就職活動
家事の手伝いをしているとは言っても、元々私がここに来る前から人では足りていた。
お世話になりっぱなしというのは心苦しく、よってそういった類の事を手伝わせて貰っているのだ
が。如何せん私が出来る事は実際にはほんの少しで、つまりは。
「暇・・・」
その一言に尽きるのである。
そりゃヒノエや敦盛や近所の子供が遊べと催促してくる時もあるが、(時がっていうかほぼ毎日)
彼らもそろそろ少しずつ仕事を受け持つ頃だ。この時代は子供も大切な労働力だったわけだから、
少し手伝いをするくらいだろうが。だがそれでも自分の周りをうろちょろされる時間が減るのは確
かであった。
・・・私もここに充分慣れたし、いっちょ就職活動でもしましょうかね。
そう思い立ったのは至極自然な事だった。
丁度いいから、ここいらで私も稼ぎに精を出してみようかな。
思い立ったが吉日、早速外を練り歩く。
仕事を探すと言っても、まだまだこの時代何の職種があるのかいまいち分からなかったからだ。
だがこうしてゆっくりじっくりと見てみると、本当にここは豊かで活気がある事が見てとれる。
行き交う人達も生き生きとしていて、気が付けば仕事を探すよりもそれを見て回る事に集中してい
た。軽い足取りで初めて見る物にうきうきと目を配る。
あー、そもそもの目的忘れそうになるわ・・・・
途中本気で主旨を忘れそうになり、慌てて意識を切り替えるも、それは一寸遅かったようで。
「海だ・・・・・」
目の前には浜に打ち寄せる穏やかな波がしっかりと両目に焼き付かれた。
唖然としてがっくりと脱力する。
今日ほど・・・今日ほど自分がアホだと思えた日は無い。職を求めるついでに市場を覗こうと思って
歩いていたのに、何故に海岸へ辿り着くのか。別の事に気を取られて本来の目的そっちのけで楽し
んでれば世話がない。
ふふ・・・おかしいなぁ、目の前が霞んで見える・・・。
乾いた笑みを浮かべ、しばらくそうして情けないような虚しいような気持ちに浸っていたが、フッ
と嘆息して波打ち際まで近寄ってその場にしゃがんだ。
「職探しは明日からにしよう・・・」
決意新たに遠くに目をやり、水平線を見つめる。リズム良く耳に届いてくる波の音は、だんだんと
その心を落ち着かせていった。
うふふ、慰めてくれてるのね?嬉しいわ~・・・。
口元は笑っているが目は据わっているという、何とも荒んだ表情で笑っていると、光を反射した何
かが視界の端で瞬いた。
「ん?」
何だコレ。
手を伸ばしてキラリと光った謎の物体をヒョイ、と拾い上げる。
目の前にかざして見ると、それは波が運んできた貝殻だった。白い光を放つそれは、柔らかな乳白
色をしている。
「へぇ、綺麗じゃん」
傷も付いてないし、形は綺麗だし。
しげしげとそれに見入っていると、そうだ、と思い立って他にも無いかと辺りを探した。白い砂と
打ち寄せては引いていく波に目をこらす。
懐かしいなぁ。前に家族で海に行った時も、こんな事してたっけ。
一人黙々とめぼしい貝殻を拾い、持ちきれなくなった所で家に戻った。
「ー、部屋にいるかー?」
ヒョイ、と顔を覗かせて言ったのは、燃えるような赤い髪を持つヒノエだ。
だが、その子供は部屋の様子を見るや否や、呆れたように半目になった。
「あのさ、御簾くらい下げなよ。中丸見えだよ?」
「ああ、ごめん。ちょっとね、それどころじゃなくて」
普通女であれば、その姿を人目に晒すという事はしない。それが男相手ならば尚更だ。ヒノエや敦
盛のような子供ならまだしも、これが弁慶のような男であればちょっと問題である。
最も、はそんな事には無頓着であったが。
「それどころって・・・まぁいいけど。で、そんな夢中になって何作ってたの?」
「んー・・・イロイロ?」
「・・・・・・いや、だから。そのイロイロって何を具体的に作ったのか聞きたいんだけど・・・・」
ちょっぴり虚しい気持ちになって軽くそう突っ込むと、ヒノエはの部屋に無断で足を踏み入れ
た。それも部屋の主の許しが無ければ図々しいと思われてしまう行為だが、はさして気にした
様子もなく、また注意もせず、逆にヒノエを招き入れた。
「や、ホントに色々作ってたからさー。首飾りに耳飾り、腕輪、髪飾り、
あとはちょっとした小物とかオブジェとかイロイロ」
見る?と言ってが小さな箱をひっくり返すと、バラバラと手作りであろう小物類が次々と出て
きた。その数と多さにヒノエは呆れを通り越して何も言えずに目を丸くする。
「金属加工は無理だったから糸通してつなげたり、あとは接着したりして・・・そんなに大した物は
作れなかったんだけど、ここってば良い貝殻とかいっぱいでさー、気が付いたら作るの止められ
なくなっちゃって」
「・・・・・・・・・うん、確かにこれは・・・・・・・すごい、ね」
「やー、でも楽しかったよ」
無造作に床に転がっているのは、色合いといい細部といい、良い一品と呼べるものばかりで。
これだけの物を一人で作ったのかと思うと、ヒノエは感嘆の息を吐いた。
「あ、そうだヒノエ。はいコレ」
ス、と差し出された手の平には、ひとつの腕輪が乗せられていた。
ヒノエがえ?と顔を上げると、そこにはにっこりと微笑む。
「あげるよ。そして聞いて驚け!何とそれは記念すべき第一作目なのさ!」
特別にヒノエに進呈して差し上げよう!
は満開の笑顔を咲かせ、固まっているヒノエに気付かずにその手を取り、手に落とした。
それまで呆然としていたヒノエは、ハッとなって手の中の物を見つめる。
数秒それを見つめた後、ヒノエはそれを大事そうにぎゅっと握って、二カッと笑みを浮かべた。
「わざわざオレの為になんて、嬉しい事してくれるね、は」
「あはは、気に入ってくれた?」
「もちろん。ありがとう。大事にするよ」
「そう言って貰えて嬉しいわ。さ、それじゃ他の方々にも配らないとね!」
「え・・・?」
そう言葉を発した途端、ヒノエは驚いて目を見開き、を凝視した。
「他って・・・オレ以外にも作ったんだよね?まさかそれ全部?」
「え?うん、そうよ。持ち帰れる量が限られてたから少ししか無いけど」
「これで少しって・・・軽く見積もっても10個以上はあるよね?」
「ん?うん。確かそれくらいだったかな。少ない方じゃない?」
これで少ない方って、じゃあもしも多かったら一体どれだけの量になるんだ・・・・・。
ヒノエはひくつく頬で、先程ばらまいた箱の中身を回収するを見つめた。
よく見ると箱はもう一つある。
怖い物見たさでおそるおそるその中身を見ると・・・材料が足りなかったのか、作りかけの物がいく
つか入っていた。
「さて、まずは誰に渡そうかなぁ~?」
はそう言って、楽しそうに笑った。
ヒノエはこの日、の意外な一面を知った。
余談だが、特製のそれらの品は大人気となり、市に出した所飛ぶように売れ、
更にそれは商人を経て他の街でも出回って大ヒットするようになるのは、今より少し近い未来の事。
(05/09/07)
(06/01/06)加筆・修正