別視点ver.
我が名はグルナード。人間如きに教えてやるのは癪だが、特別な慈悲をもって今だけそう呼ぶ事を
許してやろう。跪いて感謝するがいい。
何せこの名は、我が唯一にして至高、くだらん人間どもの中にあって頂点に君臨するべき輝きを魂
の内に秘めた、ただ一人の主が賜って下さった掛け替えのない名なのだ。そう易々と主以外の低俗
な輩がみだりに呼んで良いものでは無い。断じてだ。
だがしかし、今の我は少しばかり気分が良い。温情をもってこの時だけは目を瞑ってやろう。
なに、我と主の関係を知りたいだと?
無礼な! 貴様、人間如きが我と主の事を知りたいなどと・・・・・・フン、まぁ良い。許してやろう。
いいか、一度しか言わんからな。我の情け心に感謝して心して聞け、人間。
我が主に初めて相見えたのは、奥深く深緑が美しい森の中だった。
その日、我は・・・・・・今思い出しても忌々しいが、密猟者に狙われて傷を負った。不覚としか言いよ
うが無い。人間如きに後れを取るとは!
我は自分自身を情けなく思いながらも、力を振り絞って逃げた。おのれ、人間め。この借りいずれ
返してくれようぞ!
だが傷を負った状態ではそれも出来そうにない。
仕方なく我は人間に背を向けた。くそ、忌々しい。
少しでもその場を離れようと飛び続けていたが、とうとう限界が来た。我は飛んでいられなくなり、
美しい空を見ながら、下へ落ちていった。
こんなところで死ぬのか。
我はそう思ったが、人間如きにとどめをさされて死ぬより余程マシな死に方だと思い直した。フン、
この命、人間なんぞにくれてやる謂われはないわ。
我が死を覚悟した時。
あぁ、あれは正に奇跡と呼ぶべきなのだろう。あそこで力尽きなければ、我は主に出逢う事なくこ
の生涯を閉じていたかもしれぬのだ!
そう、我が堕ちた先にいらっしゃったのは、我が主、様その人であった。
だが、・・・・・あぁ、今考えても愚かしいとしか言えぬ。
初めて主と出逢った時、我は主の素晴らしさを知らぬ不届き者であったのだ。
視界が開けた時、目に飛び込んできたのが人間であると知り、我は運命を呪った。人間はどこまで
も忌まわしいほど我の癪に障る真似をしてくれる!
我は神をも罵ったが、せめて我が身に宿る誇りだけは汚されてなるものかと唸りを上げた。
だが。
「大人しくしろ」
あぁ、何たる事か!
我はその一言を聞いただけで、体がその人間に支配されていく事を実感した。驚いて抗おうという
気持ちすら起こらないほどに。
自失する我に、その人間は優しく手を差し伸べてきた。我は再び驚いた。たった一声で我を屈服さ
せた人間の手が、ひどく温かかったのだ。そしてその眼差しも。
心地良い。
そう感じてしまった我は、抵抗も忘れて力を抜いた。
そして薄く微笑んだ人間が、我の傷を洗い流している時だった。
「ッ!?」
我は今までに感じた事もない感覚を覚え、ぞっとした。何かが我の体を覆い、そして我の中から力
が失われていく!
だが我が呆然としている間にも、我の体から立ち上る何かは我の体力を奪い続け、我は起きあがる
気力すら失っていった。
死ぬ。
為す術もなく、我が諦めかけた、その時。
「生きろ」
人間の声と共に、ひどく柔らかく優しい手が、我の羽を撫で、我の体を労るように包んだ。
あぁ、人間とはかくもこのような生き物であっただろうか。
間違いなく覇王たる風格を持ちながら、慈悲と恵みを惜しみなく注ぐ。かような人間が、今まで我
の知る中で存在しただろうか。
我は知らなかった。こんな人間があの汚らわしい種族と同種の中で生きていた事など。
我は初めて甘く安らかな一時を知った。どこで我の存在を聞きつけてきたのか、卑しい人間が我を
狩らんとこの森に踏み込んでくるばかりが常であったのに。
安らぎなど無いと思っていた。平穏など、心許せる存在など有りはしないと。
だが、それらは確かに今、我のすぐ傍にある。
・・・・・・このまま天に召されるなら、それも良い。
丁寧な手付きで我の身を撫でる人間の手を感じながら、そう思った時だった。
我はふと気付いた。その手が何かの流れを示すように動いている事に。
頭を巡り、翼に流れ、そしてまた同じく戻る。
その一連の動作が、ある一定の流れを模している事に気付いた時、我は自分がどうするべきか悟っ
た。するとどうだろう。先程まで流れ出るばかりであった我の何かは、途端に流れを変えて我の周
りに留まったのだ。
それだけではない。驚くべき事に、忌まわしい人間に付けられた傷が、僅かばかりではあるが確か
に癒え始めている。
咄嗟に我は頭上の人間を見上げた。
まさか。
すると人間は、まるで良くやったと我が子を褒めるような目で、我を見下ろし笑ったのだ。
そして優しく傷口を布で覆っていく。そのひどく優しい手付きと眼差しに、我は泣きそうになった。
「大丈夫か?」
そう言って気遣わしい目で我を見下ろす瞳は、とても美しい。
この我が、人間に対しそのような感情を抱く事になろうとは、まったく予想もしていなかった。
この人間は、他の人間どもとは格も何もが違う。
ああ、これ以上我がこの人間の手を煩わせて何とする。
そう思って我がかの手から離れようとした時。
「退かなくていい。動くな」
その厳かで優しく力強く、けれど決して押しつけがましさなど見られない声に、あぁ、我はこのま
ま休んでも構わないのだという事を知った。
もう、力を抜いてもいいのだ。警戒する必要もなく、何かに緊張する事も、何も。
その日、我は初めて安らぎという言葉を知った。
しばらく羽を落ち着かせていたおかげか、体力も少しながら戻ってきた。
この人間が傍にいたせいか、思ったよりも早い回復に戸惑いつつも素直にそれを享受する。
ところで、我はどうするべきだろうか。
我はしばし悩んだ。人間の方も我を見下ろしたまま動かない。これは我に退けと言っているのか、
それとも。
「一緒に来るか」
「!」
我は咄嗟に耳を疑った。
確かに、確かに我は心の片隅でそう思っていた。出来るならばこのままこの人間の傍にいたいと。
叶うのならば共に行きたいと、そう思っていた。
けれどまさかまさか、人間の方から尋ねて来るとは思いもしなかったのだ。
いいのだろうか。付いていっても。
はやる気持ちを抱えながら人間の顔を見ると、その顔は穏やかに薄く微笑んでいる。
・・・・・・行きたい。共に、生きたい。
人間はふっと目元を細めた。
「グルナード」
その時の我の心情を、人間、お前たちが知る事も理解する事も出来はすまい。
人間の口から飛び出してきたのが我を示す名だと気付いた瞬間、我の心に満ちたあの満足感、高揚
感、・・・・・・ああ、言葉に表すなど到底不可能だ!
名付けられた。その事実がそれまでの我という我を塗り替え、新たな生命としての我を誕生せしめ
たのだ!
その時我は確信した。この人間こそ、我の主たる者に相応しいと!
「グルナード」
人間は、いや、我が主は確認するようにもう一度我の名を呼んだ。
はい、我が主。
我は誇らしい気持ちでそれに応えた。興奮を抑えられない。
ああ、主、主、我が唯一にして一廉の主よ!
「俺は」
もはや我は、彼のために存在し、彼に尽くすために生きている事を理解していた。
はい、我が主。
それが、我のたった一人の主のお名前なのですね。
我は忘れませぬ。決して、決して。主が賜って下さったこのただ一つの名も、主よ、貴方の御名も
他の何を忘却しようと、この二つだけは、決して。
・・・・・・それが、我と我が主の出逢いだ。
どうだ人間、我が主は素晴らしいお方であろう。やらんぞ。
いいか、その大して中身が詰まってもいなさそうな頭によくよく刻み込め。
・・・我が主に無礼な真似を働いてみせろ、我が即刻その膝を折り、二度と立ち上がれぬようにして
やる。
いいな、忠告はしたぞ。だがそれでも死に急ぎたいのならば仕方ない。
・・・・・・我が直々に、その息を止めてやる。
あぁ、我が主がお呼びだ。
ん? 何だまだいたのか。さっさと自分の巣へ帰れ人間。我は忙しいのだ。こうして時間をとって
やっただけでも有り難く思え。
お待たせ致しました、我が主。
いずこなりとも、御身に付いて参ります。
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夢主への勘違いは種族を超えた!!
異色の夢主夢。しかも相手は鷹。あははははっ!やってしまった・・・・・。
白鷹を擬人化したらどうなるんだろう。腹黒?
夢主にはデレて崇拝。その他は格下扱いだろうなぁ。腹黒そうな執事みたいな。
振り仮名ふってある部分が読みにくかった人へ解説。
「一廉」=ひとかど、と読みます。
(08/03/08)