グルナード視点


我が主と出会い、そしてあの無礼にも程がある密猟者から受けた傷を癒す日々が続いた。 本来ならば我が主の助けとなり、決して足手まといになどならぬよう努めるのが我の役目であり誇 りだ。しかし怪我を負って碌に動けぬ状態では主の役にも立てぬ。ああ、忌々しい。今更だが本当 にあの無礼者共を殺してやりたい。主と巡り会えた奇跡にかろうじて関与している事には寛容な心 も持てようが、この我に銃を向けたという事実でマイナスだ。いつか殺る。 けれど、我の思いとは裏腹に、現実は全く違っていた。 そう、本来ならば我が主にするべき事を、我は主にそれをさせてしまっているのだ! 現に今、我の傷を優しく労り、看護して下さっているのは紛れもなく我が主。 忠臣にとって主に心を砕いて頂けるのは光栄である。しかし、主の御手を煩わせているのもまた事 実。主はまさしく我が使えるべき相手に相応しい、本来、仕える者と主人はその立場を明確にする べきでありそのように振る舞うべきお方だ。 ・・・・・けれど主は、その概念をまるで惜しむ様子もなく捨てるのだ。 優しく薬を塗り、お優しいお声をかけて下さるこの方に、こんな事をさせているという実情に我は 悔しさを覚えずにはいられない。 主に仕えると決めておきながらこのザマだ。役立つどころか役立たず以下の足手まとい。 自らの失態は自らが責任を負うべきである。けれど主はそんな事は歯牙にも掛けず、また我の情け なさを言及するでもなく、ただ優しい御手で羽を撫でて下さる。時折申し訳なさを伴って。 我が憤りを感じるのはその所為だ。 主は我の傷をお目にする度に口にするのだ。痛い思いをさせてすまない、と。 確かにこれは人間共の蛮行の結果だ。けれど、主はそのような輩とは違う存在であるのに! 我の怒りがますます湧くのも当然だ。身の程を知らぬ人間共の所為で、主が我などに頭を下げるな ど、言語道断。 いや、分かっている。主はただお優しいだけなのだ。その御心を我のような存在にまで向けて下さ る、お心が深いお方なのだ。そう、分かっている。他ならぬ我がそれを知らぬはずもない。 けれど、ああ、だけれども、この感情を抑える事など出来ようか! 傲慢な下等生物の愚かな行い故に、主がこんなにもお心を痛めているのだ! これに立腹せずにどう せよと言うのだ! 殺意? そんなものとっくの昔に芽生えている。 考えれば考える程あの愚か者共に殺意が湧く。覚悟しておけ、報いはいずれ必ず果たす。 そんな日が数日続き、主のご深情により我はとても穏やかに傷を癒す事が出来た。 とはいえ、まだ完全とはいえない。歯痒いが、長時間でなければ飛行も可能なまでに回復した。 いつもならば出掛けてゆく主を見送るだけなのだが、今回は無理を言ってご同行させて頂く事とな ったのは、ひとえに主のご温情あってこそ。 配下が主に付き添わずして、何が下僕であろうか。どこまでもついて行くとあの日に誓った時のあ の思いは決して偽りではない。訴え続けた結果、主はご同行をお許し下さったのだ。至上の喜びで ある。 しかし、まだ無理は出来ないと主はとっくにご存じであったのだろう。無理はするな、とお声をか けて下さった。ああ、どこまでも慈悲に溢れ情け深いお方なのか。主が放つ光は本当に底が見えぬ。 使えぬ部下など切り捨てるのが当然であるのに、主はそんな我をお見捨てにはならなかった。こう して同行をお許し下さったのもまた主の持つ慈悲のひとつ。 主と接するたびに、我は主の光をひとつ知る。際限のないそれを、全て識るのは不可能だろう。 我如きがそれを識るなど驕りに過ぎる。けれど惜しげもなく我にそれを示す主をひとつ知る度に、 我は主を真にお守りし、いかなる敵も排除する所存であると改めて自身に誓うのだ。 やはり主は最高の主だ。 何やら建物に入った主を外でお待ちしていると、主は何と別の人間を引きつれていらした。 しかもあろう事か、その人間は無理矢理主を引き摺って何やら押し込もうとしているではないか! よし、殺す。 しかし主は我の殺意をお察しになられたのか、ふ、と視線を我に向けられた。その目に我は広げて いた羽を大人しく元に戻す。手を出すな、と言われてしまえば我はその指示に従うまでだ。 しかし、しかしだ。 万が一主に無礼な真似をあの人間がしようものなら、即座にこの爪で引き裂き目玉をつついてやる。 そんな決意を胸に秘め、グルナードはを乗せた乗り物を追いかけた。 辿り着いた先には、下等生物共が徒党を組んでくだらぬ争いをしている真っ最中の最悪な場所。 このような所に主を連れ回すとは、あの人間やはり生かしておくべきでは無いな。 さてどうやってその罪を思い知らせてやろうかと思案を巡らせていると、風が変わった事に気付く。 意識をそこへ向けるでもなく分かる。あれは主の風だ。未熟な風をもろとも巻き込み消し去って、 誰も追いつけない、まさに神風。けれども主は本気ではない事もすぐに分かった。主の風からそれ が伝わってくるのだ。たった一陣のそれに、どれ程の思いが込められているのかを、容易に、詳細 に。 ふん、この程度に主の相手が務まるものか。 くだらない茶番に目を細まる。主が立つに相応しいとは決して言えぬ劣悪な地上。やはり主には空 が一番相応しい。 主は自らの領域、つまり空に来る何者も阻まない。我にとってはそこへ辿り着くための争いを、い くら人間共がやりあおうと興味は無い。無いが、邪魔ではある。 主はお優しい。 ああして未熟な風を散らす一方、決して殺しはしない。あくまで消し去るのみで、風の命を絶つ真 似は決してなさらないのだ。 主を引きつれ回した人間の仲間であろう、そやつらは容赦なく同族を捕らえていくというのに、主 のそれは方向性がまるで違う。捕らえる為ではなく鎮める為の刃。 ・・・・・・この身体が自由に動けば、主にそんな事はさせずに済んだものを。 いら、と苛立ちが沸き立つ。主が蹴落とした一匹一匹が憎らしい。一見叩き伏せられているようで、 その実その風は守るための刃である事に、嫉妬すら覚える。 主自らが行い、あの者らは主の風に触れているのだ、嫉妬もしよう。人間如きが、主に触れている のだ。 グルナードは俯いた。 ・・・・・・ふ。ふふふふふ。 あぁ、本当にいい度胸だ。どさくさに紛れて主の風を感じ、主に触れ、主をその目に映すなど万死 に値する行為をよくもやってくれた。 その身を貴様ら自身の血で赤く染め尽くして命の灯火に終止符を打ってくれよう。 グルナードがそんな決意と計画を練っている間に、すっかり吹き荒れていた風は止んでいた。 ようやく終わったか、とグルナードが思ったその時である。 「!」 甲高い音が場に響いた。地上ではが海人を真っ直ぐに見据え、微動だにしない。 その睨み合いとも見れるそれに、グルナードはハッとする。 ああ、そうか。 グルナードは唐突に理解した。あのような人間に大人しく付いていったその訳を。 主はそんなもの、たとえ追跡されようが簡単に振り払えるというのに、何故引き摺られるままにあ の人間に付いていったのか。 答えは至極単純。あの男を警戒していたからだ。 今になって分かる。主は一度だってあの張りつめた空気をあの男にぶつけた事はない。 けれどもそれは仕組まれた事だったのだ。油断を見せ、手の内を知る。 普通は危険すぎてあまり取られない手段だ。相手の思惑をかわせる自信がなければ決して出来ない それを主は実にあっさりとやってのけた。 そして今、その男は呆然と主を見ている。呆気に取られているようだ。阿呆のように突っ立ってい る様を見るのは大変気分が良い。それが地に沈められているならもっと良かったが、まぁ贅沢は言 うまい。今更主の素晴らしさを知ったようだな。はん、いい気味だ。 ともかく、男の企みを誘い出した事に成功した主は、すぐに圧迫感をひっこめてしまわれた。 これ以上は無意味だと思われたのか、それとも予想外にあっけなさ過ぎて興が削がれたのか。 グルナードはそれを目に収めてゆっくりと地上へ向けて下降した。 その羽ばたきに気付いたはすぐに腕を差し伸べる。 定位置に止まれば、労るような柔らかな手が羽毛を撫でた。未だ傷が癒えきっていないグルナード を心配し、気遣っているのだろう。 グルナードがその指にすり寄れば、はそれを拒む事もなく変わらず触れる事を許す。 ・・・・・・ところが、だ。 主に呆気なく策を破られた男の不躾な視線を睨み返せば、その人間はますます強い力を目に込める ではないか。 グルナードは一気に機嫌を悪くし、青筋を浮かべた。 果たして鳥にそんな真似が出来るのかという疑問はこの際無視だ。 明らかに苛立ったグルナードをよそに、男はその横柄な態度を崩さない。 無礼な! 下等な人間如きが! 思わず声を上げると、グルナードは自身の羽を撫でるの手に気付き、押し黙った。 もともと無用な争いは避けるべきだと考えておられる主だ、まさか従わぬ訳にはいかず、渋々と嘴 を閉じるが睨み付ける事は忘れない。一触即発の空気が漂う。 「おい」 「はい?」 そんな男に返事をする必要などございません、主! 言いたいが、しかし今それを訴えれば主のお言葉を遮る事となってしまう。 ここは我慢だ、グルナード。今は時を待て。 そう言い聞かせ、グルナードは何とか爆発しそうな己を制御していた。今にも理性と冷静さが崩壊 してしまいそうではあったが、そこは主の手前だという事を最後の砦として耐える。 「安心しろ。今度はもっと上等なヤツとヤらせてやるからよ」 そんなグルナードの耳に飛び込んできたのはあろう事か再会を匂わせる男の言葉。 ああ、主が羽を労るように撫で続けて下さっていなければ、今にも飛び出して男を殺してしまいそ うだ。 なだめて下さる主のお心に背く訳にはいかない。 だが、グルナードの理性は既に焼き切れていた。代わりに別の思考回路は絶好調に稼働する。 あの男にもいつか必ず地獄を見せてくれる・・・・・・! 久方ぶりの外出は、グルナードに新たなブラックリストを作成するのに大いに役立った。 以来、虎視眈々と鰐島海人抹殺の機会を窺う白い鷹の姿が見受けられるようになるのだが、それは まだ、これから少し先の未来の話。 ひとまずは。 一刻も早く傷を治そうと誓った、グルナードであった。 ----------------------------- お前どんだけ夢主ラブなんだ! 閑話的な、怪我したグルナードその後とブラックリスト追加までの道のり。 神風とか言ってますが、エア・トレック履いてないんだけどなー・・・・。 これで履いた状態だったらどんな評価になるんだよ。表現が思いつかない・・・・・・。 グルナードが夢主の風を感じ取る場面ですが、原作で鳥言語がうんたらっていうのを見て参考にし ました。 そういやハンターでゴンは鳥言語を理解してましたね。夢主はどうなんだろう。 ・・・・・ジャングルで暮らしてたら自然と分かっちゃうんでしょうね。 何でもアリだな! でもグルナードもあんま鳴かないから結局何を考えてんのか分からんのです。 勘違いって言うより、これってすれ違いなんじゃ・・・・。 という訳で、危険思考急上昇のグルナード視点でした! (08/04/10)