姉弟


「綺麗な音だね、敦盛」 「っ、、さん!?」 突然声を掛けられて余程驚いたのか、敦盛はビクリと大きく肩を揺らし、勢いよく後ろを向いた。 いや、笛の音褒めただけなんですけどね。そんなぐきって音が鳴りそうなくらいに振り返らんでも。 首痛くするよ。しかも見事に固まって目ェ開いてるし。乾くよ、目。 「ごめん、そんなに驚かれるなんて思わなくて。笛の邪魔もしちゃったね」 「え、い、いえ。そんな事は。・・・ちょっと、ビックリした、だけで」 声の主が私だと分かると、敦盛はほっと息を吐いて笑った。この子のこんな笑顔は、かなり親しい 人にしか向けられない。それを私に向けてくれるという事は、敦盛は私に気を許しているという事 で。うん、ラッキーな事だよね。だって最初の頃は明らかに引かれてたし。人見知りしちゃうんだ ねぇ。一旦気を許してくれるとさっきみたいな顔見せてくれるけど。 ほんのりと頬を染めてはにかむ笑顔は、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる程で。こてん、と 首を傾げられれば後はもう一直線に堕ちるのみ。 「あぁもう敦盛ってばかわいいなぁ。こんな弟欲しいーっ」 「ぅわっ!?」 脳が叫ぶままに小さな体をぎゅっと抱きしめ、背中に手を回して抱き込む。 すっぽりと腕に収まる敦盛は、突然の抱擁にあたふたと慌てた。 ふっ、そんな小さな抵抗なんて私には通用しないわ。 恥ずかしいのか何とか離れようと敦盛はもがくが、それすらも押さえ込むように腕の力を一層強め ると、それで諦めたのか大人しくなって動きを止めた。それに満足して小さな背中をポンポンと優 しく叩く。 あぁ、癒しだ・・・・・。 ほわん、と和んでいると、腕の中の敦盛がふいにそろそろと手を伸ばし、小さなその手での背 に触れてぎゅっと抱きついた。 はそれに驚いて一瞬目を見開き、だがすぐにそれは柔らかく細められて笑みが浮かんだ。 よしよし、とあやすように敦盛を撫でる。すると、敦盛は小さく呟いた。 「さんは、何だか母上みたいですね」 「え、私お母さんなの?うーん、せめてお姉ちゃんくらいがいいなぁ・・・」 こんな大きな子供を産む年じゃないしね。そう思ってくれるのは素直に嬉しいけれど。 私の年齢18から敦盛の年齢7を引いて・・・・・・・オイオイ、計算したらとんでもない数字になるよ! 年齢的にそれは無理だよ、どうやったって。小学生で子供を産む計算になる。有り得ん。 はは・・・と乾いた笑みを浮かべて遠くを見るに、敦盛はきょとん、と首を傾げた。 「じゃあ、さんはぼくの「あねうえ」になるんですか?」 「うん?そうだねー。うん、敦盛が弟ならお姉さん大歓迎よ?」 「本当ですか?・・・あの、じゃあ、これからは「あねうえ」って呼んでもいい、ですか?」 「もちろん」 姉上、という響きに敦盛はえへへ、と頬を染めて満面の笑みを浮かべた。 さんは、いつも優しい顔で笑って下さる。ぼくにはあにうえもいるけれど、あねうえは一人も いない。ヒノエもそうだけれど、あねうえ、という存在がどういうものなのか、分からなかった。 だから、さんみたいな人がぼくのあねうえになってくれる事は、嬉しい。今はまだぼくは小さ くて力も弱いけど、いつかあねうえよりも大きくなって、ぼくがあねうえを守れるようになりたい と、そう思う。あにうえも仰っていた。武門の子なのだからと。 ああでも、こうやって抱きしめてくれるのはとても気持ちが良いから、やっぱりまだ大きくならな くても、いいと思える。あねうえが抱きしめてくれると、安心できるから。 あねうえは、不思議だ。 敦盛は自分を抱きしめる腕の中でそう考えた。 彼女があねうえだというならば、それは自分にとって大歓迎である。 「あねうえ」 「うん?」 舌っ足らずなその呼び声に内心で微笑んで返事をすると、敦盛はポツリと言った。 「あねうえ、もうお昼過ぎです」 「あああ!!?やばい、急いで帰らないとご飯がっ!行こう敦盛!」 バッと顔を上げて、は焦った表情で立ち上がり、敦盛の手を握った。そして手を繋いだまま駆 け足で家路へと走る。もちろん、敦盛の走るペースに合わせて。 前を行く自分より大きな少女の背中に、敦盛は視線を注ぐ。 今はこの背中に追いつく事も支える事も出来ないけれど。いつか大きくなったら、あねうえよりも 大きくなって。そしたら今度は、ぼくがあねうを守ろう。大好きな、あねうえだから。今は、守ら れてばかりだけど。でも大きくなったら、絶対、ぼくが守るんだ。 大好きな、ぼくのあねうえ。 敦盛は小さな物言わぬ誓いを、ひそかに胸に刻んだ。 共に過ごした時間は親兄弟のそれより短いものであったが、時間の密度は同じくらい詰まっていた。 だから姉という目で見る事にも違和感を覚えなかったし、受け入れた。 子供というのは小難しい理屈抜きで自分なりの納得できる答えがあるならそれに従う生き物である。 今回も例に漏れず、敦盛はこうしてを姉として受け入れ、握る手に力を込めた。 いずれ訪れるであろうこの先の未来と、変わらない明日に思いを馳せて。 (05/09/09) (06/01/06)加筆・修正