定めなど知らない


いつものように怨霊を封印しに行き、帰ってきたあかねちゃんを迎えてそのひどく憔悴しきった様 子に眉をひそめ、何があったのかと問いただす。あかねちゃんの顔は青白く、やつれた様子が実に 分かりやすくまた痛々しい。しかし気丈にも心配かけまいと無理に笑顔を浮かべる彼女に、ますま す眉間に皺を寄せた。どうしてこうも我慢強いというか頑固というか無茶ばかりしておまけにそれ を辛いと口にしないのか。それがひとえに彼女の優しさからくるものであり彼女の美点であること は重々承知しているが、この場合は褒められたものではなかった。明らかに具合悪そうな顔色して るくせに、一体何処の世界に大丈夫だと言い張れる人がいるのだ。 とにかく休ませようとその腕を取り、手を引こうとして。 指先がその肩に触れた時、火花が散った。 バチィ! 「・・・・・っ!」 「っ、おい!」 「さん!?」 ぐらり、と視界が揺らぐ。 あまりに唐突な衝撃に咄嗟に対応できず、よろめいたところに天真君とあかねちゃんの焦った声が 降る。電気が走ったような衝撃が指先から全身に走り、思わず身体を折り曲げた。 だが無理に力を入れた所為か、重力に従って傾いだ私を誰かの腕が咄嗟に支える。床に衝突すると いう二重の痛みを回避できたことに安堵しつつ、ホッと息を吐いて抱きとめてくれた人物を仰ぎ見 た。 た、助かった。ここで顔面強打して鼻血を噴きたくなんか無いよ。ナイスタイミングだ頼久さん! 「・・・立てますか?」 「何とか。ありがとうございます、頼久さん」 「いえ、礼には・・・・・」 「さんっ!」 「うおっ!?」 及びません、と続けようとした頼久さんの声をぶった切り、あかねちゃんが泣きそうな声と顔で突 っ込んで来たので慌てて支える。すがりついてきたあかねちゃんに、今度は触れても何も起こらな い事で疑問が浮かんだが今は無視。それよりも必死さを全身で表ししがみついてくるこの方が先だ ろうと視線を下げる。 ぎゅうぎゅうと力を入れて抱きしめてくる事に苦笑して、ポンポンと頭を撫でた。するとスイッチ を入れた玩具の如くパッと顔を上げたあかねちゃんは、せき止められていた水が一気に溢れる様子 を連想させるような勢いで口を開いた。 「だっ、大丈夫ですか!?何処か痛む所はありますか!?ごめんなさい私のせいで・・・・・・っ!!」 「ちょっと待って。別にどこも痛くないし、それにあかねちゃんのせいじゃ無いでしょ。  それより、あかねちゃんこそ平気?なんかすっごい音したけど。どこか具合悪いとか、無い?」 半ば恐慌状態に陥っているあかねちゃんを刺激しないように努めて穏やかな口調で聞くと、あかね ちゃんはフルフルと左右に首を振って再度ぎゅう、と抱きついてきた。小さく震える細い肩に、安 心させるようにしっかりと腕を回して力を込める。 ハタから見れば女同士できつく抱擁を交わしているという並々ならぬ誤解を与えそうな場面だが、 全員そんな事に気づける程余裕を持ち合わせていなかったのでしばらくの間そのままジッとしてい た。 ていうか私のポジション完璧に男役だよね。そしてそれに男共が異を唱えないというのは何故。 ふとした疑問を浮かべつつも、役得には違いないので黙っておく。 嗚咽を堪えて小さな肩を震わせる美少女を腕に閉じこめて慰めるなんてまんまよね。 うわぁ何てベタな。 どこか張りつめたようなピンとした緊張感が漂う中、落ち着きを取り戻したのかあかねちゃんは身 じろぎして照れくさそうに頬を染めた。うっすら涙に濡れる瞳は潤んで一層あかねちゃんの可愛さ を引き立てる。そのうるうるとした目で見上げられて、堕ちない男はいないだろうと思うくらいに。 すまんね男性諸君、私だけ独り占めしちゃって(笑顔) 内心でファンファーレを鳴り響かせて幸福感に浸っていると、何時の間にやら相変わらず何を考え てるのかさっぱり読めん泰明さんがずいっと視界一杯に入った。丁度あかねちゃんの真後ろにいた ので、それに驚いたあかねちゃんが小さく叫んで飛び退く。 あー、そりゃあ突然後ろに立たれちゃねぇ。怖いよね。 失礼ともとれるあかねちゃんの事は気にも留めず、泰明さんは相変わらず私をじーっと見ている。 「・・・・神子の受けた穢れが移ったようだな」 「え?」 「あ、そういえば、何だか身体が軽くなった気が・・・・・・」 あかねちゃんの言葉に、じゃあ今あかねちゃんは清らかな状態なのかと首を捻り、ならば先程バチ リときたのはその穢れのせいかと陰陽師兼地の玄武に尋ねると、すぐに是との答えが返ってきた。 「へぇ。これが穢れなんだ」 「って、何呑気に会話してんだよ!?」 じゃあ今の私は穢れてるのか。(うわ、何かヤだなこの言い方)そう神妙そうにふむふむと頷いてい ると、天真の適確かつ素早い突っ込みが入る。穢れを受けているという言葉を聞いて、詩紋も慌て た声を上げた。 「じ、じゃあ早くさんが受けた穢れを祓わないと!」 「そうだよ、じゃないとこのままだったら・・・っ」 本人より余程必死な様子でおろおろと慌てふためく面々に、泰明さんは慌てず騒がず、至極冷静な 声で一言「問題ない」とあっさり言った。 いや、あるだろうよ。 私がそう言う前にイノリが割って入る。 「放っておくってのか?それってあんまりだろっ」 「何かあったらどうすんだ!?」 怒りっぽく荒々しい口調で険しい表情のイノリが言うと、納得しない様子の天真もそれに加わり声 を荒げた。その剣幕に逆に私は目を丸くする。 いや、だって心配してくれるのはありがたいなぁとは思うけどさ。そんなに泰明さんを責めなくと もいいんじゃないかと。 どっちについたら良いものかと周りもハラハラし始めた頃、泰明さんが口を開いた。 「穢れは既に浄化されている。影響は無い」 瞬間、場の空気が凍った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 「消えてる?」 たっぷり十秒は沈黙して、ようやく絞り出した声に泰明は眉を潜める事も無く淡々と述べた。 曰く、どうやら私は神子であるあかねちゃんと限りなく近い気配を持っている、らしい。 穢れが移ったのは、あかねちゃんが無意識に負担を軽くしようとした為、らしい。 要するに、私はあかねちゃんの神気や穢れに、良くも悪くも影響を受ける、らしい。 「何てミラクルな・・・・・・・」 「それで済ますか」 「みらくるって何だ?」 「不思議っつぅか、奇跡って意味。すごいね私。神子様と気質がそっくりだなんて」 「呑気だな、本当に・・・・・・・」 「だってもう問題は無いんだし。ですよね?」 首を巡らせて泰明に同意を求めれば頷く声が返ってきたので、ならそれで良いじゃないかとカラリ と笑う。愛嬌のある笑みを向けられて騒いでいた数人がガクリと肩を落とした。 「良いじゃないの、過ぎた事なんだし」 「その過程が問題なんじゃねぇか・・・」 とは言え、当の本人である私がそう言えば、唸っていた彼らも渋々ながら引き下がるしかなかった ようで。深く重い溜め息があちこちで聞こえる中、やはりと言うか達観してるのは泰明さんだ。何 度も穢れを受けていては身が持たないと、厄除けの札を貰った。これであの感電を体験せずとも良 いわけだ。良かった。いくら何でもあれを度々経験するのは遠慮したい。 「さん!」 「ん?」 何となく力が抜けたような雰囲気の中聞こえたあかねちゃんの声に、何の疑問も持たずに振り返る。 と、あかねちゃんは突然がっしと私の腕をしっかり掴み、ずるずると引っ張り始めた。 え、なにごと? 「え、あかねちゃん?何処に向かおうとしてるの一体」 「休むんです!倒れかけたんですから横にならなきゃ駄目ですっ!」 え、そんな強引な。 だが悲しいかな、あかねちゃんは聞く耳を持たないようだ。 「いや、別にどこも痛くないし平気よ?」 「駄目ですっ!」 い、いやいや、心配してくれるのは嬉しいんだけどもそこまで思い詰めなくてもいいってかちょっ と待てっ。 見かけによらない強力なパワーでぐいぐい背中を押すあかねちゃんを何とか宥めようとするが、あ の手この手で言い含めようとしてもあかねちゃんは駄目の一点張りで効果の程はこれっぽっちも伺 えない。これには諸手を挙げて降参した。 駄目だ、私の手には負えない。 藁をも掴む思いで、彼女の幼なじみ'sに目で訴える。 『何とかして』 『悪ぃ、無理』 『諦めて下さい・・・ああなったら僕たちにも止められないんです』 あっさりと視線を逸らされ見捨てられた。 遠くを見て虚ろな目に哀愁をたっぷり含ませる二人に憐憫の視線を送る。仕方ない。ここは大人し く心配されておこうか。 押されるがままだった身体を反転して、苦笑気味に微笑む。 「分かった。ちゃんと休むから、あかねちゃんも一緒においで」 「? 何でですか?」 きょとんとした顔で首を傾げるあかねちゃんに呆れた目を向けてポン、と頭に手を置く。 「怨霊封印しに言って穢れ背負ったまんま顔青くさせて帰ってきたのは?」 「・・・うっ。私、です・・・・・・・」 「その通り。と、いう訳でさっさと行こうねー」 今度は私があかねちゃんの手を引いて、与えられた部屋へと向かう。 張りつめていたものが切れたのか、あかねちゃんは疲れも手伝ってあっと言う間に夢路へ落ちた。 私はと言えば、正直本当に疲れなんてさっぱり感じていなかったのと、今の時間帯が昼間というの もあって余計に眠りにつく事が出来ず、寝ると言うより目を瞑って横になっていた。いい加減退屈 になってきたので外に出たいと思うが、今行ったらそれこそ二度と出してもらえなさそうなので( 藤姫とあかねちゃんのタッグは最強だ)諦めて現代で言うベランダに足を向けた。 左大臣のお屋敷なだけあって、趣味の良さが伺えるなかなかの庭だ。花を付けている一つに手を伸 ばし、何という名の花だったかと考えていると、低い声が自分の名を呼ぶ。誰かと思って振り返る と、聡明な人柄が伺える人物がそこにいた。 「こんにちは、鷹通さん」 「殿、お加減は宜しいのですか?倒れたと聞き及びましたが・・・・・・・」 「あはは、実際どこもおかしい所なんて無いんで。疲れも無いし。あかねちゃんは別として」 チラリと御簾の下がった部屋に目をやり、微笑すると鷹通さんも困ったように笑う。 あ、やっぱり鷹通さんもあかねちゃんの無茶には気付いてましたか。 返ってきた反応に何とも言えない笑みを向けて、お互いに苦笑する。 頑張ってるのは分かるんだけど、それが無理をする事には繋がらないわよねぇ。一人じゃないんだ から、もっと周りを頼るなり利用するなりしないといつか潰れちゃうのに。 まぁ、もっともそんな事させないけども。 「で、折角来てくれたのに悪いんですけど、今あかねちゃん寝てますよ?」 「ええ、そのようですね。ですが殿に会えましたから、それで充分です」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう、と言っておくべきでしょうか?」 びっくりした。 だって真面目なあの鷹通さんが、どこぞの誰かさんみたいな台詞言うもんだから。 い、意外だ・・・・・・こういう人だったんか藤原鷹通治部少丞。 「? どうしました?」 「いや気にしないで下さい本当に。で、あかねちゃんに伝言あったら伝えときますけど」 「ああ、いえ・・・・・それもありますが、私は貴女にお聞きしたい事があったので」 「・・・私に。ですか?」 頷く鷹通さんにふむ、と考える素振りをしてチラリと見上げる。 ここで、このタイミングで聞きたい事と言ったら一つしかないだろう。 「穢れ云々、ですか?」 「・・・・・・、・・・ええ。そうです」 考えを読まれて驚いたのか、軽く息を呑んだ鷹通さんはしばしの逡巡の後首を縦に振った。 まぁ、確かにどこからどう見たってごく普通の小娘がそんな事すればね。ましてや京を騒がせる穢 れだか何だかを消したとあっちゃあ気に掛かるのも無理は無い。八葉であり京の政に関わっている なら尚更だ。 いつになく真剣さを帯びた目に、苦く笑って肩をすくめる。 「残念ですけど、それは私にも原因が分からないんです。むしろ私が教えて欲しいくらいで」 「・・・・・・そう、ですか・・・・・・・・・」 戸惑いを隠せない表情で鷹通さんが俯く。不安、なのだろう。帝のおわす都で鬼が怨霊を操り、街 全体に穢れを振りまいているのだから。それを救うべく異世界現れた神子と、それを守る八葉はい ずれも年端のいかない子供だ。おまけに私という何の関係もなさそうな人間まで現れ、立場的にも 感情的にも複雑なのだろう。それを言わないだけで、ほとんどがそう思っているに違いない。私だ って知れるものなら知りたいさ。何で私がこんな目に・・・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか。 「・・・・・・・・・案外、龍神のせいだったりして・・・・・・」 「え?」 「いや、何でも。私の事に関してだけど、そう気にする必要は無いと思います。異世界人だし、も  しかしたらこの世界の理の対象外なのかもしれない。非常識だけど、そもそも異世界から来たっ  てだけで充分非常識だし、そういうものだと思いますよ」 「・・・成る程。一理ありますね」 「泰明さんにも怨霊よけのお札貰ったし、大丈夫ですよ。いざとなったら皆がいるし」 にっこりと笑って庭先に目をやる。名前がどうしても思い出せない花が指先に触れた。 ふいに視界に影が覆って、何だろうと上を見上げる。半ば反射的に動かした視線の先には、柔らか く微笑む鷹通さんが私を見下ろしていた。どこか艶を帯びた通りの良い声が耳朶をくすぐる。 「ご安心を。貴女の事は、私が必ずお守り致しますから」 「・・・・・・・・・・・・頼りにしてマス、鷹通さん」 鷹通さんは婉然と微笑んだ後、近くから花を手折って私に差し出した。受け取るとふわりと花の香 りが辺りに舞う。 「それでは、まだ仕事があるので御前を失礼致します」 一言断った後、鷹通さんは背を向けてもと来た道を帰っていった。後に残された私は、花を持った まま呆然と立ちつくす。 何だアレ。 誰だアレ。 つか今の絶対無意識だった。素で言ってたあの人! 天然とは恐ろしい。本人に全く自覚無く相手に大ダメージをくらわすのだから厄介極まり無い。お まけにこの時代の人は多くを語らず、心をくみ取れ的な文化最盛期。二輪渡された花の一つは神子 殿にと手折ったものだろう。助成にフェミニストなそれは文化というより男の娯楽なんじゃなかろ うか。 「案外気が合うんじゃないの?あの二人・・・・・・」 普段事ある事に火花を散らす白虎組を思い浮かべて、誰に聞かれるでもない言葉は静かな庭に吸い 込まれて消えた。 (05/12/18) (06/01/16)修正