理性を捨てる特効薬
「・・・・・・酒?」
「うん。も飲むかい?」
シュイが持参してきた酒瓶に視線を移す。
この世界に酒はあったのか。いや、それは別におかしな事でも何でもない。
だが。
「・・・・どうかした、?」
「いや別に」
一瞥したシュイからさっと視線を逸らす。
こいつらって猫なんだろ? なのに酒なんて飲んでいいのか? という疑問は即座に捨てる。折角の
酒が飲める機会をみすみす手放すなんて真似はしない。
シュイは何が何だか分からない表情をしていたが、自分の中で適当に折り合いを付けたらしく笑み
を浮かべて瓶の蓋を開けた。
そして数時間後。
「り~くすぅ~」
べろんべろんに酔っぱらったシュイが出来上がった。
タチの悪い酔い方をしてくれるもんだ。俺には被害が一切無いから別にいいが。
「だからコイツにあまり飲ませるなと言っただろう!」
「知らねェよ、そんなモン」
ギロリと犠牲者リークスが俺を睨む。八つ当たりに近いが、この状況を作り出した原因は少なから
ず俺にもある。
この酒、確かにアルコールではあるのだが、マタタビから作られているらしい。
・・・・・・マタタビ。
そう、世のにゃんこが理性をかなぐり捨ててプライドも何も無く陶酔する、あのマタタビである。
そんなモンを猫の習性を受け継ぐリビカたるコイツ等に飲ませると、
「りーくすー」
こうなる。
「まぁ、いいじゃねェか。いつもよりウザさが当社比五倍に増えただけだろ?」
「貴様・・・・・・っ!」
にやりと笑って酒を呷る。
引っ付いてくるならまだマシだろ? 泣かれたり暴れられたりされるよか、ずっと扱いやすい部類
じゃねェか。
「だったらお前が代われ」
「謹んで遠慮する」
そろそろ目の焦点がヤバくなってきたシュイは、段々と行動が意味不明なものへと変わってきた。
首ががくんと下を向いたかと思うと、今度はふにゃふにゃと上半身を左右に揺らしている。
リークスはといえば、酔っぱらいにまとわりつかれて鬱陶しさも限界に来ているのか、苛立たしげ
に尻尾がユラユラと動いていた。
「それにしても随分と飲んだな」
ひとしきりその様子を笑った後、シュイを前にして呟く。
コイツだって酒を飲むのは初めてではないだろうに、前後不覚に陥りそうな程飲むのは少し意外だ。
脳天気だが陽気で剛胆という性格では無いため、己の酒量くらい制限できそうなものだが。
「ん~?」
俺の声が聞こえたのか、シュイがふらふらと視線を彷徨わせつつも俺を見る。
ヤベ。早まった。
「何でもない気のせいだほらリークスが構ってくれないって拗ねてるぞ?」
「誰がだ」
「んー、ん~?」
もはや言語にすらなっていない言葉の羅列に、もうそろそろ落ちるか、と思った時。
だって、とシュイが口を開いた。
「今日は初めてカナメと一緒にお酒が飲めたんだよ~? ・・・ひっく」
ぐい、と残っていた酒を飲み干し、シュイがにこにこと笑う。
「こんな風に三人でお酒を飲むなんて初めてだから、嬉しいよ~。楽しいとつい時間も忘れてずっ
と飲んじゃいそうだから気を付けないと・・・・ぅいっく。・・・」
「酒に呑まれてるのはお前だ、シュイ」
「カナメも、楽しい~?」
聞いちゃいねェ。
「・・・あぁ、まさか酒が飲めるとは思ってもみなかったからな」
だが酔っぱらい相手に正論は通じない。ここは相手に合わせ穏便に事を運ぶのが定石だ。
本格的に俺にお鉢が回ってきて頭を悩ませる。
リークスは淡々と酒を口に運んでいた。思わず睨むとフッと小馬鹿にした笑みが返された。
くそ、さっきの仕返しか。
リビカと違ってマタタビに酔わない俺は、溜息を吐いて酒を舌の上に乗せる。あまりアルコール度
数は高くないので、味は十分に堪能できた。少し変わった地方の酒と思えば、マタタビもそんなに
抵抗感が無い。
・・・・・・そういえば、さっきからシュイが静かだな。
ふと気付いて見れば、シュイは座ったまま船を漕いでいた。酔いつぶれて寝てしまったのだろう。
良くある話、良くある光景だ。・・・・・・頭がリークスの肩に乗っている事以外は。
「くっ・・・」
「どけ、シュイ・・・・・・!」
思わず噴き出す。リークスは何とかシュイを押しやろうとするが、酔いが回っているのかあまり力
が入らず空回っている。リークスの尾だけが苛立たしげに力強く揺れているアンバランスさが笑え
て、どこのコントだと口端を上げた。
俺から見れば、そうだな、毛を逆立てて威嚇する猫と懐いた犬ってところか。
いまだシュイの手にあるグラスから揮発したアルコールと共にマタタビの香りが飛ぶのか、リーク
スは目が虚ろになっていく。
あぁ、こりゃアイツも落ちるな。
猫の習性とは無縁の俺は、ただそれを傍観して酒を楽しんでいた。
おまけ
何やら不穏な気配を感じて横を見る。
途端にぎょっとして目を見開いた。
「ちょっ、おいリークス! お前何やってんだ!」
「うるさい」
「トチ狂ってんじゃねェこの酔っぱらい! 手の中にある黒い塊をとっとと消せ!」
攻撃魔法発動してんじゃねェよ!
見覚えのある黒い光の球は、以前リークスが魔物に放ったものだ。
辺り一面を消し炭にした光景は目に新しい。
その後?
ンなもん、俺の知った事じゃねェよ。
(08/2/12)