Act2 遭遇


『アスラン』 「なんだ、ニコル」 連合軍から奪った機体の一つ、イージスガンダムに乗るアスランに通信が入る。送り主はアスラン と同じくザフト軍のエースパイロット、ニコル・アマルフィだった。 『あそこに、女の子が』 『女の子だぁ?』 ニコルの通信内容にディアッカが声を上げる。通信機ごしでもそのいぶかしげな声は十分にその信 条を窺わせた。軽い調子で語尾が上擦る。 『はい。おそらく民間人だと思われますが……保護した方が……』 アスランはパネルに目をやった。確かに一人の少女が立ちつくしたまま動かずにいるのが確認でき る。その服装を見る限りでは、成る程、確かに彼女は民間人らしい。だが、何故避難しようとしな いのかが気になった。混乱してどうすればいいのか分からないのか。 一人きりで立ち止まったままの少女を見て、ふいにアスランの脳裏に苦い思い出がよぎった。今で もまざまざと瞼に焼き付いて離れない光景と、心に残された沢山の感情。その中で一際彼の心を締 め付け、苛め、暗い淵へと招くドロドロとした記憶。思い。 あのままでは巻き込まれるだろう。確実に。この戦火に否応なく理不尽に。 死のバレンタインで亡くした、母のように。 今も彼を縛ってやまない思いがアスランの表情を歪ませる。 画面越しに見た一基のコロニー。それが爆音と共に無惨な形に姿を変え、後には何も残らずただ残 骸が漂うだけのそれを、どうして忘れる事ができるだろう。未だに全員の遺体が確認できず、今な おその苦しみを深く残すあの惨劇を、どうして。 理不尽に、永遠に失った母の存在が、アスランのその後を決定づける要因になった事は、彼の周囲 の人間であれば誰もが知っている。 突然に命を奪われた母と、目の前の少女を重ねてズキリと胸が痛んだ。 アスランが苦い思いに顔を歪めていると、少女は自分が物思いにふけっている間に信じられない行 動を起こした。それを目にして、アスランは思わず「な、」と声を零す。なんと一人の男の子に駆 け寄った後、その子をザフト兵からの銃弾から守ったのだ。文字通り、その身を呈して。 少女のその行動に、各々はそれぞれ驚きの声を上げる。内容は三者三様だったが、思う所は同じだ った。何という無謀。何という無茶。 『! 怪我を……!』 『ヒュー。やるねー、彼女』 『フン! 他人を庇って自分が傷つくことを選ぶなんぞ、馬鹿なナチュラルらしいな』 会話に入らず、アスランはただ少女を目で追う。 (どうして……あんな無茶を) それはアスランに限らず、他の3人も少なからず抱いた思いだった。 おそらくあの二人は知り合いでも兄弟でもないだろう。ならば赤の他人同士という事になる。なの に己が傷つく事も厭わず、少年の盾となった少女には、痛々しい銃創が身を抉って血が流れている。 アスランら4人は、それを見てただ純粋に驚いた。 戦争の中で、そんな愚かともとれる行動を取った少女に、誰もが目を見張った。そうして生まれた のは、わずかばかりの興味と好奇心。 『フン! シェルターに行ったんだ。死ぬことは無いだろう』 『そうそう』 『しかし・・・・・・あ!』 『あ?・・・・・・あ、』 『・・・バカか?あいつは』 『イザーク!』 ニコルはイザークの言葉に非難の意を込め声を荒げる。 その理由は彼らの見る先にあった。 少女は一人シェルターから出てきた。少年は避難させたのか、そこに姿が見あたらない。だとすれ ば、考えられることはただ一つだ。 「……シェルターはもう人でいっぱいらしいな」 『アスラン……』 突然、走っていた少女は突然足を止め再び立ちつくす。 どうしたのかと思って見てみると、片腕をギュッと掴んでいた。負傷した部分が痛み始めたらしい。 動けない程痛むのか。このまま放っておいた所で彼らに支障は無い。だが、裏を返せばそれは放っ ておかずとも彼らには何の問題も無いわけで。 少しの間アスランは考えを巡らせていたが、決意したように操縦桿を握り直した。 『アスラン!』 「ああ、俺が行く」 『何を言っている! そんな勝手が許されると思っているのか! 戻れ!!』 『しかし彼女は民間人です!見捨てるなんて……!』 『オレはどっちでも良いケドね』 「とにかく、彼女はザフトで保護する」 アスランはMSに乗ったまま少女に近付いていった。それに気付いたのか、少女は顔をこちらに向 ける。ひどく呆然としてこれでもかというほど目を丸くしていて、思わずアスランは口元を綻ばせ た。向こうからは見えないと分かっているが、すぐに笑みを引っ込めてなるべく優しく聞く。 『大丈夫か?』 驚いたようにこちらを仰ぐ少女の目は、鮮やかな紅の双眸をしていた。 はポカン、とそれを見つめる。 傷の痛みでどうにも動けない所に突然降ってわいた、彼女からしてみれば耳に覚えのある声と、そ れから割り出されるその声の持ち主の可能性に、まさかという気持ちが頭を真っ白にさせた。 イージス……ってことはアスラン・ザラ!? この石田ヴォイスは間違いない。十中八九、自分に声を掛けてきたのはアスラン・ザラその人だろ う。ここが異世界だという決定的な証拠を突きつけられて、やはりそうか、と諦めと確信とやりき れなさに顔面の筋肉が引きつる。そして再び赤い機体に意識を向けた。 大丈夫かと聞かれても返答に困る。動けない事がバレたら、それこそ集中砲火を浴びるかも知れな いではないか! 冗談じゃない、ここでくたばってたまるものか。 あまりよろしくない状況に、連動して声が冷たいものになる。 「・・・平気です」 大丈夫だからといって何だというのか。彼らはここを攻め落としているはずである。なのにこんな 所で民間人に構っている暇はあるのか? 数百メートルも上空に滞空する赤いそれを、早く去ってくれまいかと睨み付ける。向こうには警戒 と見られているだろう。そんな事はどうでもいい。 『君は民間人だろう?』 「…そうですが、それが何か?」 声に頷き、言外にだから何だという響きを含ませる。 それがどうしたというのだアスラン・ザラよ。 『ならば君の身柄はザフトが保護する』 「はあ!?」 どうしてそうなる!?大体お前等任務中だろ勝手な行動していいのかよむしろ何がどうしてどうな って私なんかを保護しようとするのか理解不能だしそもそも捨て置けばいいものをそうやって助け ようとする意識はどこから生まれたって言うか確かにどこ行きゃいいのかなー?とか思ってたから 丁度いいって言えば丁度いいんだけど都合良すぎて裏がありそうな予感というか嫌な予感がするん ですけど・・・・って―――――――――!!! 「ちょ、待っ、怖いから!そんな大きな手で掴もうってワケ!?あんた私を殺す気!?ちょ、来る なァ!!」 『来るなって、何を言っているんだ。君は怪我をしてるんだろう?』 「それとそうですけど心配しなくても私は逃げられますんでどうぞお構いなく!じゃっ!!」 『おいっ!』 アスランの声は軽く無視。 考えてもみて欲しい。あの巨大な手が逆光を浴びて上から自分に向かって伸びてくるのよ? 握り潰されそうで怖いっつーの!! 重量が一体何トンあるんだ、という火器を軽々と持てるMSだ。その手で人間を掴んでちょっとで も加減を間違えたらそくお陀仏間違いなしだろう。仮にそうならなくても不安定な体勢で上空高く 持ち上げられるなんて冗談じゃない。 私は嫌でも鍛え抜かれた足で脱兎の如くそこから逃げ出した。激戦区に行けば、その混乱で私を見 つけようなどという事は出来ないはずだ。あくどい考えに緊急事態だし、と囁いて、ボコボコで走 りづらい道をひたすら駆けた。 が。 走りに走って、勢い余ってどん!と人にぶつかってしまった。 「ぅわたっ!? ご、ごめん!大丈夫!?」 「いった~……あ、こっちこそごめんね!そっちこそ大丈夫?」 「何やってんだよ、ミリィ」 「!!」 ぶつかった子はどうやら女の子らしい。 だから謝って頭を下げたのだが、次いで聞こえてきたその名前にビキリと顔が引きつった。 ミリアリア・ハウ!? とトール・ケーニヒ!? サイ・アーガイルにカズイ…………何だっけ? まぁいいや、とにかく同年代っぽい見た顔ズラリ。 ……やっぱりですか。彼らがいるという事は、そうなんですね。 どうしてこうも主要人物に遭遇するのか、眉を寄せて顰めそうになる顔をかろうじて抑え、無難な 対応をする。 「私は大丈夫。それより早く逃げた方が良いよ?」 ふふ・・・と遠い目になる私に気付く事なく、ミリアリアはでも・・・と言いよどんだ後悲鳴に近い声を 上げた。 「っあなた、腕!」 腕? 言われてミリアリアの視線の先を追うと、服を切り裂いて掠めた銃弾の痕がある。流れる赤い色が 何かは言わなくても分かる。自分の血だ。 「ケガしてるじゃないか!!」 「い、痛そう……」 次々に言われて、視線が腕に集中する。それでようやく、腕が注目された意味を理解した。 「あ、コレ? ちょっと撃たれて……」 「何冷静に言ってるのよっ、こっちであなたも手当した方が良いわ!来て!!」 「ぇ、わっ!?」 腕を強引に引っ張られ、よろけつつも何とか後をついていく。というより、連れ込まれる。 世話好きなのか単にお人好しなのか、ミリアリアはぐいぐいと怪我をしていない方の腕を引っ張り、 ベンチに座らせて器用に傷の手当てをし始めた。 流されてるなぁ、と思いつつ、ふとミリアリアの言葉にひっかかりを覚え、瞬きをする。 ………………あなた、『も』? 嫌な予感を覚えつつ、は恐る恐るミリアリアに尋ねた。 も、という事はもう一人私以外に怪我をした人がいて、なおかつそれを彼女が目にしたという事は、 もしや。 「・・・もしかして、私の他にもケガをした人がいるの?」 「ええ、オレンジ色の作業着を着た女の人が……」 やっぱりか!! 記憶に基づいた推測にそれが当たっている事を知り、彼の人物が誰かを思い浮かべる。おそらくそ れはラミアス艦長だろう。確か彼女はミリアリアに手当てを受けたはずである。 当たってしまった予想に、もう逃げられないぞと誰かに言われた気がしてヒヤリとした汗を浮かべ た。芋づる式にどんどん私が望まない方向へ話が進んで行っている気がする。確実に。 …………。 この際だ。 とことん流れに任せてみよう。 余程の事があれば必死こいて足掻けばいい。 とりあえず。 『アークエンジェルに避難』、決定。 next (07/1/19)修正