rencontrer
※Lamento世界から帰還後
あぁ、エラい目に遭った。
疲労その他諸々の万感の思いが込められた溜息を煙草の煙と共に吐き出す。やっとあの世界から帰
って来る事が出来て、こうして煙草の残数を心配しなくて良くなったのは喜ばしい事だ。お陰で余
計なストレスも我慢する事無く、こうして思う存分発散できる。
「ふー・・・・・・」
もう一つ幸いだったのは、こちらの世界があまり時間経過していない事だ。これには助かった。
浦島太郎状態だったら、しがないフリーターの俺は今頃必死で他のバイトを探していただろう。
もう一度深く煙草の煙を吸って、今度は先程よりは落ち着いた気持ちで吐く。
フリーターは休みが比較的自分の自由に出来る。よってこうして平日にぶらつく事も出来る。人混
みを余り好まない俺にとっては好ましい。
だが色々と買い物をしたりしているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。
・・・・・・それというのも。
あぁ、思い出すだけで癪に障る。
今でも忌まわしいあの猫耳と尻尾が引っ付いてるンじゃねェかとそわそわしていた所為で、思った
よりも時間というものは流れていたのだ。クソ、あんなコスプレ二度と御免だ冗談じゃねェ。
・・・・・・いらんこと思い出しちまった。やるせなさ過ぎて涙が出そうだ。
気分が急降下していくのを煙草で慰める。あれはもう忘れよう。
自分を納得させていると、学生服が目に入った。
正確には、学生服を着た数人のガキがこちらに向かって歩いている光景が目に付いた。
ああ、もうそんな時間なのだと思った時、ガキの一人が俺の視線に気付いて目を向ける。
「あ、」
言葉としてはそう言ったのだろう、生憎こっちまで声は聞こえなかったが、口の開き方からすると
そんな事を呟いたのだと推察できた。
そのまま口を開きっぱなしにして一点を凝視する様子に気付いたのか、別のガキが口を開く。
「10代目、どうかされましたか?」
「え、あ。いや、何でもないよ! ただ、あの人が・・・・・・」
話しかけられて驚いたのか、びくりと肩を大げさに上下させて、ガキの一人がびくびくとそう言う
と、途端にソイツは俺にガンをつけてきた。時間にして1秒も経ってないんじゃなかろうか。
「てめぇ! 10代目をジロジロ見てんじゃねぇぞコラァッ! 果たすぞ!!」
「えええええぇぇえっ!!?? ちょっ、待って獄寺君! 駄目だって!」
元気だな。
俺の耳はギャーギャーと喚くそいつの言葉を9割ほどスルーさせた。呆れた目でソイツ等を見遣る。
どうでもいいがこんな所で騒ぐなガキ共。
「ご心配なさらずとも大丈夫です10代目!! あんなヤツすぐ抹殺してやりますから!」
「駄目だってば―――――!!! 僕の知ってる人だし何も害は無いからとにかくソレしまって!!!」
銀髪のガキは何やらやる気満々だが、もう一人はそれを必死に止めようとしている。が、強いとは
決して言えない説得に効力なんぞあるはずもなく。
・・・・・・・・・・・・。
俺はいい加減目の前の光景がウザい。ギャーギャー喚いてンじゃねェよ、この往来で。
雑音がそろそろ耳障りで仕方ない。
「オイ」
俺は青筋を浮かべながらさっさと近付き、両手で片方ずつそいつ等の頭を上から抑え付けた。
「ぁだッ!?」
「っ!!」
「いい加減黙れ。近所迷惑だ」
グリグリと頭を押す。身長差も手伝って、いい具合に力が篭もっているようだ。まぁ、手加減はし
てるが。
おーおー、沈む沈む。
「いだだっ、ちょ、痛いですってさん!」
「やかましい。道の真ん中で騒いでたのは誰だ綱吉」
「うっ、」
それについては反論できないのか、右手で押さえつけてる中学生のガキ・・・・・・綱吉は言葉に詰まっ
て口を噤んだ。
まぁ自業自得だ。にやりと笑って手を離す。
「久しぶりだな、ツナ」
俺にとっては何ヶ月ぶりだが、コイツにとっては数週間程度だろう。
見下ろすと、綱吉は頭を抑えながら未だに抗議しているが、生憎と俺の耳は今工事中でどんな文句
も受け付けていない。
そして食い下がっても無駄だと知っている綱吉は、未練がましいながら諦めの姿勢を見せた。
ぐったりとしてさっさと諦める姿はやけに年季が入っている。
「さんも、相変わらずですね・・・・・・」
「お前はしばらく会わねぇうちに色々あったみてぇだな」
正しくは俺も一言では言い表せない事態に陥っていた訳だが、敢えて話題に出す事でも無い。
改めて綱吉の周りを見ると、そこには以前は見なかった人物が二人いた。一人は短髪でいかにも何
かのスポーツをしていそうなガキと、一人は日本人じゃないのか銀髪で目付きの悪いガキ。目付き
云々は俺も人の事は言えんが、それはさておき。
「お前のダチか?」
いつも一人、という印象がついて回っていた綱吉の周りに、人がいる。親や教師以外でこんな風に
隣に立つ人間がいるのを、俺は初めて見た。
綱吉は照れているのか少しばかり興奮して血の巡りが良くなったのか、顔を赤くして頷く。どうや
ら本当にダチらしい。パシリにされている、という訳ではなく。
へぇ。
俺は密かに感嘆と驚きを覚えた。
周りの奴らにダメツナと呼ばれ、ドジを連発し、浮いた存在。その所為かダチらしいダチなんざ、
一人もいなかったコイツがなぁ。
その劇的な変化に相槌を打とうとした時、左手で押さえつけていたガキが再び喚いた。
「ッ、10代目! コイツ何なんスか!? 事もあろうに10代目に馴れ馴れしく・・・・・・!」
「ごっ、獄寺君ちょっとストップ! この人は俺の近所に住んでる人だよ! って何やってんのー!?」
「果てろ!!!」
人の話を一切聞かないまま、そのガキは両手につかんだ筒状の・・・・何だコレ、何かバチバチいって
んぞ。爆竹・・・・・・にしちゃデカいな。
俺はそんな事を思いつつも銀髪の両手を封じる。
「なっ・・・・」
驚いたのかまさか防がれるとは思わなかったのか、銀髪は目を見開いて絶句していた。好都合だ、
そのまま腕を捻り上げて壁を向かせ、両腕を背に回させて片手でがっちりと押さえた。
さっと視線を走らせる。足下には火の消えた円筒が転がり、足場に困るくらいに散らばっていた。
「俺のダイナマイトが通じねぇだと・・・・!?」
・・・・オイオイ、マジで爆弾だったのかコレ。
俺は呆れと共に空いている手で銜えっぱなしの煙草をつまむ。
綱吉やその隣の短髪が目を丸くして俺を見ているが、無視。
愕然としてショックを受けているらしいガキを、今度は声を低くして見下ろしながら言った。
「お前なぁ、いくら何でもここでそれが爆発したらどうなるかぐらい、分かンだろ」
まさかダイナマイト、それも本物だとは思わなかったが、それでも危険である事に変わりない。
「くっ、テメェ!!」
噛み付いてくるガキを、今度は遠慮無く眉を潜めて苛立ちもそのままに声を出した。
「ここでテメェがくたばるのは勝手だがな、コイツ等が巻き込まれればどうなるかぐらい、考えが
付くだろ。その頭は飾りか」
「!」
ガキの視線が綱吉に向かう。
こんな所でダイナマイトなんぞをばらまく根性はどっから来るんだ。
「すいません10代目!! 俺、先の事も考えず10代目を危険な目に・・・・・・ッ!」
「えっ、あっ、いや、みんな無事だったし」
「お怪我はございませんかッ!?」
「う、うん。俺は大丈夫だけど・・・・・や、山本は? 大丈夫?」
「こんなヤツ心配する必要は無いですよ10代目! ・・・つうかテメェもいい加減放しやがれッ!!」
俺はガキの喚く声を無視して、地面に転がるダイナマイトを足で蹴り上げて宙に浮かせ、片手で受
け止めた。
「ガキのおもちゃにしちゃー良く出来てンな」
「えええぇぇぇぇっ!!!???」
おもちゃ扱い―――!?
綱吉が頭を抱えながら有り得ないとばかりに声を上げる。まさかマジに受け取ってンのか。冗談に
決まってるだろアホツナめ。
「うっ、だってさん、本気っぽい顔してたから・・・・・」
「はは、あんた面白いなー」
「10代目をアホ呼ばわりするたぁ、いい度胸じゃねぇかテメェ・・・・!!」
短髪は天然なのかKYなのか、ほがらかに爽やかに笑みを向けてきた。その背後に赤毛の猫の存在
を思い出す。同類項か。行き当たった結論に多少目が泳ぐ。
まぁ、それは別として。
俺は銀髪の言葉に、今度は言葉を返してやった。
「エモノの使い方を単調にしか考え付かねェ単細胞が吼えるな喧しい」
「んな・・・・っ」
つかえてそれ以上声を出せない様子のガキを見下ろし、手の中のそれを弄ぶ。
二の句が継げないガキに、黙った事だしもういいか、と手を放そうとした時、別の声が掛かった。
「ねぇ、なに群れてるの?」
「ヒッ!?」
その声とその言葉に聞き覚えがありすぎる綱吉は、びくんと肩を跳ね上げて顔を青くした。
「ひっ、ヒバリ、さん・・・・!?」
「おー、偶然だなー」
方や顔面蒼白、方や友好的に正反対の反応が返る。
「僕の前で群れてるって事は、咬み殺して欲しいって事だよね? なら遠慮なく行くよ」
「えええッ!? そんな、横暴だァー!!!」
学ランに何かの腕章を着けたガキ(ヒバリ、つったか?)は、そう言うなりジャキンと金属音を響
かせて瞬時に何かを取り出した。
・・・・・・トンファー(だろう、恐らく)は持ち主の意に従って硬質な音を鳴らす。
トンファーを持つ中学生が闊歩するなんざ、並盛も物騒になったもんだな。
「ハッ! やれるモンならやってみろやコラァ!!」
「獄寺くーんッ!?(煽ってどうすんの―――!!!)」
綱吉も大概やかましい。
がなる銀髪は、既に俺の事を意識から外してヒバリとやらに激しさを伴って応酬している。
ぱっと手を放すと、瞬時に銀髪は新たにダイナマイトを構えた。いくつ持ってんだ。
風を切る音がする。
気が付けば唸りを上げたトンファーが真っ直ぐにこちらに向かっていた。傍らの綱吉は分かりやす
く恐怖に顔を強張らせていた。怖いンなら逃げろよお前。
「果てろッ!!」
真っ先に飛び出した銀髪が言葉と同時に両手のダイナマイトを放つ。
爆音が響き、辺りに粉塵が舞うが、すぐ後にバキッ、ドガッ、と何かを殴りつける音が続いた。
「ああぁぁあぁぁ・・・・・・」
「お前、いつもこんなんなのか?」
些か同情を込めて見下ろしてやると、綱吉はがっくりと肩を落とした。
「・・・・最近じゃ、割と・・・・・・あぁもう、俺の平穏な時間はどこ行っちゃったんだ・・・・・・ッ」
コレ見る限りじゃ当分は家出したまんまだろうな。
綱吉の言う平穏とやらが遠ざかる想像を浮かべながら、煙で何も見えない前の空間を傍観する。
その中にユラリと揺れる人影が現れた。
「次は誰だい?」
「ひぃっ!」
言うなり返事を待たずトンファーのガキは歩みを進めてきた。
ゆらりと揺らめくその姿は、綱吉には悪魔のように見えた事だろう。
晴れてきた視界の隅あたりに座り込む銀髪の姿が見える。ヒバリを睨み付ける事は出来ても体は動
く事が出来ないのか、ギラついた視線だけが飛んできた。
問答無用で飛び掛かってきたガキを前に、俺は嘆息して足を踏み出した。
いい加減、コイツ等に付き合ってられるか。
無造作に手にあった物を放り投げる。
「!?」
振り下ろされたトンファーの勢いは、突然の障害物を回避する力を持たなかった。
目で追いつけても体は瞬時に反応出来ない。
ドカンッ
爆発音が再び轟く。
ただし今度は一発だけ。けれどすぐに体勢を立て直したのか、目の前のトンファーが迫る。
「ワオ、僕の攻撃を防ぐなんて、やるね」
「ガキに褒められてもな」
ギリギリと拮抗する力で互いの間で金属の擦れ合う音が響く。
ガキは嬉しそうに笑い、俺はといえば、
「何でさん包丁なんて持ってんのー!?」
綱吉の絶叫が空気を震わせる。
「うるせーな、たまたま買ったンだよ。今日」
まさかこんな事に使うとは思いもしなかったが。買ったばかりで刃こぼれは御免だったので、側面
で受け止め、自分側の方をもう一つの手を添えて衝撃を支える。そのままひざを突き出せば、相手
は飛び退いてそれを回避した。
そして俺は見覚えのある顔に片眉を下げる。
「誰かと思えば、恭弥、お前こんなとこで何してンだ?」
「こそ、弱い群れに混じって何してるの」
「世間話」
煙草をふかしつつそう答えてやれば、今度は綱吉が声を上げた。
「え、さんってヒバリさんと知り合いだったの!?」
「あー、昔ちょっとな」
何て事はない。恭弥がまだ小学生の頃、中学生にボコられているのを俺が通りがかり、加勢したの
が始まりだ。その辺の話については割愛するが。
「・・・・なんて二人らしい理由・・・・・・」
納得した声だが脱力している綱吉を横目に、随分と凶暴化した恭弥を見遣る。ずっと恭弥呼びだっ
たから苗字の方をさっぱり忘れていたが、そういえばこいつのフルネームは雲雀恭弥だったな。
「・・・・・・へぇ。前よりも楽しめそうだ。ねぇ、久しぶりに遊ぼうよ」
もちろん断らないよね、断らせるなんてしないけど。
恭弥はやけに嬉しそうに笑って言う。笑っているがその顔はまるっきり悪役のそれだ。
俺は眉を潜めた。
「ガキの遊びに付き合ってる暇なんざ無ェよ。他あたれ、他」
「やだ」
再びトンファーを構えた恭弥に、俺はますます眉間に皺を寄せた。
そして。
「―――えっ」
ドガ、という派手な音と、綱吉の間の抜けた声が同時に耳に届く。
「ヒバリぃ・・・・・・てめぇは、ブッ殺す!!」
「煩い虫だね。邪魔しないでくれる?」
「ごっ、獄寺く・・・・ッ!?」
「果てろッ!!」
少し休憩したおかげで回復したのか、銀髪が恭弥に飛び掛かり、ぶつかり合う音が響いた。
衝突しては弾け、衝突しては弾け、を繰り返す二人に、俺の休日完全に潰れたな、などと全く違う
事を考えていた俺は、そろそろ見飽きた光景にダレた吐息を吐き出した。
俺、帰っていいか。
(08/03/02)