キャンセル不可の能力開花
エア・ギアの世界に飛ばされてからというもの、俺はホテル暮らしをしている。
身分証明? そんなもの、前の世界で培われた技術を使えば問題はない。倫理的に問題があろうが、
俺的には問題がないからいいのだ。いいったらいいのだ。・・・・・・いい事に、してクダサイ。
ハンターの世界は流星街出身、と言えば公的な身分証明が無い事はそれで納得されるけど、日本じ
ゃそうもいかないんだよなぁ。
日本ってアメリカよりも戸籍に関してはしっかりしてる。アメリカだと住民票で事足りるような事
でも、日本はきちんと身分を証明する戸籍が必要だ。でも俺にはそれが無い。まぁ現状で戸籍がい
るような事情は無いから問題は無いんだけどさ。
そこで活躍するのが俺の偽造技術だぜ! ・・・・・・あんま大声で言えないスキルだけどね・・・・・・。
取り敢えず仮の証明書と、あとお金の力があればある程度は自由に動ける。
お金を持ってる人の機嫌は取っておく。どの世界でも共通する、世の中を渡るコツだ。このホテル
にはそれを知る人間が多いらしい。ついでに言うともう一つのコツは、必要以上に関わらない事。
金持ちのゴタゴタに巻き込まれていい事があるなんて、奇跡でも起こらない限りそうそう無い事だ
からだ。
お金持ちと付き合うにはこういう態度を心がけておかないと後で悔やむ、というのは俺の経験から
の結論だけど、あながち間違っちゃいない。
あ、俺に何があったかは聞かない方向で。むしろ気にしない方向で。
世の中、知らぬが仏だよ。
で、最上階のホテル暮らしだから、部屋にはシステムキッチンがあったりする。あんま使わないん
だけどね。いや、正確に言うと、使ってなかったっていう方が正しい。
それというのも、グルナードを保護してからその容態が気になって、外になんか出れたもんじゃな
かったんだよね。目を離して何かあったら大変だし。で、必然的に俺は自分で料理して自炊の日々
だ。ルームサービスは楽なんだけど、俺がひとっ走り行って「山から捕ってきた生肉を捌いて下さ
い」なんて言えないだろ?
俺が喰う訳じゃないけどさ、でもやっぱりこう、人間としての抵抗感があるだろ!?
客に『生肉を食べやすいように切って下さい』と言われたら、なんてマニュアルなんかある
訳が無いんだからさ! 言われた従業員は十中八九「このお客変人だ」って思うよ!!
ごめんよグルナード。俺、まだ人間としてのナニかを無くしたくはないんだ・・・・・・。
で、残された道は自炊しか無い訳で。外食しようにもその間グルナードに何かあったら大変だから
な。ホテルの人間に見つかってもマズイし。料理ってハマると楽しいな。時々ハズレもあるけど。
ちなみに料理してる間、やたらとグルナードの視線が突き刺さって痛かったから、鳥が食べても問
題なさそうな品を差し出してみたら意外に食べた。鷹って人間のご飯も食べるんだ・・・・。新発見だ。
そんなこんなでグルナードを保護して世話をしてる間、俺はホテルで料理をしたり瞑想したりして
たんだけど・・・・・・。
現在。
朝の8時10分。場所、宿泊してるっていうより住んでるホテル、のベッドの中。
現状。
俺の隣に見知らぬ少年の寝顔。
ちょっと待て―――!!!
俺は咄嗟に飛び上がって上体を起こした。すると衝撃が伝わったのか、少年が顔を潜めて覚醒の気
配を見せる。しまった、起こしてどうする俺。叫ばれる? 俺、叫ばれるのか? え、何にもした覚
えも記憶も無いんだけど。っていうか知らないんだけど。この子誰。この状況ナニ。
俺が内心でオタオタしてる間に、どうやら少年は完全に目が覚めちゃったらしい。わー! わー!
覚めなくていいよ寝てていいよむしろ起きないでちょっとー!!
とろん、とした目がうっすらと開いた瞬間、俺はぎくりと身を竦ませた。その拍子に習慣でベッド
サイドにある小さな机みたいなヤツの上に置いておいたナイフが転げ落ちて、慌ててキャッチする。
よ、良かった、危うくホテルのスイートに傷を付けちゃう所だった・・・・・!!
見た目、まだ12歳くらいの少年の目に入れるような物じゃないので、ナイフは即座に仕舞った。
教育上よろしくないからね。それに目が覚めて飛び込んできたのが凶器って、嫌すぎる。俺だった
ら絶対に叫ぶよ。大声で。それをして欲しくないから少年の前からナイフを隠す。
・・・・・・まぁ、叫ばれるのも時間の問題なのかもしれないけどね・・・・・・。
イヤイヤイヤ!! 違う、違うぞ、俺は何もやってない!!
焦っても現状を分かって無くてパニックしてても、叫ばなかった俺エライよね。
ごくり、と息を呑んで少年の様子を見守る。どうしよう。どうするべきなのかな。警察に届けるべ
きなのかな。いや待て。それだと俺は未成年の誘拐をしでかした犯罪者に映るかもしれない。却下
だ。違う。俺は何もしていない。
まじまじと少年を見詰める。
うん、でも誘拐されてもおかしくない容姿だ。銀髪っていうより、それよりももっと白みがかった、
そう、真珠みたいな輝きを持つ髪に、熟した果実みたいに真っ赤な瞳。どこかで見た事ある・・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
何か、どっかで見た覚えのある配色、なんですけど。あれ?
脳裏を刺激した直感に、しばし思考を明後日へ飛ばす。
この気配、というよりも、この少年から発せられる圧迫感には覚えがある。
この世界に来てからは懐かしい、他者の念、オーラを目の前にしている感覚。
・・・・・・・・・あれ?
念。見た事のある配色。オーラ。ホテルの最上階。森の中。保護した鳥。アルビノ。
・・・・・・。
・・・・・・・・・まさか。
まさかまさか、そんな、まさか。ひょっとして、俺の目の前にいるのって、
「・・・・・・・・・グルナード?」
戸惑いながら手を伸ばして髪に触れる。すると、少年はしっかりと俺の目を見て頷いた。すんごく
キラキラした笑顔で。
「はい、流石は様ですね。すぐにお分かり頂けるとは、身に余る幸福です」
流暢にそう言ってにっこりと微笑むその姿は天使とも思えるそれだったが、俺の脳みそはそれどこ
ろじゃなかった。
とっ、鳥が人間になっただと―――!?
ここはハンター世界とは違っていると思っていただけに、そんな世の理に反する生態系なんていな
いと思っていた。何て事だ、これは早急に認識を改めなければならない。
まさかここも、非常識で満ちあふれる世界だったなんて・・・・・!!
打ちひしがれる俺だったが、ややしてからハッとした。
そういえばグルナード、俺の所為で念を使えるようになったんじゃなかったっけ。
・・・・・・・・・もしか、して。いや、もしかしなくても。
これが、グルナードの念、つか発の状態なのか?
俺はひとつの仮定を導き出し、そして何の違和感もなく人間に化けたグルナードに感服した。
だってこれって初めて化けたんだよな? それなのに見た目も喋りも完璧ってすごすぎる。
あ、でもまだ怪我だって完治してなかったのに、いきなりこの状態を持続させるのってマズイくな
いか?
うん、さっきのキラキラしい笑顔は初めてなのに完璧に念を使えた事が嬉しくって浮かんだんだな。
でもダメだぞグルナード、まだ怪我人・・・・いや怪我鳥? なんだから。
「無理はするな」
注意をして、それから鳥の姿の時にしていたように、髪を撫でてやる。
いやホント、良くやったよグルナード。たいしたもんだ。初めてなのにあんなに違和感なく人間に
化けれるなんて。言葉も全然ちぐはぐじゃなかったし。
でもな、やっぱり無理は禁物だよ。ほら、顔が赤くなってんじゃん。
「使い慣れていないうちは、あまり長く変わらない方が良い」
「も、申し訳、ございません! すぐに・・・・・・・」
あれ、赤かった顔が、今度は青くなった。
うわヤバっ、マジで具合悪くしたのか!? しかもちょっと落ち込んでるっぽい?
泣きそうにも見えて、俺は大いに焦った。目の前にいるのがまだ子供という事も相まって、余計に
あわあわと挙動不審になる。
な、泣くなー、泣くなよー。
俺は俯き気味になったグルナードの頬に手を当てた。そしたらビクってされた。いや怒ってない、
怒ってる訳じゃないよグルナード!
「謝らなくて良い。俺はただ、グルナードの元気な姿を見たいだけだ」
何しろ出逢いが出逢いだったし、俺はまだグルナードが空を飛ぶ姿を見た事が無い。
その為に早く治って欲しいし、笑っていて欲しい。
正直な俺の気持ちを言うと、グルナードはバッと顔を上げて目を丸くして俺を見た。
そんなに驚かれるような事を言っただろうか。え、俺の日本語、どっかおかしかった?
目を合わせたグルナードは、そうして数秒俺を見詰めていたかと思うと、今度は嬉しくて嬉しくて
仕方がないような、幸せすぎて笑う事以外を忘れたかのような、そんな顔になった。
天使、再び・・・・!!
その眩しすぎる笑顔にちょっとばかりたじろいだ俺の気持ちを察してくれ。あれは心臓に悪い。
何がって、俺のやましい所が浮き彫りにされたようで居心地が・・・・・・。
あー、朝から不整脈になる事が多すぎだ。
一切身に覚えは無いけど何故だか隣に見知らぬ少年が寝てて、しかもそれが先日保護した鳥で、さ
らにあんな穢れのない純粋無垢な微笑みを向けられるなんて。
まぁでも、過ぎてみれば悪くない。新しい朝が来た、っていう感じでなかなかのスタートじゃない
か。うん。
「様・・・・・・」
・・・・・・その様付けも気になる所だけど、今はちょっと隅に置いておいて。
初めて念能力が使えたよ! の記念すべき朝に最初にやりたい事は何かな。聞いてみよう。何だか
気分はすっかり父親だよ俺! もしくは初孫に喜ぶおじいちゃん! だって俺に出来る事っていった
らそれくらいしかないんだもんなぁ。情けないけど。
・・・・・・そういや俺、もうすぐ三十路なんだよなぁ・・・・・・。
色々あって忘れてたけど、十の位の数字が、三になるんだよなぁ・・・。
って! 違う違う、そうじゃない、俺の事はいいんだ。俺よりもグルナードだ。
気を取り直してグルナードに向き合う。
意思疎通については問題ないみたいだし、鳥の時には聞けなかったグルナードの要望も聞き取りや
すくなった事は幸いだった。やっぱコミュニケーションは大事だよな。共有できるって良い事だ。
今までは想像で何となく予想する事しか出来なかったから、これを機にグルナードの事、色々と知
れたら良い。
手始めに、まずはやりたい事だ。
さて、何と言ってくるのだろう。俺は色んな事を考えながら口を開いた。
「グルナ「ぐうぅぅうぅう~~~」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・えー、と。なんだ。
本人が口を開くよりも、グルナードの腹の虫が先に自己主張してきたんだな。
・・・元気なのはいい事だと思うぞ、うん。
「・・・・・先に朝食にしようか」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・」
恥ずかしいのだろう、プルプル震えて耳も手も真っ赤にして俯くグルナードに、俺は軽く頭を撫で
てからベッドを抜け出し、キッチンへ向かった。
「すぐに作るから、少しだけ待っていてくれ」
俺の言葉が打ちひしがれるグルナードに、更に追い打ちをかけたなんて事を、この時の俺が知る由
も無く。ただ人間の姿で初めて食事を摂る事になるグルナードには、どんな料理が口に合うのだろ
うと、そればかりを考えていた。
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おや・・・・・? グルナードのようすが・・・・・・
BBBBBBBBBBBBBBBB
・・・・そんな便利機能、ありません。
という訳で、グルナードは人型になりました。進化しました。でもまだ最終形態じゃないです。
現時点ではまだ子供。イメージ的には、「描いてみた」の子供ver.です。
ですが皆さんのご想像にお任せします。お好きに子供グルナードを妄想して下さいませ!
そんな簡単に大人になられちゃ世の念能力者たちは立つ瀬がありませんよ。
取り敢えず、夢主がホテルに住んでいる事、人間の子供の姿になったグルナードの部分を書き
たかっただけなので、ラストとかギャグに走っちゃいました。
まぁ、たまにはこんな経験も良かろうよ、グルナード。(くっくっく)
(08/05/13)