とある秘書からみたとある子供
俺は椎那 匠。もうすぐ三十路になる。
今の会社に出逢い、この年で秘書を務めてはいるが、実際は雑用が仕事と言ってもいいだろう。
そしてある日を境に、俺の仕事に新たな役目が追加された。
「様、社長がお待ちですよ」
「ん、分かった。ありがとう」
「礼を言う必要など無いのですよ、様」
「俺が嬉しかったから」
微かに微笑みの表情を浮かべた少年が、大人顔負けの穏やかさ、物腰で俺を見上げる。
「椎那さんこそ、もっと砕けて話してくれて良いのに」
「これが地ですので」
嘘だ。本当の俺はもっと口が悪い。
言えば少年は少し眉を下げ、またか、という表情になった。昔に比べて随分と感情が表れるように
なったと思う。
そう、最初この少年が社長の養子になると聞いて、俺はあまり興味を持たなかった。
ただの子供。その時はそう思っていたのだ。
実際に彼に会うまでは。
養父となった社長には敬語を話す癖に、何故だか俺には砕けた口調で話す。
それが俺には不思議だった。確かに社長よりは年は下だが、それにしたって子供と比べれば随分と
離れている。
そして極めつけは、その言動。あまりに子供離れした理解力を持ち、大人にも負けない堂々とした
立ち居振る舞いの数々。
最初は財閥の養子となった事で背伸びをしているのかと思ったが、どうやらそうではないらしく。
そのくせ社長には一切甘えも頼りもしない。
遠慮しているのだろうが、社長の落ち込みぶりを傍で見ている俺には正直止めて貰いたい。
一度「社長のお気持ちもお考えになって下さい」と言った事がある。それに対し返ってきたのが、
「十分に責任を果たしてくれているのに、これ以上何を求めろと言うのか」という答えだった。
そんな事を言う口で、俺には頼るそぶりをするのは何故なんだ。
本気で悩んだ事もある。どうして俺なんだ? 確かに社長の次にあの子供の近くにいるのは俺だ。
けれど、だからといって何で俺を選んだ?
実はの実年齢と年が近いから、というのが理由である事など知らない匠は悩み抜いた。
悩んで悩んで、ついには開き直った。
きっとこの子供は俺の事を兄弟か何かと思って接しているのだろうと。
かなり無理矢理な結論だったが、そう思わないと他に答えが見当たらなかったので、匠はそう結論
付けた。
今じゃすっかり良い兄貴分役である。
この子供、確かに子供らしさなど見当たりもしない子供だが、時折子供らしさを見せる一面もあっ
た。その証拠に養子となった直後には決して見られなかった表情が、機微ではあるが見られるよう
になった。
長い目で見れば、十分な進歩である。
けれどやっぱり、「恩を返したい」「自分に出来る事があればやりたい」と譲らない所は、実に子
供らしくなかったけれども。
お前はまだ子供なんだ、そう言った時の少年の顔を、今でも忘れる事はない。
言外に大人を頼れと言った時の、彼の顔を忘れる事はない。
無機質な目。怒りも喜びも悲しみも、奥底へしまい込んでしまった目。
いつの間にか、誰かと支え合って立つ事を、諦めてしまった目。
そんな子供に愛情を知って欲しいと言ったのが社長だった。
そんな子供に「子供であれ」と願ったのが俺だった。
だから今はすっかり子供扱いだ。
例え大人顔負けの頭脳を持っていようと、礼儀を身に付けていようと、彼は子供で。
頭を撫でればくすぐったそうに身を竦める。けれど決して逃げる事はしない。
「さぁ、行きましょう」
「うん」
社長の頼み事は、この子供をサポートする事。
俺が望むのは、この子供がやりたい事を望むままに口に出してくれる事。
我が儘を言っても、いいのだという事。
いつの間にか自分までお茶会の要員になってしまった事に失笑し、どうせこの用事が終わればいつ
ものように誘われるのだろう未来を予測して、匠は子供の頭から手をどけた。
願わくば、この子の上に降り注ぐのが幸福でありますように。
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おかんか、お前は。
いや、『家族』というものを書こうと、したんです・・・・。
見事に撃沈しましたが、もうこれで良いと開き直ります。
どうせ続かないんだから、この話(開き直った!)
(08/03/21)