・・・・・・どうしよう。
周りには誰もいないが、思わず俺はヘルプコールを発動。
いや本当にどうしよう。ど、どうしよう。落ち着け、俺!
どもり、人知れず焦る俺の腕の中には、一羽の鳥がうずくまっていた。
すりこみヒッチハイク
俺は今、エア・トレックを抱えて山に来ている。陽の光が眩しい。
そう、今は昼。そして山の中だ。空気が清々しい!
でもハンター時代の修業時代を彷彿とさせてちょっと気分が落ちた。
ふふふ、あの世界にはねぇ、まさに弱肉強食が全てでねぇ、勝つか負けるか、喰うか喰われるか、
生き残れるるか生き残れないかが、すっごく微妙な均衡の上に成り立つ世界でねぇ。
油断とか、躊躇いとか、そんなの気にしてたらやってけない所でねぇ。ハハハハ・・・・・・。
フフフ・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・ハッ!?
いやいやいや、落ち着けー。ここは世界が違うとはいえ法治国家日本。あんな人外魔境の巣窟じ
ゃあ無い。非常識はびこる世界じゃ無い。
よ、よし。気分を変えよう。
そう、ようやく俺は気付いたんだ!
昼間でも人気がない所にいけば問題は解決するという事にっ!
なぁーんで今まで気付かなかったかな! 人に失敗を見られるのが嫌なら、人がいない所に行けば
良いんじゃん! いやぁ、うっかり、うっかり。
という訳で、俺は山の中にいる。
うん、ちょっとトラウマも同時に思い出しちゃうけど、あの密林に比べたら規模は小さい。日本の
森、万歳。あぁ、いいな、日本。
間違ってもギギャーとかクケケケケケケッとか異様な鳴き声が聞こえてこないんだぜ?
鳴いてもピー・・・っていうのとか、チチチ、っていう控えめなのとか、和む音ばかり。平和だ。
それに人がいないこの場所なら、多少無茶しても気に留める人は誰もいない。
無茶っていうのは、念能力の事な。
恐ろしい事に修業時代の訓練が癖というか習慣になってて、チキンハートがさぼってるとい
う事実にびくびくと訴えてくるのが今回の理由。
既に俺の身に染みついて消えないのだ。あの苦難の日々は。切ない・・・・・・。
なぁ、俺ってどんどん常識から外れていってる気がするんだけど、気のせいだよな?
俺って平凡な男のままだよな!? そりゃ、ちょっと裏社会にも仲間入りした過去はあるけどさ、
一般的な社会通念はねじ曲がってなんか無いよなっ!?
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。
少し・・・・いや、かーなーり虚しい気分になりながら、靴をエア・トレックに履き替える。
折角こんな和やかな空間にいるんだ、あの常識外の世界の事は忘れよう。うん。
え? それは只の現実逃避だって?
世の中には忘れた方が幸せな事っていうのがあるんだよ。
あるだろ? 忘れていたい出来事っていうのがさ・・・・・・。俺の場合はありすぎて過去のほとんどが
デリートしちゃうけど。
あーっもう!
さっさと忘れよう!
どうせ嫌でも思い出すんだろうけど、今はそれも全部忘れよう!!
俺は気持ちを(無理矢理)切り替えて、エア・トレックを走らせた。
併行して念の訓練も行うため、岩を蹴って崩しては回避し、時には粉々にし、時には(以下略)
・・・やっぱ訂正。やっぱあの世界の事を忘れるには無理があるみたいだ。ふふふ・・・・・・。
あんまり環境破壊をするのも憚られるので、今度は自然の流れに任せた動きをする。
何も傷付かせず、俺の力による負荷で揺さぶる事もせず、力を調節して素早く移動していく。
やがて綺麗な小川に辿り着き、喉も渇いたし一休みするかー、とそこらの岩場に腰を下ろした。
ふー、やっぱしばらく動かしてないと体って鈍るな。
コキコキと首や肩を鳴らしながら空を仰ぐ。
あー・・・・・・、・・・・・・・・・・・・平和だ。
いつの間にか俺の周りに集まってきた小鳥たちがプラスアルファで癒しをもたらす。
あーこらこら、髪を引っ張るな。ちょ、つつくなくすぐったい!
楽しげに俺の周りで遊び始める悪戯好きの小鳥たち。苦笑して好きにさせてやる。それほど痛い訳
でもないしな。
そうして鳥たちと戯れていた時だった。
何かが俺の頭に向かって勢いよくぶつかる。
「あだっ!?」
思わず叫んだせいで、それまで俺の周りにいた鳥たちは一斉にどこかへ飛び去っていった。でも今
はそれに構っている余裕は無い。い、痛い。地味どころじゃなく真面目に痛い。
く~っ、一体なんだ!?
俺は痛みの原因を確かめるべく、がばっと顔を上げた。
幸い咄嗟に念でガードしたおかげか、出血はしていないようでそれだけは安心する。
だがな、狙ってきたように俺の頭の上にぶつかるとは何事だッ!?
俺には一時の平穏すら許されないのか!?
涙目になりながら辺りを見渡すと、座り込んでいた岩の傍、柔らかい草の上に、白い塊があった。
何だ?
よく見ようと身を乗り出す。
するとそれはよろよろと動いて、弱々しい鳴き声を上げた。
・・・・・・驚いた。これ、色は白いけど、鷹じゃないか?
道理で痛いはずだ。これだけ大きな鳥がぶつかってくれば、痛みを感じるのも当然。
でも何で鷹? いや、まだ鷹とは決まってないけど、仮に鷹だとして、何で上から落ちてきたんだ?
近づき、触ろうとすると高い鳴き声で威嚇された。近寄っても逃げない所を見ると、怪我して動け
ないか何かだろう。
その姿は見ていて可哀想だけど、それ以上暴れるとこいつの体にとっても危ない。
「・・・大人しくしろ」
怖いのは分かるけど、落ち付けって。な?
俺は困ったように微笑んだ。少しでも警戒心を薄めて貰いたい。じゃないと怪我してた場合の処置
だって何も出来ないからさ。
うーん、もしこれで出会ったのがゴンだったら、こいつもこんな警戒せずに懐いたんだろうなぁ。
主人公スキルってすごい。
「・・・・・・ひどいな」
俺は少しだけ大人しくなった鷹(仮)の体を、出来るだけそっと持ち上げて体の状態を確かめた。
案の定、予想は的中してべったりと血が付いたが気にせず抱え続ける。
恐らく密猟者の仕業だろう。撃たれた痕が痛々しい。無理して飛び続けていたせいか、傷口から溢
れ出る血は止まらない。傷自体も広がっている。
それなのに、こんな満身創痍な状態なのに、俺という人間に気高さと誇りをもって威嚇の姿勢を崩
さなかった。そこに俺は野生の鳥が持つ王者の風格を見たような気がして、ますます放っておけな
くなる。
このままじゃこの鳥は死んでしまう。この誇り高い孤高の王が、こんな終焉を迎えてしまうなんて
あってはならない。
「生きろ」
死なせるもんか。
俺は懐から薬を取り出した。ジンさんに教わって作った良く効く傷薬だ。人でも動物でもその効果
は実証済み。こういう時はあの時の経験があって良かったなって思うよ。・・・ホントに少しだけね。
ひとまず持っていたペットボトルの水で傷口を洗う。
ご、ごめんね染みるけど我慢してっ!
水を掛けた瞬間、びくりと強張った鳥をなだめる。抱えたままじゃ両腕が塞がってしまうので、鳥
を膝の上に乗せて片手は清涼な小川の水を入れたペットボトルを、片手は鳥を撫でる。
痛い思いをさせてしまう事にびくびくと焦る。けど思い掛けず鳥は暴れたりはしなかった。
なんておりこうさんなんだろう。・・・・・・いや、抵抗する気力さえ無いのかも。ヤバイな。このまま
じゃ・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
はた、と俺はある事に気が付いた。
明らかに数分前よりも鳥が弱くなっていく。ぐったりとしてピクリとも動かない。
あまりに急激な変化に、俺は戸惑ってとっさに凝を使った。
すると、何と鳥の体からオーラが噴出しているじゃないか!
ど、どうして。
突然の事態に焦りまくるが、このままにしておく訳にはいかない。
鳥に人間の言葉が通じるか分からないが、オーラを体に留めるやり方を口にしようとした時だった。
なんと、鳥の体から溢れ出るばかりだったオーラが収束し、鳥の体を覆ったのだ。
え、何。早くない? え。っていうか、この鳥、念能力習得しちゃったの?
鳥って念を覚えられるものなの?
驚きの発見だ。衝撃的すぎて仕事を紹介してくるあの人が全開笑顔で手招きする幻影が見える。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
鳥は無言で俺を見上げてきた。
多少疲れてはいるようだが、オーラを身に纏ったおかげで出血も止まり、安定を見せている。
人間ってすごいよね。放心しててもやる事はちゃんと無意識にやってるもんなんだ。
俺は鳥の激変を目にしながら、手はしっかりと包帯を取り出して鳥の手当をしていた。うわぁ。
「・・・・・・大丈夫か?」
おそるおそる尋ねる。
だ、だ、だってさ、考えてもみよう!? これで万が一俺のせいでこの鳥が死んだら、俺、動物愛
護の団体さんからものすごく怒られるよ!? 一歩間違ったら逮捕だよ!? 怖っ!!
戦々恐々としながら怯えていると、鳥はまるで一礼するように頭を下げ、次いで俺の腕から、とい
うか膝の上から退こうとした。俺はそれを慌てて制する。
「退かなくていい。動くな」
けど、焦った口は色んな言葉を省略して単語しか並べない。
待って動かないで傷口開く無理しちゃ駄目だ大人しくしてろよ安静にしてて俺を枕にしていいから!
言いたい事はいっぱいあるのに口から出ていかない。でも一応鳥は動くのをやめてくれたからホッ
と一息。あー焦った・・・・。
俺の言葉を聞いて少し休む事にしたのか、鳥はそれきり沈黙して俺の膝でまどろんでいた。
なぁ、俺この後どうするべき?
1時間くらい経ち、鳥もオーラ効果でそれなりに回復したのか、今はしきりと俺の顔を伺っている。
その1時間の間、俺はどうしようかとずっと悩んでいた。
念を起こすには二つの方法がある。一つはゆっくり起こす。そしてもう一つは無理矢理起こす。つ
まり、無防備な相手に念による攻撃、といえば物騒だが、まぁ念をぶつける訳だ。
そしてここで問題。俺はこの鳥に対して何をしてしまったんでしょう?
ヒント1,俺は念能力保持者。
ヒント2,俺の性格。
ヒント3,咄嗟の行動。
はい、正解の発表です。
俺は・・・・・・鳥に対して堅をしちゃったんだ。
だーっ! もう何て事しちゃったんだ俺ッ!?
でもさ、仕方ないだろ!? 反射的に俺の体に衝撃が走った時は、咄嗟にガードしちまうんだよ!
痛いのヤだし危険は早めに縁切りしたい俺は無意識にそうしちゃうんだよ!
で、鳥に俺の念が接触しちゃった訳だ。
結果・・・・・驚くべき事に、この鳥は恐るべきスピードで練をマスターし、念を覚えてしまった。
・・・・・・どうしよう。
いや、どうしようって言うか、取るべき道は一つしか無いんだけどさ。
ああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ、なんつー事やらかしちまったんだ俺ェー!!!
・・・・・・・・・責任、取らなきゃなぁ。
「・・・お前、俺と一緒に来るか?」
鳥は俺の声にぴくりと反応し、俺の目をじっと見詰めた。
ああ、やっぱりこいつ、アルビノだ。人間だけじゃなくて動物にも色素が欠乏する個体が生まれる
のは知っていたけど、実際目にしたのは初めてだ。柘榴色の目が俺を射抜く。
しばらくじっとしていた鳥は、やがて身じろぎをして手近にあった俺の手に頭を擦り付けた。甘え
るような仕草に少し和む。
まぁ、傷が完治するまでは居合わせた俺が看るべきなんだけどな。
で、この鳥・・・・・・いつまでも呼び方が鳥じゃ、あんまりだよな。名前・・・・・・。
うーん。さっき、目が柘榴みたいだって思ったから、じゃあフランス語読みを少しもじるか。
柘榴はフランス語でグルナド。一文字足して、グルナードってのはどうだろう?
ちょっと雄々しい感じだけど、多分この子雌じゃ無い・・・・・・はず。ど、どうだろう。
「グルナード」
試しに呼んでみた。略してルーってのも考えたんだけど、それだと何かカレールーを連想しち
ゃって台無しになったから却下。
「グルナード」
もう一度呼ぶと、今度は短い鳴き声が返ってきた。やけに嬉しそうにこくこくと頷いている。心な
しか鳴き声も機嫌良さそうだ。感情豊かな奴なんだな。
「俺は」
よろしくな、グルナード。
俺は思いもよらず念能力を開発させちゃった事実に目を逸らしつつ、取り敢えずグルナードには微
少を浮かべて嘴を撫でた。
俺は、ただ世話をする間、鳥呼ばわりするのを躊躇っていたから名前を付けただけだった。
こいつの怪我が完治したら、野性に返すつもりだったんだ。
けれど、グルナードは傷が癒えても俺の傍を離れようとせず、ずるずるとなし崩しにそのまま俺の
ところにい続ける事になろうとは、今の俺には知る由も無かった。
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虫のアルビノは知ってますが、鷹にもあるかは分かりません。捏造です。
鷹の名前は固定です。すいません。
略してルナ、も考えたんですが、某セーラー戦士を連想したので廃案しました。
(08/03/08)