日記ログ inAPH ※夢主女体化注意


ひどく不安定なんです、と彼女は言った。 その言葉が真実である事を裏付けるかのような、か細く消え入るような声音で静かに紡がれたそれ を理解する事が出来ず、ただただ目は彼女を見つめるばかり。 こことは異なる世界から来たという彼女の背を強風が押しても、今の自分にはそれを支える余裕も 無かった。風の音さえもはやアーサーの耳には遠く、彼女の声だけを追う。 「覚えていますか、アーサーさん。私は以前にも、貴方にお会いした事があるんですよ」 (俺が女になって初めて会った国の人って、実はこの人なんだよなぁ。なんか懐かしい) 悪戯っ子のようにはにかむ彼女に、息を呑む。 会った事がある? いつ、どこで? え、と無意識に声を漏らせば、彼女は少し困ったように微笑んで、視線をそらして言った。 「あれは、・・・そうですね、確か貴方がまだ『7つの海の支配者』と呼ばれていた時です。私はス  ペインの商船に突然放り込まれて・・・あ、誘拐とかではなくてですね、この世界というかその時  代と言うか・・・仮に飛ばされたと表現しましょうか。この世界に飛ばされて私はその商船に現れ  てしまった訳です」 そして女になっていたという衝撃的事実が発覚したのもその時なんです。あぁ、言ってしま いたい・・・俺は本当は男だっていう事を・・・! ・・・言えないけど。チキンですいませんね畜生・・・。) 未だに頭は正常な処理能力を麻痺させていたが、彼女の言葉だけは何とか拾い上げようと必死で耳 を傾ける。懐かしい言葉が引き金となってアーサーの脳裏にかつての記憶が甦ってきた。そう、あ の時の自分は海賊として世界の海を闊歩し、獲物を次々と蹂躙していた。恐れるものなど何も無い という態度と、それに相応しい実力をもって好き放題に生きていた。 「私、最初は突然見知らぬ所に放り込まれて混乱してました。何か倉庫のような場所で訳も分から  ずにいたところ、声が聞こえました。『海賊船だ!』と誰かが叫ぶ声が」 (あれは忘れられない恐怖だったぜ・・・。ドア開けた瞬間、そこは映画の世界でした、みたいな。 はは・・・笑えねぇ・・・ そらしていた視線がゆっくりとアーサーのもとへ流れる。 後は言葉を聞かずとも分かった。 間違いなくその海賊船に乗っていたのは自分で、彼女が言う『一度会った事がある』というのは、 その時のものだろうと。 アーサーの口元に苦い笑みが浮かぶ。 「あぁ、思い出したよお嬢さん。よく覚えてる。なんせこの俺が取り逃がした船の事だ。忘れる方  が難しい」 「私もよく覚えてます。今のアーサーさんとはまるで別人でしたけど、物凄く怖かったですから」 誰だあのヤンキー兄ちゃん!? って思ったもん。関わりたくねぇぇぇぇ!! って) にっこりと笑みを向けられてその言葉は痛いな、とアーサーは思った。 いつものように荷物を奪い取ろうと襲いかかった船。しかし順調に思えた略奪は途中でその流れが 一気に変わった。小柄な人影が次々と配下をなぎ倒し、あっという間に形勢が逆転されたのだ。 勢いがついた獲物はこちらに砲弾の雨を降らせ、戦力不足に陥った自分たちは敗走を余儀なくされ た苦い一件。 あの時は邪魔者としか思っていなかった人間にまた会う事になるとは思わなかった。自分は国で、 人と同じ時を生きられないから。だからその『負け』を認められなくて探した。味あわされた屈辱 を何倍にもして返さなければ気が済まなかった。 けれどあれからどんなに海を探しても邪魔者を発見する事は出来なかった。 当然だ。すでに邪魔者・・・彼女はあの時代から一気に1900年代の日本の前に現れていたのだから。 時を超えるのがあと少し遅ければ。 そうしたら彼女を絶対に見つけ出していたのに。 最初はムカついていただけだった。姿を追ったのもその為だ。プライドを傷つけられた怒りしか無 かった。 それが別の意味を伴った執着へと変化したのは、いつの事だっただろうか。 欲しいと思った。支配したいと願った。復讐心からではなく、ただの男として彼女を欲した。 結局あの当時、彼女を見つけ出す事は叶わなかったけれど。 今、ここでこうして、巡り会えた。 それでもいい、会えたのだから。そう思う自分とそれに否と唱える自分がいる事をアーサーは知っ ている。どうしようもないな、と自分でも思いながら心はそれを拒絶しない。紛れもない本心だと 何十年も前から自覚しているから。 だからこそ、こんな台詞もさらりと口に出す事が出来る。 「もしもあの時に戻れるなら、真っ先にお嬢さんをかっさらっているのにな」 「怖い事言わないで下さいよ」 ホント怖いからやめろよそういうの! ただでさえ女になってんだから怖ぇよ普通に! 残念だ、と呟けば彼女はころころと笑う。 どうやら自分の本心は冗談だと思われたらしい。彼女にそのつもりは無いのだろうが、流された事 に苦笑を浮かべる。出会い方からして悪かったのもあるだろうが、そういった対象に見られていな いというのは、男として悔しくもあり切なくもある。 まぁ、それはこれから挽回していけば良いか。 風に弄ばれてたなびく彼女の黒髪に手を伸ばし、手袋越しに触れる。 「あの時のように、髪を伸ばさないのか?」 (いや、何故だかあの時は髪伸びてたけど、俺、男だったから長いのはちょっと・・・) 世界が二度目の大喧嘩をしていた頃、彼女の髪は短く刈られていた。曰く、邪魔だったからだとい うが、勿体ない、とアーサーは思う。 あの時相まみえた彼女は、確か腰くらいまで髪が伸びていたはずだ。しかし、今はその時に比べて 驚くほど短く、過去の思い出と重ならない。 「短い方が好きなんです」 (髪って何気に重いし何より邪魔っけだし、うん、やっぱ短い方が楽でいいや) それ意外は受け付けないとこちらを脅すかのような笑みを前にしては、『伸ばせ』とは到底言い出 せない。再会から何度この遣り取りを繰り返しただろう。その度に首を振る彼女に、何か理由があ るのは明白だった。けれど彼女はそれを決して口にしない。ただ柔らかに微笑んで首を振るだけ。 何も聞いてくれるな、と全身で語る彼女を前に、それ以上勧める事も追求する事も出来ず、何度と なく歯痒い思いを繰り返す。短い髪が似合わない訳ではない。ただ、あの時の彼女にもう一度会い たい気持ちは中々消えてくれない。 「やっぱり俺は過去に戻りたいな。  そうしたら間違いなくお嬢さんを攫って髪なんて絶対切らせない」 「仮にそうなったとしても、私はあの後すぐに本田さんの所に飛ばされてましたし・・・どっちにし  ろ髪は切ってると思いますよ?」 (怖ェ兄さん達から必死に逃げ果せたと思ったら本田さんが目の前にいたしな・・・) クスクス、と彼女が笑う。 もしも過去の自分にメッセージを伝えられるのなら、言ってやりたい。 何としても彼女を捕まえろ! 後悔したくないのならとっとと自分のものにしてしまえ! そうしたら。 髪を切る事も再び時を超えるなんて事も、させなかったのに。 「・・・あとどれくらい、私は皆さんと一緒にいられるのかも分かりませんしね」 (今度は一体いつ何処に飛ばされるんだか分かったもんじゃないってのがな・・・ヤだよな・・・) その言葉に心臓がズキリと痛みを訴えながら大きく脈を打った。 悲壮感に顔が歪む。あぁ、君はなんて意地の悪いお嬢さんなんだろう! それ以上は言わないでくれと願っても、彼女の言葉は止まらない。 「私はこの世界ではひどく不安定な存在ですから、初めてアーサーさんに会った時からいきなり本  田さんの所に飛ばされた事を考えると・・・」 (はぁ。俺もうやだよこんな緊張感がずっと続く生活・・・何より男に戻りてぇ・・・) 残酷な言葉の羅列。 その衝動にアーサーは逆らう事無く動く。 「・・・言うな」 (、え? 食うな? え、え、・・・何が? 驚きに染まった彼女の顔に構う事なく、肩を掴んで引き寄せる。 腕の中に閉じこめた感触はどこまでも暖かで、そして細く何とも頼りない。 それが、彼女が、彼女の意思でこの世界を生きていけない儚さと存在の脆さを物語っているようで。 「え、あの、アーサー、さん?」 (男に抱きしめられてもな・・・。つーかコイツ筋肉意外とあるな畜生羨ましい!) 戸惑う言葉も身をよじる動きも全て封じ込めて腕の中に囲う。 いつか突然いなくなるであろう彼女を、今だけでもここに繋ぎ止めていたい。 叶うのならば永遠に、自分の傍で、ずっと。 決して叶う事のない願いだと心のどこかで知っているけれども、せめて夢見る事だけは許して欲し い。どこへ閉じこめたって彼女はいずれ世界から消える。それは誰にも止められない。誰の目にも 触れられず、誰の手にも届かない場所へ彼女を閉じこめる事で傍に置く事が出来るなら、すぐにで も俺は行動を起こすだろう。絶対に。 だけどそんな事では彼女をここへ留める事なんて出来ない。 永遠を望めないのなら、せめて、今の時間を俺にくれ。 今この瞬間だけでいい。 その間だけでいいから、俺の為だけのお前でいてくれ。 「傍に、いてくれ・・・・・・」 蕎麦煮てくれ? ・・・意外だ。日本料理が好きなのかこいつ) 何度嘆いたか知れない己の無力さを、これほど呪わしいと思うのは、きっと。 彼女と共にあれないと知りながら、それでも永遠を願ってしまう心に囚われ、もう抜け出せないと 知っているからだ。 いっそこの思いを忘れられたのなら楽なのだろう。だがそれは不可能なのだという事も、そのつも りも無いという事も、アーサーは嫌というほど熟知していた。 いつ奪われるか知れないのなら。 彼女の記憶だけでも自分に縛り付けてしまおう。 後でそれが自分に苦痛をもたらすものであったとしても構わない。 きっと、それさえも己を酔わせる花のひとつとなるだろう。 そうして彼女が消えた後に、一人その花々を愛でるのだ。 彼女という名の楽園をすぐ傍で感じる為に。 ---------------------------------------- 反転すると夢主の心情が見れますよ。手抜きとかウン何の事だかワタシ分からない。 今まで夢小説を書いてきて自分的にこんな甘い展開久々です。 あれ、ベースは元・男主人公なのに・・・!? 紳士だけど途中でR18に突入しそうでした。エロ大使は侮れません。 (09/06/18) (09/06/23)加筆