無期限懲罰


この間まで春だったのに、あっという間に陽射しが暑くなり始めた初夏の季節。 あの日以来ブン太と仲良くなれた俺は、お陰で体育の時間でも独りぼっちにならずに済んだ。 他のクラスの子とは、まだ打ち解けてないんだよなぁ・・・・・。何か、話しかけづらいんだよ。はぁ。 だって、俺、中身はとっくに三十路過ぎだよ? 中学生と何を話したら良いのかサッパリな んだよ! ああ、ここに椎那さんがいてくれたら! なんて無茶な事を考える俺は末期ですか。 「おーい、! 俺と打ち合いしようぜぃ!」 今日の体育はテニス。 当然二人ペアになって行う訳だが、ブン太、お前テニス部に入ったんじゃなかったっけ? 笑顔全開のブン太に頬の筋肉が引きつる。当のブン太は既にやる気満々のようだ。 ・・・・・・断れない雰囲気が高密度で漂ってくる・・・・・・・・・。 今日の体育は2クラス合同だから、そこにテニス部員もいるだろうに。きっと未だにクラスに打ち 解けていない俺を心配してくれたんだろうな。うう、なんて良い子なんだブン太! その年で他人を そんなにも気遣えるなんて! 嬉しいと思う反面、だけど俺には気掛かりな事が一つあった。 それは、俺が中学生らしからぬ力を持っているという事。 数トンを担ぎ上げられる腕力を持つ中学生なんていないよ、普通は。 だから体育の時間、取り分けペアとか団体戦は苦手だ。手加減を間違えると大変だから。 俺はそうならないようにと願いながら、熱くならないよう自分を律する他ないか、と苦笑する。 思うだけでそう出来たら苦労しないんだけどさ・・・・・。 ずどーん、と沈んだ気分を「要は気の持ちようだ」と無理矢理浮上させ、ラケットを握る。 懐かしいなぁ。テニスなんて何年ぶりだろ。 あれはまだ俺がハンター世界に飛ばされる前の・・・・・。 そこまで思い出した所で俺は思考を強制終了させた。ハンターという単語はもはや禁句に近い。 なぜなら俺の悪夢の始まりはそこからだったから・・・・!! どこでどう間違ったんだろ、俺の人生。 つくづく自分の不運について辟易しながらコートへ向かう。 そうだ、今は平和な世界にいるんだ。あんな人間離れしたビックリ技とか不思議生物なんていない、 血みどろの戦いとか暗殺とかとは無縁の世界にいるんだ! 「サーブは?」 「お前からでいいぜぃ。好きにしろよ」 「じゃ、遠慮無く」 授業だからだろう、部活の時とは違うリラックスした様子のブン太に釣られて笑みが零れる。 ここの学校、テニス部は王者と呼ばれるくらいすごいらしいから、きっと笑みなんて浮かべる余裕 なんて無いんだろうな。まぁ、俺がテニス部とは関係ない人間だからっていうのもあるんだろうけ ど。絶対負けるはずがない相手だから気を抜けるというか・・・・・。 まぁいいか。そんな事。それよか今はテニスだ、テニス。 せぇーの。 心の中で掛け声をかけて、ボールを放りあげラケットを振る体制に入った、その時だった。 「はっ!」 バコッと打ち付ける直前、視界を横切った虫に驚いて腕に一瞬緊張が走る。 しまった、と思った時には遅かった。 「うわっ!?」 ボールが強くコートにぶつかる音のすぐ後に、ガシャアアアン、とフェンスを揺さぶる派手な音が コートの中のみならず外へ、更に全体へと広がった。 しーん、とした空気が重くのし掛かる。唯一ボールだけがてんてんと地面を撥ねるのみで、あとは 誰もが動きを止めていた。 ・・・・・・俺の所為? 俺の所為だよねこれって!? 「・・・・・・・・・」 いち早く解凍したのはブン太で、恨みがましい目を向けられた。 う、御免。だって虫が! いきなり虫が飛び出してきて!! 「・・・・・悪かった」 でもそれも言い訳だよな。ブン太はギリギリで避けてくれたから良かったけど、もし体の一部に当 たりでもしたら良くて痣、悪くて骨折くらいはいったかもしれない。 背筋が凍る思いでラケットを握る。 明らかに危ない打球を向けられて、怒らないはずがない。今だってブン太の真っ直ぐな目が痛いく らいなのに。ああ、これで友達やめるとか言われたらどうしよう。いや自業自得なんだけどさ。 物悲しい気持ちになりながら、ブン太の言葉を待つ。もし想像通りの事を言われたとしても仕方が ないと、自分に言い聞かせて。 「・・・」 「・・・・・・。」 「あーッ、もう! これじゃ手加減しようとか思ってた俺がバカみたいだろぃ! 何だよ、テニスが  得意なら最初から言えよなっ!」 ・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ? 「いいか、今後一切お前には手加減ナシだからなっ! 覚悟しろよ!」 声高々に宣言するブン太はビシッとラケットを俺に突きつけた。 いや、あの。一人燃えてる所に水を差すようで大変申し訳ないのですが、あの。 俺、状況が飲み込めないんですが。 オロオロしながら、でもブン太が怒っていない事だけは理解できた俺は、ホッとして胸を撫で下ろ す。何か別の意味で怒っているようだけど、絶交だ! とは言われなかった事が嬉しかった。でも。 ・・・・・・現役テニス部員に手加減ナシ宣言された俺は、暗にぶっ殺すと言われてるんでしょうか。 怒ってないように見せて実は怒ってますかブン太様ぁぁぁぁぁ!!? 怒りに燃えるブン太の球は、正直言って重いわ速いわで、俺いっぱいいっぱいです。 ねぇ、さっきから君のラケットばっこんばっこんいってるよ!? 滅茶苦茶重そうな音が響いてるよ!? 「おっ前、そんな強ぇクセに何でテニス部入んねぇんだ、よッ!?」 ひぃっ! 怒りの一撃が来たぁ! う、唸れ俺の右腕! 「他に、やりたい事があるから」 「何だよ、それ!?」 あっさり返される俺のボール。 更に重い打球になってリターンしてきなさったぁー! こっ、来ないでぇー! 「ブン太にとってのテニスのようなもの、だよ」 「・・・・・・・ッ、」 ブン太の一撃を必死で打ち返す。 俺は俺を拾ってくれた父さんに、少しでも恩返しをしたい。そりゃ俺が出来る事なんてたかが知れ てるけどさ、俺は父さんに報いたいんだ。 学校生活を軽んじてる訳じゃない。だけど、俺が今、やりたい事は父さんの手伝いをする事なんだ。 俺みたいなのが養子になった所為で、父さんが色々言われてるのは知ってる。 俺を見てくる視線が決して柔らかいものではないと肌で実感してる。 だからこそ、俺は父さんに恥じない人間になりたい。 ・・・・・・・今現在ブン太の怒りの必殺アタックを必死で避けてる、俺の言う台詞じゃないけどね・・・・。 だけどブン太がテニス部に入って真剣にテニスに打ち込みたいように、俺も自分が持ってる全部で 父さんの手伝いをしたいんだ。 そういう気持ちは、俺たちおんなじだと思うんだけどなぁ。 まぁ、ブン太に「俺の方が真剣だぞ!」って言われちゃそれまでなんだけど。 「・・・・・・その言い方、ずっりぃ、ぞッ!」 ブン太の打ったボールがラインの外側へ叩き込まれた。 ・・・・・・・・・こ、こえぇ~・・・・・・・・・。 ボールが擦れた痕がくっきりと残るコートを見て顔を青ざめる。 「罰として、俺の気が済むまで相手しろよ! 命令!」 「ブン太、」 「口答えもナシ!」 え、俺、発言権すら無いの? そんで気が済むまでって・・・・・要は怒りが解けるまでって事でしょ? え、もしかして無限ループ宣言? 「ほら、お前のサーブだろぃ。早く打ってこい!」 ひぃっ! ま、まさかブン太がここまで怒りやすくて根に持つタイプだったなんてー! ドギマギしながら必死でラケットを振るう俺に、周りのクラスメイトはおろか教師さえ救世主には なってくれなかった。 やっぱり中学生なんて嫌ー! 早く大人になりたいー! 内心で叫びながら、それでも俺に出来る事は必至にボールを追ってラケットを振るう事だけだった。 もう、ブン太だけは怒らせないようにしよう。 そんな事を誓った、初夏の体育の時間(エンドレス) --------------------- 次は財閥つながりで跡部とか書いてみたいなぁ。 キャラつかめないけど。俺様をどう勘違いさせたら良いものか・・・・・。 (08/08/22)