日記ログ inおお振り 第二弾


三橋の兄、という人は、ハッキリ言って本当に三橋と兄弟なのかと疑って当然の印象を抱く。 キョドってはいない。が、逆に表情が乏しい気がするけど、何故かそれが彼のスタンスだと分かる から不思議だ。三橋とは正反対の落ち着いた態度。やはり、にわかには兄弟とは信じがたい。 「なぁなぁ、じゃあ、あんたも野球すんの!?」 「いや、専門的にやった経験がある訳じゃない」 「でもルールくらいは分かるっしょ!? じゃあやろうぜ! 兄弟対決!!」 「えええええええええ!!!?」 なんでお前が叫ぶんだよ三橋。 一人輪の中から外れ、冷静に沈黙を守る阿部が内心で突っ込む。いや、表情でも十分にそう突っ込 んでいた。顔が呆れている。 「何だよ、嫌なのか?」 「そ、そ、そ、そうじゃ、ない、けどっ!」 「じゃあいいじゃんよ~、じゃっ、チーム分けな!」 「この人数でどう分けろって言うんだ、お前は・・・・・」 「しゅくしょーばん、って事で!」 「縮小版、ね・・・・・」 「それ、既に野球じゃない気がするんだが・・・・・」 だんだん話がずれていってるメンバーに肩を落とし、阿部は兄を伺っている三橋に視線をやった。 すげぇデレデレしてる。 勿論、三橋が。 (視点チェンジ。花井) 結局は田島が押し切る形で、三橋のお兄さんを交え、田島の言う「縮小版兄弟対決」をする事にな った。肝心のお兄さんの意見は聞く気ねぇんだろうな、田島のやつ・・・・・。 すいません、と謝ると(それでもちょっと楽しみにしてる俺がいる)お兄さんは少しだけ表情を軟 らかくして「謝らなくていい」と言ってくれた。 でもそのあと、 「でも、手加減はしないからな?」 そう言われて全身の血の気が引いた気がするのは、多分気のせいではない。 そして始まったゲーム。 ピッチャーは三橋兄、キャッチャーは阿部、打者は田島。 意気揚々と打席に立った田島は、やけにはりきって笑みまで浮かべている。 だが、その笑みは一瞬後に消えた。バシィィィン!!と何かが強くぶつけられた音の後に。 俺も今、何が起きたか分かんないんだけど。 「へ?」 隣の栄口が気の抜けた声を出す。見れば三橋兄は球を投げ終わってゆっくりと体勢を元に戻してい くところだった。その動きさえ洗練されたというか、無駄のないものに思える。 田島は目を丸くして硬直し、阿部もグローブにある球を投げ返そうともしない。 動いているのは三橋兄と、何やら興奮気味の三橋。 「・・・・・速ぇ・・・・・・・・・・・」 誰かがそう呟く。こくり、と頷き返すのがやっとの、俺。そしてその他。 なぁ、あの人実はプロなんじゃないか? (再び阿部視点) 「悪い。痛めたか?」 「あ、いえ。大丈夫っす」 右手を見詰めていた俺に、三橋の兄貴が顔を覗き込んで言った。咄嗟に返したが、右手はまだじん じんして感触が消えない。重い球だった。まるで飛んでくる砲丸を受け止めたようだ。 俺の答えに、三橋の兄貴は少し眉をひそめて、「もう少し加減すれば良かったか・・・・」と小さく呟 いた。 あれで、加減していたのか? じゃあ手加減なしの本気の球は、一体どれだけ速く破壊力があるのか。 兄弟対決と銘打っておきながら打者は田島の一人のみで、あとはバッターボックスに立とうとする 奴は現れなかった。 助かった。あんな球、そうそう何度も受け止められるものじゃない。 ・・・・・彼もコーチになってくれたら。 阿部は未だ鈍い刺激を訴え続ける右手を視界に納め、ぐっと握り締めた。 (三橋視点) やっぱり、お兄ちゃんは、すごい。 幼い頃から兄を見て育ってきた自分にとって、兄は憧れだった。 何でも出来て、優しくて、強くて、そして自分を大事にしてくれる。 野球を本格的にやった事がなくても、やっぱりお兄ちゃんはすごかった。 あんな球、まず自分じゃ投げられない。 「す、すご、かった!」 興奮を抑えられずに兄を見上げると、微笑みと共に手が降りてくる。 頭を撫でられて、さらに嬉しくなった。仕事の都合で離れて暮らす兄だが、時間があればこうして 家に帰ってきてくれる。 寂しいと思う時もあったが、その分を埋めるように構ってくれたので、いつのまにかそんな気持ち は忘れて全力で兄と遊んでいた。 「すっげぇな、三橋の兄ちゃん!」 「ホントに野球やってなかったんスか?」 ずきっ。 (・・・・・・・??) なん、だろう。 撫でられて嬉しいはずなのに、何故だか痛みを感じた胸に手を当てる。 大好きな兄が仲間に受け入れられて、嬉しいと思うのに。 (とらないで) 再び、痛み。 ぎゅうっと目を閉じる。震える自分に気付いたのか、兄は撫でていた手をぴくりと止めた。 「廉?」 優しい声が降り注ぐ。 「お、お兄、ちゃ」 恐る恐る見上げる。 ねぇ、お兄ちゃんは、ずっと自分だけの、お兄ちゃんだよ、ね? 「あーっ、三橋ばっか、ずりぃーっ!」 「こらっ、田島!」 俺にばっか構うお兄ちゃんにかかる、沢山の声。 痛む心臓。 震える体。 「廉は、俺の大事な弟だから」 ハッとする。 ただそれは事実を口にしただけのものかもしれないけれど、三橋には他に違うものを確かに感じ取 った。見上げれば兄と目が合う。 じわり、と涙が浮かんできた。痛みが引いて泣きたい思いでいっぱいになる。 この距離は、縮む事はあっても遠く離れる事はないのだと。 すぅ、と体中に染み渡ったそれはしっかりと馴染んで、もはや不安に感じていた思いが消え去った 事に、三橋は安堵して全開の笑みを浮かべるのだった。