それは僥倖ではなく 02
15歳になった俺は孤児院を出た。これくらいの年になれば雇ってくれる所もあるし、別段不自然
な事ではない。まずはイタリアに行く為に資金を得、渡航して分かった事。
ここにボンゴレという名のマフィアは存在しない。つまりここは俺にとっての過去ではなく、全く
別の世界という事になる。永く続くボンゴレが存在していないという事は、そういう事だ。
「なんじゃそら」
思わず突っ込んで空を見上げる。
ここが単なる過去であったなら、俺はボンゴレに掛け合うつもりだった。だがその計画は始まる前
から頓挫した。ボンゴレそのものが無いのなら期待も見込み違い甚だしく、打つ手がない。
「どうしようか・・・・・・・・・どうしようもねぇよなぁ・・・・・・」
虚脱感に目を細め、視覚の焦点がズレる。
くそぅ、不幸の神サマってのはそんなに俺が好きか。生憎だがその実らない片思いはそろそろやめ
にして新しい恋を探してくれ。悪いが俺はその愛に応える事が出来ないんだ。
・・・・・・あぁ、虚しい。
「ひとまず戻るか・・・」
教会のシスターには、“俺が生まれた国を見てみたい”と言っておいたから今戻っても不審には思
われないはずだ。この状況に備えておいて良かった。・・・まぁ、個人的にはこの根回しが役立たな
い方が好ましくはあったんだが・・・・・・仕方がない。
もはや憤りに憤慨する気も起きず、俺は爽やかに晴れ渡った空に生気の無い笑みを向けた。
俺の2年間って、何だったんだろう。ちょっと凹む。
****
「さて、戻ってきたはいいけど・・・・・・これからどうすっかなぁ」
荷物を抱えたまま、しばし港で佇む。
取り敢えずシスター達に戻ってきたという報告でもして来ようか。表向きは両親がいた国を見てみ
たい、あわよくば彼らの痕跡を辿りたいって言っておいたし、真相は別として何も無かったって言
って慰めて貰おう。捜し物が見つからなかったっていうのは嘘じゃないし。
・・・・・・いや、慰める云々は冗談だけど。でも消沈した俺の雰囲気を察せられない程、彼女たちは鈍
くないし意地悪でもないし。
あぁ、そうそう。
ボンゴレを調べるついでに調査して分かった事だが、ここでの俺の両親はマフィアのゴタゴタに巻
き込まれて亡くなったらしい。とはいえ構成員という訳ではなく、一般人だったようだ。家族はイ
タリア移民の家系で、運悪く抗争の巻き添えに遭い、俺だけが助かった。親戚くらいいるだろうと
疑問が湧いたが、どうやら両親は天涯孤独の身の上だったらしく、彼らの両親、つまり俺の祖父母
に当たる人物も既に死亡していた事が判明した。
そうして、身寄りが全くなくなった俺は行く当てがあるはずもなく、孤児院で育てられる事になっ
たというのが俺の生い立ちらしい。・・・何だかなぁ。神サマはそんっなに、俺を孤独にさせたいの
か。だがまぁ、俺は生粋のここの人間という訳じゃないから、血縁が無いのは都合がいいって言え
ばいいんだが・・・・・・いまいち釈然としない。
「しばらくはホテルにでも住むか・・・・・教会の手伝いしたらシスターたち泊めてくれっかなぁ・・・」
その代わりこき使われそうだけど。
ブツブツと今後のプランを練りながら街を歩く。
まだ渡航資金用の分は残ってるし・・・・・・しばらくは何とかなる、か。問題はその後だな。この年で
金稼ぐっつったら・・・・・・うーん・・・。
「やっぱ慣れてるし、マフィアに回帰しようか・・・・、――――っ!」
半分投げやりな気分でだらだらと進めていた足をぴたり、と止める。懐かしい感覚に肌がざわつく。
ここ数年の教会生活では感じられなかった、人が放つ独特の鋭い気配。
(近い)
20年の間に染みついた記憶と経験がそのおおよその距離を割り出す。しばらく実戦から離れてい
たので多少のブレはあるだろうが、俺の感覚はまだ錆び付いてはいないらしい。
「・・・・・・、・・・ッ――・・・・・、―――・・・!!」
「――! ・・・・・・、・・・っ―――!」
「!! ―――! ―――・・・・・・」
(・・・英語とイタリア語が混ざってんな。アタリか?)
次いで聞こえてくる銃声。種類は2つ。否、1つ消えた。どちらかが撃たれたのか。足音がこちら
に向かってくる。裏から大通りに出る気か。何やってんだ、狙い撃ちにされるぞオイ。
「いたぞ、こっちだ!」
「お前は逃げろ、急げ!」
「馬鹿言うな、置いて逃げられる訳ないだろうっ!?」
距離が近くなったのか、先程より鮮明に人の声が耳に届く。
初老の男と青年の声。恐らくは親子。追われているのはこちららしい。
(麗しい親子愛だな。乗り気はしないが、嫌いじゃない)
これで仲間を見捨てるなり囮にするなり、そういう連中ならスパッと無視を決め込んでいたが・・・・
ここで見過ごすには、俺の自尊心がそれを許しそうにない。
互いを逃がそうと言い合う面々を背に、俺は一方的な撃ち合いの場に躍り出た。銃を取りだして撃
ち返す。
「ぐっ」
「っうぁ!」
「ッ! ちきしょう、誰だ!!」
あまりに突然の乱入者に対応できず、場は一時混乱する。
怒号を無視してそのまま相手に突進し、連中が取り落とした銃を拾いながら尚も撃つ。
・・・・・・どんだけいるんだか知らないが、張り合いも何も無ぇな。飛び道具に頼りっぱなしってのが
丸分かりだ。俺の動きを目で追い切れていない時点で底が知れるというか、雑魚だな・・・。
腕ならしにもならないそれに少しばかり気が削がれながらも相手の動きを封じていく。
「っテメ、何者だぁッ!!」
「単なる通りすがりだよ」
比較的後方にいた一人が声を張り上げる。が、俺はそれににべもない言葉を返し、引き金を引いた。
短い呻き声と鈍い衝突音。続けて2、3発撃てば、武器を手にして立っているのは俺だけになった。
呆気ない幕引きに嘆息し、くるりと銃を回す。
「一応、全員生かしてあるので後は警察に引き渡すなり何なり、お好きにどうぞ」
そうして元通りに懐に銃を戻し、呆然とこちらを見つめて目を丸くする2人に言って踵を返す。
思わず手を出してしまったが、長居する気はさらさら無かった。下手に追求を受ける訳にもいかな
い。後はこの二人が何とかするだろう。
さて、それはいいとして、このまま教会に直行するのは止めるべきだな。しばらく大人しくしとく
か・・・。遠くでこいつらの仲間が俺の顔見たかも知んねぇし・・・。ホテルより空き家かどこかに・・・
・・・。
「カヴァッリ幹部!」
「ご無事ですか!!」
次いで聞こえるバタバタと荒々しい足音。
新手か?
再度警戒に気を張り巡らせる。
「あ、あぁ。儂らは何ともない」
(何だ、彼らの関係者か)
俺の警戒は無用の産物だったらしい。ようやく事態に頭が追いついたような顔で年配の男性がその
声に答えると、ホッとした顔が周囲に溢れた。と、安堵した男の一人がふいにこちらを向く。途端、
周りの空気が一変して鋭くなり、彼らは次々と無言で銃を取りだした。うわ、敵意満々。
「! よさんかっ」
「しかし、」
「それを降ろせ。あの小僧は恩人じゃ。撃つでない」
「・・・・・・はい」
諫められ、渋々といった様子で銃が降ろされた。だが警戒は続いている。当然の反応なので俺も何
も言わない。居心地は最高に悪いがな。
「・・・驚かせてすまんな、小僧。お前が間に入り込んでくれたお陰で助かった。それには礼を言う。
だが、・・・・・・、・・・・・・・・・」
「・・・・・・?」
ひとまず銃の脅威を遠ざけ、制止の声を掛けた年配の男の声がふと途切れた。不自然な会話の切れ
目は沈黙と周囲の戸惑いで埋められる。疑念の視線がその男性に集まる中、彼はただ一点だけを見
つめて動かない。その先にいる俺はといえば、どう動いていいものか図りかね、結局周りと同じよ
うに首を傾げるしかない。どうせ見つめられるなら美人のイイ女が良いんだけどな。爺さんのカテ
ゴリーに片足突っ込んだおっさんに凝視されても嬉しくねぇし。っていうか、・・・気のせいか? ど
うもこのおっさん、見た事あるような・・・・・・。どこだっけ。そんでいつだっけ。確か・・・・・・。
「・・・・・・小僧、お前さん聖リタ修道院という名に覚えはないか?」
「覚えも何も、俺はそこの出身ですが・・・」
聖リタ修道院というキーワードに俺の脳みそは高速で回転した。
そういやあそこ、たまにコッチ関係の人間が来てたな。成る程、通りで俺もこのおっさんに見覚え
がある訳だ。
「・・・思い出しました。何度かあそこで、お目に掛かった事がありましたね」
「うむ。察するに教会に出戻りといった所か」
「いえ、出戻りというか・・・顔を見せに行こうかと思っていた所です」
何気にヒデェな、このおっさん。
けど概ね間違っちゃいねぇ所が・・・イタイ。どうせ出戻り組ですよ畜生。
「だが今はさっきの通り、物騒だ。ついでだ、送ってやろう」
「はぁ、そうですか。送って・・・、・・・・・・、・・・・・・・・・え?」
ちょっと待て。何だその急展開。っていうか、その話の流れはおかしいだろっ!?
「コマンダンテ!?」
「お、親父?」
ほら、周りの皆さんが困惑しきってらっしゃるじゃありませんか!
「やかましい。民間人を巻き込んだ上にこんな場所に置き去りにするなんぞ、コーサ・ノストラの
名折れだ」
「・・・・・・」
・・・あー、そういう理由ね。そりゃ納得。マフィアだった俺にも理解できる理屈だ。確かにこんな
状況で、仮にも幹部のピンチを救った人間をその場で放置、なんて事したら恥じゃ済まねぇ。面目
も名誉も誇りも尊厳も紙くず以下のゴミになっちまう。
「そういう訳だ。小僧、乗っていけ」
「・・・・・・有難う御座います。ご厚意に甘えさせて頂きます」
けど、さぁ。
おっさん、アンタこんな言い方だと相手怯えさせるだけだと思うぜ。
黒塗りの高級車に乗り込みながら、俺は今後のプランを再度練り直していた。
***
で、どうしてここにアンタがいるんですかカヴァッリさん。
いや、正確に言うと場違いなのは俺の方だ。何せ高級そうな・・・実際高級なんだろうが・・・ソファー
には、おっさ・・・否、トーニオ・カヴァッリ氏と何故か俺が座り、その背後に護衛らしき黒服が佇
み、さらにドアの外では見張り役までいる。
そんな一匹だけ違う群れの中に迷い込んだ俺は、群れのボスが放った一言に意識を飛ばしていた。
何て言うか・・・・・・話がトントン拍子に進みすぎて、却って怖ぇ。
カヴァッリ氏、曰く。
働く場所が見つかっていないなら、自分の所で働いてみる気は無いか? だと。
いやちょっと語弊あるな。俺が就職するトコ無いからマフィアにでもなろうと思ってますって冗談
半分で言ったら、じゃあウチ来るか? っていう流れになったというか。
ちなみにここ、カヴァッリ氏の持ち家だったりする。逃げ場も無ければ隙も無ぇ。
でもまぁ、俺に不利益がある訳でもなし。適正もあるし経験も有るし、問題は無い。むしろ好都合。
と、いう訳で。
本日めでたく、コーサ・ノストラの仲間入りです。
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書きたいシーンを書けずにいます。何でこんな事に。
本当に書きたかったのはこの後のお話なんです。
でも前置き無いとわかりにくいのでコレ書いとかないと・・・。
そう思って書いたら、やっぱりというか長くなった。
文章にならなくていいから書きたいトコだけ書こうと誓いました。
という訳で裏話。
カヴァッリが夢主を知ってたのは、寄付やら何やらでを名目に教会に来ていて、
そこでジャンが夢主に懐いてたのを覚えてたんです。
どっかで見た事あるなコイツ。・・・あぁ、あの時の小僧か、みたいな。
後は少年ながらに大人のヤクザ相手に無傷で勝って、放置すんの危ないかも、と思ったり。
首輪を付けるというか、見極める為に自分の陣地に取り込んだ感じで。
問題があるならその時は相応に処分して、大丈夫そうなら取り込もうと考えてました。
悪どいな。まぁマフィアだしね。
(10/01/26)