エア・ギアを読んだ事のあるヤツなら、知ってるだろ? エア・トレックは雨の日には走れないって。どんな高性能でも、ほとんど走る事は出来ないって。 でもさ、それって本当の事なのかなって確かめたくなるのが、読者の心だよな。 っつー訳で、俺は今日、雨の中エア・トレックを履いて街に行こうと思います! ふふふ、何故なら雨の日には走れないと知っている暴風族に、わざわざこんな雨の中で遭遇する事 は無いだろう? はっはっは、計算通り! あ、もちろんグルナードは付いて来ちゃ駄目だからな? 空からのアプローチ


・・・・・・なぁ、これって卑怯な事を思いついた俺への罰なのかな。 俺は上を見上げて魂を半分飛ばしながら突っ立っていた。視線の先にはぶ厚くて真っ黒な雲。そこ から落ちてくる水の雫。いや、雫なんて可愛らしいものじゃない。 さっきまでは確かに小雨だったんだ。いくら俺だってこんな土砂降りの中で、作中でも走れないっ て言われてるエア・トレックをやろうなんて思わないって! けど、周りを見渡してさぁ走るぞ! って思ったその時、突然雨脚が強くなって、この状態。 ・・・・・・どうしたもんかなぁ。 俺は溜息を吐いた。靴を履き替えてから人気のない道を少し走って、それから本格的に走ろうとし た矢先にこんな降りになってきたもんだから、走ろうという気力が削がれた。 でも、そういう事も言っていられない。 なぜなら戻るにしたってこの雨の中を走らなきゃいけないからだ。傘? ・・・・・・ふふふ、そう、傘。 傘ね。それがあれば話は簡単なんだろうさ。けど、でも、それはお金を持っているからこそ出来る 芸当だよね? 所持金ゼロの俺にはどうしようもないんだよね。 あああこういう時に限ってぇぇぇぇ!! タイミングが悪いってこの事だよ。俺、少し試すだけのつもりで外に出て来たから何も持ってない んだよね。ふふ・・・・・・。今思う事は、誰か俺にタイムマシーンをくれって事だよ畜生!! でも、こうやって悔いている間にも雨脚はどんどん強くなっていく一方で、さっきから全然弱くな る兆しを見せない。・・・・・・どうしたもんかなぁ。 俺は何度目かの溜息をついた。見上げれば雲。目の前には滝のように落ちてくる雨。 ・・・・・・仕方ないか。 俺は肩を落として一つの決断を下した。 どうせここにいたってどうする事も出来ないんだ。それに、俺の目的は雨の日だとエア・トレック は本当に動かないのか試す事。幸いな事にこれだけの雨だと、出歩いている人間の数も少ないだろ う。街をウロつくライダーたちもまた然り。ある意味俺の危険度は下がった訳だ。コンディション 的に最悪、という訳ではない。この雨を抜かせば。 一度爪先で地面をトン、と叩く。 さて、いっちょ行きますか。 俺は勢いよく雨の中へと飛び出した。 ビシャビシャと服から流れる水が後方へと飛ばされていく。 顔に当たる雨も髪を伝って後ろへ流れた。全身ずぶ濡れ。でも、慣れてくると結構気持ち良い。 それでも普段より走るスピードが落ちていると、しっかり感じ取る事が出来る。ずり、と足が滑り 軸がぶれた。慌てて修正する。 「く、のっ」 時折言う事を聞かない足下に舌打ちが思わず零れた。 走れないとは知っていたけど、まさかここまで走れないものだとは思わなかった。全然エア・トレ ックらしい事が出来ない。ただでさえ無いスキルが更になけなしのものに・・・・・・。 ・・・・・・思えば、これはシムカから初心者用にって買ったものだしな。そりゃ無理に決まってるか。 分かっていた事だったけれど、やはり無理なのかと思ってがっかりする。あーあ。 でも良い事が一つだけある。それは、ライダーが一人もエリアにいない事だ! つまり昼間は走れない街中を自由に走れるって事。うんうん、役得だよな。・・・・今だけの。 思った以上に走れなかったエア・トレック。改めてその事実を身を以て痛感した訳だが、誰もいな い街並みの中を走るのって、結構、いい。ありきたりだけどさ、独り占め! って感じがするんだ よなぁ。通行人だって、みんな傘を広げて頭上なんか見ていない。ビバ、雨の日! シムカの前じゃ絶対言えない一言だな! ・・・・・・怖っ。 走れない、走れないとさっきから連呼してる俺だけど、足はしっかりと走りのそれだ。 何故かって? そりゃ、俺がエア・トレックを使って走ってないからだよ。 つまり自力。ははは、エア・トレック履いてる意味が無い。 うん、でも、いいんだ・・・・・・エア・トレックで街の中を昼間に走ってるっていう、その事実だけで 俺は満足さ・・・・・。 普段一人だと、こういう幸せも感じる事が出来・・・・・・うぅ、しくしく。 ・・・・・・いやっ! 考え方を変えてみろ俺!! そう、これもハンター時代にやっていた修業だと思えばいいんだよ! エア・トレックは重石!! いかに通常の環境で走っている時と同じ状態で走れるか、それが今回の目的だと思えば良いんだ! ・・・・かなり無理矢理な理由だって、俺も分かってるけど、頼むから突っ込まないで。そうでも考え ないと、俺が切ない・・・・・・。 少し物悲しくなりながら、それでも走っていた時だった。ふと目を下へ移すと、横断歩道を渡る子 供の姿が見える。視線を走らせて確認すれば、信号は青。 うんうん、ちゃんと親御さんの教育が行き届いてるんだな。ちゃんと自転車用じゃない、歩行者用 の所をちょこちょこと歩いている。 お使いか何かを頼まれていたのだろうか、その手には少々体の大きさとは不釣り合いなデカい鞄が 一つ。それが何ともアンバランスで、思わず笑みが漏れた。かわいいなぁ、マスコットみたいだ。 何となくその光景を眺めていると、不意に大きな音が耳に入る。 何だろうと思って発生源を探ると、そこには。 「―――!」 クラクションを鳴らしながら勢いよく走ってくるトラックが、一台。 恐らくスピードを出しすぎてブレーキをかけているんだろうが、雨のせいでそれが思うように機能 しなかったのだろう。一直線に道路を滑っていく。そしてその先にあるのは。 ・・・・・・・・・先程見ていた、横断歩道。 驚愕に目を見開く。大きな鞄を持っている所為で思うように歩けなかったのか、よたよたと危なっ かしい足取りで歩く子供の姿がハッキリと視界に入った。 ・・・・・・そこに迫るのは、制御不能になった暴走車。 クラクションが鳴り響く。気付いた車が脇へ避ける。誰もがそのトラックから離れていく。 けれど。 激しい雨にクラクションの音が少し掻き消されたのか、子供が音に反応して顔を上げた時には、既 に子供とトラックの距離は100メートルも無かった。 「・・・・・・・くそっ!!」 これが、普段エア・トレックに浮かれてそればっかりしていた俺への罰なんだろうか。 思うように動かない足。縮まらない距離。進まない体。 ・・・・・・・・・舐めンなよッ!! 俺は思いきり壁を蹴った。トラックと一緒に子供へ向かってただ真っ直ぐに。 体勢を低くして一切の空気や何やらの抵抗をはね除ける。目線は子供に固定されていた。ただそこ から子供の身を攫う事のみを考える。 ・・・・・・・・・一際大きなクラクションとブレーキ音を聞いた気がした。 腕にあるしっかりとした感触が、じわじわと俺に伝わってくる。 ・・・・・・助かっ、た? 脇に抱えたままの子供を、そっと地面に降ろす。子供はきょとんとした顔をして俺の顔を見ていた。 一度目を合わせてから全身へ視線を移す。どこか、怪我は。 ・・・・・・けれども心配は杞憂に終わり、どうやら子供に一切怪我は無いらしい。 それを確認したら気が抜けてほっと胸を撫で下ろした。あー、・・・・良かった。もうあんな嫌な緊迫 感はいらない。切実にいらない。 安心したら急激に現実感が湧いてくる。降り続ける雨の音が耳にうるさい。未だに強い雨脚の所為 で濡れた髪からは雫が落ちてくるし。鬱陶しいなぁ、もう・・・。 それを掻き上げて、俺はしゃがんでいた体勢を戻して膝を伸ばした。 何か、今日って俺、厄日か何か? さっきからずっと災難にばっか遭遇してる気がする・・・・。 雨脚は強くなるし、危うく目の前で子供が死ぬ所だったし・・・・・・。 もしも間に合っていなかったらと思うとぞっとしない。本当に良かった、助ける事が出来て。 俺の目を追うようにして、子供が俺を見上げる。何か言い足そうな顔をしているが、多分この子、 今自分がどんな目に遭ってたか分かってないんだろうな・・・・・。 いや、でも、子供に非はない。ちゃんと信号を守って横断のルールも分かっていた。今回は偶発的 な事故だ。分かっていても、ついつい口が出てしまう。 「次からは、気を付けろよ」 子供にとっては変な事を言う大人に見られてるんだろうなぁ、俺・・・・・・。 きょとんと見上げる子供の表情から、それが分かる。何を言っているんだろう、という目だ。 俺にはそんなキラキラした目、眩しすぎて直視出来ないぜ・・・・・・。 ハッ! 待てよ、って事は周りにも不審者に見られてる可能性がデカいって事か!? 大変な事に気付いてしまった俺は冷や汗をかく。 それはマズイ。不味すぎる。ちょっと人には言えない職業をしている身にとって、警察沙汰という のは避けたい事項だ。と、とっとと退散しなくちゃマズイー!! 畜生、親切心が裏目に出るってこの事かっ! いや、後悔はしてないしこの子が無事ならそれで良 いけどさ・・・・。でもそれとこれとは別問題な訳でッ!! 混乱する頭で、しかし、しっかりと自分の身の危険だけは敏感に察知し、子供の頭を撫でる。 うん、でも、泣かなかったのは偉いぞ。 わしゃわしゃと撫でてから、俺は一気に足に力を入れてその場から逃げた。 あぁ逃げたとも! 逃走したさ! じゃなきゃ俺の人生が終わっちゃうからな!! まさしく脱兎の勢いで、俺は全力で足を動かし、走った。今は雨がうざったい。えぇい、俺の視界 を遮るな水風情がッ! うん、やっぱりさ、俺ライダーっていう程の実力は持ってないけど、一応エア・トレック持ってて 走ってる身としては、さ。 ・・・・・・ライダーにとって雨は敵なんだなと、つくづく痛感した。 畜生、踏んだり蹴ったりだよ、今日の俺ッ!! ---------------------------- 自己責任じゃボケェ。 という訳で、雨の日でも力業で走った夢主。何て滅茶苦茶な。これだからハンターは・・・。 ジャングルで修行した夢主は、当然スコールも経験しています。だから走る事自体は簡単。 実は子供登場あたりは執筆する予定ありませんでした。 でも短すぎたのと、突然このシーンが書いてる途中で浮かんだので、指の動くままに。 行き当たりばったりです。そしてしわ寄せは夢主へ(ごめんねぇ)(誠意が無ぇっ!) タイトルは和仏辞典をパッと開き、目に付いたものから連想して決めてます。 つまり、てきと(げっふげふ!) (08/03/29)