それは僥倖ではなく 01


15歳でボンゴレマフィアの準構成員としてこの世界に足を踏み入れて20年。 孤児だった俺を引き取って育ててくれた日本人の両親は、轢き逃げされて世を去った。当時14歳。 ガキが一人で生きていける程この世の中は甘くなく、俺は転がる石の様に日の当たる世界から零落 していった。 最初こそ生きるために罪を犯す事に罪悪感を抱いていたが、追いつめられた人間がその後もその感 情を維持し続けられるか、なんてのは愚問だ。 『悪い事』をする事に抵抗感を覚えていられたのは最初のうちだけだ。加えて俺は、単純な事だが 死ぬのが嫌だった。 生きる為なら何でもやった。 俺は頭を使って上手く立ち回る事を覚え、殺されない為の力を鍛えた。利用されて死ぬのは御免だ ったし、惨めに屈する事も俺自身が許さなかった。 こんな地の底世の底辺にまで競争を強いるなんて、神様っていうのはホントにその愛を限定しすぎ だと思う。俺は幸運じゃなく、不幸を司る神に気に入られたに違いない。迷惑な。 けれどそうやっていくら力を付けようと、俺は一人のガキに過ぎず、世の中を知らなさすぎた。 そんな中出会ったのがボンゴレ9代目だ。 ・・・今思えばガキだったからだとしか言えないが、その時の俺は前を行く爺さんがただの爺さんに しか見えなかった。意気揚々といつものようにカモにしようとして・・・・・・返り討ちにされた。 考えが甘かった。よくよく考えればあんな所を一人で歩くじいさんが普通じゃない事くらい、分か ってしかるべきだったのに。 まぁ、そのおかげで9代目と出会えてボンゴレに入れて貰えたから、結果としちゃ良かったのかも しれないが・・・・・・若気の至りって、後から思い返すもんじゃ無いよな。本当に。 そして、準構成員としてボンゴレに入った俺はソルジャーとして、同時に暗殺者として腕を磨いた。 ボスはホントに何で俺なんかを拾おうって気になったんだか。俺にとっちゃ有り難かったが、逆の 立場だったら俺、どうしてただろうな。・・・多分その場で放置だな。 そしていつの間にやら準構成員から正式な構成員へ、更には幹部候補に名を連ねた。そんな時、か の剣帝を打ち倒し、新たなるヴァリアー幹部として迎えられた男がいた。彼の名はスベルピ・スク アーロ。まだ少年の面影を残す者だった。それくらい、彼は若かった。身も蓋も無い言い方をすれ ば、若輩に過ぎた。そんな人間が大勢の部下を統率をし、仕切れる訳が無い。おまけに彼の性格が それを後押しした。あれでは彼の強さを認める者はともかく、それ意外の人間は納得すまい。 その為、彼の補佐として指名されたのが俺だった。内部の事に詳しく、周囲に馴染みがあって経験 も上、新人の面倒を任されていた事も大きな要因だったんだろう。 そんな人生を歩んできた俺が、どうして今になってそれを回顧しているのか。 別に死亡フラグが立っている訳じゃない。無茶な任務を言い渡されるのはいつもの事だし、幹部同 士のスリル溢れるじゃれ合いも既に日常の一部だ。だが、それ以外の異変が俺の身に起きていた。 切実に求む。誰か俺の現状を具体的に教えてくれないか。 「!」 「はい、何でしょうかシスター」 修道服を着た女が読書をしている少年に声を掛け、丁寧な口調でそれに応えた少年は穏やかな表情 で彼女に向き直る。 第三者の目から見れば誰もがこう答えるだろう。だが俺から言わせて貰えばそれは笑えない喜劇だ。 何故ならその少年は実は三十路過ぎたおっさんだし、穏やかそうなのは猫かぶってるだけなのだ。 騙されてる。ハッキリ言って騙されている。 少年が俺であるという時点で既にアウトだ。利発そうな少年? そりゃそうだ中身がおっさんなん だから精神だって成熟してらぁな。いや、そんな事はどうでもいいんだよ。問題はどうしておっさ んの外見が子供に逆戻りしたかっていう事だ。つぅか何で俺。誰のチョイスだこん畜生! 内心の罵詈雑言を笑顔で覆い隠しながら憤る。 器用な事をするって? ヴァリアーあの連中と一緒にいるなら必須のスキルだここテストに出るからなー。 おっと、すまない。話がずれた。 で、どうして人生引退間際の爺さんがするような思い出話を語っているかっていうとな、話しなが ら俺は俺自身の過去を確認してるんだ。んで、その原因っつーのが俺の現状、つまり今の俺が過去 の俺と食い違いすぎているからなんだ。 面倒くせぇが一から説明するぞ。 気付けば俺は一人で寝ていた。 ベッドに寝かされていた俺を尋ねてきたのは一人のシスター。彼女の口から告げられたのは、俺が 孤児となり教会に保護されたという事。 何のこっちゃと詳しく聞けば、ここがイタリアではなくアメリカのデイバンという町であり、俺の 両親は事故で死んだらしい。 そんな馬鹿な、と思わず反論した俺の声はやけに高かった。三十路過ぎの男がいくら裏声を使おう と、こんな声は出せないだろう。そう、まるで幼い子供でもない限り。 途端に全身を襲った嫌な予感に、俺は恐る恐る自分の右手を見た。・・・小さい。そんな馬鹿な。 明らかに様子がおかしい俺を心配したのか、シスターが気遣わしげに言った。何も覚えていないの かと。 そんなもん当たり前だむしろ説明して欲しいくらいだ、と反射的に答えそうになった口を何とか抑 え、何がどうなっているのか分からないと告げると、シスターは痛ましそうな顔をした。あ、何か この人思い違いしてね? 別に俺はショックで記憶飛んだとかじゃなくて、単にそんな事知らない というか知るはずも無いというか。 だがその誤解を修正する前に、シスターは気を遣って退室してしまったので訂正する事も出来ず、 おまけに俺はそれで更に現状を確認する手段を失った。 仕方がないので何か無いかと部屋を見渡した俺の目に飛び込んできたのはカレンダー。最初の違和 感は季節とその月が合っていないという事。あれ、おかしくね? と俺の目が紙面を滑ったその先 に、俺は見つけてしまった。 そこに記されていたのは、世界が二度目の大喧嘩をする前の、西暦で書き表された4つの数字。 その瞬間、俺は突如として両親を失った悲劇の子供、しかしその実はカレンダーの年号を発見して 内心で滂沱する35歳のおっさんと相成った。 そんな馬鹿なと再び口にする元気などあるはずも無く、俺は身に降りかかった災難、否珍事に再び 気を失った。これがタチの悪い幻覚である事を祈りながら。 とまぁ、こんな訳だ。結局俺の願いも虚しくこれは幻覚でも悪夢でもなくて現実だったんだがな。 嘘であって欲しいし冗談であって欲しかった。 疫病神、そんなに俺が好きか。出来ればお前の愛は俺じゃない誰かにやってくれ。お前の愛は重す ぎる。 小一時間ほど己の運の悪さに愁嘆し・・・・、だが、嘆いて事実が変わる訳でなし。 俺に出来る事といえば、せいぜい身の上を活用して生き延びつつ帰る手段を探す事。そう割り切っ て腹立たしさとヤケクソと開き直りを伴って教会で暮らすこと約2年。俺は我が儘言う年齢をとうに 過ぎたニセガキだったので、何かと周囲から頼りにされるようになった。いわゆるお兄ちゃんポジ ションだ。面倒な事この上ないが、子供のおもりは慣れているし、何より放っておけば色々と面倒 な事にもなりかねない。そういう訳で、シスターにこうして呼ばれるのにもとうに慣れた。 「随分と慌てたご様子ですが・・・・・・」 「えぇ、その通りです。あなたはジャンカルロが何処にいるか知っていますか?」 「いいえ、分かりません。・・・・・何かありましたか」 ジャンカルロ。その名を聞いて思わず苦笑してしまうのは、彼がとんでもないトラブルメーカーだ からだ。主な被害者、というより割を食うのがシスターたちで、ジャンカルロの名を耳にしない日 は無い。 「全くあの子は。・・・洗濯物を地面に落としてダメにした罰として、礼拝堂の掃除を言いつけてい  たのですが逃げてしまったようで。どこに行ったのだか・・・・・」 「そんな事があったのですか」 「えぇ。今日という今日はと目を光らせていたのですが、ちょっと目を離した隙に・・・。あなたで  でも知らないという事は、別の場所に隠れでもしているのでしょう。手を止めさせてしまってご  めんなさいね、」 「いいえ、どうぞお気になさらず」 あの子もあなたを見習って欲しいわ、と言い残し、シスターは少し足音荒く捜索を再開する。 その手に握られた鞭を見つめ、発見したらあれで折檻するんだろうな、と遠い目になった。シスタ ーの鞭の威力は十分過ぎるほど知っている。主な犠牲者は話題にも出ていたジャンカルロだ。ズン ズン歩くシスターから滲み出る黒いナニかを敏感に察した子供達は、既に他へ避難している。中々 に賢い子供達だ。 それらを見送って、俺は小さくため息を吐いた後、口を開いた。 「行ったぞ、ジャン」 「サンキュー、!」 机の下から悪戯小僧そのままの笑みで出てきたのは、現在懲罰から逃走中の犯人ジャンカルロ。 その顔に悪い事をした反省はどこにも無く、してやったりという表情が滲んでいる。 「がいてくれて良かったぁ。匿ってくれてサンキューな!」 「全く、いきなり出てきて『助けてくれ』というから何かと思えば・・・。」 「だっ、違、あれはオレじゃねぇよ! 元はといえばソフィアのリボンを持ってった猫が悪いんだ  ぜ!? 俺はとばっちり!」 呆れた声で言えば、ジャンはむっとした顔で不服そうに言い返してきた。 おや、とそれに目を留めてジャンとシスターの言葉租借してつなぎ合わせ、導き出された結論に成 る程、と頷く。 「・・・その猫が洗濯物をダメにしてどこか行ったんだな?」 「そうなんだよ。しかもリボン銜えたまんまでさー、リボンが無いってソフィアは泣くし、それで  またシスターが怖ぇ顔して追っかけてくるわで、散々だった」 大方、逃げる猫を追いかける途中で猫が洗濯物を引き倒し、後からそれを追いかけていたジャンが 犯人にされてしまったのだろう。そして猫は逃亡中。洗濯物はやり直すとして、問題はソフィアの リボンか。猫の行動範囲はせいぜい1、2キロ程度だし、そんなに時間も経ってないだろうから今 からでも間に合うか。やれやれ。 「じゃあ一緒に猫を探しに行こうか、ジャン」 「えっ、一緒に探してくれんの!?」 「そうしないとソフィアがいつまでも泣いたままだろう?」 ソフィアにとって件のリボンは特別なリボンだ。ソフィアの母親が彼女の誕生日に贈ったもので、 既に死別してしまったソフィアにとっては思い出の品でもある。思い入れは深い。 ジャンもそういう意味ではソフィアと通じるものがある。彼の首にかけられている金の指輪は彼の 母親の形見であるらしく、以前それを無くした時は相当落ち込んでいた。確かあの時は、カラスが その犯人だったか。運良く巣を見つけた俺が木によじ登って取り返したが、もしやここら一帯の動 物は子供らに恨みでもあるのだろうか。 「んじゃ、行くか」 「おう! 絶対ぇ取っ捕まえて取り返してやる!」 かくして猫探しが始まった訳だが、倉庫の隅に追いつめた猫とジャンの大乱闘の末にリボンは無事 持ち主の元へ返り、一件落着かと思いきやそれとこれとは別とのシスターの厳しいお言葉により、 礼拝堂の掃除に加えて猫を捕らえる際に荒らした倉庫の掃除も言いつけられたジャンに、共犯だか らと俺は一緒に掃除をする事になった。 まぁ、リボンは取り返したしお仕置きがこの程度で済むなら上々か。鞭の味を嫌という程知ってい るジャンは胸をなで下ろしていた。やれやれ。 この2年で出来る限りの情報収集と状況把握はやり尽くした。 さてそろそろ、ここを出て今後どうするか決めるべきだな。 片付けの手を休める事なく動かしジャンの動向を見張りつつ、近い先の将来に思いを馳せた。 ------------------------------------ 孤児院入所当時、主人公13歳。 現在、主人公15歳(中身+35で50歳)。ジャン10歳。 下手すりゃお爺ちゃんと孫。 主人公はイタリア人です。育ての親が日本人ってだけで。 (10/01/26)