赤にならない信号機 01


さて、どうしたものか。 俺は一人佇んだまま、直立姿勢で考えていた。 大学を卒業し、専攻していたフランス語を就職に活かす事もなく一般就職した俺。 平凡な生活を送り、ストレスもあるものの生活にこれといった不満も無かった俺。 そんな慎ましい生き方を貫いていた俺に、神よ、あなたは何故試練を与えるのですか! 俺無宗教だけど、これを運命だと言うなら、神よ、俺は貴方を心からバッシングします。 俺が何故こんなに荒んでいるかといえば、理由は簡単だ。単純すぎて馬鹿らしくなる程、けれどだ からこそ憤りを覚えずにいられない。 大人になったとはいえ、少年の心を忘れていない俺は、小学生の頃からの愛読書、週刊少年●●を 飽きもせずに読んでいた。 ・・・こ、心の癒しには欠かせないんだよっ! 仕事ってモンは楽しいばかりじゃないんだよ! ・・・・・・言っておきながら哀しくなってきた。くっ、俺は負けない! 多少脱線したが、かいつまめば俺は漫画が大好きだった。 現実に疲れた大人の慰めだ。そこ、寂しいとか言うなっ。 有り得ないだろう、と思う展開と設定は面白い。それはフィクションであり、自分からは遠い世界 の事。傍観の側に回るから面白可笑しく見ていられる。 だがそれは、あくまで自分にとって余所事であるから、呑気に次の展開を期待して待っていられる のだ。そこにあるのは単純な好奇心とちょっとした緊張感。 ところが、だ。 俺は、何の前触れも予告も無しに、その世界に強制参加するハメになった。 有り得ねぇ! 俺はただ街を歩いていて、段差を飛び越えただけなのに! あぁ、今考えればそれが原因だったのかも知れない。違っていても構うものか。そう考えなきゃ俺 の精神が保たん。犯人はお前か、段差ァァァ――――――!!!! くっ、そして俺の悲劇はまだ終わらない! 漫画の世界に予想外とはいえ入り込んだんだ、それなりに興奮もするしその世界を堪能したいと思 うだろう、普通は。そう、普通は。 けどっ、俺が紛れ込んじまったのは、HUNTER×HUNTERだった! あ、俺、死んだ。 思うだろう、そう思うだろう。それしか思えないだろう。だって俺一般人。凡人。 すぐさま原作と縁の薄い所に行くしかないと決断した俺は、無難な安全牌で何とかやろうとした。 やろうとした、んだが。 ・・・・・・あ、思い出したくない。 いや、ここまで話したんだから今更だけどさ、躊躇う俺の気持ちも分かってくれ。 ジンさんに拾われました。 面白そうだという理由で鍛えられました。 一般の社会人だった俺は、ジャングルで野生児となるべく今までの俺を捨てました。 ぶっちゃけ死ぬんじゃねぇかと本気で思いました。あの時の記憶は出来れば消し去りたいです。 頑張ったよ俺、頑張ったよ。 あんな野生の王国でジンさんに見捨てられたら俺は生きていけない。 念も覚えたさ、当然な。 ここまで来たらここで得られるモン頂いていかないと割に合わないだろっ! 強化系かと思っていたんだが、調べてびっくり、俺は特質系だった。 まぁ、世界が違うからな。基準やら性質やら、何らかの転換や変容があったんだろ。 さて、俺は何度も言うが平凡な男だ。 念能力? ンなもん、俺の頭で思いつくわけが無い。 そしていつ元の世界に戻れるのか分からなかったので、俺は無効化の能力を選択し、鍛えた。 万が一俺に危険が迫っても、これがあれば多少は生存率は上がるだろうという考えからだ。 チキンだから、俺。 そこから色々あったが、割愛。 それなりに慣れてきて、ある日の事。 慣れとは恐ろしいが、奈落さえ見えないような崖の上から軽く飛び降りた時だった。 着地すれば目の前に広がるのは、古代遺跡の碑文が安置されているはずの深い森、だったはず。 「・・・・・・あれ?」 ところがどっこい、そらどっこい。 古代遺跡とは反対に、近代的な建物が眼下に広がった。 ひとまず俺は重力を無効化させ、そこに降り立つ。 「どーすっかなぁ・・・・・・」 取り敢えず、現状把握が先だった。 場所を移動して、周辺を観察する。 そこで俺は驚いた。看板や目に映る物に書かれているのは、日本語。 慌ててコンビニに入り、世界地図を手に取った。 生きる世界が変わってから見慣れた大陸の名前が、無い。代わりに見慣れた名詞が並んでいる。 どういう事だ。 俺はコンビニを出てさらに行動範囲を広げた。 そこで更に驚いた。 ビルにあるでかいテレビに映ったCMの内容に、だ。 「・・・・・・嘘だろ?」 そこにはエア・トレックがきらきらと輝いていた。 (08/02/09)