笑えない冗談
「まさか二つ杖にお目にかかれるなんて思ってもみなかったよ」
「あー、そう」
そりゃ良かったな。
俺だってまさか猫耳と尻尾つけたコスプレな野郎に会う事になるなんざ欠片も思わなかったつーか
こんな事態に陥る事になるなんざ予想外もいいとこってかオイてめぇ神様いるならちょっとツラ貸
せやコラ。
何とも呑気な事を抜かしやがる赤毛の猫・・・の、耳と尻尾を生やした見た目的には人間・・・に不機嫌
な顔を向ける。相変わらずニコニコと笑っている様が、ますます俺の苛立ちを煽る。しかし赤毛の
猫はどこ吹く風でギターのような楽器を指で弾く。
短気な方だと自覚している俺は、その様子にぶちりと血管を切りそうになりながら(実際は一、二
本は切れていただろう)、それよりも更に不快な思いに舌を打つ。
楽しげに音を生み出す野郎よりも、それとは別方向から送られてくる意識にイライラさせられてい
た。
なんでそんなにイラつくのかと言えば、目は俺を見てねぇのに頭ん中では俺を観察して意識しまく
ってる気配があからさまにバレバレでさすがに居心地の悪さは最高潮に感じるからだ。
さっきからなぁ、黙ってねぇで言いたい事があるならハッキリ言えけんか売ってんのかコラァ。
俺はぎろりと鋭く据わった目をそいつに向けた。
「そこの三つ編み、何かあるならさっさと言え。さっきからウザくて仕方ねぇんだよ」
「知らんな。お前が勝手にイライラしているだけだろう」
「テメェな・・・」
いけしゃあしゃあと・・・。どんだけ素直じゃねぇんだコイツ。
しかし、てっきり無視されると思っていたが言葉を返されて意外に思う。
意外と律儀なヤツなのか?
つんけんとした態度にもはや文句を言う気も失せ、鼻を鳴らす。ずいぶんと気位の高いこった。
「リークスも気にしているだけだよ。二つ杖の資料はとても少ないからね」
「俺は珍獣ってか?」
ジト目で赤毛の猫を睨む。赤毛の猫が奏でる旋律は鳴り続け、柔らかく空気に溶けていく。
優しい響きであるのは確かだが、今の俺にはその効果は期待できず、ちぐはぐなBGMとなってい
た。
(・・・・・・まぁ、それですらどうでもいいんだが)
「で、」
問題は俺が珍獣並に珍しい、こいつらにとっては神話レベルぐらいの存在だという事だった。
「俺以外にその『二つ杖』ってヤツがいる場所とかは知らねぇんだな?」
本題に戻る。
伝説にしか人間という存在が出てこないとなると、思っていたよりも事態はややこしそうだった。
「・・・すでに二つ杖はこの世には存在しない。
貴様のような時間と空間を超えて別次元に出現した生物の話も聞いた事がない」
「リークス、」
ずばりと言い切った三つ編みの猫・・・リークスを、咎めるように赤毛の猫が呼ぶ。眉を下げ、悲し
そうに名を呟く赤毛の猫に気にするなと笑ってみせる。俺が求めているのは同情でも慰めでも無く
答えだ。お前がそんな顔する必要などない。俺の事なんだし、別に構やしない。むしろ分かり切っ
ていた事だ。俺がこの世界の過去にしろ、そうでないにしろ、人間だらけの世界など、ここには存
在しない。俺が元いた世界にだってンなぶっ飛んだ話は小説やゲームの世界の中にしかない。
「ハン、」
鼻を鳴らして肩を竦める。
今の今まで俺を見ずにいたリークスが視線をよこしてくる。
その目にはどうする気だ、と問う色とわずかな好奇心が覗いていた。
ポロン、と高い音がひとつ鳴る。
「どーしようもねぇな」
ある種の緊張感に満ち、張りつめていた空気が俺の一言で宙に霧散する。息を詰めていたらしいリ
ークスからは「は?」という顔をされ、赤毛の猫は目を丸くしていた。
「・・・・・・、冷静なんだね」
赤毛がいち早く復活して面食らったツラをそのままに俺を見ながら呟く。
「あ?実際どうしようもねぇし、俺にもお前らにもどうしようも出来ねぇ事だろ?ならなるように
しかならねぇんだ、焦ったってしょうがねぇし夢だと思うには現実的すぎるし、何より目の前の
現実を否定するほど馬鹿じゃねぇよ。冗談も大概にしろとは思うがな」
だがしかし、どーすっか。
ここで暮らすにしても外見からして違う俺が周囲に馴染めるとは到底思えない。文化や言葉なら何
とかなるが、見た目は誤魔化すにも限界がある。まさか俺が三角の耳も長い尻尾も持っているはず
がない。
この世界のやつらが普通に持ってるモンを俺は持ってねぇ。となると、ここでひとつ面倒事が起こ
るわけだ。他と違うものは集団から排除される。いくら病気や事故で失ったと言っても限度がある。
だが当面はここで暮らしていくしかないだろう。いつ元の世界に戻れるかは知らないが、それまで
死ぬつもりはないので生きていくためにどうするか考えなければならない。
聞けばこの世界にも通貨というものがあるらしく、つまり生きるためには金を稼ぐ必要性があると
いう事だ。が、俺には猫耳と尻尾を生やす方法なんざ知らない。さて、どうするか・・・・・・。
思案し始めた俺に届いたのは、低くどこか不機嫌そうな声だった。
「何とかならんでもない」
「・・・は?」
「何とかならんでもない、と言ったんだ」
一度目は低く、二度目は少し不機嫌に、リークスは視線を俺に固定し告げる。
「どういう意味だ?」
「物分かりの悪い頭だな。二つ杖とは皆そうなのか?」
「あぁ?お前がはっきり言わねぇからだろうが。ついでに論点ずれてんぞ」
馬鹿にされて黙っていられる程、俺はおとなしい性格ではないという事は前述の通りだ。
俺は俺の出せる一番低い声で苛立ちのままに吐き出す。三つ編みの猫は再び口を開いた。
「耳と尾くらいならば魔術でどうとでも出来る」
どこまでも不遜な態度のまま、淡々と告げるリークスに反応するより先に、赤毛の猫が嬉しそうに
にっこりと笑った。
「それはすごいねリークス。、良かったね。リークスがどうにかしてくれるそうだよ」
「・・・・・・あー、リークス」
「なんだ」
「申し出は嬉しいんだがな、いくらなんでもコスプレは勘弁してほしいんだが」
俺の心情的に、それはどうしようもない威力を持って俺の自尊心やらその他諸々を打ち砕く。その
実行は羞恥プレイとしか言いようがない。俺の脳裏には猫耳と尻尾をつけたイメージの俺が俺を見
ていた。それこそ冗談ではない。
「え?でも生活していけないって言ったのはじゃないか」
「それとこれとは話が別だっ!」
簡単に言うがな、どっかのマニアが歓びそうなマジもんの猫の耳をこの俺が生やすなんぞ屈辱以外
の何モンでもねぇしそれが一番効率がいいって分かってても受け入れるかって言われりゃ正直受け
入れ難いんだよッ!!
「つべこべ言わずさっさと頷け、馬鹿者め」
「はっ?・・・!ちょ、待てッ!!」
赤毛の猫と(俺にとっては)真剣な話し合いが続く中、最初はそれを黙って見ていたリークスがい
つの間にか距離を詰め、俺は反射的に後ずさる。が、すでに遅かった。
すぐに壁にぶち当たり、リークスの右手が俺の頭上でぴたりと止まる。
何だ、と思った次の瞬間、目が眩む程のまぶしい光に視界が支配され、とてもじゃないが目を開け
ていられずにきつく瞼を閉じる。それでも眼球に刺さる光に頭が痛み出した時、唐突に光の嵐が止
んだ。ようやく収まった光の渦に、てめぇ予告ぐらいしろ心臓に悪すぎだろ殺す気か冗談じゃねぇ
ぞと返したところで、妙な感覚を覚えて押し黙った。
奇妙な違和感。
今まで意識する事の無かった感覚神経と運動神経に、急に電気信号が通るようになったような。
まさか、と思い頭に手をやると・・・・・・。
「っっっんだ、これぇぇぇぇぇッ!?」
絶叫した。おそるおそる、緩慢な動きで手を伸ばした先、俺の頭には、明らかに髪とは違うふさふ
さとしたものが、あった。
・・・なんつーか、これ、・・・マジで?
「言っておくがそれは一生解けんぞ。呪いのようなものだからな。俺の力がある限りそれはそのま
まだ」
「先に言えこの野郎、馬鹿はどっちだッ!!」
「いいじゃないか、これで何も問題は無いんだろう?」
確かにそれはそうだ。確かにそれはそうなのだが。
「オイこらちょっと待て。てめぇ今『一生』っつったか?」
「正確には俺の力が及ぶ空間にいる限りの間だ。お前が元いた世界とやらに戻った時には消えてい
る」
要は、この世界にいる時だけ、俺はこいつらと同じ外見になるって事か。
ちゃんと自分の意志で動かせる尻尾を手にとってまじまじと眺める。
全体的に薄い茶色で、先の方が赤毛だ。耳もそうなのかと窓に目をやると、何故か耳は先端が黒
だった。
「あ?なんで耳と尻尾で色が違うんだよ」
色が統一されているのが普通、というか一般的だろうが。
「別段それでも問題はないだろう。煩く喚くな」
「似合うよ、」
「似合ってたまるかぁ!!」
あーくそ、やってらんねぇ・・・!
ぶちぶちと文句を垂れる俺に、まぁそのうち慣れるさ、とのほほんとのたまう猫が盛大に怒鳴られ
るまで、あと3秒。
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やっちゃった感が漂いますね。これ需要絶対ない。(自分だけが楽しい)
(07/01/03)