裏の無いコイン
・・・・・・どうして俺、こんな所にいるんだろうな。
若干遠い目をして、青空に目を細める。清々しいくらいに快晴。反対に俺の心は土砂降り。
・・・・・・なぁ、ちょっと誰か俺の頬をつねってくれないか。
別にMじゃないぞ俺はッ! ただ現実かどうか確かめたいだけだからなッ!?
現在の俺の状況を説明しよう。
いや、させてくれると嬉しい。そして俺に正しい現実を教えてくれ。これが夢だと俺に教えてくれ
頼むから!! 俺はこんな現実信じたくないーっ!!
・・・・呪いの指輪って、知ってる?
あっ、ちょ、引かないで! まだ一言しか喋ってないのに切り捨てるのは良くないよ!? 話はまだ
これからなんだから!!
えーと、そう、呪いの指輪な。
俺がエア・ギアの世界で裏の仕事をやってた、っていうのは知ってる? それでさ、依頼でその指輪
を処分して欲しいって言われてひとまず持ち帰ったんだ。
しばらく何とも無かったんだけど、俺、うっかりしてコップの水こぼしちゃってさ、指輪の上にか
かっちゃったんだよね。
そうしたら。
・・・・・・・・・俺、コ●ンになってたんだ。
いやごめん、ちょっと語弊がある。俺は、●ナンみたいに体が縮んでたんだっ!
この事実に気付いた時の俺の気持ち、分かるッ!?
しかも部屋から一気に屋外に飛んだみたいで、自分がどこにいるのかもさっぱり、な状況だった。
気付いたら外、体は縮んでる、傍には誰もいない。おまけに雨まで降ってる始末。
・・・・・・俺、どーしよう。てか、どーなっちゃったの?
呆然と突っ立っていると、後ろから声を掛けられて滅茶苦茶びっくりした。
え、な、なに。
ぎこちなく振り返る。すると、傘をさしたおじさんが俺を心配そうに見詰めていた。
「・・・・・・何か?」
怪訝な顔をおじさんに向ける。どうして見ず知らずのおじさんに声をかけられてんだろ、俺。
あ、道を聞きたいのかな。でもごめんねおじさん、俺、ここがどこか知らない。
「君、こんなに濡れてるじゃないか。傘は? お父さんかお母さんは一緒じゃないのかい?」
まぁ、気付いたら雨の中にいたんで、回避のしようが無かったというか・・・・。不可抗力?
ちょっと寒いけど気になる程じゃない。
で、おじさんは今なんて言った? 親? えーと、分かる事から答えていこう。
「親はいませんが」
少なくとも俺が元いた世界に行かないといないわな、うん。
あ、このおじさん優しい。傘をおれの上に持って来てくれてる。でも、あぁ、やっぱり。俺に使っ
てるからおじさんの方が濡れるよ。
俺はそっと傘を持つおじさんの手を押し戻した。だって俺の所為で雨に打たれるなんて、なぁ。
そしたらおじさんはちょっと目を丸くして、それから寂しそうに顔を歪ませた。
え、あ、き、気付くのが遅れてごめんなさいっ! もっと早くに返却するべきでした!!
「じゃあ、お世話になってる人は?」
「もともと一人なので」
掃除洗濯料理、何でもやりますよ。一人暮らしですから。
ごく当たり前に答えていると、おじさんは今度こそ困惑した顔になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。
し、しまった。俺、今コナ●状態だったっ!
だが、それに気付くのが、少しばかり遅すぎた。
俺はおじさんに警察に連れて行かれ、警察は俺の親を捜索したが、元が成人男性である俺の親が名
乗りでるハズもなく。(俺の同姓同名の子供を持つ親のリストも見せて貰ったが、そこに俺の両親
の名は無かった)(ついでにエア・ギアの世界でも無かった)(どこだここ・・・・・・)
結局俺は身元引受人がいない、という事で改めて孤児、という称号を手に入れた訳だが。
・・・・・・俺に傘を差しだしたおじさんが、里親になる事を申し出た。
これには俺もびっくりした。だって、会ったばっかの他人だよ? 思わず聞いちゃったもん。
「どうして、見ず知らずの他人にそこまでしてくれるんですか?」
だって俺、あなたに何も返してあげられないよ?
そもそも経緯が特殊すぎる。警察のおかげでここがハンター世界でも俺の世界でもないって分かっ
たけど、俺にしてみればその情報だけで十分。少なくともここは俺のいた世界の日本と変わらない
ようだし、孤児院に行けば取り敢えずの保障はある。
でもおじさんは首を横に振って、悲しそうに笑った。
「子供を守るのが、大人というものなんだよ。君を守る大人が一人もいないんだとしたら、僕に君
を守らせてくれないかな?」
どうしてそこまで。
俺は喜びよりも困惑が胸中を覆った。何より申し訳ない。子供を養う事は、すごくすごく大変な事
だ。お金もかかるし、その責任だって負わなきゃいけない。生半可な事ではないのだ。
「迷惑は、掛けられません」
それを、どうして自分が濡れてまで傘を差しだしてくれたこの人に背負わせられようか。
「僕が、そうしたいんだよ。大人の勝手に思えるかもしれないね。でも、決して迷惑なんかじゃな
いよ。君を独りぼっちにさせたくないと願う、僕のワガママだ」
困った大人で、ごめんね。
おじさんはやっぱり困った顔をして笑った。あぁもう、どうしてそんな人が良いんですかおじさん!
俺はオロオロと焦った。このまま押し問答していてもラチがあかない事は分かっている。でも、だ
けど。いや、だからこそ。
・・・・・・お気持ちだけで十分です。と、答える事が出来なかった。
そうして俺は無事に、入学式を迎えた。中学校の入学式を。
「うん、良く似合ってるよ、君」
「・・・・・ありがとう、ございます。父さん」
ようやく成長した俺の体。
でも、でも、ちゅうがくせい・・・・・・。うっ、な、泣きたい。泣いてもいい?
傍らにいるグルナードの羽を撫でる。あぁ、ささくれた俺の心の癒し・・・・・・。
あ、グルナードも俺と一緒で縮んでた。雛になってた。でも覚えのあるオーラに俺が探しに行った
ら、慌てて鳥の巣から飛び降りてきたんだ(焦った)。
恐る恐る「・・・・・グルナード?」と名前を呼ぶと、激しく鳴いてこくこくこく! と何度も首を縦に
降っていたから、この雛はグルナードだって分かったんだ。
お互い縮んでるなんて、運がないというか何というか・・・・・・。
しかも、お互いに念の能力が半分以下になっていた。
つまり、俺は念を著しく消費する無効化はあんまり使えないし、グルナードも無理は出来ない。
万が一ここがハンター世界だった場合、あの指輪についても鑑定が出来るんだけど、手元に指輪が
ない。念能力が低下している以上、念なら念の、本当に呪いの類なら呪いの解除、つまり無効化は
使えない。いや、無理をすれば使えるには使えるが、それも微々たるものだろう。
地道に解除するしかない。
ちなみに、俺は少なくなったオーラの量を増やすため、燃も念も必死になってやっていた。
結果は・・・・・・うん、亀の歩みだけど、少しずつ増えてはいってる。
これで変化無しだったら俺、あまりの絶望に丸坊主にしてたかも。
ついでに言うと、俺は既に社会人の仲間入りを果たしていた。
とはいっても、父さんの仕事の手伝いだ。
何とおじさんは財閥の人間だった。
そうとは知らず、俺がおじさんの部屋に遊びに行った時、俺は何となしに机上の書類を見て、そし
て。
「おじさ・・・・・・父さん」
「ん? どうしたんだい、君?」
「ここ、こっちのリストにある会社から回してここの子会社に任せた方がコストが低くおさえられ
ますよ。ついでにこっちも。この流通経路で通常の・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
その一言が発端になって、恩返しが出来ると喜んだ俺は、おじさんに頼み込んで仕事の手伝いをす
る事になった。良かった、ただでさえ迷惑掛けっぱなしなんだから、こういう事で少しでも返さな
いとな!
おじさんは複雑そうな顔をしていたけれど、許して欲しい。
じゃないと俺の罪悪感と申し訳なさとあまりの情けなさに泣いちゃうから。
色々な意味で中学生離れしてる俺だけど、今更だ。
そう、俺は今まで血と汗と涙とヤケクソで世の中渡ってきたんだ!
今更中学生活なんて・・・・・・中学生活なんて・・・・・・・・・っ!!
・・・・・・・・・やっぱりちょっと、虚しい。
はっ、イカンイカン、見た目ぴっちぴちの中学一年生が、こんな奥さんに尻に敷かれて上司に
どなられっぱなしの家庭に居場所がないサラリーマンみたいな顔をしてちゃ駄目だっ!
気合い一発。
俺は父さんに見送られて、一人校門の前で校舎を見上げた。
さぁ、立海大付属中学校、一年生の仲間入りだ。
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いっつも立海って言ってるから正式名称分からんw
一度もテニプリを読んだ事のない神崎がお送りしております。
(08/03/17)