日記ログ


何が起こったんだろう。 俺は訳が分からなくて硬直した。目の前に広がる光景に竦んだと言い換えてもいい。 俺を中心として、地面にはエア・トレックを装着した人間があちこちで倒れ伏している。 誰もかれもが少し前までは元気な声で暴言を吐いていたというのに、今はとっても静かだ。 ・・・・・・死んでるじゃないかと思うくらい。 嫌な考えが脳裏を過ぎり、身に覚えがないけれど俺はここにいるのが恐ろしくて一歩後退った。 死体の山に俺一人!? どんなホラー映画だよ!! 恐怖に彩りを添えるが如く、ご丁寧な事に時刻は夜中だったりしちゃって、俺、もう色々とダメっ ぽいです。 逃げよう。 そう思って背を向けた時だった。 「・・・ま、ち・・・・やがれ・・・・・・っ」 んぎゃああああああああああああああ!!!? どっき―――!!! と俺の心臓は痛いくらいに跳ね上がった。 どうしよう 怖くて後ろ 振り向けない(字余り) だるまさんが転んだ、のように身動き一つ取る事も出来ず、俺はひたすらに冷や汗を流した。 後ろから聞こえてきた声に返事を返す事さえ出来ない。 「なん、で・・・てめぇ・・・・、・・・・エンブレム、を、・・・奪わねぇ・・・・っ!」 あの、そんな息も絶え絶えなのに喋ってて大丈夫なんですかお兄さん。 まさしく振り絞るように発せられたそれは今にも途絶されそうなくらいで、何で漫画の人たちって いうのはこんなにも喋る事を頑張っちゃうんだろうと思った。 ここで返事を返さないと俺、すんごく嫌なヤツなんだろうな・・・。 いや、寡黙なキャラはむしろ黙って立ち去るのが格好いいんだろうけど、俺、コマの端っこにも描 かれないようなちっちゃい存在だし。 ・・・・・よし、言い逃げしてさっさとここからオサラバしよう! 「上を目指す人間が行く道を塞ぐつもりは、毛頭ないんだ」 だってこの人達、すごく頑張って上を目指してるんでしょ? なのにチームさえ持ってない俺が、どうしてエンブレムを奪えるのさ。 ・・・・・・逆恨みされちゃたまらないんだよ・・・・! い、いや、ごめん今のオフレコで。えーと、うん、ほら、あの、可能性の一つとしてね、うん。 真剣に努力して技術磨いて切磋琢磨してるのに、たまたま通りがかった俺にエンブレムを奪えって いう方がとんでもないよ。それに正式なバトルって訳でもないし。それで俺が持って帰っちゃった らルール違反にならない? ・・・・俺、集団リンチはゴメンだよ! 「・・・・アンタ・・・・・・・・・」 「じゃあな」 「っ、待ってくれ!」 引き留められたけど全力でジャンプしてその場を離れた。 あー緊張した・・・! あービビった! ・・・・もう、もうあんな修羅場イヤ―――!!! (息も絶え絶えに頑張って声を振り絞ったお兄さん視点) いいカモを見つけたと思った。エア・トレックを身に付けていてたった一人で夜道を歩くなんてバ カとしか言いようがない。 すぐには逃げられないように遠くから集団で囲み、退路を塞ぐ。最近はバトルもなくて退屈だった ので、コイツで遊ぼうと思った。要は気晴らしだ。もし強ければそれはそれで楽しめそうだし、弱 いなら弱いで一人で出歩くコイツが悪い。 包囲網から一人が笑いながら飛び出し、カモの男に襲い掛かる。 俺はそれを止めようとも思わず、ニヤニヤしながら結末を想像してほくそ笑んだ。 チームでも一番攻撃性があって、技術もある。一番手に飛び出たヤツの楽しそうな顔を見て、周り もそれをはやし立てた。 けれど、野次はあっという間に沈黙へ変わる。 数メートル先から飛び出した血気盛んな一番手を、男は一歩横にずれただけであっさりとかわした のだ。目標物を目前で失った一番手は勢い余ってその先にいた仲間と衝突した。 チーム内でトップの実力を持つ人間の技を受けて、チームメイトが無事でいる訳がない。 結果、共倒れの形となって両者とも昏倒した。 あのヤロウ・・・・っ! 軽い身のこなしと最小限の動きだけで攻撃をかわした男に、一斉に強い視線が注がれる。 まさか電柱の後ろに隠れた月を良く見ようと思ってが動いた事など知らない彼らは憤慨した。 円の形で男に肉薄する。容赦も何もない。遊ぼうと思ったがその考えすら消えた。 男からすれば理不尽な理由だろうが、彼らは仲間をあっさりと倒された上に飄々としている態度が 気に食わなかった。 次々と仲間が男に襲い掛かる。けれど男はバカにしたように彼らを翻弄した。 歩き続ける男に横から襲い掛かればいきなり男は急停止して後ろへ下がり(お、流れ星、と思い足 を止めた事実を彼は知らない)正面から襲い掛かれば腰を折った男が冷静に頭部への攻撃を避けた (お、前にここで500円拾ったんだよなー。また落ちてる・・・訳ないよな、流石に。と思っての 行動だった事を彼は知らない)全て足を軸にして回避している事から、足払いをかけてやろうとし たら走りに緩急を付けてそれを防がれ(お、っと!? うわー、またやっちゃったよ。いい加減加 速と減速くらいちゃんと出来なきゃヤバイよなー。なんて男が密かに反省していた事を、勿論襲い 掛かった彼は知らなかった) そうこうしているうちにメンバーは全員叩き伏せられ、男は黙って自分たちを見下ろした。 後ろの月がまるで後光のように男を照らし、はるかな高みを思わせる。 リーダーである自分を見下ろしたまま男は何もしなかった。そのエア・トレックで頭でも潰される のだろうかとぼんやり思った時、その足が自分から遠ざかった。 愕然と男を見る。挙げ句の果てに背まで向けられてしまった。 ・・・・・・ふざけんな! たとえ公式戦でなかろうが、これはバトルだった。自分たちが本気だった以上は、認められなくと もバトルだったのだ。 それを、まるで意識する存在に値しないとでも言うように、男は無言で自分たちの元から去ろうと している。 プライドはズタズタだった。ライダーとしての誇りも何もかもが頭から否定された気分で我慢なら ない。 だから力を振り絞って叫んだ。口から出た声は内心の荒ぶる怒声とはまるでかけ離れたものだった けれど、精一杯声を張り上げた。 負け犬の遠吠えだとしても構わない。勝者の義務をあっさりと放棄した男が憎かった。 けれど男は意外な言葉を返してきた。 上を目指す人間の行く道を塞ぐ気はないと、男は言った。 エンブレムを奪わず、何も無かった振りをして、俺たちがいつか高みを望めるほどに成長する事を 男は待っているのだ。 芽を摘む事は本意ではない。 男の声は雄弁にそれを物語っている。 俺はこの男の大きさを知った気がして、同時に自分を恥じた。 俺は、俺たちは何をやっているんだろう。向上を目指して技術を磨いていたはずなのに、いつのま にかそれが自分たちの欲求を満たす手段や道具にしてしまっていた。 最初は何を思ってエア・トレックを手にしたのだっただろうか。 問われなければ忘れていた原点。初めに夢見ていた頃。あのワクワクとした気持ち。 少しずつ少しずつ、俺たちは歪んでいってしまった。悦楽しか目に入らなくなった。 ・・・・いつの間に、どうして。何で。 だけどこの男は、堕ちた俺たちの翼を折る事ももぐ事もせず、叩き落とすに留めた。 再起不能にする事くらい、この男にはいくらだって出来たはずなのに。 けれどそうしなかった、その理由。 可能性を、俺たちに見出した。 呆然として男を見る。顔は相変わらず見えない。振り向こうともしない。 「頑張れ」と声を掛けないのは、俺たちがどっちに転ぼうが男にはどうでもいい事だから。 這い上がる気が無いなら勝手にしろ。そう言われているのだ、俺たちは。 自分たちは、それくらいの価値しか無いのだ。 それ以上の言葉を述べず、男は去っていった。引き留めれ等無い事は分かっていたが、それでも勝 手に声が出た。意識はあったが雰囲気に飲まれていたのであろう仲間たちが次々と顔を上げる。 「なぁ、今の・・・・・・」 「言うな、分かってる」 「・・・・・・だよ、な」 「ああ」 変わらなければいけない。いや、取り戻さなければいけない。あの時の気持ちを。あの時の思いを。 誰か一人でも悔しい思いをしたヤツがいないか見回したが、誰もいなかった。 皆、苦々しい顔でありながらも笑っていた。 「あーあ、イチから出直しだな、俺たち」 「むしろマイナスだろ。あー、道が遠のくー」 「気合い入れてやんねぇとな」 「本気でな」 「お前、今まで本気じゃなかったのかよ」 広がる談笑に確信する。俺たちは、あの背中に応える。もう道に迷わない。迷う暇など無いのだ。 いつか、向けられなかった眼差しを正面から受け止めるために。 「よっしゃ、やるぜみんな―――!」 ・・・・・・・・・などと、あるチームが一丸となって心機一転がんばろうぜ! と決意を新たにした事にな ど一切気付いていないは、やっぱり星を見るなら街中より山の中からだよな、などと思いなが ら空を見上げていた。 ・・・・・・知らぬが仏。 ---------------------------------------- 思いついたネタ。スゴイネ、カイシンサセチャッタヨ。 夢主>超えられない壁>フィルター(極厚)>>>>>>>>>>>>>>>>真実 主人公補正にも程があるぜ。 (08/10/06)