首輪付きの英傑


突風が吹き荒れ、あまりの風圧に思わず目を閉じ、風が止んでからそろりと開いた視界には、見慣 れない光景が広がっていた。 ・・・・・・・・・え? 何のドッキリ? 思考がフリーズする俺だったが、ここでさらに神から試練が与えられた。 呆然としてグルナードと二人でイギリスの路地裏に立ち尽くしていると、そこへ俺たちが現れる事 が予め分かっていたかのようにすぐ近くで銃声が響いたのだ。 その瞬間、俺の死亡フラグが成立した。 神様、俺何かしましたか!? あまりの事態に現実感が湧かず、何も出来ずにただ突っ立っていると、路地の角から人影が飛び出 してきた。終わった、と思った。 けれど人影は俺たちを見て一瞬戸惑ったものの、すぐにハッとした顔を見せ、次いで何か思い悩む ように俺たちと後ろを交互に振り返った。その様子を見て、どうやら俺が想像していた物騒な事態 は杞憂なのかと気を持ち直したが甘かった。その人の後ろから再び銃声が轟いたのだ。 危機は去っていなかった。 追いついてきたらしくバタバタと足音が聞こえ、逡巡しているとグルナードが前へ躍り出た。 そこから先はもう独壇場だ。 この狭い路地で5、6人を相手に怪我一つ負わず勝利するなんて、グルナード、成長したね・・・。 「お怪我はございませんか」って、それは俺の台詞だと思うぞグルナード・・・・・。 ひとまずホッとして胸を撫で下ろしたら、後ろから声を掛けられた。 誰かと思い振り向くと、そこには先程邂逅した見知らぬ人。 何やらお礼をかねて家に招待したいらしいが、倒したのはグルナードだし俺は何もしてないし。 それでもその人は引き下がらず、結局流されるようにご招待された。 そこは何とも立派なお屋敷で、聞けばおじさまは実は伯爵だったんだってさ。 通りで紳士で上品で物腰が丁寧なおじさんだと思ったよアハハハハ。 ・・・・・・なんて笑えるかぁぁぁぁぁ!! 何で伯爵? どうして伯爵!? まさか偶然とはいえ居合わせたのがそんな身分の高い貴族だとは思いもしなかった俺は狼狽えた。 確かに高級そうな服を着ているが、あの薄暗い路地じゃそんな事まで見えやしないし、「え、何で 路地?」と思考は大混乱だったのだから仕方がない。・・・・・・仕方がなかったんだッ! 気付けば見知 らぬ場所だわ発砲されるわ、俺の精神は多大に揺さぶられて現状把握もままならなかったんだ! 俺だって、俺だってこんなサプライズが待ち構えていたんなら即効「逃げる」コマンドを選択した よ! むしろ連打したよ! ・・・・・・でも、現実は俺の望む方向とは逆方向に突き進んでいったわけで・・・・・・・・・。 グルナードがいてくれて良かったよ・・・。じゃなきゃ俺、銃殺されてたかも知れない。本気で・・・。 まぁ、現状を把握するためにも話をしてくれる人が欲しかったし、どうしても引き下がりそうにも 無かったんで、紳士なおじさまの家まで行ったんだけど、・・・・・そこでまた問題が発生した。 俺たちが、というかグルナードが助けたって言った方がいいんだが、おじさまはこう言ったのだ。 「君を養子として迎え入れたい」 今 、 何 を 仰 い ま し た か ? とうとう俺の耳と脳みそがイカれたのかと思った。 ななな、何考えてんですか昨今のジェントルマンは!? 正直、正気か!? と頭を疑った俺は正常だと信じたい。 何がどうなってそんな結論を弾き出したんだろう。謎すぎて頭がパーの俺には理解できない。 うん、貴族の考えを俺如きが酌み取るなんて芸当、出来るはずが無いんだけどな! 勿論断ろうとした。あまりに不相応すぎるにも程があるし、話が突拍子無さ過ぎてショートしたっ ていうのもある。っていうか話の展開としてそれはおかしすぎる! 何より俺が貴族なんて出来るはずがない。 俺なりに誠心誠意そう伝えたのだが、ジェントルマンは人の上に立つだけあって手強かった。 ・・・・・・国のトップとつながりがある、と真顔で言われたのだ。 つまり俺という不審者は返事次第じゃ国際指名手配犯になるぜ、と言われているのだ。 ・・・・・・・・・それって脅しじゃないですかぁ! うわーん、これだから権力ってヤツはッ! ・・・・・・あぁ、承諾したよ。承諾したともさ。負け犬と罵るが良いよ、愚者と責め立てるが良いさ! けど国を相手取って無事で済むと思わないよ。畜生、このおじさんやるな・・・・・・! ヘタすりゃ不法 入国だもんな。立派な犯罪者だよフフフフフ。 監視しやすい、という名目もあったのだろう。俺はあっけなくジェントルマンの養子になった。 それと同時に起こったのが、内部の反乱とでも言おうか。 ジェントルマンの親族に大反対された。 まぁ当たり前だよな。伝統を重んじるイギリスで、伯爵の地位にある人が身元も素性も知れないた だの東洋人を養子にしようだなんて、賛同できないに決まってる。しかも俺、指名手配一歩手前。 けど、ジェントルマンは凄かった。 なんと時の女王直々の文書を皆の前で披露したのだ。マジで何者? ジェントルマン何者? 沈黙した親族に向けたおじさまの目が、というか全身が怖かったのを今でも鮮明に思い出せる。何 かオーラが見えたよあの時! 俺にしてみたら異を唱える人たちこそが正論だと思うし、ジェントルマンにもそう提言したんだが、 聞いちゃくれなかった。別に養子じゃなくても使用人とか、別の方法なんていくらでもあるでしょ うに、何でそんな事にしちゃってんですかジェントルマン! ・・・・・・あぁ、もしかして俺にプレッシャーを与えているのか。犯罪者が変な気を起こさないように 牽制してるんだな。それなら納得だ。動きがとれにくいように外堀を固めた訳だ。すげぇよ紳士。 鮮やかな手並みすぎて悪寒が走ったよ・・・・・。 とまぁ、こんな感じで危ない人として用心されながら貴族という立場に右往左往しつつ、いつまで もおんぶに抱っこじゃ申し訳ないので商品開発と商標を作り、いつでも逃亡できるように何かあっ た時にすぐ対応できるように資産を溜め、そうこうしている内にジェントルマンには実子が誕生し、 誕生した義弟義妹には何故だか懐かれてしまって、その笑顔に癒されつつ毎日を過ごした。 けれどその平穏は唐突に去った。 ・・・・・・・・・ジェントルマンが、亡くなったのである。 悲しみに暮れる義弟義妹を慰めようとしたが、他の親類がそれを良しとしなかった。 元より身分など無き卑しい貧民風情が、高貴な血に近寄るなど以ての外だ! と。 俺は二人に何も話しかけてやる事も出来ず、屋敷に残る事さえ困難になって、とうとう立ち入りを 禁止されてしまった。 ・・・・・・目の前に悲しんでいる大切な人がいて、傍にいてやる事も出来ないなんて! ・・・・・・・そんなに身分や立派な肩書きが必要なら、手に入れてやる。それで義弟や義妹に会う事に 文句を言われても受け付けてなんかやるものか。兄妹に会うために資格がいるなんて聞いた事も無 い。あぁそうかい分かったよ。ならそれに相応しい地位を俺の力で築いてやろうじゃないか、見て ろよこのヤロー! 俺がそう決意するのは早かった。 だけどこの時の決断を、俺は一生後悔する事になる。 障壁なんて、取っ払って突き進めば良かった。我を通して指名手配されようが、傍にいけば良かっ たんだ。悔やんでも、悔やみきれない。 爵位を継いだ弟とその家族が、襲撃されるなんて。 頻繁に届く手紙には、御兄様があんな連中の言う事を聞いてやる必要なんかありません! という 内容だったり、御兄様が来られないというのならこちらから会いに行きます! という事だったり、 あの時何も出来ずに申し訳ありませんでした、といった事が書かれていた。謝る必要なんか無いの にな。 弟が結婚した時も子供が生まれた時も、俺は会いに行けなかった。手紙だけで充分その幸福は伝わ ってきたし、不用意に会いに行けば弟が何を言われるか分かったもんじゃなかったから。幸せの渦 中に余計な一石を投じるものじゃないと思った。幸せでいてくれるだけで、俺も幸いだった。 けれどもうそんな日常は還って来ない。 防げなかったかもしれない。俺がたまたま居合わせても何も出来なかったかもしれない。 だけど囮くらいにはなれたり時間稼ぎくらいは出来たかもしれないのだ。 もしかしたら、もしかすれば。防げたかもしれないのに。 哀しみと後悔に明け暮れる中、俺は一つの情報を得た。 弟の一人息子、シエルが行方不明という訃報。 一見すればそれは不幸な報せだ。けれど俺は訃報を吉報にする逆転の可能性を賭けた。外れて欲し い予感と当たっていて欲しい願望、両方を賽に預けて。 昔取った杵柄は伊達じゃない。漫画でも小説でも現実でも、身寄りのない子どもの行く末はほぼ決 まっている。皮肉にもそんな知識が役立つ事に吐き気がした。それに易々と介入できる手段も、必 要な事も、段取りも、すぐに思い出せる。嘲笑するが、それが今に役立っている事には感謝しても いいと思った。 暗い闇の、さらに奥。金と権力によって守られた陋劣ろうれつな巣窟。 そこに、シエルはいた。 体も心もボロボロになって、見た事もない男と一緒に。 その姿を目にした途端、俺は駆け出した。驚くシエルを遮二無二抱き締めて、何も考えずにただた だ無心に、強く強く。 右目に強いオーラが宿っているのを感じてはいたが、そんな事はどうでも良かった。その時の俺は 様々な思いが入り乱れて感極まり、爆発しそうな感情を抑える事に必死だったのだ。 生きていてくれて嬉しいはずなのに、喜びきれない、その理由。それはシエルを発見した場所、タ イミング、諸々が最悪の形であったからだ。現場に滑り込んだ時、悟った。外れていて欲しかった 予感が、願いとは裏腹に的中していたという事を! 俺の考えすぎであって欲しかったというのに! 深淵なんて生やさしいものじゃない、もっとドロドロと腐敗した世界。それをこの子は身を以て知 ってしまった。知る必要も無かった地獄より酷い地獄を。 賭けはシエルの生存という最高の結果と、シエルに対する劣悪な仕打ちという最悪の結果になった。 残されたのは後悔と、シエルが負った深い深い傷。 後悔と安心と自分への不甲斐なさに、何も言う事が出来ず腕に力を込めた。そんな事でシエルが味 わった経験を消せるはずも無かったけれど。 きっと傷口は血を流し続けるのだろう。決して癒える事も無く塞がれる事も無く。 シエルが俺を抱き締め返してくれる事は、ついに無かった。 シエルが無事に戻ってきて数日後、俺の周りが悪い意味で賑やかになった。伯爵家襲撃の実行犯と して名前を挙げられてしまったのだ。動機としてあげられる根拠は、第三者が聞いても納得出来る ものであり、なるほど、動因として相応しいほど相応しい。 声高にそう言われ、自分でも納得出来てしまうそれに喉を鳴らした。疑われても仕方がない材料が こんなにも揃っているというのに、否定すればわざとらしく映るのは明白だった。 違います。俺はやっていません。 何て軽い言葉だろう。俺だって信用できない。 けれど身の潔白を証明したのは、シエルだった。 一体いつの間に証拠集めやら推理やらをしたのだろう。次々と明らかになる事実に親類は真っ青。 俺は展開に付いていけず唖然。辺りには沈黙。冷えた空気が身に痛い。 いたたまれなくて視線を右に左にさ迷わせると、視線がある一点で止まった。 大人びた目で親類を見下すシエルの横。そこには一人の男が立っていた。シエルを発見した場所に 居合わせた、あの男だ。姿勢正しく真っ直ぐにシエルの横に控えている。 うん、美形だ。どうして俺の周りには美形ばっかいるんだろう。悲しくなるからやめて欲しい。 そういえば彼の名前は何て言うんだろうと考えているうちに、彼は俺の視線に気付いたのか、にこ りと笑いかけてきた。・・・芸能人並に完璧な笑顔だ。美形という要素がさらにそれを助長して半端 無い威力を持っている。眩しくて目を細めるが、何の効も奏さない。何そのキラキラしい耀き! 無敵だなオイ! 視線を反らそうかどうしようか考えていると、ふいに相手の視線が俺から外れた。 あれ? と思っていると、どうやらシエルが彼に話しかけたらしい。偶然とはいえ助かった。おじ ちゃんのピンチに気付いてくれたって訳じゃないだろうけど、流石甥っ子。俺より空気読めてる! シエルに呼び止められて新たに何やら書類を取り出した彼は、にこにこと始終笑っていた。やはり 執事というものは主の機嫌を損ねないように笑顔を徹底するものなのだろうか。うーん。 唸っていると、自分の右斜め後ろから殺気立った気配を感じて一気に体温が下がった。 ・・・・・・あの、グルナードさん。どうして攻撃的オーラを身に纏っているのでしょうか・・・・。 シエルが何か言う度に唸る親類たちよりも、今度はそっちの方が気になってしょうがなかった。声を かければ殺気は収まったけど、イライラは抑えきれなかったみたいで不機嫌な様子が伝わってくる。 ・・・な、何が気に食わないんですかグルナードさぁん! 俺にどうしろっていうんですか神様ぁ!? 一秒一秒がもんのすごく長く感じ、俺は早く時が過ぎ去ってくれるのをただただ待った。 ちなみに、神様は俺を助けてはくれなかった。 居心地の悪い空気は、何やら親類たちが誰かに引き立てられていった事で薄らいでいった。俺に対 する疑いは晴れ、妹には「これで堂々とお会いできます」と説明されたが、よく分からない。けど まぁ、要するに交流禁止は解除されたらしい。嬉しそうに語る妹に俺も笑った。だけど妹の二言目 にはちょっと泣きそうだった。「早く結婚しろ」って・・・・・・出来るもんならしてるよっ!「まぁ無 理だろうが」って・・・・・・言われなくても分かってるから、あの、その言葉で死にそうなんでもう勘 弁して下さい。 久しぶりにスゲー凹んだ。 今は亡き弟よ、見ているか。 兄ちゃんは心の汗を大量に流しながら頑張っているよ・・・・・。 その後、俺に対して不満を言っていた人たちがどんどん衰退していったんだけど、なんでだろ。 そんでもって、ビシバシと痛い視線が以前と少し意味合いが違うものに感じるんだけど、それも何 でなんだろ。 ハッ! まさか「あいつは不幸を運んでくる疫病神だ」とか言われているんだろうか。・・・・・言われ ているんだろうな。ううぅ、悲しい・・・・。俺、引き籠もってようかなぁ・・・・・・。 ・・・・・・まぁ、一番のドッキリは女王陛下にご招待された事なんだけどな! いつか俺、緊張のし過ぎで死ぬかもしれない。 心臓、持たない。 頼むから、もうこれ以上心臓に悪い出来事が降りかかりませんように・・・・・! -------------------------------- しかし願いとは裏腹に夢主の受難は続くのであった。かっこ笑いかっこ閉じ。 夢主の一人語りなのでキャラが喋らない。だって分からないんだもの(・・・) 取り敢えずこんな感じです。設定と序章だけで終わった。 ジェントルマンがシエル祖父ちゃんの名前っぽく見えるのは何故だろう。嫌すぎる。 というか、一人語りだと名前変換が! 気付きましたか皆さん! 何と名前変換ゼロですよ! ワォ! (08/10/04)