観客のいない演奏会
「おい」
「何だ」
「メシだ」
「だから何だ」
「・・・何だじゃねぇ。とっとと食え。片づけろ」
「後にしろ」
「・・・・・・・・・あのなぁ、」
すでに何度も繰り返した終わりの見えない会話に、腹の底から息を吐く。
このリークスという魔術師、魔術の研究に没頭するあまり、食事を抜く、睡眠をとらない、果ては
外出すらしないという完全な引きこもり、否、それ以上の問題ありまくりな生活を送っていた。
別にこいつが体を壊そうが何をしようがこいつの勝手だ、好きにすりゃあいい。
だが問題なのが、
「リークス、駄目だよちゃんと食べなきゃ。それにもう何日寝てないんだい?倒れちゃうよ」
「放っておけ。大体お前は何しに来た。用がないならさっさと失せろ、シュイ」
「用ならあるよ。君に食事を摂って貰って、それからきちんと睡眠を取って貰わなきゃ」
「余計なお世話だ。そんな事をしている暇があったら自分の面倒を見ていろ」
このシュイである。正確には、シュイとリークスのやり取りだ。
リークスを思っての発言だが、空回って今のところ聞き入れられた事は一度としてない。
というか、シュイ、お前は母親か何かか。
この会話を聞いていていつも思う事だが、横やりを入れて攻撃がこっちに来るのも面倒なため放置
している。
大体こいつらリビカという種族は、俺たち人間と違って木の実を数個食べるだけで数日は食べなく
ても大丈夫だと言うのだから、そんなに心配はいらない(らしい)。
けれどもリークスが不摂生なのは確かだから、こうしてお人好し(いや、猫好しか?)のシュイが
登場、というわけである。・・・いつまで続くんだ鬱陶しい。
「やるなら別のところでやれ」
悪態をつくも、すでに恒例の掛け合いという事に慣れている、その事実に頭痛がした。
そうしてその後、忍耐強くない俺は、放っとけば延々と続きそうな馬鹿らしい言い合いに終止符を
打ち(食べなきゃここの本燃やすぞ、と脅しただけだ。けれど案外すんなりとリークスは動いた)
今日はいい天気だからとシュイが俺を巻き込んでリークスを外へ連れ出した。
研究の邪魔だとリークスは当然拒んだが、頷くまで言い続けるかもしれないぞ、シュイが、と忠告
すると嫌そうに顔をしかめたのを俺は見逃さなかった。
トドメとばかりに再度放火宣言を下すと、リークスはようやく諦めたのだ。
別に俺も進んで外出したいわけじゃなかったが、食う食わないで散々言い合って終わらなかった数
分前の事を考えると、ここでまた不毛な口論に逆戻りするのは目に見えている。
それは鬱陶しい以外の何でもなく、俺の望むところではないので今回はシュイの補佐にまわった。
ささくれたリークスを宥めるように、気まぐれな風が強くもないアプローチを図る。
風に乗ったシュイの歌が森に木霊した。
「・・・・・・・・・」
賛牙、という希少な能力を持つシュイの歌は、力に満ちていた。けれどそれは攻撃的なそれではな
く、シュイの性格を映したような暴力と対極をいく力だ。
それを俺は初めて聞いた。
今まで何度か口ずさむのは耳にしてきたが、こうして明確に誰かに向けて歌われる歌を聞いたのは
初めてだった。
適当な木にもたれかかり、流れるメロディーを耳で追う。
それは、俺に賞賛の言葉を吐かせるには十分すぎるほど十分だった。素直に言う。
「すごいな」
「そう言ってくれると嬉しいよ。そういえば、君の所にも歌はあったのかい?」
「あぁ。氾濫してるっつーか、数え切れないくらいには、まぁ色々あるな」
それこそ民謡から癒し系から、果てはデスメタルまで多種多様な歌が溢れている。
その事を何とはなしに告げて、後悔した。
嫌な予感に視線を戻すと、方や好奇心で目が輝き、方や先程のメシ食え攻撃のお返しだと言わんば
かりの目でこちらを見ていた。ひくり、と口角が吊り上がる。冗談じゃねェ。
「・・・・・・歌わねぇぞ」
「えぇっ!?どうして、」
「嫌だからに決まってんだろーが」
先制してこの後にふりかかるであろう災厄を回避する。
俺は某未来からの猫型ロボットに登場するいじめっ子ではないからそこそこ歌えるが、それとこれ
とは別だ。
あぁ畜生、言わなきゃ良かった。
思ったところでもう遅い。
それが分かるからこそ盛大に眉をしかめ、眉間に皺を刻む。
「一曲でいいから、」
「なんでそんな拘んだっつの、お断りだ」
嫌そうに答える。事実、嫌だ。下手だからとかそういう理由じゃなく、ただ嫌だ。
だがリークスに面白可笑しく「お前の外見をもっと改造するのも楽しそうだな」と脅されては俺と
しては手も足も出せない。「・・・・・・オイ」つーかテメェそりゃ反則だろういくらなんでも。
盛大に顔をしかめてぎろり、と睨み付ける。「テメェ・・・、」「フン、どうした。本当にしてもらい
たいのか?別にそれでも一向に構わんがな」「・・・・・・」睨んでもすごんでも、リークスはどこ吹く
風で全く意に介さない。それどころか皮肉げに、見下すように鼻で笑われる。俺の堪忍袋も限界間
近だ。どつくぞテメェ。仕返しかコノヤロウ、上等だ。
俺は更に眉間の皺を深く刻むが、優劣はすでに決着していた。
どう抵抗したところで、風向きは俺に完全に不利で、数の暴力に敵いはしない。
くそったれが。
舌を打つ。
そうしてしばらくの間睨み合っていた視線を外した。
ガリガリと頭を掻き、ふつふつと湧き上がる苛立ちとデカイ幸せを口から吐きだす。
「・・・・・・おい、」
「え?」
「ソレ、貸せ」
戸惑うシュイを尻目に、俺はギターらしき楽器をぶんどる。何をするのかとリークスも僅かに目を
見張った。
いつもシュイの手元にあるそれが俺の手に収まり、俺は試し弾きをするように弦を一度掻き鳴らし
た。ジャン、という音に硬直から解けたシュイがハッと目を向ける。
「え、あの、え?」
「俺が弾くからシュイ、お前が合わせて歌え」
「え?」
ぽかんとする男を一瞥し、それを黙殺する。
呆然とするシュイを放置して、俺はギターもどきを弾き始めた。数拍遅れてやや戸惑いの色を浮か
べた歌声が森に放歌される。
旋律だけは俺の世界のものだが、それにどんな意味を持たせてどんな歌詞を乗せるのかはシュイ。
彼の猫の自由だ。
俺にとってなじみのある曲が、それによって全く違うものへ変化していく。
「・・・・・・・・・。」
おそらくこの間も頭の中では魔術の事を考えているであろうリークスは、単純に見たらこの輪から
外れている。
だがこの場、この空間を共有している事は確かな事実だ。
観客も、聞く者さえいない。
けれどそういうライブもあって良いんじゃねェかと思う。
多分、それくらいが俺たちには丁度いいんだろう、とか、理屈じゃなくてただ、気付いたらこうだ
ったという、それだけの事だ。
てんでバラバラの俺たちだからそういう形になっただけで、どこかで気が合うからこうしてるだけ
の、そういう集団でいるだけ。悪くねェ。そう思っている自分がいる。
そして関係ないという顔をしながらも、ここから立ち去ろうとせず、時折耳を動かしている仏頂面
の不器用なヤツも、それと似た思いを感じているのだろう。
こいつの事だから、気付いていない可能性が大だが。
それでも意識のどこかではこのデュエットを聴いているのだ。けれどあくまでも無関心を決め込む
。事実どこかでどうでもいいと感じているのだ。けれど無意識にこちらを気にしている。
どこまでも不器用で、素直じゃない。
難儀なヤツだ、と心の中で評す。
賛牙としての力なのだろう、シュイから発生した光の筋が俺の手にある楽器にまとわりつき、明る
さを増した光が周囲へと広がっていく。
初めてそれを見た俺は驚いたが、シュイやリークスからしてみれば当たり前の事のようで、自分一
人だけ焦るのが悔しくて演奏に集中した。
俺自身の体にも光は寄ってきて、けれど強すぎないそれはあっという間に空気に溶ける。
一体どーいう仕組みでこうなってんだかサッパリだが、まぁ出るモンは出るんだし、そういうもの
なんだろうと俺なりに納得して時折それを目で追う。
淡い光がリークスの肩に届き、優しく撫でてから溶け込むように姿を消した。首を巡らせると目を
閉じて歌うシュイの姿が目に入る。絶えず歌を紡ぐ口元は笑っていた。リークスも目を瞑っている
。二人に倣って俺も軽く目を伏せた。
たまにはこんな日もいいだろう。
調和しているようでどこか歪な、不思議な歌が森の中を駆け抜けていった。
「次は歌ってね」
「お前が逆立ちして藍閃の街を一周したら考えてやる」
そうしたら歌くらい、いくらだって歌ってやるよ。
無理だろうけどな。
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「他の方法は?」
「ない」
「え、」
「ハン、甘い考えは捨てるこったな」
(07/04/20)