俺の仕事を紹介します
この世界で戸籍なんて持ってない俺は、取り敢えずの身分証明を金で買った。世の中お金だよ。
え、黒い? そんな、ただ世界の荒波にもまれすぎて色々悟っただけだよ。
でも会社勤めとか、俺がいなくなった後面倒になりそうな仕事は、出来ないんだよなぁ。
だから俺は、ありきたりだけど何でも屋、に近い仕事をしていた。勿論ひっそりと。
近いっていうのはアレだよ、限度もあるんだよ。あんま言いたくないけど、ハンター時代に富豪の
マダムの依頼があった時、俺危うくペットにされそうになったんだよね。何とか逃げたけど、あれ
は色んな意味でヤバかった。違う意味で身の危険を感じた。
・・・・・・日本っていいなぁ! 平和万歳! 素晴らしい!!
最近じゃすごく平和な依頼内容が多いけど、でもたまにとんでもない人がやってくる事がある。
たとえば、そう。
「お前が何でも屋か?」
この人みたいな。
「・・・・・・いきなり何ですか」
あぁ、折角ネットカフェで美味しいお店探してたのに! 何だよ、もう。いや、多少思考があらぬ
方向に脱線していったけど、それはそれとして。
俺はパソコンに向いていた体をくるりと椅子ごと回して振り返った。
振り返らなきゃ良かったと一瞬後に後悔した。
「あぁ? 分かれよこのノロマ。依頼だ、依頼。見て分かンだろ愚図」
さんざんな言われように泣きたくなる。いや、うん、勿論言葉の内容にもそうなんだけどね、でも
それ以上に俺を打ちのめす現実が今ここに・・・・・・!
「・・・・・こんな所まで。天下のマル風は随分とお暇なようですね」
何で依頼先が俺。よりにもよってこの人が、よりにもよってこの俺に。
思わず(聞こえないように)ぽつりと呟いた。聞こえたら最後。俺、殺される。この人は殺る。
「・・・・・・大方の予想は付きますけど、一応聞きます。依頼内容は?」
無視出来たら良いんだけど、そうしたら俺、普通にピンチだからね、うん。
あぁ、この恐怖、懐かしいなぁ。
そう、あれはハンター世界で・・・・・・ハッ! い、いかん、あれは思い出しちゃいけない記憶だッ!
ふっ、封印封印!!
ああああああ、何だってこの人も、俺なんかの所に依頼に来るかなぁ。他にもこういう事手伝って
くれそうな人たち、いるでしょ? なんで俺。
逆光で室長の恐ろしさが倍。いや、さらに倍くらい・・・・・でも足りない。とにかく怖い。恐ろしい。
逃げたい。
俺の言葉に、鰐島さんはにやりと笑った。すごく凶悪に、にやって! ちょ、俺にすごまんで下さ
い相手が違うでしょぉぉぉー!?
じゃあ視線そらせよって? 阿呆! そらせるモンならとっくにそうしとるわい!
でもそらした瞬間喰われるっていう野生の本能が警告してるんだ!
今更そらせるかぁっ! 気分は熊を前にした子鹿だよ畜生ッ! まだ子供なのに何て事を!(混乱中)
「決まってるだろ。鼠の生け捕りだ」
・・・・・・あの、せめて相手は人間なんだから、鼠っていう例えはやめようよ・・・・・・。
分かってたけどこの人の超ドSな性格に、俺は目を泳がせた。今までの喰うか喰われるかの瀬戸際
を綺麗さっぱり頭から吹き飛ばすほど、インパクト強烈です室長。恐れ入りました。流石です。
逃げたいな。逃げれないかな。いや、絶対無理なんだけどね。でも思うくらいは自由だろ!?
そう、そうだよ! それに俺なんかが一緒に行っても絶対俺足手まといだって! わざわざ俺みたい
な初心者に頼まなくても他の人に頼んだ方が絶対いいって! 考え直して室長ッ! 俺戦力外! 今
からでも遅くない、遊び心はそれまでにして思い直して!
俺がそう進言しようとした時だった。鰐島さんの携帯がけたたましく鳴り響く。
「あぁ? 何だよ」
あの、ここ一応ネットカフェの中なんですけど。
そう言おうとしても、鰐島さんの迫力の前に何も言えない。周りのお客さんも俺と同じ心境のよう
で、誰も目を合わせたり声を掛けようとしてこなかった。
素晴らしくゴーイングマイウェイなこの人に注意できる人なんて、誰もいないんじゃないか。
「あぁ? だぁから今から行こうと・・・・・・ハァ? 何ちんたらしてんだ揃いも揃って役立たず共が。
死ね。・・・うるせェな、とっつかまえりゃ済む事だろーが。逃がしたら承知しねぇぞ」
言うだけ言って鰐島さんは通話を切った。すごいや、相手の話なんてまるで無視だね!
・・・・・・その流れで行くと、俺の話も流されちゃったりするのかな。
「チッ、お前がちんたらしてる所為で始まっちまってるじゃねぇかこの馬鹿」
知らないよそんな事ぉ―――!?
理不尽な八つ当たりに、俺は今度こそ顔を引きつらせた。
「そういや、お前エア・トレックはどうした?」
問答無用でアナタ専用の車に押し込んでおいて、今更ですか。
俺は鰐島さんに視線をやった。
「相手は暴風族だぜ? まぁ、取りに行きたいとかヌかしても却下だがな」
じゃあ最初から聞かないで下さいよッ! くそっ、笑いながら言うなんて鬼だあなたはっ!
恨みを込めて睨み付ける。でもあんまり見るとガンつけてんじゃねぇぞ、とか言われそうなので即
90°回転。あの、明らかにこれスピード違反なんですけどいいんですか。
流れていく景色をピントのぼけた目で眺める。あれ、おかしいな。水っぽいものが目を覆って景色
がぼやけて見えるよ。でも会話を続けるあたり、俺って理不尽に相当慣れてきてるよね。
「言っとくが貸さないぜ?」
ホント鬼だなアンタ!!!
文句を言う前に車が止まる。
「おーおー、派手にやってンな」
鰐島さんの言葉は、決して誇大表現では無かった。
・・・・・・いや、ホントに、ドコここ。戦場?
至る所でトリックシューズが滑走する音や何かとぶつかる音が不協和音を奏でる。・・・帰っていい?
「・・・あれを取り押さえろと?」
「簡単だろ?」
言うのはね!
でも俺は大変なんだよ!
なぁ、俺ってどんどん変な事に巻き込まれてない? 漫画のキャラに会うのはいいけどさ、何だっ
てこんな恐ろしい人と会っちゃうかな・・・・・。それでどうして主人公に会わなくて強い人たちと会
うのかな。
いいよ俺はそんな間近でキャラと会話するとか! 遠目でいいよ多くは望まないよ!
せめてハンター世界では味わえなかった心の平穏をギブミー!
・・・・・・・・・・・・はぁ。
俺は溜息をひとつ吐いた。
結局、俺がいくら喚いても現実は変わらないし、会ってしまった事実は変わらない。
さっさと終わらせよう。
そして一刻も早くこの人から離れよう。
俺は車を降りると、軽く関節を回してダッシュした。
まず目の前の方から片付けてくか。
はい、いち、にい、・・・・・・さんしぃごーろく、ななッ!
上へ飛んでいくライダーを容赦なく蹴りつけて地面に落とす。途中何度かバキッとか骨に響きそう
な音がした気がしたけど・・・・・・、き、気のせいだよね、他の人が立てた音だよね!?
今の連続した音に、今までマル風の人たちとやりあっていたライダーが俺に気付いたようだ。あち
こちから視線がぶつかってくる。・・・・・・怖い。
「なっ、」
「何者だ、アイツ・・・・・・!?」
ただの何でも屋です。・・・依頼が無かったらただのプーです。
何人かの驚いた気配に俺はびくびくと狼狽えた。ひぃ、こんな警戒されちゃ俺の動き丸見えじゃん
マズイじゃん手の内読まれちゃ倒せないじゃん!
でもそこはマル風の人々。俺に目を遣って何故か動きを止めたその人達を取り押さえていく。
あ、ありがとうございます。助かりましたホントに。
よし、本職の人も気を取り直して職務を全うしてるし、俺もそろそろ退散・・・・・いや、はい、ごめ
んなさい室長。まだ駄目なんですね。分かったからそんな人を殺しそうな目しないで下さい。
俺は心の中で盛大に泣きながら、残るライダーを相手に大立ち回りをした。
「ご苦労だったな」
にやりと凶悪顔で鰐島さんが笑う。ねぇ、やっぱあなた就職先間違ってませんか。
黙ってれば格好良いですよ、クロロとか化粧落としたヒソカみたいに。モデルとかいいんじゃない
ですか、喋らないから本性バレなくて稼ぎ放題ですよ!
「・・・・・大した事はしてませんよ」
ただ蹴落としてただけだし。ほとんどマル風の人たちがやってたしね。
俺は逃げる人たちを追いかけただけ。でも実は俺が追いかけているように見えて、実際は取り
逃がした後この鬼の室長に追いかけられるだろう俺の未来から逃げてただけだったりする。
・・・・・・っと?
俺は左の手首あたりに違和感を感じて、咄嗟に右手をそえた。あ、腕時計の金具が緩んだのか。後
で直しとかないとな。
ところで鰐島さん、俺帰ってもいいんでしょうか?
お伺いを立てるように見上げる。うわぁ、多分機嫌が良い時の笑顔なんだろうけど、ちっとも見て
る側が気を緩められないのは何でだろう。・・・・・・そして睨まれてる気がするのは何でだろう。
(逸らしたら負けだ逸らしたら負けだ逸らしたら負けだ)
俺が必死こいて目の前の肉食獣に対抗していると、バサリと羽の羽ばたく音が聞こえて上を見た。
「・・・グルナード」
真っ直ぐに降りてくるので、慌てて腕を差し出す。ちょっと痛いけど、それほどでも無いから別に
問題ない。グルナードも気を遣ってくれてるみたいで、この爪が俺を傷つける事は一度も無いし。
ホント、賢い子だよ。
嬉しくなって思わず頬が緩む。あぁ、癒しだ。アニマルセラピーだ。今まで恐怖を感じてたから、
余計にその効果に和む。
ありがとう相棒、俺を助けてくれて。
お礼と感謝を込めて嘴の辺りを撫で、甘えるように頭を擦り付けてくるのを好きなようにさせる。
「おい」
「はい?」
呼ばれて顔を上げる。突き出された封筒に内心で首を傾げるが、取り敢えず受け取っておいた。
何だろう?
「報酬だ。まぁまぁ使えたし、本当は踏み倒そうかと思ったんだが」
おい。
「・・・・・気が変わった。また雇ってやるから有り難く思えよ」
全身全霊でお断りします。
今日みたいな日が何回もあったら俺の心臓が持たないって!!
「安心しろ。今度はもっと上等なヤツとヤらせてやるからよ」
は?
俺は鰐島さんの言葉に目を丸くした。え、この人、今とんでもない爆弾発言しなかった?
これ以上のレベルの人たちを相手させようっていうの?
じょ、じょじょじょ冗談じゃないッ!! 今日のでもいっぱいいっぱいだったのに、これ以上とか
マジ無理!!
一人青ざめていると、鰐島さんはフッと鼻で笑って「じゃあな」と言葉を残し、颯爽と去っていっ
た。場に残るのは、俺と鷹の一匹のみ。
俺は次があるという恐怖に頬を引きつらせていたが、
「・・・・・・会わなければそれも無いか」
無理矢理可能性を抹殺して、俺は溜息を吐いた。
流石に疲れた。色んな意味で。一般人相手につい念を使いそうになる自分を抑えるのに必死だった
り、逆にボコられるんじゃないかと常におっかなびっくりだったよ。はあ。心臓に悪い。
「・・・行こうか、グルナード」
取り敢えず俺は、今日の夕飯ゲットの為に歩き出した。
ねぇ、神様。
俺、死に急ぎたい訳じゃないんだけど、そこんトコどう思います?
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室長登場。危うくBLになる所だった色んな意味で危険度オールグリーンな代物。
そして気付けば名前変換一個も無い。すみません・・・。
(08/03/12)