていたら(この場面で笑うのは非常に危うい。主に自分の印象や立場が)どうやら
勝手に解釈をしたらしく、若干すまなそうな声音でやんわりと会話を打ち切られた。笑いを堪えて
いた表情は、無理に顔の形を歪めたせいで随分と微妙な事になっていたようだ。目を見たら絶対笑
う! と視線を逸らしていたのも原因のひとつかもしれない。どうやらそれ以上掘り返す気は無いら
しく、再び居心地の悪い空気が流れる。
こういう御時世。
ここは中立国のコロニーなだけあって、戦火を逃れて移住する人間も多くいた。その中には既に戦
争で家族や親しい人を亡くした人もいる。
私はそういう分類に位置する人間では無かったが、かと言って事情を話せる程軽いものではなかっ
たので取られた云々に関しては煙に巻く事にした。
「……、さん」
「え?」
躊躇いがちな声のキラに振り向くと、困惑気味な表情にぶつかり首を傾げる。
「どうして……僕を庇ったりなんかしたんですか?」
へ?
思わずポカンとして、まじまじとキラを凝視した。
な、何を聞くのかと思えば…………
妙に気が抜けて肩を落とせば、キラは緊張した面持ちで強ばった顔で私を見ていた。けれど目は真
剣で、そして疑問に満ちていた。曖昧だったとはいえ、コーディネイターである事を否定した私は
、彼らにナチュラルであると認識されているだろう。間違ってはいない。私は遺伝子操作を受けて
生まれたわけではない。しかしこの世界のナチュラルというわけでもない。だからこそのあの発言
だったわけだが、どうやらキラにとって、そんな単純な事項ではなかったらしい。そこまで拘らな
くてもいいと思うんだけど。だがそれが彼の、ひいては彼らの概念だと考えれば、致し方ないのか
もしれないと思う。
「そうしたかったから」
キラは目を見開きを見る。
いやだから。そんな珍しい物でも見るような目で見ないで。
「キラを死なせたりなんかしたくないって思ったから、そうした。それだけ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あなたがどうなろうと関係ない事は確かだけどね。でも、目の前でああいう事になって何もしな
いと、後味悪いでしょ」
言外に、自分のためだ。
ああ、それと名前呼び捨てでいいよ、そう言い残し、は再び歩き出した。
それ以上何も言わずに立ち去る少女の背を、キラはどうしていいのか分からない表情で眺めていた
。軍人に誘導されていく彼女を、呆然と視線で追うしかできない。行こうぜ、と友人に促されてよ
うやく周りが見えるようになったが、それでも思考は捕らわれたままだった。
ここは中立のヘリオポリスだ。ああいった考えを持つナチュラルはいても不自然ではない。だがあ
の答え方が気になった。友人でもない。見知った他人でもない。正真正銘の初対面。同い年くらい
の子供だったからだという理由でもなければ助けを求められたわけでもない。それなのに手を伸ば
した。なぜ。どうして。
明確な答えが出ないまま、キラはもっとあの見知らぬ少女と話してみたい、と思った。
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(07/1/21)修正