泣き声を聞け


街中を歩くには、エア・トレックは少々目立ちすぎる。 なので今日の俺は普通に靴を履いて外出する事にした。 最近じゃずっとエア・トレック尽くしの生活だった所為か、いつもより低い視点と重心に違和感あ りまくり。う、ちょっと酔いそう。 流石にこの状態で人が大勢いる所に行くなんて自殺行為すぎる。とてもじゃないが人を避けて歩く なんて無理。絶対に通行人の迷惑になる。 ホテルのロビーに降りた時にそれを強く実感した俺は、当初の予定を変更して空気の綺麗な森へ行 く事にした。マイナスイオンが俺を呼んでいる。ふふふ、待ってろすぐ行くぜ! とはいえ、そこへ辿り着くまでにはやっぱり街中を抜けるしか無いわけで。 ううう、道ゆく皆さんごめんなさい。今の俺は生まれたてのポニーよりもふらふらしてて危ないの で近寄らないで下さい。俺、誰かれ構わずぶつかって全身打ち身だらけになる自信があります。さ すがに痛すぎるので勘弁してやって下さい・・・。 俺は自分へのダメージを出来るだけ回避しようと、なるべく人気の無い道を選んで森を目指した。 結果的に時間はかかったけど、無事に到着出来たので上々だ。 もしもぶつかって、相手がヤの付く怖い人だったらどうしよう・・・! と心も震えていた俺は、この 達成感にも似た感覚に心から歓喜した。本当なら万歳三唱でもやりたい所だが、今腕を大きく振り 上げようものなら、バランスを崩してとっても情けない結末を迎えるに違いないのでやめておく。 早く戻れ俺の三半規管・・・! 二足歩行を思い出せ・・・! ・・・実は、誰かに衝突しやしないだろうかとそればかり気になって、緊張しながらとにかく目的地ま で行き着く事だけを念頭に置いてたもんだから、正直言ってここに来るまでの事なんてまるっきり 覚えちゃいないんです。・・・ちゃんと歩けていたんだろうか、俺・・・・・・。いや、歩いてたからここ まで来れたんだろうけどさ。う、改めて意識して歩くとやっぱり不安だな。 今なら俺、支え無しで歩く幼児の気持ちが分かる気がする。だ、誰かー! 俺が転んだら受け止め てくれる親切な御仁はいらっしゃいませんかー!! 「・・・・・・。」 だけど俺の心の声に応えてくれたのは、小鳥たちのさえずりだけでした。 ・・・なんか、世界に見放された感じがすごくして嫌だ・・・・・!! 分かってたけど・・・・・!! 気を取り直して・・・もとい、侘びしくなった気持ちを見なかった事にして、森を散策する。 あー、のどかだなぁ・・・と思いながらのんびり歩いていると、ふいに鋭い鳥の声が割って入った。 何だと思う間もなく反射的に空を仰ぐと、10羽以上はいるかと思われる鳥の群れが俺を目掛けて 一直線に飛来する。そのあまりの事態に俺が目を見開いて動けないでいる間に、鳥たちは既に俺の 眼前に迫っていた。 ちょ、待っ、え、あの、ちょっ・・・何事ォォォ―――!? 「・・・・・・ッ!」 もしかして俺、くちばしが突き刺さったり・・・しちゃうんでしょうか。 うっかり想像した未来予想図に身が強張る。 でも人間ってね、咄嗟の行動なんて中々出来ないんだよ。ましてやそれが俺だと尚更! せめて目が潰されないように顔だけでも背けるべきだったのだが、今の俺には冷静な判断力という 本能が凍り付いて機能停止していた為、微動だにせず、というよりも逃げる事も出来ずに阿呆のよ うにただそこに突っ立っていた。 あぁ、グッバイ俺の視力・・・。 頭のどこかで悟りきった声が諦めるように囁いた時、ふ、と微かに頬に当たった柔らかい感触に脳 が一気に覚醒する。 気付けばすわ顔面直撃か、と思われた鳥は激しく羽ばたいてその降下を力づくで止めていた。 その拍子に抜け落ちた羽があたりを舞い、頼りなく地面に落ちていく。 すると今度は別のものに意識を引っ張られ、ゆるりと視線を向ければ他の鳥たちがさかんに俺の服 をくちばしで銜えて引っ張ったり、何かを催促するように体ごと俺にぶつかってきていた。必死に 何かを訴え続ける尋常でないその様子に困惑していると、ただ一度だけ、目の前の鳥が鳴いた。 俺は人間の言葉しか分からないけれど、何故だかそれが「助けて」と聞こえて。 考える前に、俺は地面を力いっぱい蹴っていた。 ―――自分で言っておいて何だが、俺は結構な臆病者だ。 だから自分にとって悪い事は笑って誤魔化したり、見ないフリをしたり、自分で自分に言い訳をし て楽な方へ逃げる。 だってそうだろ。誰だって傷つきたくなんて無いし、頑張り続けるのは疲れる。自分を第一に考え て何が悪い。欺瞞だろうが卑怯だろうが、流されて生きる事を誰が責められるってんだ? 他人が どう生きようと勝手じゃないか。自分の正義や価値観を押し付けられるなんて、冗談じゃない。俺 はそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。 ・・・・・・だけど。 そういう生き方にだって、それなりのルールがあるんだぜ? 「いやぁッ! や、やめ・・・! やめてよぉッ!!」 「っせーな! 大人しくしろや!」 「きゃあああッ!! っやだ、やだぁぁぁッ!! いや―――!!」 「後がつかえてんだから、とっとと済ませろよー」 「あ、次、俺だからー♪」 「ばーか、お前どんだけ飢えてんだっつの」 下卑た笑いがどっと沸く。 心の底からこの状況を楽しむ声と、心の底からこの状況に絶望する声が入り交じる。不統一である にも関わらずある種の調和がとれている異様な空間は、まるで世界から切り離されたかのように他 の干渉の一切をはねつけていた。その歪な様は凶悪以外の何でもない。 何の邪魔も入らないはずだった。 果てしない暴力と趣味の悪い道楽が全てであるはずだった。 少なくとも、少女達の弱々しい抵抗さえも喜悦だと笑う男たちにとっては、妨げるものなど何も無 かったはずだった。 ―――1人の男が現れるまでは。 ズガァァァン、と落雷のような轟音が秩序を無くした世界に響き渡る。 突然のそれに誰もが何事かと動きを止める中、ただ一人だけが冷静な思考を保持したままそこにい た。ドサリ、と何か大きな塊が落ちる。ぴくりとも動かないそれは支えを無くしたマネキンにも似 ていた。 突如として場に乱入した男はそれに頓着する訳でもなく、ただただ静かに佇む。 得も言われぬ奇妙にも似た雰囲気に、彼らは無意識に圧倒されていた。ごくり、と誰かが唾を飲み 込む音がする。ハッとした男たちはそれを皮切りに現状を認識した。 見知らぬ男。誰だ。新入りか。いや、それにしては様子がおかしい。メンバーなら同一の服装をし ているはず。ならば―――。 「ってめぇ! 俺たちが髑髏十字軍スカルセイダースだって知っ・・・!!」 怒りのままに口から飛び出した威喝は、しかし最後まで発せられる事は無かった。 一時うるさくなった空間は再び恐ろしい程の静寂に包まれる。 不自然に途切れた声に困惑し、次いで倒れ伏す塊が増えた事を確認した時、すでに彼らは自分たち も動かぬ仲間の後を追ってその場に昏倒していた。 「―――ぁ、―――・・・」 しん、とした狭い世界で一人の少女が掠れた声で端を発す。 がゆっくりと視線をやると、少女は大きく肩を震わせた。 ぞわりと這い上がる恐怖に動けず、警戒と怯えを宿した瞳。恐慌しきった少女は、もはや自分以外 の全てを拒絶していた。 それに気付いたは出来るだけ刺激しないようにその場を動かず、ゆっくりと笑った。 「・・・もう、大丈夫だ。俺は髑髏十字軍スカルセイダースじゃない」 「・・・・・・・・・、・・・・・・―――ほん、と・・・・・・・・・?」 「本当だ。・・・助けるのが遅くなってごめんな。どこにも怪我は無いか?」 「―――・・・・・・ぅ、うぇ・・・ッ!!」 優しい声に緊張が一気にとけたのか、少女の一人が泣き出した。 それにつられたのか、徐々に助かった事を理解した他の少女たちも次々に泣き声を上げた。 一方で、イッキを暴行する男たちはその事に気付きもせず、夢中になって力を振り回していた。 力で他者を屈服させる快感に酔いしれ、外の事など眼中にない。 イッキの仲間も自らの罪悪感から目を逸らすのに必死で、目の前の事でさえもはや余所事だ。守る べきは己のみで、圧倒的な力を前にどうする事も出来ずにいる。 その中で只一人、間垣だけが異変に気付いた。 女たちの声が聞こえない。 先程までは確かに鬱陶しく泣き喚いていた雑音が、今では静かなものだ。 だがそれくらいならよくある事・・・・・だ。 抵抗して暴れて暴行を受ければ、そのうち否の声すら上がらなくなる。 それは良い。なら、どうしてそれを楽しむ連中の気配も感じられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のか。 「・・・オイ」 「はい? 何スか、間垣さん」 「お前、ちょっとあっちの様子見て来い」 「あぁ~、そういやお楽しみはもう一つありましたっけねぇ。あ! 間垣サンは良いんスか?」 「いいから行けっつってんだろ!」 「は、はい!」 ビクリと震えた男は、それでも歩く度にウキウキとした様子でそこへ向かう。 間垣はそれを落ち着いた目で追った。心のどこかが、何か警鐘を鳴らしている気がしてならない。 そしてそれは、驚いた顔で引き返してきた男の言動で明らかとなった。 「ま、間垣さん!! 女が・・・女が一人もいませんッ!!」 「連中はどうした!」 「そ、それが・・・みんなやられて・・・・っ」 「どけッ!!」 傍にいた男を突き飛ばしながら怒鳴り散らす間垣の尋常でない様子に、暴行の手が止まる。 中を覗き込んだ間垣に何事かという視線が集まり、先に様子を見に行った男に追求の声が上がる。 ややして、口汚い罵りが間垣から聞こえ、苛立たしげに壁を殴り付ける音が響いた。 ―――そして。 どこまでも自分勝手な彼らは、不満の捌け口に再びイッキを生け贄に仕立て上げた。 女の子たちを無事に送り届けた後、俺は一人イッキのいる所へ向かった。 付いてこようとするグルナードに女の子たちを任せ、街を駆ける。間に合わないかも知れない。け れど、それでもそこへ行こうと決めていた。 俺はイッキよりも彼女たちを優先した。それを間違っているとは思わないし後悔もしない。それが 俺にとっての最良だと思ったから。イッキの都合に彼女たちが巻き込まれたと俺は思ってるから。 でも、だからといって彼がどうでもいいなんて思っちゃいない。主人公だからという理由でも無い。 元々は彼の行いが招いた事。誰かに敵わないから、他の力を頼った西中の連中が悪いとも思わない。 けれど。 ―――そのやり方だけは、どうあっても許せるものでは無い。 本当なら、あの場にいた全員を痛めつけてしまいたかった。怒りのままに暴れたかった。 でもその権利は俺ではなく、イッキにある。俺があの場をうまく収拾したって、また同じ事が繰り 替えされるだけだ。それじゃあ、何の意味も無い。 ・・・俺がしゃしゃり出て良いのは、イッキが何もかもを諦めた、その時だけだ。 「・・・!」 廃屋に向かう途中の道に、求めていた姿を認めて止まる。 イッキだ。 ボロボロの体を引きずって、たった一人で歩いている。 その姿を見て、俺の傍を飛んでいたクゥが鳴いた。 「―――。行ってあげてくれ」 何も言わず何も聞かず、ただ傍にだけいてくれる存在も、きっと必要なはずだから。 -------------------------- 原作一巻を一部捏造しました。 こっそり行ってこっそり逃がしたので、カズ達も彼女たちが無傷だった事は翌日の学校で知ります。 やっぱりね、可愛い女の子は傷付いちゃイカンのですよ。うんうん。 こっそりという割にデカイ音出してますが、あれは空気の振動を無効化して連中の耳に音が届かな いようになっていたのです。見えない防音壁が周辺を覆ってる感じです。 ・・・そんなイメージでお願いします。深くは考えてないので魔法の言葉、ご都合主義発動。 野郎どもの落とし前は野郎どもでやれよ無関係の、それも女の子巻き込むな阿呆! という夢主の怒りが爆発しました編。夢主はフェミニストです。 っていうか更新が約一年・・・ぶり・・・だったり・・・・・・。 (10/05/01)