「ッ!? どうしたんだい、それ!?」
「見て分からんか? 出血」
現在、俺の左腕からはだらだらと血が流れていた。
その様を見てシュイがおろおろと慌てる。
その慌てっぷりに「お前そりゃ騒ぎすぎだろ」と表情に出さずに心の中で突っ込んだ。
だがシュイは、その行動を更にパワーアップさせて意味もなく右往左往し始めた。うぜぇ。
心情をそのまま表情に映して呆れた顔でシュイを見る。
「別に死ぬわけじゃねぇだろーよ」
ただちょっと左腕に浅い傷を負ったぐらいで、出血多量でもなければどこかを切断したわけでもな
い。ほんの掠り傷だ(と、言えるようになったのもこの世界で剣を振り回すなんていうどこのRP
Gだよ俺は冒険者かコラ、という境遇の御陰である。まったくもって嬉しくも何ともない)そう言
って俺は自分で傷の手当てを始めた。これにも慣れたものである。
しかしシュイの方はそれでは納得しなかったのか、はたまた混乱していたのかは謎だが、とにかく
落ち着きとは真逆に「なっ、何か薬を持ってくるから!」と俺が口を挟む隙を与えないままどこか
へ駆けていった。
・・・・取りに行く間に、あいつ自身がすっ転んで真っ先に薬の世話になるンじゃねェか?
っつーか、
「どこまで行くつもりなんだ、あいつ」
「知らん」
呟きにリークスが冷ややかに、どうでもよさそうに返す。(事実コイツにとっては至極どうでもい
い事なんだろう)
薬草でも摘むつもりなのか、あいつは。
やがてその背中もすぐに見えなくなった。
やれやれと嘆息すると、今の今までどうでもよさそうだったリークスの目が変わり、真剣味を帯び
た表情で空を見遣る。
「街の連中か」
「・・・・さぁな」
受け答えは短い。けれどそれだけでお互いが伝えたい事は誤解無く通じる。
リークスは俺の答えを聞くとフン、と鼻を鳴らして不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
間違っても俺が怪我をした事に対して怒っているわけではない。
どうせ俺に因縁をつけてきた奴らを頭の悪い連中だとでも思ってるんだろう。(そして俺はその感
想に大いに同意する)
はっ、巫山戯てる。こいつが街の奴らに何かをしたってわけでも無ェのに集団リンチか。そんでも
って巻き込まれた俺はどんだけ不運なんだ。全く、冗談じゃねェ。
腕の傷を見下ろして嘲笑する。
この世界に来て、こいつらといて、こいつら以外とも大小に限らず関わって知った事がある。
どうしてリークスは街に居を構えずこんな森の深くに住んでいるのか。
リークスは魔術師で(それは本人から聞いているから事実なのだろう)けれど周囲はその力に怯え
戦々恐々としているらしい。いや、らしい、じゃないな。事実だ。
その確定の理由は、今の俺の左腕にある。
じわりと布が血に染まっているが、じきにそれも止まるだろう。
あー、水浴びしたら染みるな畜生、とぼーっと考えながら(あいつらいつかシメる)目を閉じる。
「付いていかなかったのか」
「あン?」
しばらくシュイが消えた森を見ていた俺は、閉じていた目を開いてリークスの言葉に首を巡らせた。
視線で言葉の意味を問う。
「街の連中が言ったのだろう。私に囚われているなら助けてやると」
リークスはまるで見てきたようにそう言ってきた。
事実、俺は街の連中に『リークスのところにいるのか』と聞かれた時、『成り行きで』と答えた。
すると、俺はたった一言成り行きでと言っただけなのに、連中は自分たちに都合のいいように中身
を捏造した。(別に囚われちゃいねーっつの)(聞けよ人の話)
その時の言葉を思い出して呆れが込み上げてくる。今思い出してもどうしようもない戯れ言だ。
(助けてやる、ね)
肩を竦める。そんなモン、誰も求めちゃいねーっつーの。
見当違いも甚だしい。呆れて口端を歪める。
「関係ねェな」
「・・・・・ほう。関係ない、だと?」
リークスは嘲るように、見下すように昏く笑った。
瞳孔は細く尖り、鋭い。
無味乾燥の目が俺を捉える。
「お前にとってもいい機会だったはずではないか? そして私にとってもな。以前ならともかく、
今のお前の姿ならば街の連中に怪しまれる事も滅多にあるまい。調べたい事ならここでなくとも
十分に調べる事ができるはずだ。藍閃は大きい。それに紛れて生きていく事も可能だろう。お前
がここに留まる理由はないと思わないのか」
「そうだな」
肯定すると、それが意外だったようにリークスの目が見開かれた。
確かに俺がリークスの傍にずっといなければならない、というわけでもない。特殊な事情はあるが
何も滞在先がここでなくとも俺はそれなりにやっていけるだろう。
けどな。
「それでヘタに交流もって顔見知りが出来ると後々厄介だろうが。いずれいなくなるヤツがそこに
定着してどうすんだよ」
俺は帰るという事に対してそれほど切羽詰まっていない。こいつにしたら迷惑だろうが、それはき
っと俺の気のせいなのでさくっと無視。
大体、いずれ帰る(だろう)俺が他に居場所を作ってもそこに腰を据えるつもりは無い。そんな予
定も計画も無い。
いつか帰るなら、住むのは別に街の中じゃなくても良いってわけだ。
第一俺の事情を知らんヤツに説明すんのが面倒臭ェ。(あんまぺらぺらと喋る内容でもないしな)
今度は俺が呆れた顔でリークスを見た。そんぐらいお前だって知ってんだろ。何を今更。
「つーかそれ以前にとっ捕まってるわけでもなけりゃ弱みを握られてるわけでもねェのに、俺があ
いつらに付いていく必要なんざねェだろ」
「必要ならある。さっさと出て行け、鬱陶しい」
「そりゃ俺をこの世界に飛ばしたヤツに言え。俺に言うな」
闇の申し子、リークスの手先。
そう開口一番に言われて剣を向けられるのはこれが初めてじゃない。これまでに何度かあった事だ。
野盗やら何やらに出くわす事も結構あるが、それとは別に上流階級出身の気配を漂わせる連中にそ
う言われる事は多い。
何の根拠があって俺がリークスと一緒にいると知ったかまでは俺の知るところじゃねェ。が、
(テメェ等の事情を俺に押し付けるなっての)
別に街の連中に「リークスの一面しか知らないくせに」と言うつもりも無い。それもリークスの顔
のうちの一つだ。それも、リークスという人間・・・・じゃなかった、猫の一部なんだろう。
あぁ、面倒臭ェ。
要は俺がこのリークスっつー猫をどう思ってるかっつー話だろ。
んなモンただの猫だ猫。それ以外にあるか。
俺にしてみたらリークスの「闇の魔術」とやらも、ガキがよくやる虫の手足をもぐようなモンにし
か見えない。残酷で、けれど子供の純粋とはその紙一重の場所にある。
まぁ、リークスの野郎は大人なんだが、そこは目を瞑っておくとして。
それでも無闇に殺したり傷つけたりするタマではない。
決して優しいからだとかそういう理由ではなく、単にそこまでの労力を要する必要性を感じていな
いからそうしないだけだ。
だが、それが事実でもある。
リークスは俺に背を向けて歩き出した。元々シュイがリークスを引っ張り出して外に出ていた時に
俺が怪我して帰ってきて冒頭に至ったのだから、シュイがいないならさっさと帰って研究の続きで
もするつもりなんだろう。
用は済んだ、とばかりにさっさと歩みを進める。
「俺は俺の勝手にさせてもらうさ」
果たして、それが聞こえたかどうかは分からない。
けれど微かに、黒の色を纏った耳がピクリと動いた。進んでいた足が一瞬その動きを止めた事も。
どんな呼び名が付いたって、結局は一人を指している。
俺が知るのは、俺の今までが知ってきたものだけだ。
聞けばリークスはシュイが来るまでずっと一人だったという。
ようやくシュイというその他と交わった事で、戸惑いを抱えているのだろう。それは恐らく、今も。
自分一人だけの時間を邪魔されて周囲をうろつかれて邪魔だし目障りだと思っているのに、相手が
気になってつい目を向けてしまう子供のようだ。そう思う。
まぁイイんじゃねーの、色んなヤツがいるんだ。色んな関わりがあったって構わんだろ。
結局はそういう事なのだろう。
ただ不器用で交流が苦手なだけの猫。そんな生き方を選んだ猫。
それをどう評価し、どう接するか決めるのは、そいつ自身でしかないのだ。
それで文句があるヤツは出てこい、もれなくショック療法で蹴り飛ばしてやる。
「ま、テメェを変えるのも、テメェ自身だけどな」
「・・・・・・くだらないな」
「考え無しに周りの意見に染まるよりマシだろ」
全てに受け入れられるヤツなんて存在しない。
お前が少しでも何か感じたなら、それに準じて何かすりゃあイイんじゃねェの?
それが正しかろうが間違っていようが、伸ばした手ぐらいは掴んでやる。
それを選択するのも、テメェの意志だ。
それだけは声に乗せずに、心の中だけで言葉にした。
俺が街の連中の言う事を真に受けるには、俺は奴らの事を知らないし第一どうでもよかった。
それが例えリークスが納得できない理由だとしても、事実そうなんだからそうなのだとしか言いよ
うがない。テメェの言い分は分かった、だからどうした。
俺が抱いた感想は、ただそれだけだった。
リークスの後を追って足を動かす。
「当分はこのまんまだな」
「目障りだ、帰れ」
「ンなもん、そうできたらとっくにそうしてるっつの」
今はここに
(俺は俺の好きにさせてもらうさ。他人に左右されるなんざ、冗談じゃねェ)
(07/12/20)