ワシの店は普段は賑わうんじゃが、それはライダーが外を走れる時のみじゃ。
つまり、こうした雨の日は客は期待出来んという訳じゃな。
おお、自己紹介が遅れたな。ワシの事はコロ爺と呼んで構わんぞ。
・・・・・・うむ、素直なのは良い事じゃ。
しかしまぁ、いくら期待は出来んとはいえ、ワシもそれだけを生きる糧にしとる訳じゃないからの。
店は開かずとも車は出してる時もあるぞい。
じゃが、まさかあんな光景を目にするとは。長生きはするもんじゃな。
コロ爺視点
小雨から突然土砂降りへと一転した空を眺めて、通称コロ爺はこりゃ本格的に駄目じゃの、と胸中
で呟いた。
普段はライダーが駆け回る街も、今は恐ろしいほど静かだ。
その代わりとでもいうように、雨音だけはやけに激しく自己主張を続けている。そんな事をしても
ライダーからは鬱陶しげな目で見られるだけだというのに、一体誰に向かって語りかけているのか。
駐車していた運転席で、ぼう、と窓の外を見る。ひどい雨だ。当分は止みそうにない。
学校は休日で、外は雨。やる事がない。いや、あるにはあるのだろうが、その気が起きない。
よってコロ爺はだらーっとしていた。だらけていてもどこかビシッと決まっているように見えるの
は何故だろう。しかしそれを突っ込む人間は、今は周りにいなかった。
何となく窓の外を眺めていたコロ爺だったが、ふと雨音に紛れて聞き覚えのある音を耳で拾い、ぴ
くりと眉を動かす。
本当に微かにではあったが、滑りでもして音が大きくなってしまったのだろう、摩擦音が聞こえる。
それは決してタイヤが出す音ではなく、コロ爺にとっては馴染みのあるもの。
(こんな雨の日に、無謀な輩もいたもんじゃのぉ)
思わず呆れるが、しかしそんな気概を持つ者は嫌いじゃない。限界とは周りが決めるものではなく
己が決めるもの。
だが、今回ばかりはそれも通用しない。雨の日にエア・トレックは使用不能。それは初心者でも知
っている基本中の基本だ。
一体どこの馬鹿じゃ?
コロ爺はふと興味を引かれて運転席から身を乗り出した。けれどやはり、雨に遮られてその姿を捉
える事は難しい。
ふん、このワシを甘く見るでないわ。
誰に向かってすごんでいるのか、コロ爺はにやりと笑い眼光を光らせた。
すると、太陽の光を遮る雲が街中に暗い色を落とす中に、白く通り過ぎていく何かが見える。
あれは。
・・・・・・エア・トレックかの?
いまいち確証が持てないのは、明らかにそれはコロ爺の知るエア・トレックとは逸脱していたから
に他ならない。違和感。一言で言うならそれだろう。
こんな雨の中で走っている。それだけでさえ驚愕なのに、あのエア・トレックのスピード、機能は
他と引けを取らないくらいの性能を誇っている。
思わずコロ爺は天気を確認した。雨だ。間違いなく大雨だ。なのにあれは、やや他より劣る速さで
あるものの、走り自体に影響は見られず順調に走行している。
・・・・・・一体何者じゃ?
戦慄と共にそんな事を思う。
有り得ない。雨の日でも走る事の出来るエア・トレック? そんなもの、構造的にも考えられない。
歩く事くらいは出来よう。けれど、あんな風に走る事は、決して。
しかし現実はどうだ。目に映るのは確かにエア・トレックが走る姿。走っているのは、恐らく男。
信じられない。こんな事が有り得るのか。
未だに衝撃の渦中にいるコロ爺を、更に衝撃が襲った。
何と、かなりの距離にいる男が、いきなり加速して建物の上から走り降りてきたのだ。
何だ、と思い視線を動かせば、そこにいるのは子供の姿とかなりのスピードを出しているトラック。
まさか、あの男。
コロ爺の予感は当たった。その男は一目散に子供へ向かっている。
馬鹿な! あの距離からこの雨の中、エア・トレックの能力をあそこまで引き出すとは!
次の瞬間、コロ爺の車の傍をトラックが猛スピードで通り過ぎていった。
やがて別の車にぶつかったのか、後方から激しく車が衝突する音が轟く。
けれどコロ爺がそれに構う様子はない。目は前方に向けられ、口元には笑みが称えられている。
久しぶりに血が騒いでいる。
コロ爺はどくりと鼓動する心臓を他人事のように感じ、嗤った。
恐らく、晴れの日の場合、あのエア・トレックは今以上の性能を現しているのだろう。
けれど今は雨。本来発揮されるべき性能は、その影響で50%以下だと推測出来る。
つまりあの男は、その足りない分を己の脚力や持ち得る身体能力でカバーしているのだ。
だが今の走りさえ、本気ではあるまい。その証拠に、男は至って平然と構えている。
全力を出した後ならば、もう少し焦った様子があるはずだ。それが無いという事は。
・・・・・・末恐ろしい若造じゃの。
コロ爺は再び嗤った。
今まで多くのライダーを見てきたが、あの男のような存在には未だかつてまみえた事が無い。
風になる感覚。ふとそんなフレーズが脳裏を過ぎった。
風。
変幻自在に形を変え、自由に気ままに駆け去ってゆくもの。
次に瞬きをした時、男の姿は消えていた。
まるで幻のようだったが、しっかりとコロ爺は覚えている。その衝撃と共に。
・・・・・・直接会える時が、楽しみじゃの。
果たしてその日は訪れるのか否か。
コロ爺には知りもしないが、訪れれば良いと思いながら、コロ爺は背もたれにもたれかかった。
雨の日も、なかなか捨てたものではないのぅ。
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違いますっ! ただの力業なんです、無理矢理なんですーっ!
じっちゃん、老眼鏡どこしまったの!
・・・・はい、という訳で、マイナーにも程がある、コロ爺ちゃんです。
えぇ、雨の話題は絶対にこの人で行こう、と固く決めてました。
というのも、弟から「コロ爺は出ないの?」の一言から始まったんですが。
じっちゃん、最初はまともな見解だったのに・・・・。どこで道を間違ったのか。
確かにすごいっちゃーすごいんでしょうが、何か違う。
こうして人知れず勘違いは広がってゆくのである。夢主の知らない所でどんどんと。
・・・・何かのウイルスですか。
(08/03/29)