唐突に去った日常へ
生徒会の引き継ぎがようやく終わり、茜色の空がうっすらと黒く染まる空の下ではゆっくりと
した足取りで帰り道を歩いていた。MDを耳にしながらのんびりと足を進める。考えるのは学校で
の役職の引き継ぎ、及び進路についてだった。
次の生徒会長も無事に決まった事だし、ひとまずは安心だけど・・・受験があるのが痛いわ。まぁ、
受からない訳じゃないけど・・・。先生にも太鼓判押されてるし。昼休みに教師から言われた言葉を
思い出す。ランクも充分だし、後は本番でポカさえしなければ問題は無い。そう言われれば気も楽
だが、やはり受験は受験。今後控えている人生を左右すると言っても過言ではないそれに幾分か気
分を落とす。が、それは今じゃないので気を取り直して空を見上げた。あっと言う間に色を変える
夕方の空を眺めながら歩を進める。
それがいけなかった。
「うわっ!?」
足下をろくに見ずに歩いた為に、道に転がる空き缶に足を取られて体勢が崩れた。驚いて何とか体
勢を立て直し、転倒を回避しようとするものの、悪い事は続くもので。今度は足を置こうとした所
に、あろう事か猫が通りかかったのだ。何という偶然だろうか。最悪な組み合わせだ。いやしかし
それ以前に。狙い澄ましたように今ここを通るとは何事だ!ある意味ナイスタイミングなそれに「
有り得ない!」と頬をひくつかせるが、目標点を失った身体の重心は当然の如く狂い、視界はその
ままぐるりと回転した。あ、転ぶ。襲いかかるであろう衝撃に思わず目をつぶる。後から振り返れ
ばこれもやらなければ良かったかもしれないと思うのだが、既に遅い。反射的に閉じた目は、世界
を黒に塗りつぶした。
ああ、せめて制服に傷が付くのだけは勘弁・・・・・っ!
冷静なのか感覚がズレているのか、何とも場違いとも言える思考に一瞬の閃光が弾けて消えた。身
体に鈍い衝撃が走る。これは転んだな、と結論付けて内心で溜め息を吐いた。そんなに痛くなかっ
たのは幸いだが、何て今日はついてないんだと気分が沈む。あぁ、折角今日は早く帰れたから家で
ゆっくり漫画でも読んでゴロゴロしようと思ったのに。イライラと身を起こして、眉をひそめたま
ま自身の体をチェックする。あと僅かとはいえ、この制服が破れでもしたら事だ。切ってしまった
ならまだ縫い合わせる事も出来るが、すり切れてしまってはもうどうしようもない。ここで数年間
着用してきた制服が駄目になるのは勘弁して欲しい。そんなんで卒業式とかに出るのは絶対に嫌だ。
細かく全身を、というよりも制服を点検するが、幸い土がついて汚れただけですり切れてはいない
ようだ。良かった、と安堵の息が漏れる。安心して幾分か落ち着いた気分で周囲を見渡した。誰か
にこの一連の出来事を見られてたら恥だ。赤っ恥だ。近所の小学生どもに見られたら後ろ指さされ
てやーいとはやしたてられるだろう。まぁされても力づくで黙らせるがな。(笑顔)若干険しい顔
できょろきょろと辺りを見渡し、そして視界に入った光景に今度は愕然となった。
おかしい・・・・・私の目は壊れたのか?
確かこの先には住宅が建ち並んでコンクリートの道があるはずなんだが・・・・・んん?
は目にした光景を無かった事にしようと一度目を瞑り、数秒後に意を決してもう一度開く。
が、結果は目を閉じる前と何ら変わらず、再び自分の目を疑った。
・・・・何故に鬱蒼と木が生えているんでしょう。コンクリートはどうしたんですか。てか家はどこだ。
何で森が。そして何故夕方だったのに太陽が真上に昇ってるんだ!?おかしいだろう、どう考えて
も!ひとしきり脳内で有り得ないコールを連発する。だが周りの景色は全く変化しなかった。
なんで。見覚えのある藍色の屋根はどこに消えた。なんで青い空が見えるんだ。
ぐるりと周囲を見渡して見ても、目に映るのは青々とした木々とむき出しの土。肌を撫でる風は、
いたずらに髪を弄ぶばかりで。
「どこだー、ここは」
あぁもう、と息を吐いてささくれ立った神経を鎮める。人っ子一人見あたらない鬱蒼とした森の中、
分かる事は何一つとして無い。つまりは現状が全くつかめていない。
何てこった。こんな原始林に一人で何をどうしろと言うんだ。いじめか?いじめなのか?受験をち
ょっとだけ甘く見た罰なのか?
思わず力が抜けてぺたんと腰を落とすが、それが地面の上だと思い出してのろのろと立ち上がった。
「はぁ・・・・・いつまでも座り込んでちゃ汚れるか・・・・・・」
ついでに言えば事態が変わる訳でもなし。仕方がないので取り敢えず近くの切り株に座って足に付
いた泥を払う。ひとまずここが何処なのかを知らなければ、帰ろうにも帰れない。家までお金が足
りるだろうか。
いや、そもそもここは日本なのか?
以前体験した記憶をまざまざと思い返して顔を顰める。確かあそこも自然いっぱい緑いっぱいで木
もこんな風に鬱蒼と生えてた気がする。そんでもってとんでもない苦労を強いられた覚えが。変な
集団とばったり出くわして初っ端からバトったり馬に乗ったり一国の主と知り合いになったり。お
まけに雇われ武将みたいな立場にいつの間にかなっちゃって戦に強制出陣させられたり。ああ、い
つまで経っても記憶から抜けないドメスティックでバイオレンスな日々が今頭を過ぎるのは何故な
んだろう。
遠い目をして乾いた笑みを浮かべ、哀愁に満ちた視線をあせっての方向へ飛ばす。ふふ、まさかま
た世界も時間軸もぶっとばして異世界にいたりなんかしてないよね?してないよね?嫌な予感にフ
フフフフ・・・・・と笑いながら「まさかね、いくら何でもね・・・」とブツブツ呟く。冗談じゃない。折
角苦労して戻ったっていうのに、またそんな面倒な事になってたまるか。フルフルと震える拳を握
りしめて唸る。と、そこにまだ若い少年の声がぶっきらぼうに降ってきた。
「おい」
「・・・はい?」
一人だと思っていた所に聞こえた、自分以外の初めての人の声にゆっくりと振り向いた。
まずは人に会って色々と尋ねる必要があったので棚ぼただ!嬉々として振り返ったのだが。
そんな淡い期待は粉々に打ち砕かれた。
「!!!そ、その恰好は・・・」
「あ?恰好?」
声を掛けた少年は何言ってんだ、という顔をしてを見つめる。何だよ、と少年は眉を潜めるが、
そんな事に構ってなんかいられない。何だその現代とかけ離れたファッションはよぉ!?何故に水
干姿を少し改造した服装なんだ!?これは夢か。夢なのか!?
あああああ・・・・・と頭を抱えたにドン引きした少年は一歩後ろに下がったが、しかしこのまま
放っておく訳にもいかないと、若干顔をひくつかせながらも会話に応じた。
「お、おい?」
「・・・何でしょうか見知らぬ少年・・・・・・」
「(こいつ大丈夫か?)いや、何って。お前そんな所に座って何してんだ?」
「・・・・人生についてちょっと考えさせられてただけですよ・・・・・・ふふふ」
やつれた顔をする少女に、少年は妙なヤツと関わっちまった、と少しばかり後悔した。それでもこ
こを立ち去ったりしないのは、声を掛けた責任があるからか。いや、少年はある事を確かめたかっ
たのでこの場に残ったという方が合っているかもしれない。少年がそれを知る為には、少なくとも
この少女から聞き出す必要があったわけだし、またそうしないわけにもいかなかった。それはひと
えに、京を守る為に。
しかし。
(・・・・・・ん?)
少年はある事にふと気付いて、何かに打ちひしがれているの服を目に留めた。
何だろう。これとよく似た着物をどこかで見た気がする。どこだっけ。これは、確か・・・。
(・・・・ああ、あかねのと似てんのか)
思い出し、近視感はこれか、と納得する。
道理で見た覚えがあると思った。この恰好は、京に来たばかりのあかねとそっくりなのだ。確か、
「すかぁと」とかいうヤツだったか。・・・となると、こいつって・・・・・・・・・
チラ、と重い雰囲気に包まれたを見下ろす。
どうしたら良いものか、と考えているのか、その表情は厳しいものだ。ここではあまり見かけない
着物を着ている点からして、十中八九、こいつもあかね達と同類だろう。だとすれば、こんな所で
一人きりでいたのも頷ける。こいつも、喚ばれたって事か。怨霊に出くわすかもしれない今の京で、
一人歩きをするヤツなんかそうはいない。いつ襲われるかもしれないのに、こうして一人で外に出
るなんて事は考えられない。まぁ、自分も今日はたまたま一人でこうして外に出ていたのだが。と
にかく。
・・・放っておく訳には、やっぱいかねぇよな。
少年は未だ切り株の上に座るの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
それに気付いて顔を上げた少女の目を真っ直ぐに見る。
「オレさ、イノリってんだ。・・・・お前、ひょっとして「ヘイセイ」っていうトコから来たのか?」
何で知ってるんだ!?と驚愕の眼差しでイノリを見つめる少女に、イノリはやっぱりなぁ、と頭を
掻いた。
※
「イイイ、イノリ君が女の子連れて来たぁ―――っ!」
「何でそこで驚くんだよッ!」
・・・・・・仲良いねぇ。
心底ビックリ、という顔をして驚く女の子に、イノリは頬を赤くして怒鳴る。
耳まで真っ赤なのは相当照れている所為だと見た。
「あのなぁ!オレはお前と同じ世界のヤツを連れてきただけだっつーの!!」
イノリの叫ぶような爆弾発言に、今度は女の子の、先程よりも数段驚いた声が響き渡った。
・・・・・てか、君も水干姿(改造バージョン)なんだね・・・・・・・・・・
半分もういいや、と投げやりな気持ちでこの状況を見守りつつ、早くも順応してきた頭で冷静にそ
んな考えを一人述べる自分がいた。騒ぐ本人たちを余所に、自分に突き刺さる怪訝な視線が痛い。
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(05/09/18)
(06/01/06)加筆・修正