日記ログ inるろ剣


薫、弥彦、剣心、佐之助の4人は、買い出しやら用事やらでそれぞれが個別に外出し、それぞれが それぞれの用件を終えて帰路を歩いていたところ、偶然にも全員が顔を合わせた。 「あら、」 「ん?」 「あ、」 「おろ?」 家の前でバッタリと遭遇するならともかく、町中の大通りでバラバラに行動していた彼らがかち合 うのは珍しく、全員が全員少しの驚きを覚え目を丸くする。 ひょっとして見間違いかという小さな疑問も、各々が一声発した瞬間に消えた。 「もしかして、みんな今帰りなの?」 「まぁな」 「見りゃ分かんだろ、バーカ」 「なんですってぇ!?」 「おろろ」 薫の言葉に弥彦が茶々を入れ、聞き捨てならないとばかりに薫が口を開く。 いつもの光景であるが為に、居合わせながらもその些細な言い争い、もといじゃれ合いに本気で割 りいって止めようとする者は誰もいなかった。 一人はニヤニヤと笑って静観を決め込んでいるし、一人はこの場をどう諫めるべきか考えあぐね、 取り敢えずはまぁまぁと宥めてみるものの、その効果はあまり無い。見事に無視されている。 放っておいても血を見る結果にはならないと知っているし、気が済んだら終わる事も承知している が、そろそろ周囲の目が痛い。 このまま往来で騒ぎ続けるのも心苦しいので、剣心はついに間に割り込もうと一歩を踏み出した。 けれど剣心がそうする前に、一つの声が往来の空気を震わせる。 「Mom、daddy―――!!!」 聞き慣れないその言葉に、思わず、といったように薫も弥彦もピタリと口を閉ざした。 二人の諍いを面白そうに眺めていた佐之助も視線を二人から外した。何だ何だ、といった顔で突然 の声に周囲を見渡す。 そうして何事かと首を回してみれば、道を一人の小さな女の子が泣きながら歩いているのが目に入 った。 何だアレは。っていうか誰だ。つーか異人の子供がどうして一人でこんな所に? 子供が何を口にしているのかは分からない。分からないが、泣いている事と女の子が一人でいる事 を繋ぎ合わせれば、何となく大体の事情は掴める。 つまり、 「迷子か」 「おそらく、そうでござろうな」 「って、呑気に言ってる場合じゃないでしょうッ!?」 人々は遠巻きにその子を見ているだけで、何もしない。 それはそうだ。言葉も通じないのでは対処に悩む。 だが薫は痛々しく泣きながら誰かを捜し回る小さな子供を放っておく事など出来ず、慌てて駆け寄 った。後ろからやや狼狽え気味な男どもの声は取り敢えず無視。 そうして、さて駆け寄ったはいいが・・・・問題が発生した。どうしよう、何と言えば良いだろうか。 考えなしに飛び込んでいった為に、早速行き詰まった。けれどここまで来たからには話しかけない で何をするというのか。 えぇい、ままよ! と薫はやけに男気溢れる気合いを入れてにっこりと笑った。 「えっと、どうしたのかな?」 「!」 女の子は突然話しかけられた事に驚いたのか、びくりと肩を震わせ、大きな目を見開いた。青い目 が薫の姿を映す。相手が女性である事に少しだけ緊張を解きはしたものの、見慣れぬ地で一人とい う恐怖からは逃れる事が出来なかったのか、女の子は再び涙を浮かべた。焦ったのは薫である。 ま、また泣くっ!? ど、どうしよう!? 内心は焦りと動揺と困惑一色だ。何だか後ろからの視線が痛い。おおかた左之助や弥彦あたりだろ う。それ見たことか、何やってんだ、とばかりにざっくざくと視線を突き刺して来る。 そんな事より助けろ! と薫は思ったが駆け寄ったのは自分である。ならば責任を全うすべきなの も自分であり、何よりここで後ろに助けを求めると後でネチネチと言われそうなので根気強く女の 子に話しかけた。 「あ、その、ま、迷子になっちゃったのかな? お父さんとかお母さんとか・・・あぁ、もう、何て言  えばいいの~・・・」 「・・・・・・言葉が分からねぇのに話しかけるからだろ」 ついに弥彦の冷たくも的確な突っ込みが入る。 正論なだけに、薫は二の句が継げず押し黙った。けれど反論は忘れない。 「だからって、一人で放っておけるわけないでしょうッ!?」 思わずいつもの調子で声を荒げてしまった。「あ、」と少し離れた所で剣心の声が聞こえる。 ・・・しまった、と思うがもう遅い。 ただでさえ一人で保護者と離れ、異国の地で不安に思っていた少女の心はギリギリの所で張りつめ て今にも崩落しそうだったのに、先程の怒声でそれが一気に溢れてしまい、往来に再び少女の泣き 声が響いた。 「うわっ、ほらみろ薫が怒鳴るから!」 「アンタが余計な事言うからでしょ!」 「ンな事言ってる場合かよ」 「左之助の言う通りでござる。ここで喧嘩していても何も解決しないでござるよ」 「うっ・・・」 剣心の一言で冷静さを取り戻したのか、薫と弥彦の勢いが怯む。 とはいえ、ここにいるメンバーではどうしようもない事実も変わらない。 さてどうしたものかと剣心が一呼吸すると、そこに彼らの知らない別の声がその場に落ちた。 「How did you do it?」(どうしたの?) 「えっ?」 背後から聞こえてきた声に薫が振り返ると、20代前半あたりだろうか。男が微かに口角を緩ませ て静かな微笑を浮かべていた。 男は目を丸くして言葉を失う薫をよそに、女の子の前にしゃがみ込んだ。 展開についていけない薫以下三名を置いて、彼は再び言葉を紡ぐ。 「Are not there a father and the mother together?」 (お父さんとお母さんは一緒じゃないのかい?) 聞き慣れぬ言葉。・・・異国語だ。彼は日本人じゃないのだろうか。 四人の視線が集まるのを気にも留めない様子で、男はただ女の子に優しい声を向ける。 「・・・、A daddy ・・・and a・・・、mom ・・・・・・disappeared.」 (パパと・・・ママが、いなくなっちゃった) 「・・・So,It is already all right. You will be a thing terrible alone」 (そう。もう大丈夫だよ。一人ぼっちで、怖かったね) そっと、青年の手が女の子の頭上へ伸ばされ、優しく金色の髪を撫でた時。 ・・・小さな小さな迷子の女の子は、安心してか我慢していた糸が切れたのか、一直線に男の腕の中 へ飛び込んだ。青年はそれをはね除ける訳でもなく、むしろ優しく抱き締め返し、背中をポンポン と叩いて宥めている。 「Thus where are your father and mother?」 (それで、君のご両親はどこにいるんだい?) 「・・・・・・A hotel・・・、・・・・・The color is red・・・」 (ホテル・・・。色は、赤いの) 「I see. ・・・すみませんが、赤い外装のホテルを知りませんか?」 「えっ」 今まで女の子に向き合っていた青年の視線と意識が、突然自分たちに向けられた事に驚き、反応が 遅れる。 それに気を悪くした風でもなく、青年はもう一度、今度は分かりやすく説明を加えた。 「この子の両親がそこにいるらしいんですが、生憎と俺はその宿泊先を知らないので。・・・知って  いれば教えて頂きたいんですが」 「あっ、ああ、なるほど・・・。えーっと、この辺で赤い色の旅館っていうと・・・」 「旅館じゃなくて洋館だろ」 「・・・・・・。」 再び局地的バトル再来を思わせる空気が生まれたものの、場をわきまえているのか薫は沈黙で以て それを流す。しかし見えない所で震えている拳を見つけた剣心は苦笑を浮かべた。 「お前ェの言ってる事も違ってるだろーが。洋館ってよりホテルだろ、この場合」 「ぐっ」 「確か、東の方にあったような・・・剣心、知ってるか?」 「確か、ここから少し歩いたところにあったはずでござる。ただ、あそこは少し分かりづらいでご  ざるから・・・・宜しければ道案内をいたそう」 「助かります。This older brother knows the place of the hotel. He seems to guide you to  there」(彼がホテルの場所を知っているんだって。そこまで道案内をしてくれるそうだよ) 「・・・・・・Is it true?」 「Yes」 おずおずと剣心を見上げる女の子の目には、先程まで浮かんでいた恐怖心は薄れている。 しかし信頼は薄いようで、逆に青年の服を握り締め、不安そうにしていた。 言葉が通じ、頼れる人間が他にいないのだから仕方がない。 男はそれを承知した様子で少女に落ち着いた声音で声をかけ続け、始終笑みを絶やす事は無かった。 * ホテルについた所で、果たして両親が見つかるかという懸念は、意外と呆気なく解決した。 何という事はない、ホテルに向かう途中で迷子の女の子を捜していた親に出くわしたのである。 周囲が安堵の空気に包まれる傍で、一方、剣心にはある事に神経を尖らせていた。 迷子の女の子と関わってからここに来るまでずっと、自分たちの跡を付ける気配がある。それも複 数。往来から離れたここまで尾行してくるという事は、狙いは自分たちか、あるいは別の誰かなの か。剣心にはその狙いが読めずにいた。 (そういえば、最近外国人を狙う強盗が出ていたな・・・) 情報のひとつを思い浮かべ、剣心は集団の輪から外れて一人意識を集中させる。 「Daddy!!!」 薫と手を繋いでいた女の子は、前から駆け寄ってくる人物を見つけるとパッと手を離して走り出し た。突然の独走に気付くも時既に遅く、恐れていた事態が勃発する。 「なんだ、てめぇらッ!」 囲まれた事に真っ先に気付いた佐之助が吼える。 どこに潜んでいたのか、一行を取り囲むようにして不穏な空気を持つ集団が現れたのである。 威嚇の意を込めて左之助が声と共に周囲をぐるりと睨み据える。 ―――彼女はッ! 一人薫の手を離れてしまった少女への安全を考え、剣心は素早い初動の一手を取ろうとした。 もしもこの連中が懸念する犯罪者集団であるなら、今、一番危険なのは一人になってしまった幼い 少女。そして、彼女の親である。一刻も早くこの場から逃がすか、守らなければならない。 しかし、剣心の目が捕らえたのは窮地に追いやられた異国の旅人の姿ではなく、ならず者をねじふ せている男の姿だった。 「・・・・・・え?」 一瞬その光景に理解が及ばず思考が停止した剣心であったが、それはならず者たちも同じだった。 誰もが状況についていけずにいる。 その中で、ただ一人。青年だけが冷静に行動していた。 男は同じく呆気に取られている少女の父親らしき男性に少女を預け、何事かを呟く。 生憎と内容は聞こえなかったが、青年は言いたい事を言い終えると親子に背を向けた。 ・・・・・・その目に、鋭すぎる眼光を宿して。 「・・・・・!!」 剣心には、それが何であるかすぐに知れた。慣れ親しんだ感覚。殺気ほどではないが、間違いなく 戦場でも通じる威圧だった。 怒っている。 思うと同時にハッとした。否、怒気などという、生やさしいそれではない。 これは、戦いに、ひいては殺し合いに慣れた者が持つ特有のそれだと。 新撰組も攘夷派も数は多い。剣心が知らぬ隊員も隊士も大勢いただろう。 自分の知る知り合いはほんの一部に過ぎないと知っている。 けれども、これほどの男がいるのなら、どこかで名ぐらい噂になってもいいはずである。 それを知らないという事は、自分と同じ、いや、自分よりも深く濃い闇の世界で生きていたという 事。 背筋を冷たいものが走った。 そんな男が、なぜ東京に。 危険、という言葉が真っ先に剣心の脳裏に浮かんだ。動乱の狂気に染まり、そこから抜け出せずに いる者は大勢いる。 ・・・剣心が、そうであるように。 もしも青年が人を斬る悦びを覚えた獣なら。 覚えた危惧は、青年を見た瞬間にそれが杞憂だと知る。 青年からは狂気など微塵も感じられず、それどころか呆れてさえいた。 言わずもがな、それは剣心を含め、青年を取り囲むならず者たちにである。 我に返った襲撃者の一人が青年へ斬りかかるが、間もなくその命知らずは地に沈んだ。 呻き声一つあげる事もなく。 それを見た別の一人が再び青年へ突っ込んでいく。しかし。 「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困る、ぜッ!」 ゴッと強烈な蹴りをかましたのは、唖然とした表情から一変して楽しそうに笑う佐之助。 生来の喧嘩っ早さが本領発揮した瞬間であった。 やがて全ての襲撃者が倒れ、辺りに気絶した人間の山が出来るのだが、それはまだ少しだけ先の話。 -------------------------- 勢いで書きました。面白いっすよね、るろ剣。 全巻集める事が滅多にない神崎ですが、珍しくこれは全巻揃ってます。 あとは、烈火●炎とか。 誤字脱字があっても見逃して下さい。表現おかしいってトコも。 (08/06/13) (09/07/04)加筆修正