円卓の鏡石 02
「白龍の神子です。ただし、今から200年くらい未来の時代の、ですけど」
初めまして。
至って落ち着いた声で告げる。
信じられない、という空気が広がっていくのを、ただ淡々と眺めて小さく息をついた。
「混乱はごもっともだとは思いますけど、ひとまず話を聞いて下さい」
怨霊を封印した後、現状確認と情報収集を兼ねて、土御門殿へとやって来た私。
まぁ予想の範囲内ではあったけれど、警戒の視線がざっくざく突き刺さる。居心地は良くない。
けれど、それも仕方ないと割り切っているのでさくさくと説明を進める。
私は、まぁさっきも言ったが白龍の神子である。
白龍の神子とは、簡単に言えば怨霊を封じる力を持つ龍神の神子。対として黒龍の神子が存在する。
私がいた、というか飛ばされた時代は、今(平安)からおよそ200年後の世界。
源氏と平家が争い、怨霊が怨霊を作る混沌の時代。
怨霊に穢され、力を失った龍神に助けを求められ、異世界に渡ったのが、私。
今思い出しても理不尽としか思えない。
そして有り得ないとしか思えない。
なぜなら私はそのくだりから始まるゲームを知っていたからだ。
二次元の話。フィクションの世界。そう認識していた私に、あの可愛らしい姿と声で龍神は告げた
のだ。誰もが一度は聞くであろう、そう、「あなたが、わたしの―――神子」と。
ありえぇぇぇぇ―――――――――んッ!!!!!
そう絶叫した私の心情は、決して間違ったものではないだろう。
私は知らない間にコスプレ広場に足を踏み入れてしまったのか。実は私が気付いていないだけで、
今日はどっきりびっくりエイプリルフールだったとか。
私は考えた。そりゃもう考えたさ、必死になってこれは現実ではないと言い聞かせたさ。
けれど思えば思う程、必死になればなる程、ちっこい龍神サマは言うのだ。
「たすけて」
困り果てたのは言うまでもない。
分かった、分かったから泣くな、と小さなその体を抱き寄せたのは本能であったのか。
ひたすらに「たすけて」と繰り返す幼い存在を無視できる程、私の神経は太くなかった。加えて言
えば、罪悪感を抱えて後悔するハメになる事態も、御免であった。
まぁ、私の心情は伏せておくとして。
「そうして渡った先が、怨霊を作り出して都に返り咲こうとする勢力と、それを退けようとする勢
力が争う世界でした」
私に選択肢は無かった。
いや、もしかしたらあったかもしれない。けれど、選ぶ道は一つしか無かった。
私は剣を握り、技量を鍛え、戦場に立った。
時には矢を射られ、斬りつけられ、突き飛ばされ、殺されかけ、死にかけた。
がむしゃらになって戦った。
戦って、戦って、戦って・・・・・・。
いくつも斬り、いくつを浄化し、いくつを見届け、いくつを見殺しにしただろう。
いくつを救い、いくつを諦め、いくつを退け、・・・・・・何を成したのだろう。
「時には人間を殺し、」
踏みつけ、進んだ。
「・・・・・・・・・・・・」
いつの間にか場は静けさに満ちていた。聞こえるのは私の話し声のみ。
この場には幼い藤姫もいた。彼女の前で物騒な単語を聞かせるには躊躇いもある。
だが、彼女は星の姫であると言い、席を立つ事は無かった。
そして和議を結び、その後のごたごたを全て処理して、さぁ帰ろうと龍神の力に包まれた瞬間、
・・・・・・この世界に、いた。
「なぜかは、私にも分かりません。この話を信じるも信じないも、皆さんの判断にお任せします」
そう告げて、区切りとして息を吐いた。
誰も、何も話さない。
しん、とした部屋を緊張と圧迫が包むなか、おずおずと少女が片手を挙げた。
「あの、」
「ん? 何か聞きたい事があるなら聞くよ? えぇと・・・・・・」
「あ、あかねです。元宮あかね」
ウン、知ってる。
一つ頷いて続きを促した。若干目が生温くなっていたのはご愛敬だ。
「で、何が聞きたいの?」
「えっど、その・・・・・・。どうして、一人で戦おうと、したんですか?」
若干焦点が遠のいていた目を瞬く。
虚をつかれた。まさかそんな質問が来るとは。
私だけではなく、八葉全員の視線があかねへ向かう。
それに居心地悪そうにしながらも、あかねは真っ直ぐにを見詰めていた。
やがてパラパラと視線が私にも向かうようになってから、私は口の端を吊り上げて笑う。
「心配してくれたの?」
「当たり前ですッ! だって、だってあんな・・・・ッ、いくら強くたって、あなたは・・・・・・ッ!」
「甘えてなんか、いられなかったんだよ」
「!」
弾かれるように肩を震わせたあかねに、ふわりと笑う。
「怨霊を封じられるのは白龍の神子だけ。私がやらなければ、仲間が殺される確率が上がる。戦う
事は、私にとっても死亡率を上げるものだったけれど、出来ないと言って甘える事は出来なかっ
た。私は、白龍の神子だから」
「そんな・・・・・・ッ」
「だからと言って一人で戦っていた訳じゃないよ? 八葉もいたし、仲間もいた。だけどここに彼
らはいなかったから。それに、あの程度なら一人でやれると思ったからね」
決して、無茶をしたという訳じゃあ無いんだよ。
笑って言うと、あかねはぐっと何かを堪えるかのように俯いた。
「いや、本当に。咄嗟に封印したのも癖っていうか反射みたいなもんだったんだよ。あぁ、まいっ
たね。あかねちゃんがそんなに気にしてくれていたとは思わなかった。ごめんね。泣かないで」
「謝らないで、くださ・・・・ッ、」
「うん、ごめん。勝手に守ろうとした私が悪い」
「ちが、ぃ、ま・・・・っ、そうじゃ、なくってッ。わ、わたしだって、白龍、の、神子なのに・・・・・・
あの時、ただ、立ってるしか、出来なくて! ほ、ホントなら、私が、真っ先に、やらなきゃな
らない事、なのに!」
詩紋がそっとあかねの肩に手を載せる。
うーん、イノリの視線が痛い。
「君は君のやり方でいいんだよ」
「でもッ」
「何かを守ろうという気持ちは大事だ。でも、周りを見失ってはいけないよ。何もかも背負おうと
している君の姿勢は尊いかも知れないけれど、一緒に歩こうとしてくれる人の手まで振り払って
はいけない」
「ぁ・・・・・・」
あかねはようやく顔を上げた。
真っ先に心配そうな詩紋の顔が目に映り、くしゃりと顔を歪める。
「ごめ、なさ・・・・ッ! 私、自分の事、ばっかり・・・・・・!」
「いいんだ。いいんだよ、あかねちゃん。僕たちは、好きであかねちゃんの力になりたいだけなん
だ。だから、謝らなくても大丈夫だよ」
「詩紋君・・・・!」
あー・・・、うん。
そこでネオロマしてても構わないんだけどね、ただ、あの、私を巻き込まないでっていうか、私の
関係ない所でやってくれませんかね?
身の振り分けをどうしたらいいかサッパリだよあっはっは。
シリアスぶち壊して悪いけど戻ってくるか私をこの場から追い出すかしてくれないかなあっはっは。
・・・・・・・・・はぁ。
「それで、これから君はどうするつもりなんだい?」
パラリと開いた扇で口元を隠し、問うてきたのはわかめヘアー橘少将。
その視線を一瞥して目を細める。さすがというか当然というか、その真意は見づらい。
「どうとは?」
質問を質問で返す。タチが悪いのは自覚済みだ。
面白そうに彼の目が弧を描く。
「そのままの意味だよ、後世の神子姫殿」
具体的に何を、と言わないこの男も大概に強かだ。弁慶さんに比べれば黒さより色気が強いが。
答えによって私への対応が決まる。私は静かに深く息をした。
私が白龍の神子である事は、封印の力を目の当たりにした事から事実と受け取られているだろう。
けれど自分たちの味方であるかどうかは断定出来ない。まあ、それもこの返答で一応の収集は付く
のだろうけど。
このまま曖昧にしておけば、いざという時不利になる。そう考えて彼は全員が揃っているこの場で
尋ねてきたのだろう。
「さぁ、どうしましょうか」
軽く笑って肩を竦める。
「そうですね、まずは・・・・・・・」
「ここを出ていっちゃうんですかッ!?」
「ん?」
私の言葉尻を掻き消して、吼えたのはあかねだった。
身を乗り出すようにして真っ直ぐに見据えてくるその目は不安に彩られている。
「あかねちゃん?」
「だって、さんだって突然ここに来ちゃった人なんでしょう!?」
「まぁ、そうだねぇ」
「右も左も分からないのに一人でここを出て行くなんて・・・・・ッ!」
いや、出て行くとは一言も言ってないんだけど。
うーむ、神子同士、何か察知したのだろうか。
「いや、でも迷惑かけちゃうし」
お互いに。
私が更に理由を述べようとした時だった。
「そして、また一人で立とうとするのですか?」
一言がその場を貫いた。
落ち着いた声音は橘少将のそれではない。
視線をよこせば、そこにいたのは藤原鷹通だった。
「そうするべきなら」
「お止し下さい、神子様」
次に止めたのは藤姫だった。あぁ、デジャヴ。その声で、泣きそうな目を潤ませて、こちらを見な
いでおくれ。抱き寄せて慰めて、大丈夫だと囁いて、安心させてあげたくなる。かつての白龍にし
たように。
「龍神の神子様に仕える星の一族として、そして私個人としても、貴女様をたったお一人で、放り
出すような真似など出来るはずがございません。どうか神子様、そのような事を仰らないで下さ
いまし」
「私がいる事で、今より強力な怨霊を差し向けられるかもしれないし、力で敵わないならばと、卑
劣な手段であなた方を傷つけてしまうかもしれないのに、ですか?」
我ながら非道な言い回しだが、事実である。もう一人の龍神の神子が現れたと知られれば、あちら
はどのような手段に出るものやら。
既に異世界から神子を拉致し、薬でただ一人の兄すら認識できないようにした輩を相手に、甘い事
は言っていられない。
言外に「あんたらじゃ力不足だ」と言っている私に噛み付いてきたのは、赤い髪の少年。
「てめぇ、コイツは心配して言ってんのに、その言い方は何だよッ!」
イノリが立ち上がって怒鳴る。
似たような非難の視線が他からも寄せられるが、受け流す。
「イ、イノリ殿。落ち着いて下さい。彼女は私たちを案じてあのように申されているのです」
永泉が慌てて諫めるが、その効果の程は薄いようだ。
「君はどう思う、泰明殿?」
波紋を呼んだ張本人、友雅は傍観の姿勢から泰明に問い掛けた。大人はずるい。
尋ねられた泰明は、そのポーカーフェイスを崩す事なくただ一言、
「問題ない」
と告げた。
相変わらず主語も何もない言葉だ。誰か彼の翻訳をして欲しい。
私は溜息を吐いた。
「確かにこのお屋敷を包む結界はちょっとやそっとじゃ壊れないでしょう。けれど結界とは違い、
あなた達の命はひとつしか無いのです。取り返しが付かない事になったらどうするのですか」
私はそっちの方が嫌だよ。いきなり敵がレベルアップしてそれに対抗できなかったらこっち全滅で
しょう? そしたら誰があかねちゃんを守るんだっての。本末転倒じゃないか。
呆れたように言えば、何故か場はまたしーんとなった。
「?」
首を傾げ、イノリを見れば彼はぎくりと肩を跳ねさせた後に顔を背けた。頬が赤かったのは気のせ
いではあるまい。
「・・・・・・なればこそ」
小さく藤姫が声を出す。
「なればこそ、神子様にはここを出てはならないのです。龍神の神子とはいえ、貴女様お一人でそ
れに対抗するなど、あまりに無茶ではありませんか。どうか、お考え直し下さい。たったひとつ
なのは、神子様、あなたも同じではありませんか」
「・・・・・・・・・・・・」
緊迫、再び。
あぁ、どうしてこうなったのか。
私の計画としては、さっさと敵の本拠地の乗り込んで適当に斬りつけて弱らせ、蘭を連れ帰ってく
るつもりであったのに。
確かに一人で乗り込むのは無茶だが、一人になった所を狙えば何とかなる。
そこ、外道とか言うな。戦略的作戦と言ってくれ。
「そうだよ! それに、出て行くって言っても、出て行かせなんかしませんっ!」
あかねちゃん、人はそれを脅迫と呼ぶのだが。
「まぁ、素性は分かったんだし、わざわざ一人になる事もないだろ。あかねと同じ白龍の神子だっ
てんなら、コイツも色々と教わる事もあるだろうし、問題はないんじゃねぇか?」
「そうですよ、こんな所で一人になるなんて、危ないです」
天真、詩紋、君たちもか。
「・・・・・・分かっていますか。諸刃の剣、なのですよ」
これは警告だ。
確かに私は戦力にはなるだろう。けれどそれは危険性も同時に伴うものだ。
全体をぐるりと見渡して告げる。
「神子様を一人にするくらいならば、どれほどの事でもございません」
満場一致。
こうして私は土御門殿に滞在する事になったのだった。
こうなったらさっさと終わらせて、今度こそ平穏な現代日本に帰ってやる。
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なんかタラシっぽくなってしまった。
いや、子供は守る対象を信条にしてる人ですから、決してタラシでは・・・!
ウダウダ考えるよりも、「あー分かった分かった」と言って、さっさと終わらせる方が懸命だと
考える、諦めが早く猪突猛進。そんなヒロイン。
所詮ネタです。
(08/02/07)