円卓の鏡石 01


「・・・怨霊?」 ぽつりと呟いた声は吹き荒ぶ風に掻き消され、周囲に音として残る事なく散る。 人間に木の枝が生え、周囲に毒々しい花を飾ったような、明らかに人間ではないものが宙に浮いて いた。 いっそ華やかなまでの邪気を周囲に纏い、その場の空気までも塗り替える存在感。 薄く笑っていると分かるそれは、こちらを見下して心得たように笑った。 「なっ!? おいお前、早く逃げろッ!」 戸惑い、焦った声が飛ぶ。それは自分の背後から聞こえた。 まぁ、危ないだろうね。 声には出さず心の中で返す。 それはそうだろう、なんせその怨霊は私の目の前にいるのだから。 「くそッ!」 舌打ちと共に土を踏みしめる音が聞こえた。再び背後からである。 何人かの焦った気配を背後に感じ、しかし後ろを振り向かず右手にあるものを握り締めた。 あぁ、こんな所でも私はこれを振りかざさなければならないのか! あんまりだ。 そんな思いを苛立ちに変えて右手に力が篭もる。 まるで私の感情に感化されたかのように、私の中にあるものが沸き立つのを感じた。 無意識下でそれが大きくならないように制御しているものの、やはりそれは大きくなり、どんどん 容量を増していく。 「これは・・・・・・・・・神気?」 棒読みながらも若干驚きを含んだ声が上がる。 その声に幾人かが反応したのが分かったが、今はそんな事に構っている暇はない。 なぜなら私の命が危ないからだ。 右手にある剣を握り、走る。向かう先はもちろん、目の前にいる怨霊だ。 「あっ!」 「なっ、アイツ!?」 短い言の葉であっても、それはその場全体に響く。 棒読みの発信源に向いていた視線も、その声に触発されて前を向き、そして同じように驚きの感情 に支配された。 一人の少女が、怨霊目掛けて駆けてゆく。 「危ないッ!」 怨霊もまた少女に向かっていった。障気の塊が少女へと放たれる。 同時だった。 警告を告げるその声と共に広がったのは、周囲を引き裂くような絶叫。 けれどその声を上げたのは、駆け出していった人間のそれではなく、怨霊の方だった。 続けざまに剣で斬りつける音が鳴轟し、周囲を覆っていた圧迫感も落ち着いたものになっていく。 「なっ、」 「これ、は・・・・・・」 唖然とした空気が漂う。 彼らはそれを呆然と見入るしかなかった。 少女、と思われる者がたった一人で剣を手に、怨霊を相手に戦っている。それも全く引けを取る事 も無く、実に威風堂々とした戦いぶりだ。 自分たちは何を見ているのだろうか。 真剣にそんな事を思う程に困惑し、混乱していた。 「わっ、私たちも行こう! あの人、誰かは分からないけど、一人だけで戦わせちゃ駄目だよッ!」 「ぁ・・・・・・」 「お、おう! 当たり前だろ、助けるぞ!」 固まっていた一団の中、いち早く現実を思い出した一人が一歩を踏み出す。 続いて一人、二人とその後に続き、駆け出した。 しかし。 「めぐれ、天の声!」 「えっ・・・・・・!?」 駆け寄ろうとしたその足が止まる。 今までたった一人で大立ち回りをしていた少女が、高らかに口上を述べた。 「響け、地の声!」 「おい・・・・・・」 「それって、まさか・・・・・・」 「嘘だろ・・・・・・? あかねだけじゃ、なかったのか・・・?」 困惑は更に広がる。 それでもお構いなしに、そんな事は知った事じゃないとばかりに、事態は進む。 「かのものを、封ぜよ!」 果たして、それはまさに青天の霹靂だった。 凝縮された白い光が怨霊を包み込んだかと思うと、それは形を小さくして、瞬間後には弾けるよう に光の粒子を撒き散らしながら霧散する。 天に昇るように、宙に溶けるように、最後の一欠片までが消えるまで、その光は在り続けた。 残されたのは、静寂だけ。 (08/02/07)