思いのベクトルを見極めよ
「かなり怒られたみたいね?」
「・・・・・・、殿」
包帯を巻いた八葉の一人、頼久のかたわらに腰を降ろす。
庭に面した廊下で、一人何かを思案しているのかぼけっとした顔で前を見ていた男は目を剥いた。
声を掛けられるまで私の接近に気が付かなかったのだろう。らしくもない失態に、頼久は自嘲的な
苦笑を浮かべた。
「あかねちゃん、随分とご立腹だったんですってね」
「えぇ、・・・・・私が、至らなかった為に」
「ふぅん」
困ったような顔に少しだけ傷ついた瞳をして、頼久はふっと息を吐いた。苦笑の吐息。それを見て
馬鹿だこいつ、と内心で歯痒さに苛立ちをつのらせる。その時の様子を思い出しているのだろう、
頼久の表情は固い。
とても、怒ったのだと聞いた。同時に泣いていたとも。あかねちゃんは、悲しいのだと言っていた。
どうして、と何度も叫んでいた。その理由は今私の隣に腰を降ろすこの男にある。
怨霊が現れた時、タイミングの悪い事にその時はあかねちゃんとこの男しかその場にいなかったそ
うだ。苦戦し、なんとか応戦するもののやはり立場は不利で。怨霊の力に弾かれたあかねちゃんは
体勢を崩し、その隙をつこうとして怨霊が一気に彼女に肉薄し。それを庇って頼久が傷を負ったと
いう事だった。
それだけなら何も怒る事など無い。しかし、問題はこの後に起こった。身を呈してまで守ってくれ
た頼久に礼を述べたあかねちゃんに、よりにもよってこの男は。
『この程度、何の事もありません。神子殿を庇って死ねるならば本望でございます』
そうのたまったらしい。
この直後、あかねちゃんは憤怒の如く怒ったのだそうだ。
あんなにアイツが怒るのって珍しいぜ、と後に天真君は語った。
それ程すごい形相で、ものすごい剣幕で怒ったらしい。
所々を聞き取って、大体の所あかねちゃんが言わんとしていた事を悟った。そして同時に、あかね
ちゃんらしい、とも。
「あのさ」
「はい」
「忠誠もほどほどにしないと、それがあかねちゃんを追いつめるって事分かってる?」
「・・・神子殿を守る八葉であるならば、傷つく事くらい造作も・・・・・・・」
「本人がそれを望んでいないのに?」
「神子殿を守るのが八葉の役目です」
「彼女が嫌だと泣いているのに?」
「・・・それは・・・・・・・・」
「主を悲しませるのが忠誠?」
「・・・・・・・・・」
頭固いなぁ、こいつ。はぁ、と溜め息を突いて内心で馬鹿だ、と呟く。
ほんとに馬鹿。へたに反論しないだけまだ救いようがあるが、それでもやっぱりこいつは馬鹿だ。
「あのね、確かに主の身に危険が起こったらそれを回避するのも務めでしょうよ。でも、本当に主
の事を思うなら、命だけじゃなくて心を守らないと意味が無いのよ」
「・・・・・・・・・心、ですか?」
「そう。あんたが今日とった行動は忠誠でも何でも無くてただの自分勝手。どうせ守るなら主君の
心ごと守りなさいよ。何のための八葉だと思ってんの。きっちり全部守るくらいの器量を見せな
さい、武士団の長の名が泣くわよ源頼久」
呆気に取られて呆然とする男を一瞥し、立ち上がる。
声の出ない様子の頼久に構う事なく歩き出した。
「そうそう、あともう一つ」
歩みを止め、くるりと振り返った先には未だ唖然としたまま私を見る頼久の姿。鳩が豆鉄砲を食っ
たようななんとも間抜けな顔ににやりと笑い、告げる。
「確かにあなたは八葉なんだろうけどね、あかねちゃんは主君でいるつもりは毛頭無いみたいよ。
大切な仲間だから怒ったんじゃない?部下だからじゃなくて、あなただから心底心配したんじゃ
ない?そこら辺、よぉく考えてみなさいな、八葉の青龍さん」
そう言って、今度こそ振り返る事なく歩き始めた私を引き留める声は、ついにかかる事がなくて。
きっとまだ呆然自失してるんだろうなぁと頭の片隅で考えた。
つーか真面目すぎるんだよな、ああいうタイプの人間って。もっと柔らかく考えれば楽なのに、思
い詰めて自爆するのがああいう人種だ。損してるなぁ。あかねちゃんも素直に主張するのはいいけ
ど、もう少し冷静になって言えれば良かったんじゃないかなぁ。だって頼久さんめちゃくちゃ凹ん
でたよ。叱られたわんこみたいに。しょぼーんと。まぁ多少はフォローしといたし、後は二人の
問題だし。個性が強い人ばっかりよくもまぁ、選んだものよね、龍神も。おかげでえらい苦労強い
られてるわよあかねちゃん。藤姫もとばっちりで心を痛めてるし。私は傍観してるからさして被害
も無いけどね!
あかねちゃんは守られるだけで満足する子では無い。何か自分に出来る事は無いかと模索し、努力
をしている子だ。神子という役職についてきちんと責任をとろうとするしっかり者。でも多分頑固
さは頼久と張るくらいだろう。実は似た者同士なんじゃないかとひっそり思う。
「ああいうのをまとめるなんて、あかねちゃんも大変だなぁ」
それぞれクセのあるメンバーを思い浮かべ、他人事のように呟いた。
「でもまぁ、人選は間違ってないか」
良くも悪くも個性的な八葉。
あかねちゃんを中心にもっと効率よく物事を進められるといいなぁとぼんやり思った。
(06/02/13)
(06/01/16)修正