第一印象
丸井ブン太は期待感でいっぱいだった。
何せ初めての中学生だ。様々な事が新鮮で、制服がやけに物珍しくて、教室には知らない顔が沢山
ある。どんなクラスなんだろう。どんな友達が出来るだろう。
だがしかし、そんな期待とは裏腹に、ブン太にとって苦手なものがあった。
そう、学生とは切っても切ってもまるでモチのように引っ付いてくる、お勉強である。
しかもここ、立海はそれなりに名の知れた学校であり、付属校という事もあって、進学率はかなり
の率を誇る。推薦を狙う学生も多くいる事だろう。
分かっている。分かってはいるが、だがしかし。
(こんな難しいモン、分かるかっつーの!)
黒板と教科書と自分のノートには、数字と記号がまるで恋人同士のように羅列されている。
そのくせ浮気するように、やれ代入、やれ移行、全く一つ所に留まる様子は無い。
xとyがどうだと言うのだ。何で片方が分からないならわざわざそれを求めなければならないのか、
ブン太にはサッパリだった。
(こんな公式、日常生活で使う事なんざねーよ!)
実際に今までこんなものに遭遇した覚えは無い。
日常的に使っているなら、こんな問題今頃息を吸うようにサラッと答えを導き出せているはずであ
る。なんでわざわざ、こんな事を。
(どうか当たりませんように・・・・・・)
よってこの時間はブン太にとって拷問に近かった。
問題が何を求めているのか分からない。そもそも代入とは何だ。なんで位置を入れ替えるとプラス
がマイナスに変わるんだ。数学なんて嫌いだ。何で世の中にこんなものがあるんだろう。
こんな未知数なもの、一体誰が解けるというんだ。いや、そもそも、そんな事を考えて子供に勉強
させようと、余計な事を考えたのはどこの誰なんだ。
思考がだんだんと脱線していく。早く誰か、俺以外のヤツが当たってくれ。
だが神とは無情である。願いも虚しく、ブン太は問い一の問題の答えは、と教師に当てられてしま
った。当然慌てたのはブン太である。
分からない事は素直に聞けばいい。けれどみんなの前でそれを聞くのは恥ずかしい。プライドが傷
付く。それがブン太の心理である。
(ンなダセェ事できっかよ!)
しかしその結果がこれである。
分からない事を丸投げしたブン太には、問題の解き方すらサッパリ分からなかった。
(どーしよ・・・・・・)
オロオロと視線を泳がせても、見えるのは下を向く生徒ばかりである。
お前等薄情だろィ!
ブン太も人の事は言えない。なんせ他が当たればいいと思っていたのだから。けれどそんな文句、
今言ったって仕方がない。
「2」
・・・・・・?
尚も焦っていると、小さな声が聞こえてきた。不思議に思って隣を見る。
すると、無表情でブン太を見上げる目とぶつかった。
(・・・・・・に?)
「丸井君?」
「ぅっ、あ、ハイ!」
やばい、今は当てられてる途中だった。
けど問題を解いてないのに分かるハズが・・・・・・・・・いや。
ブン太はハッと気付いてちらりと隣の席を見る。
その時は既に彼の視線はブン太から外れていたけれど、さっきの声は間違いなくこの人のもので、
そして口に出していたのは。
「えっと、2、です」
「はい、正解」
彼の言葉を忠実に、そのまま声に乗せる。すると帰ってきたのはあっさりとした教師の声。
ホッとして息を吐く。安心したらドキドキしていた心臓がもっとドキドキしてきた。力が抜けて席
に座り込む。あぁ、緊張した。
それにしてもヤバかった。
もしも彼が助けてくれなかったら、ブン太は今頃もっと居心地の悪い思いをしていたに違いない。
(後でお礼、言わねぇとな)
分からない問題を諦めるのが潔ければ、礼儀に対しても潔かったブン太は真っ先にそう思った。
思った、のだが。
・・・・隣の席の君は、何というか、ひどく話しかけにくい雰囲気を持つ少年なのだ。
活発的なブン太とは真逆を行く性格をしていそう、とでも言おうか。
とにかく落ち着きがあって、何というか、浮いている。でも決して悪いヤツじゃないという事はさ
っきの事で十分に分かる。
えぇい、何を躊躇っている丸井ブン太! ここで言わなくていつ言うのだ!
自分を叱咤して、ブン太は一大決心を固めた。
あわよくば、そのまま友達になってくれれば良いと思って。
そして悪夢の授業が終わりを告げ、休み時間になった。
周りのクラスメイトも騒ぎ出しているが、ブン太は緊張で顔が強張っていた。いよいよ彼に話しか
けるという所で、どうしてだか体が動かない。
いや分かっている。どうして良いのか分からないからだ。
(だって、何て言やぁいいんだよ!?)
さっきは有り難う?
助かった?
いや、直球すぎる、だろう。多分。それに相手は今まで一度も話した事のない人間だ。それがいき
なり話しかけるなんて。
ぐるぐると考えるブン太には、ちょっとハードルが高かった。
けれど、ブン太は頑固だった。お礼を言うと決めたのだ。ここで立ち止まってどうする。さっきの
思いはどこへ行った。
言え、言うんだ丸井ブン太!!
思い、彼に視線を向けると。
(・・・・・・ッ!)
慌てて軌道修正した。行き先を見失った目線はあちこちに行ったり来たりしている。
いや、だって、何でこいつも俺の事見てんだよっ!?
予想外だ、まったく予想外過ぎる。ブン太のシナリオにはここで彼が自分を見ているなんて設定は
ない。
どうしよう、やっぱり止めておこうか。
・・・・・・いや。
明らかに答えに詰まっている自分に、彼は教師に聞こえないように声を潜めて助言してくれたのだ。
その厚意を無碍には出来ない。
言えブン太、男なら根性出せ!
「お、おい!」
けれど口から出たのは、フレンドリーという言葉からはかけ離れたぶっきらぼうなもの。
心は後悔の嵐である。よりにもよって何という印象悪すぎる掛け声を!
「・・・・・・何?」
ブン太は自分の言葉に顔を青くして焦っていたが、返ってきたのはやはり無表情な顔と無感動な声。
とことん笑わないヤツだな、とブン太は思ったが、けれど彼はブン太の存在を無視する事もせず、
その視線はしっかりとブン太の目を捉えている。
・・・・・・・・・怒った、のか?
いや、それにしては淡々としている。分かりにくい表情だ。怒っているのかいないのか、それとも
何も感じていないのか。
・・・・・・・・・いやいやいや、そうじゃなく。
ブン太は逸れた思考を再び戻した。今は彼のスタンスについて考えている場合では無い。
意を決して気合いを込める。込めすぎてちょっと力が入ったが、今のブン太がそれに気付くはずも
ない。
「さっきは、サンキューな!」
・・・・・・言えた!!
何が大成をやり遂げた気分だ。ブン太の心は晴れ晴れしいものへと変わっていく。
言えたじゃん俺! さっすが俺!
自己陶酔して達成感に酔いしれているブン太は気付かない。彼が何かを言おうと口を開いた事に。
「ぁ」
「そんだけだから! じゃっ!!」
ブン太は満足して教室を飛び出した。
ちょっと恥ずかしかったのである。でも言えて良かった。すっきりした。
駆けていくブン太は「廊下は走るな!」と注意を受けながら、今度は友達になれるかな、と思った。
うん、きっと、いい友達になれる。
予感にブン太は顔を綻ばせて、笑みを浮かべた。
これからの学校生活、隣の席の少年とどんな事をして過ごせるのだろうか。
早くもわくわくしているブン太は気付かなかった。自分は彼の名前さえ知らないという事に。
それに気付くのは、果たしていつの事になるのだろう。
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違うよブン太! ヤツは怯えてただけだよ! 恐怖の余り顔が固まってただけよー!
一年生ブン太、華麗に夢主を勘違い。
・・・書いておいて何ですが、神崎テニプリ知らないんです。
原作軸でブン太が何年生で、一年の時は何組で、同い年に誰がいるのか。
テニスの得意技、スタイルすら知りません。
つまり何がいいたいのかというと、この話はこれ以上続かないという事です。
えぇ、ネタです。ただの思いつきなんです・・・・・・。
(08/03/21)