ecdysis


衝撃の朝から数日後、初歩的な念の使い方をグルナードに教えて傷の回復を促進させ、休ませてか らまた念を使う、というサイクルを繰り返していたお陰か、グルナードの具合はすっかりと良くな った。むしろ念の影響で絶好調だ。鳥であった以前では出来なかった事が出来ると嬉しそうに顔を 綻ばせてくる。 ・・・・・その驚異的な念の飲み込みは、少し前まで野生で生きてきたからなのかな。 グルナードたっての希望で、念の系統強化よりも人型化の維持・上達の特訓をしたいと言われたが 却下した。 いや意地悪でダメって言ったんじゃないよ? でもどんな立派な家だって基礎がしっかりしてないと すぐに倒壊しちゃうでしょ? それと一緒。急がば回れってね。 熱心に念を覚えようとするグルナードは、何やら危機とした切迫感のようなものを感じるくらい、 集中して真剣に念と向き合っていた。 教えるために俺も実際に念を発動させたりしてたんだけど・・・・・場所を考えず普通にホテルでやっち ゃってたんだけど、大丈夫だよね? 一応スイートだしこの階全部でワンフロアーだし。ぶっちゃけ 念がダダ漏れ状態だったけど、滅多な事じゃ従業員も来ないしここ高い場所だから鳥とか虫はとも かく人なんて近付けないだろうし・・・・・大丈夫だよな、うん。 力加減を間違えた日以来、ホテルの従業員が怯えた顔で俺を見るのは気のせいだよな? そしてその日を境にルームサービスとか気遣いに磨きが掛かったのも偶然だよな? 「様」 「ん?」 考え事をしていたら、俺の様子に気付いたらしいグルナードが声を掛けてきた。 しまった、グルナードの修行を見ていたのに余所事に囚われてどうするよ俺。 「その、大人の姿になる為には、どのようにすれば良いのでしょうか」 少し躊躇いがちに聞いてきた内容に目を丸くする。てっきり「見るって言ったからにはちゃんと見 ろよ何よそ見してんだアァン?」くらいの文句を言われるんだろうなぁって覚悟してたんだけど。 予想と違う言葉だった事に安堵しつつ、いかんいかん、ちゃんと監督せねば! と背筋を伸ばして 口を開く。 まぁ、確かに本当だったら人間の年でいうと成人しててもおかしくないんだろうし、いつまでも子 どもの姿のまんまっていうのも不本意だろうしなぁ。 「イメージと、その姿を持続できるだけの力があるなら問題は無いと思うが・・・・・あまり具体的な  対象が周りにいないからイメージはしづらいかも知れないな。少し難しいかも知れない」 「そう、ですか・・・・・・」 「今まであまり人間と接する機会が無かったから、子どもの姿で固定されてるんだろうな。情報量  が足りないならそれも仕方ないんだろうが・・・・・街に出て人間観察でもするか?」 「え」 最後のくだりを口にした途端、グルナードはぴきりと固まった。 どうしたのかと思い首を傾げると、物凄い勢いで「いいえご心配には及びませんテレビとやらから の参考だけでモノにしてみせます!」とやる気を見せて部屋に閉じこもった。何なんだ。 理由を考えてみて、俺はハッとした。 そうだ、グルナードが俺と最初に会った状況を思い出してみろ。森の中だぞ。人間なんてあまり踏 み込まないような所だ。それなのにいきなり「沢山の人間と会って来い」なんて無理難題にも程が ある。生まれたての子犬を狼の群れに突っ込むようなものだ。 悪い事をしてしまった。 罪悪感にグルナードが消えた部屋へ視線を流す。今頃チャンネルサーチを繰り返しているであろう グルナードに、今は傍に寄る事は憚られた。無神経な事を言った俺に、グルナードも傍によって欲 しくはないだろう。一人の時間を持つ事も大切だ。 そう思いつつも、先程自分がやってしまった失言を思い返して肩を落とす。 あーあ。どうして俺っていつも、気配りが出来ないというか空気が読めないというか・・・・・。 グルナードが優しいだけに、余計に情けなさが増す。ぐしゃりと髪を掻き回して溜息を吐いた。 グルナードが行ってしまい、やる事が何も無くなった俺が、今するべき事は。 「メシの準備だな・・・・・・」 所詮本能には勝てない。 今頃必死にイメージを定着させようと奮闘しているグルナードに、ごちそうを作ってあげる事くら いしか、今の俺に出来る事はなかった。イメージトレーニングには俺も手伝いようが無いし。抽象 概念の構築は本人の感覚でピッタリ合うものじゃないと脆いし。それに多分、グルナードもイメー ジに集中しすぎて部屋から出てくる頃には疲労困憊だろうし。生真面目だからなぁ、グルナード。 「さて、オリーブオイルと・・・・・」 フライパンを取り出しながら、必要な材料を頭の中で羅列していく。 そうそう、修行といえば。 グルナードが人型になった影響で、ヘルシーで栄養バランスの取れた食事を作る俺のスキルが、こ こ最近軒並み右肩上がりで上昇中だ。俺の料理レベルはどこまでアップしていくんだろう。 いや、だって高カロリーで栄養バランス皆無のご飯なんて、元野生の元鳥が食べたらどうなるかな んて・・・・・ちょっと考えれば想像が付くだろ? 早死にさせる訳にはいかない。 さて、何があったかな。 めっきり主夫になった心持ちで冷蔵庫の扉を開ける。業務用って便利だけどデカすぎないか? 「えーっと、鶏肉・・・・・いや止めとこう。豚肉と、卵と・・・・・」 一瞬、鳥=グルナードという公式が頭に浮かび伸ばしかけた手を引っ込めて別の肉を手に取る。 いや、雉の肉とか捕ってきて食べさせた事もあったんだけどさ、何となくやめとこうと思って。 ほら、豚肉って栄養あるしね。生姜焼きとか美味しいじゃん? ね? 「やっぱ魚にしとくか?」 しばし冷蔵庫の前で悩む俺だった。 どんな美形をイメージしたんだ、グルナード。 しばらくして部屋から出て来た人物を一目見て、瞬時に思ったのがそれだった。 化けた。子どもの姿を初めて目にした時もそう思ったが、今回はそれにも増して深く思った。 スラリとした長身にスッと通る鼻梁。さらさらの銀色に光る長い髪を肩の辺りでゆるく縛り、鋭い 切れ味を連想させる深紅の瞳は綺麗なシンメトリーで俺の顔を直視している。 細身だが服の上からでもしっかりと、だが無駄のない筋肉が付いている事が分かる。 白い肌はまるで彫像と生きた人間の間にあるような生命力を感じさせてゾクッとした。曖昧な境目 で揺れるアンバランスが逆に倒錯的で目を惹かれる。 いや本当に、どんな人物像をイメージしたんだグルナード。 そんでもってその姿を固定化させて、なおかつ微塵も不安定さを感じさせない安定感はすごすぎる。 ・・・・・・・・・いやいやいや、ボーッとしてる場合じゃない! イメージ化と固定化と安定化に成功したんだぞ? まずは喜ぶべきだよな。驚いてる場合じゃない って! 「・・・おめでとう、グルナード」 言えば、グルナードは少し驚いた顔をした後に、ふわりと微笑んだ。 ・・・・・スゲー、笑っただけで空気が変わった瞬間なんて初めてみた。 いや、邪悪な笑みで空気が変わった場面に遭遇した事ならいくらでもあるけど、こう、場が和やか になるというかふわふわしたものになるというか。殺伐とした裏社会に身を置いていたんだから、 当たり前といえば当たり前なんだけど。 「成功祝いだ、思う存分食べてくれ」 本当は「初めてのイメージトレーニングお疲れ様」と称したご馳走だったんだけどな。主旨は変わ ったけどお祝いって事には変わりない。腕によりを掛けて作ったんだぞー。疲れてるだろうからっ て張り切ったらとんでもない量になったけど。まぁ男二人だし大丈夫だろ。 というかいつまでも立ってないで席について食べようぜグルナード。 そう思って席を勧めるためにグルナードに近付いていった。そうしたら。 「・・・・・・・・・!」 そこで俺は気付いてしまった。 少し離れていたから気付かなかったけど、近寄ってみて初めてその事実に気が付いた。 俺より背が高い・・・・・!! 動きを止めた俺を不審に思ったのか、首を傾げるグルナードに「何でもない」と言って誘導するが、 ショックで乾いた笑みが零れる。思わずグルナードを注視しそうになって背中から目を背けた。 いやそれくらいでって思うかも知れないが男にとっちゃコレって結構ショックだぞ。 俺だってそれなりに身長があるが、それだって牛乳とか適度な運動とか睡眠とか気を遣ってここま で形成できた、言うなれば努力の結晶の賜物だ。それがたった数時間で追い越されるなんて・・・・・! そらした視線の先にある窓の、更にその先にある空を睨み付ける。 嫉み? 八つ当たり? あぁその通りさチクショー! 美形でタッパがあって、念能力使えて強いって、お前どんだけ神様に愛されてるんだグルナード。 鷹の時もモテそうだなぁと思ったけど、人間相手でもすごくモテそうだよな。 現在有望、将来ますます有望なこと確実であろうグルナードに、今度は心配になってきて焦る。 だって今まで鷹だったのに人間の生活に順応出来るんだろうか。 あ、あぶねー! (多分)世間知らずのグルナードをいきなり街に放り込む所だった!! そうだ、人間に慣れる慣れないの前に、まずは人間の常識を教えなきゃダメじゃないか! あー気が付いて良かった! 今度からそういう勉強もしなくちゃ! 大人しく席に着いたグルナードの背を慌てて追いかけて、俺も席に着く。 嬉しそうにご飯を頬張る姿に俺は新たな決意を固めた。拾った以上、俺が責任を持ってグルナード をサポートしなきゃな! 子持ちの気分になりながら、俺は念の修行と併行する教養の修行について段取りを頭の中で組み立 てつつ、明日の献立を考えた。 -------------------------- 夢主から見たらグルナードは子ども扱いですよ(笑) という訳で、Bボタン連打にも関わらず、成長しました。だがなぜ美形に。 マジどんな番組見たのグルナード。ホストの特集でも見たのかね。 いい声してそうですよね。その分、怒った時の冷えた声は怖そうですけど。 ホストクラブの帝王(夢主)とその騎士(グルナード)は貴女のご来店をお待ちしております。 嘘です。 ちなみにタイトルの「ecdysis」は、日本語で「脱皮」 ははははははは(笑) (08/08/22)