知らぬは本人ばかり
(もう勝負は決まったも同然ね)
シムカは熱気に包まれたバトルを眼下に眺めながら、その直感が外れる事は無いと確信して音も無
くその場から立ち去った。
結果が分かれば後はその興味も薄れていく。
まして、心の中で密かに期待していた偶然の出会いが無かったとなれば尚更だ。
一体彼がどんなチーム、どんなバトルに興味があるのか。それはシムカの情報網を持ってしても、
分かるはずもない問いかけ。
恐らく彼は、尋ねても答えてはくれないだろう。そんな気がする。
もしも分かるとするなら、それはきっと彼の隣に立てた者だけだ。
それ以外はただの有象無象。個性や区別などない集団としての個でありひとつ。
なればこそ、気に掛ける必要などないバトルにも足を運んで可能性を追う。
そして今日も外れ。
彼の姿はどこにも無い。
(・・・・・・あぁ~、もうッ!)
声にこそ出さないその苛立ちを、エア・トレックが主に代わって啼く。
こんなささくれ立った気持ちを抱えたままで戻るのは面倒だ。
普段なら笑って誤魔化す事も出来ただろうが、今はとてもそんな気力は沸かない。
・・・あまり長い時間は無理だが、少しだけならば一人になっても平気だろう。
言い訳にも似た理屈にシムカは逆らう事なく同意して、予定を変更した。
空を駆け、高く高く登ってゆく。
人のざわめきが遠い方へ。
月と星の近い方へ。
全身で風を感じながら、一人を求めて空気の中を喘ぎながら泳ぐ。
やがてシムカは目指した場所へたどり着き、ホッと息を吐いた。
体を動かした事で幾分か気分はスッキリしたらしく、さっきまで感じていた不快感は薄れている。
それでもやはり、胸をさいなむ小さな痛みは消えてくれなかった。
「あーあ・・・・・・」
とん、と意味もなくつま先を蹴って空を見上げる。
わざとらしくシムカはむっとした顔で何もない空を睨み付けた。
(くそぅ、)
憎らしいくらいに晴れてるんじゃないわよ、馬鹿。人の気も知らないでさ!
すう、と大きく息を吸い込み、ついに声を大にして文句を言ってやろうと口を開く。
その時。
スッと目に映った影に驚いて息が止まった。
肺に溜まった空気を吐き出す事も忘れ、思考が白く染まる。
(うそ、)
ああ、ついに自分は彼を思うあまり、幻を見るようになってしまったのか。
そんな馬鹿な事を思ってしまった、シムカらしからぬ思考。
しかしそれを全く意に介する事なく、頭上から静かな声が響く。
「・・・・・・・・・シムカ?」
(・・・うそぉ!?)
バネのように勢いよく反応した体が、考えるより先に動く。
僅かな足場にも関わらず、それを危惧せずあっさりと姿勢を安定させているから錯覚しそうになる
が、実際はとんでもなく力とバランス感覚を必要とするはずだ。それなのに手軽にさらっとやって
のけてしまうのだから彼は彼だろう。いや別に彼の偽物がいる訳ではないが、違う、そんな事を言
いたいんじゃなくて、それをやってのけるんだから彼は彼に間違いないというか、出来るのは彼だ
からだとかむしろ彼じゃないと無理じゃないかという事であって、
「本物!?」
「・・・・・・偽物の俺がいたら、困るな・・・」
「あっ! いや違う違う今のナシ!! 忘れて!!」
混乱した脳が誤って口を動かしてしまったらしい。何てことだ。
シムカは慌てて首と両手を振り、必死に痴態を無かった事にしようと否定する。
幸い彼は、・・・は、大した事では無いと判断したのか、それ以上の追求をしないでくれた。
だが自分は無理だ。気にしないなんて出来ない。自分で忘れろと言っておいて何だが、恥ずかしす
ぎる。恥ずかしくて死ねる。
「・・・・・・一人か?」
「え、あ・・・そう、一人よ」
「・・・いいのか?」
「・・・・・・大丈夫、少しだけだから」
「そうか・・・・・・」
「・・・・・・?」
俯くシムカを気遣ったのか、は別の話題を口にした。
だが一人でいる事を気に掛けてくれた割には、その声に安堵感は伺えない。
むしろどうしようか、と思案しているように見える。
「何かあったの?」
「・・・・・・いや、個人的な事だ」
何だろう。個人的な事って。
シムカは単純な好奇心に負け、遠慮という言葉を一時忘れる事にした。
「私に出来る事があるなら協力するわ」
「いや、でも」
「大丈夫、ちゃんと真面目に考えるから!」
普段通りならここでにこにこと笑いながら言う所だが、の前だ。そんな真似は出来ない。
何より彼の事を知りたい、と思い願うシムカに面白可笑しく茶化したり事態を引っかき回す、とい
う考えは一切浮かばなかった。
私ってこんな子だったかしら。
いつになくしおらしい自分に、緊張と笑いが込み上げる。
その真剣な様子に気圧されたのか、ゆっくりとが唇を開いた。
「・・・相談、というか」
「相談? いいわよ大丈夫、シムカさんにまっかせて!」
「・・・・・・女の子にアクセサリーを贈るのは・・・重く感じられるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「いや、いつもは違うものを渡してるんだが、似合いそうなものを見つけて・・・でも渡すと、その子
はきっと気を遣って困った顔をするだろうから、どうしようかと」
その言葉に、シムカの顔色が変わった。
高揚していた気持ちが瞬時に凍り付き、手足が冷たく感じられる。
自分の中身が今どうなっているのか、客観的にその感情の移り変わりを見詰めているのに、彼の目
の前にいる自分には冷静な思考など存在せず、ただ黙って彼の話を聞いている。
聞きたくない。
「・・・・・・人にも・・・因るんじゃない、かしら・・・・・・」
「・・・やっぱり、そうだよな」
「・・・・・・・・・その子、どんな子?」
「え?」
少しだけ驚いた様子になど気付かないフリをして、無邪気を装う。
「だって、どんな子か分からないとアドバイスしようが無いじゃない!」
「あぁ・・・、そう言われれば、そうだな」
「も~っ、しっかりしてよ~!」
「すまない、つい気持ちが先走って」
苦笑する彼におどけた調子でふざけた事を口にする。
ああ・・・、・・・・・・私、何をしているのかしら。
冷めた自分がわざとらしく笑う自分を嗤う。
そんな私に気付かないで、彼はここにいない誰かに思いを巡らせていた。
少しだけ微笑む顔。細められる眼差し。そこに宿る感情になんて気付きたくない。
「・・・良い子だよ、すごく。時々突拍子もない事をしたりするけど、面白くて見ていて飽きない。
人の事ばかり気に掛けるから、それが少し心配だな。けれど礼儀正しいし、優しい。あと料理が
上手で色んな人に好かれるタイプ、かな」
「・・・・・・へぇ・・・良い子なのね、すごく」
容易に想像できる。いや、想像するまでもない。
この人が気に掛ける子なんだから、良い子に決まっている。
だというのに。
ごめんね。私、貴女の事を少し憎らしく思うわ。
諦めと苦い気持ちに薄く笑う。自分勝手な感情に巻き込んでしまった、その子への謝罪も込めて。
「そうねぇ・・・『似合いそうだから』とか『君にあげるつもりで』って言えば、その子も受け取っ
てくれるんじゃない?」
「・・・・・・そうだな。押しには意外と弱い所もあるから・・・」
「あら、だったらちょぉぉっと申し訳なさそうな顔してみるといいわ! きっと効果あるわよ!」
にっこりと笑ってみせる。
フンだ! 私だってあなたに贈り物をさせたくなるような女になってやるんだから!
見てなさい。私は負けないわ! 負けてないけど負けないんだから! フンだ!
負け惜しみだと分かっている。
分かっているが、それとこれとは別だ。
今彼の前に立っているのは私だ。たとえ話題が別の誰かさんだろうが、関係ないもんね!
―――・・・ピピピピピピピピピピピ!
方針が見えてきた所を狙ったかのように、場違いな電子音が断続的に響き渡った。
ビクリと肩を跳ねさせたシムカが、慌てて腰元の通信機をいじる。
強制的に切られた呼び出し音が最後の抵抗とばかりに短く鳴ると、辺りはしーんと静まり、不自然
な沈黙が流れた。
「・・・・・・長い間引き留めて、悪かった」
「・・・・・・ううん。気にしないで」
それを互いに見なかった事にして、会話の流れを戻す。だが続ける事はしない。終わりの時間は来
てしまった。ならば、終わらせなければならない。
そろそろ行くわ、と名残惜しく思う気持ちを断ち切る。
彼も見送る形でシムカを止めようとはしなかった。
それが少し寂しい、なんて贅沢かな。
だが会いたいと思っていた人に会えたのだから、今夜はもうそれで良い。
そう思った時だった。
「シムカ」
「ん?」
駆け出す直前、駆けられた言葉に背後を振り返る。
「ありがとう」
「―――っ」
・・・・・・反則だ。
あぁもう本当に、本当に反則的だ!
少し気持ちが沈んでいた所にそんな言葉を、そんな顔で言われるなんて!
予想もしてなかったわよ馬鹿!
「―――最後にひとつ!」
ジャッ、と今度は体ごと向き合って、シムカはびしっと指を突きつけた。
「その子の名前は!?」
言われた言葉を意外に思ったのか、がひとつ、ふたつ、瞬く。
やがてふっと小さく短い息を吐いてゆるやかに口角を上げ、告げた。
「響」
―――ひびき。
聞き終えるや否や、シムカは今度こそその場から立ち去った。何かを振り払うかのように、ただ一
直線に空の中を駆けていく。
頭の中には、先程手にした自分だけに向けられた控えめなの笑顔。
そして、顔も知れない誰かの名前。
ひびき。
名前と、あの人から聞いた印象しか知らない子だけれど。
あの人から笑顔を向けて貰えたのは貴女のおかげだから。
だから今日は。
「―――これで勘弁してあげるわっ!」
思い切りジャンプをして、高らかにそう言ったシムカの顔は、嬉しそうに笑んでいた。
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シムカさん、嫉妬する。
はトンボ玉のストラップを見つけて、何となく似合いそうだなーと思っただけ。
そして本人の知らない間にライバル視された子は、相互させて頂いてる方の夢主さんです。
以前「登場させても良い?」と聞いた所、快くOKして下さったので^^
有難う御座いました!でも嫉妬されちゃってごめんなさい!(笑)
(10/11/24)