Act1 始まり


見渡す限りの見覚えのない光景。目前に広がるそれは、記憶を辿っても決してデジャヴなど感じな い、つまりは初めて目にするものだった。 夢遊病患者でもあるまいし、無意識にふらふらと出歩いていたわけでは決してない。では一体なぜ 自分はここにいるのか。自らに答えを求めてもそれが得られない。 うろたえるよりも何よりも、まず呆然とする方が先だった。予想外の事態に脳がついていかない。 しばらくの間、混乱する思考を処理する事のみに専念する。 マジでここどこ。 見覚えのある光景ならまだ帰り方も今自分がいる場所も分かる。しかしそれが全く見覚えのないと ころとなると話は変わる。 は一人、呆然と立ちつくす。目の前の光景が、自分の今置かれた状況が、理解できない。 いや、理解したくないのかもしれない。 明らかに異常なこの状況、それを理解するという事はそれを認めるという事と同義。 けれど思考は不穏を覚え警告する声を軽やかに無視して突き進む。 私、エドとアルと……旅してた、ハズよね? 突然目の前が霞んで……気が付いたら瓦礫の上。あたりに飛び交う悲鳴と怒号、ビリビリと震える 地面の震動。耳をつんざく爆発音や銃撃の音が、絶え間なく自分の周囲で立て続けに起こっている。 …………………夢にしてはリアルだ。リアルすぎる。 一瞬で画面が切り替わったテレビのように、その転換は劇的だった。 いつものように汽車にて移動中、振動により手元から転がり落ちたものを拾おうと席を立ち・・・・・ それから、・・・・・・・・・・・・それから? そこまで考えてはたと気付く。目の前を飛んでるのは何だ? 周りは大混乱の境地のようで、誰も立ち尽くす自分に構う様子は見せない。といよりも、その余裕 がないのだろう。いや、自分もかなりの勢いで何が何だか理解できずにいるのだけれど。 人々は誰もが目に恐怖の色と混乱を色濃く映し、不安に顔を歪ませている。紅いスーツのようなも のを着て銃を手に持った人や飛び交う巨大な人の形をしたロボットのようなものから逃げ、それか ら撃ち込まれる弾丸の嵐と人の悲鳴が入り交じり何とも言えない空気が肌を突き刺してくる。阿鼻 叫喚、とまではいかなくとも、恐慌状態に陥っているのは認識できた。 地面が不自然にえぐれた部分から目を移し、上空に視線を向ける。そしてあまりの非現実さに硬直 し、呆然として目を見張った。 ……ソラを飛ぶアレには見覚えがある。ありすぎる。 ただし、『本当の私の世界』での話ではあるが、あれは。 『モビルスーツ』 人型の姿をした兵器。ガンダム、と呼ばれるそれ。 ではそこから連想できる事は? 自らに、無意識のうちに問いを発し、頭がそれを理解するよりも先に逃げまどう人々の声が耳に届 く。 「ヘリオポリスが攻撃されるなんて……!」 「いいから早く避難シェルターへ!!」 逃げまどう人々の怒号が聞こえる。それに混じって子供の助けを呼ぶ声がする。 『ヘリオポリス』 聞き覚えのある単語にひくり、と口角が引きつった。 ヘリオポリス…… という事は。 ドサリと手に持っていた鞄が落ちた。何故この時鞄を手にしていたかは置いておいて。 はしばし呆然として目を点にした。 いや、あまりの衝撃に我を失っているとも言えようが、とにかく冷静さを失った。 これは現実なのか夢なのか、はたまた自分の抱いた幻想なのか。 だが目の前の光景は無視するにはあまりにリアルで、否定するにはその要素が不足している。明ら かにここは偶然と真理の気まぐれで落とされたあの世界とは違う。 は頭痛のする頭を片手で押さえて唸った。 え~、もしかしなくてもここはヘリオポリスで空にはMS。それでもって街はメチャクチャ。 まだ混乱気味の脳をフル回転させて辿り着いた答えに自問する。ここが自分の知る世界で、自分の 知る展開通りに事が進んでいるのならまずい。とてもまずい。なぜならヘリオポリスというコロニ ーは、第一話目で襲撃されて跡形もなく崩壊するからだ。ただし、自分の知る知識の通りに事が進 めば、の話だがおそらく確実だろう。 自分は今そのヘリオポリスにいる。 そして空には飛び交うMS。 という事は、つまり。 私も避難しないと銃で撃たれるかへリオポリスが崩壊して宇宙空間に投げ出され、口に出しては言 えない死に方をするか、という事になる。 またしても命の危機に遭遇するとは!いい加減悲しくなってくる事実に溜息が漏れる。無意識に軽 薄な笑みを浮かべた。何なんだろう。ホントに何なんだろうこの状況。状況が許すのならばこのど うしようもない理不尽さを世に訴えてやりたい気分に陥るが、そんな場合ではない事は考えなくて も分かる事。いっそ夢であって欲しいと思うのに、手から伝わる地面の感触は確かなもので。 何なんですか。私何かしましたか。さすがに前回ので懲りたので誰かに悪戯したりだとか故意に笑 いものにしたりとかはしてませんよ一切。なのにこの仕打ちですか。誰の仕業ですか一体。 思いつくのはたった一人しかいない。十中八九、あんの面白い事退屈しのぎに人を振り回す娯楽大 好きな奴の仕業だ。間違いない。 道楽、余興、暇つぶし。 思いつく限りの単語を並べ、けれどいつかに言っていた言葉を思い出す。 『世界に起きた歪みはどこかで正さなければ壊れる。だが、その原因を削除したところでそれすら  新たな種になって崩壊を生む。ならばせめて、その歪みが安定するまでお前を分解しなければ、  世界は再編される事もない。大いなる流れを止めればどうなるか、言わなくても分かんだろ?』 そう、そんな事を言っていた。 だがしかし。 だが、しかし、だ。 よりにもよってこんな世界に落とすか普通!? 青筋が浮かび、ギチリと握り締めた拳がわずかに音を立てた、その途端。 「うわあああ~~~~~~~ん!!!」 ……幼い泣き声がそれを遮った。 何だ!?と辺りを見渡すと、一人の小さな子供がわんわんと泣いている。親はどうした、と内心で 舌打ちして泣きわめく少年に問いかける。 「どうした、」 「ひっく、うっ…あぁあああーん!!」 子供は泣く事以外を忘れてしまったように、一度呼吸を整えてから再び堰を切ったように泣き出し た。話を聞こうにもこれではそれもできない。仕方なくひとまず場所を移そうと口を開いた、その 時。 「あぁもう泣か………ッ!!!」 どこか避難出来る所は、と辺りを見渡した瞬間、硬直する。 男の子の背後から見えた紅色の兵士がこちらに銃口を向けていた。 今から子供を抱えてアレを回避する事は出来ない。 は自分の身体で子供の盾となった。チッと銃弾が腕をかすめ肉を抉り去る。 ブシュ、と噴き出す血が地面を濡らし、わずかだがそれが少年の頬にもかかり、涙とは違うぬるり としたその温かさに少年は目を見開いた。その身が驚愕して恐怖に震えるのを視界に納め、すぐに それを遮断して突破口を探る。 「! お姉ちゃ……」 「いいからシェルター行くよ!」 男の子の手を引き、は痛みを堪え急いで避難シェルターへ向かう。幸い案内板が点々と続き、 障害になるものが無かったのですぐに目的を見つける事が出来た。バン!と壁に手をつき、は 必死に叫ぶ。 「子供がいるの!避難させて!!」 私の子供ではないが、というのは口にしないでおく。誤解を招きそうな言い方だが、守られるべき ものがいるという事実が伝わればいい。 ザッ……という音の後、男性の声がの声に応えた。 『だが、あと一人分しかないぞ!?』 「私は他に行く!急いで!!」 『・・・わかった、』 ガアッ!とドアが開き、は子供をそこに押し込んだ。一人だけだ、という言葉を聞いて少年は 愕然と目を見開きすがりつく。 「! やだ!お姉ちゃんも一緒に……!」 「大丈夫よ。ちゃんと別のルートで逃げるから」 はにっこりと男の子に笑いかけ、頭を優しく撫でた。実は別ルートの心当たりなど全く無いの だが、この場合の嘘は仕方がない。脱出口は未定だが、死ぬ気が無いのは事実なので笑顔に曇りは 無かった。 「そうだ。名前、教えてくれる?私はよ」 「え?…ル、ルイス」 「そう、ルイス。この戦争が終わった時にまた会いましょう。約束」 「……約、束?」 「うん。だから、行きなさい」 「……うん。お姉ちゃんも早く逃げて、ね……?」 「もちろんよ。じゃ、閉めるからね?」 はルイスから離れ、ドアを閉めた。 閉まるドアに手を振って少年に別れを告げる。 ランプの色が切り替わったのを確認し、はダッと走りとにかく別のシェルターへと向かった。 だが。 「……………ッ!!」 銃弾がかすめた腕に、ズキンと痛みが走った。思わず足を止める。 (ヤバイな……ヘリオポリスの地理なんて知らないし) 思ったよりも傷は深かったらしく、ろくに手当てもしていない腕はズキズキと神経を刺激した。動 くと筋肉が神経に当たって更なる痛みを脳に伝える。それを叱咤して走ったものの、このまま動か せば悪化するのは目に見えていた。 ・・・さて、どうするか。 考えあぐねていると、の身体にフッと影が落ちた。 見上げると、そこには赤いボディのMS。 GAT-X303、イージスガンダムの姿があった。 next (04/8/1) (07/1/19)修正