どうしてこんな事に? いくら頭を働かせても、理由など分かるはずもない。なぜなら、いつの間にかこうなっていたのだ から、どんなに自身に問い掛けても答えなど出なかった。 初めて心惹かれた日


風を切る音が耳元で途切れる事なく続いている。しかし寒いという思いは一切ない。これほどの風 に当たれば多少は肌寒い思いを感じるはずだが、それよりも温かいものに包まれているため、そん なものは全く感じられなかった。 「あ、あの・・・・・・」 けれどその「温かいもの」は決して布団やカイロ等というものではなく、人の体温。 そう、自分は他人の腕に抱えられているのだ! (しかも、お姫様だっこで!!) これが動揺せずにいられようか。いや、無理だ。 緊張の余り口が回らない。しかし内心では絶叫の嵐だ。こんなのジェットコースターでも有り得な い! 何この速さ!? ていうか私、何でこの人の腕に抱えられてるの!? 腕に、と考えた辺りで再び自分の現状を思い出し、顔に熱が集まる。 間が持たず喋ったのはいいが、何を伝えたいのかまでは考えておらず、少し途方に暮れた時。 「大丈夫」 ・・・・・・・ッ!! うひゃぁぁぁっ!! いっ、今の笑顔なに!? ちょっ、待って待って待って! どうしよう、この人かなり格好良い。 今の状況に至る過程をすっかり忘れて、今の体勢の恥ずかしさに頬を染める。 抱えられているだけで腕の逞しさだとか力強さがダイレクトに感じられるのに、さらにあんな・・・ あのような笑顔まで向けられてしまっては、もう、動揺するしか無いではないか! 安心させるように微笑んだ顔。 あまり表情は動かなかったが、それでも僅かに上がった口端と少し細まった目は、確かに優しさが あって。 それだけでも十分に赤面ものなのに、更に彼は腕に込める力を強くしたのだ! 「・・・・・・・・・っ!」 大事に、されている。 そう錯覚してしまう程に、その腕はひどく安心を与えてくれた。 いっそこのまま時が止まってしまえばいい。そうすればこの幸せはどこにも消えたりしない。 そう考えると、数分前の出来事に感謝したくなる。 うっかり友達と騒いで帰りが遅くなり、バスも終わってしまって更にタクシーを使う所持金すら足 りない財布の中身。・・・帰宅方法は徒歩しか残っていなかった。自分の所為だが、腹立たしい。 仕方なく暗い道を歩いていた時、暴風族に絡まれたのだ。運がない。本当に運がない。 「なぁなぁ、俺らと遊ぼぉぜー?」 「離してッ!」 「はなして~だとよーっ!」 「ギャハハハハッ!」 うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい!! 気持ち悪くて吐き気がして、けれど追い詰められていく。力と数に自分一人で何をどう対抗出来る というのだろう。分かっていても睨み付ける事だけはやめなかった。意地、プライド、その他諸々 ごちゃ混ぜで、頭のどこか一部が諦めに絶望していた。 そんな時だった。 突然何かが自分の体にぶつかってくるように当たってきた。 何っ!? そう思う暇もない程、それは鮮やかで素早い動作。 まるで攫われたように助けられたのだと知ったのは、ついさっきの事だ。 (・・・・・・・・・攫うように・・・・・・・・・) 再び顔が熱くなる。 だんだんと思考が乙女チックになっていくのを自分でも止められない。痛い。今の自分は少し、い やかなり痛い。そう思っていてもやはりこのシチュエーションにドキドキして仕方がない。 そっと自分を窮地から救ってくれた男を見上げる。 格好良い人はどんな角度から見ても格好良いのか。 先程真っ正面から見てしまった彼の笑顔も見惚れるものだったが、今の真剣な表情もクールで目を 奪われる。自分を抱えて走っているのに、その息は微塵も乱れておらず、汗も浮かんでいない。 優しくて格好良くて紳士的。 そんな完璧な男がいてたまるかッ! と普段の自分なら思っただろう。そんなのは漫画の中だけだ と、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていただろう。 けれど現実はどうだ。ここにその実物がいるではないか! けれどその思考を邪魔する気配が現れる。 彼がちらりと視線を後ろへやった。それに気付いてハッとすると、次の瞬間物凄い浮遊感が襲い、 目を丸くする。その突然の変化に恐怖心が抑えられず、たまらず彼の服を握り締めた。 (お、乙女だ・・・・・・・・・) 怖い気持ちもありながらちゃっかりそんな事を思っていると、再び柔らかい感触に包まれる。 もう確認しなくてもそれが何であるか分かる。だって、自分にこんな風に接してくれるのは彼しか いない。 「ごめん。少し、我慢して」 服を引っ張る感触に気付いた彼が、申し訳なさそうな色を滲ませて言葉を紡ぐ。 確かに数分前はあいつらを怖いと思っていた。逃げられないのだと諦めていた。 けれど今は、彼がいる。 何を恐れるはずがあろうか。何も怖くない。この思いは絶対だ。間違いなどあろうはずがない。 ・・・・・・・・・彼がいれば、大丈夫だ。 だから何という事はないと首を振る。それでも彼は「ごめん」と呟いた。その気遣いにたまらなく 胸が震える。降り注ぐ優しさに涙が出そうだ。 ・・・・・・実際に、色々とあったから感情が昂ぶっていたのだろう。じわり、と涙が浮かんできた。 焦る。だって涙なんか見せてしまえば、優しい彼に心配をかけてしまう。 それは少し嬉しい事だったけれど、これ以上彼に迷惑をかけて嫌われてしまうのは嫌だった。 (止まれ止まれ止まれっ!) 気合いで何とか目尻から涙を零すのは避けられたが、やはり全てを隠すには無理があったようで。 (―――!) 彼の顔から表情が消えた。その目は私の目だけを見ている。しまった。 気付いた時には遅かった。彼は私の涙に気付いてしまったのだ。 再び浮遊感が襲う。けれど今度は先程とは比べ物にならないほど、勢いがあり力強い。 ・・・・・・・・・星を掴んでしまえそうだ。 ぼんやりとそんな事を思っていると、腕が離されてどこかに腰を下ろされた。今まで空に向けてい た目をつい動かしてしまい、今いる場所のあまりの高さに固まる。たっ、高い。 初めはそのあまりの高度に戸惑い、何が何だか分からなかったが、次第に不安が襲ってきた。 まさか、お荷物になったのだろうか。自分が邪魔になったのだろうか。 もしそうだったら、彼が私を見捨てたいと願ったとしたら。 絶望に目の前が真っ暗になる。 「すぐ終わらせる。・・・・少しだけ、待っててくれ」 目を見開いた。そしてすぐに自分を殴りたい衝動に駆られた。 あぁ、何ていう事を! 私は彼の優しさを、一瞬でも疑ってしまったのだ! 彼はこんなにも自分を 気遣い、何よりもまず私の身の安全を最優先に考えてくれていたのに!! 悔しくて自分が許せなくて、唇を噛みしめる。別の意味で泣きそうだ。 そんな、泣くのを堪えた私を見て彼は真っ直ぐに私の目を見てきた。とても真剣な表情で。きっと 私が泣きそうなのを見て、まだ恐怖を感じていると思ったのだろう。 ああ、違う。違うのだ。そんな事思ってない。不安に思うなど有り得ない。 けれどその思いは言葉にならなくて、ただ彼の動きを見ているしかできなかった。 「君に、あいつらを近付けさせたりはしない」 大丈夫、と言ってくれている。何に代えても自分を守ると、真実、約束すると。 低く、囁くように、けれど力強く宣言される。その言葉の内容に息を止めると、彼は最後に優しく 滑るように頬を撫でて目を伏せ、あっという間に降りていってしまった。 ・・・・・・・・・良かった。 どっと息を吐き出して頬に手を当てる。 あのまま彼がここにいたら、そして更に何か行動を起こそうものなら、確実に自分の心臓は止まっ ていたに違いない。 っあんな、あんな顔を最後に見せるなんて、卑怯じゃないかっ! もう彼の姿しか目に入らない。囚われたと言ってもいい。もう彼しか見えない。 ピンチの時に現れて、何よりも最優先にしてくれて、あんなに優しく触れられて。 どこの童話だろう。ありきたりな、使い古された演出なのに、心臓が高鳴るのを止められない。 まるで身分違いの恋をしているようだ。 自分はどこにでもいる村娘。彼は領主の息子。いや、騎士でもいい。あの清廉潔白さは王子という よりも騎士を連想させる。そんな手の届かない人に心奪われてしまった愚かな娘。 分かっている。高嶺の花だという事は。決して報われないであろう事は。 けれど、でも。 「・・・・・家まで、送ろう」 「・・・・・・・・・ありがとう」 今だけは、この幸福に浸って。 ・・・・・こうして彼の手を取る事くらいは、許されてもいいよね? --------------------------- ・・・・・・甘ーいッ!! 砂を吐くっ!! 書いてて恥ずかしかった・・・・。どこの三流小説だよ。ベタだ、ベタすぎる・・・・・。 メールのコメントで、「女の子視点は無いんですか?」とあったので書いてみました。 本当は考えてあったんですけど、夢主夢にしかならないから自重したんです。 表情筋をちゃんと動かせ、夢主! (08/03/15)